フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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――別離の始まり――
友達の行方


 王の狩り場を抜け、湿った風が流れ込む岩孔へと辿り着いたジュードたち。

 

 深い峡谷にかかる木造の吊り橋が静かな風に揺れ、断崖の間を縫うように設けられた二本の橋は、遥か下に広がる岩肌と草地を見下ろしながら、どこか物悲しい雰囲気を漂わせている。夜の明かりに照らされた岩壁は青白く輝き、静寂の中にほんのわずかな風の音と木材が軋む音が混じる。

 

 これまで旅してきた場所とは、どこか違う空気がここには流れ、ただ自然だけが長い時を刻んできたかのような、そんな異質な静けさがあった。

 

「これまでの場所とは、ちょっと雰囲気が違うね」

 ジュードが思わず呟くと、石壁に反響して声はすぐに掻き消えた。

 

「エリーゼたちはいったいどこへ行ったのでしょう?」

 ジャンヌの声には、心配が滲んでいた。

 

「確かに。王の狩り場には姿がありませんでしたしね」

 Xが周囲を見渡しながら、低く同意する。

 

 その時、不意にローエンが短く息を呑んだ。

「……っ! 皆さん、こちらへ」

 

「ローエン?」

「どうした?」

 

 ジュードとミラが首を傾げて近づく。老人の視線の先、岩の粉にまみれた床には小さな足跡が点々と続いていた。

 

「足跡があります。それもまだ新しい……」

 ローエンの声には確信があった。

 

「うわぉ。よく見つけましたね、こんな小さい足跡」

 Xが感嘆の声をあげると、レイアが目を輝かせる。

「小さい足跡……きっと、エリーゼだよ!」

 

「そうですね」

 ジャンヌが頷くと、ミラが慎重な声で告げる。

「捜してみよう。ただし、用心深くな」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 岩の通路を進むうち、かすれた呻き声が耳に届いた。

「……うぅ……」

 

「アルヴィン!」

 駆け寄ったジュードの視線の先には、冷たい床に倒れ伏すアルヴィンの姿があった。

 

「皆様」

 奥から響いた柔らかな声に振り向くと、そこにはエリーゼの肩を抱いたマシュが姿を現した。安堵の色がレイアの顔に広がる。

「マシュ! エリーゼも! 無事だったんだね!」

 

「ねえ、しっかりして! アルヴィン!」

 レイアがエリーゼを心配する中、ジュードは必死にアルヴィンに呼びかける。

 

「んだよ……俺に任せるんじゃ……なかったのかよ……」

 掠れた声で返すアルヴィン。

 

「今、治療するから」

 ジュードの声は強かったが、その背後でミラは静かに言葉を落とす。

「新手の追っ手を警戒したまでのことだ。それに、どうやらちゃんと救ってくれたようだしな」

 

「……いや、半分失敗だ」

 ミラの信頼の言葉に、アルヴィンの瞳が揺れる。

 

「なに?」

 ミラが目を細める。レイアは一歩踏み出して叫んだ。

「エリーゼ?」

 

 その呼びかけの中、エリーゼが突然顔を上げた。涙に濡れた頬を歪め、胸に抱いたティポを振り上げる。

 

「うわーん! うわーん! ジャンヌ、ジャンヌっ!」

 

 次の瞬間、彼女はティポを投げ捨て、ジャンヌに縋りついた。

 

「ちょっ!? 危なっ!」

 慌ててレイアが手を伸ばし、空を舞ったティポを抱きとめる。

 

「エ、エリーゼ? どうしました?」

 一方のジャンヌは抱きついてくる少女の小さな肩をそっと支え、覗き込む。

 

「ふむ? ケガをしたわけでもないようだが……」

 ミラが慎重に観察するように言葉を漏らす。

 

「もう~。ちゃんと大事にしないとダメ──」

 レイアが苦笑しながら声を掛けた、その瞬間だった。

 

「はじめましてー、まずは、ぼくに名前をつけてねー」

 

 甲高い声が響く。視線を向けると、レイアの腕に抱かれたティポが虚ろな瞳のまま、口をぱくぱくと動かしていた。

 

「え?」

 レイアは思わず聞き返す。

 

「はじめましてー、まずは、ぼくに名前をつけてねー」

 

 まるで壊れたオルゴールのように、同じ台詞を繰り返すティポ。

 

「うぅっ……」

 エリーゼの唇から、嗚咽がこぼれ落ちる。

 

 ティポはただの人形のように、同じ言葉を繰り返し続けるだけになっていた。

 

「どういうことだ、これは?」

 ミラが低く問いかける。その視線は自然とアルヴィンへ向かった。彼が何かを知っているはずだ、と。

 

 アルヴィンは苦い顔をし、乱れた呼吸の合間に答える。

「アルクノアの一人がな、ティポから何かを抜き出した途端、こうなっちまったんだ」

 

「はじめましてー、まずは、ぼくに名前をつけてねー」

 機械仕掛けのように繰り返すティポの声が、冷たい岩孔に反響する。

 

「ティポ……やっぱり、仕掛けで動いてたんだね」

 ジュードは重たげに呟いた。

 

「仕掛け?」

 顔を上げたエリーゼの瞳は揺れていた。

 

「うん。自分で動いて喋るように造られたぬいぐるみだったんだよ」

 ジュードの声は、あえて優しく。だがその事実は、少女の心を深く切り裂いた。

 

「でも、それでも……お友達だったんです」

 エリーゼは涙を溜めながら、言葉を絞り出す。

 

「ええ、そうですね」

 ジャンヌが彼女を抱き寄せ、ぎゅっと腕に力を込める。その温もりに、エリーゼはかすかに震えながら縋りついた。

 

「アルヴィン、アルクノアは?」

 ミラが問いかける。

 

「粗方は片付けたが……おたくの予想通り仲間と合流しやがってな、何人かには逃げられちまった。悪ぃ」

 悔しげに顔を歪めるアルヴィン。

 

「……いや、お前たちが無事なら問題あるまい。アルヴィン、感謝する」

 ミラは淡々と答えた。

 

 そして、岩陰に転がっていた黒い匣を見つけると、その場で斬りつけて破壊する。鋭い音を立て、匣は粉々に砕け散った。

 

「しかし、ティポさんはどうすれば元に……?」

 ローエンの言葉に、皆の視線がジュードへ向かう。

 

「抜き取られたものを取り返せば、元に戻るんじゃないかな」

 ジュードの推測は希望を与えるものの、同時に重くのしかかる現実でもあった。

 

「マシュ、アルクノアが逃げたのは?」

 ミラが鋭く尋ねる。

 

「少し前です。……ですが、散開しながらの逃走でしたので、誰がどこへ向かったかまでは──」

 マシュの声には悔しさが滲む。

 

「では、盗まれたものを取り戻すのは難しいだろう」

 ミラの言葉は冷徹だったが、真実でもあった。

 

「え? そ、そんな……」

 ジャンヌから離れ、エリーゼは大きく目を見開く。頬を濡らした涙が次々に零れ落ちる。

 

「何とかならないんですか?!」

 

 エリーゼの声は涙に濡れ、かすれていた。それでも、必死に縋るような響きを帯びている。

 

「なんとかと言われてもな……」

 ミラは静かに答えるが、その声音は無情に響いた。

 

「ジャ、ジャンヌ……」

 拒絶されたエリーゼは、子どものように頼りを求める視線をジャンヌへ向ける。

 

 ジャンヌはしばし黙し、そして深く息を吸い込む。

「……ローエン。あなたならアルクノアの動き、どう予測されますでしょうか?」

 

 老紳士は顎に手を当て、思索を巡らせる。岩壁を伝う水滴の音が、不思議とその沈黙を重くする。

「そうですね……アルクノアがティポさんの“何か”を手に入れたがったのは、おそらくガンダラ要塞でナハティガルが行っていた実験と同じ理由かと思われます」

 

「それって……」

 ジュードが思わず言葉を飲む。

 

「ティポさんの正体が何かは未だにわかりません。ですが、ナハティガルがクルスニクの槍という黒匣を手にしている以上、ミラさんの仰るように無関係とは言い難いでしょう。となれば……」

 

「間違いなくナハティガルとアルクノアは繋がっている、ということか」

 ミラが言葉を引き継ぐ。

 

「はい」

 ローエンは重々しく頷いた。

 

「となると……」ジュードが唇を噛む。「ティポの何かが持ち去られた場所は、イル・ファンのラフォート研究所や、バーミア渓谷のような場所も含めて、ラ・シュガル全域を探さないといけないってことに……」

 

「なるほど」ジャンヌは表情を引き締め、アルヴィンとマシュを見た。「アルヴィン、マシュ。何か心当たりは?」

 

「……悪ィ。全くわからん」

 アルヴィンは苛立ちを隠さず肩をすくめる。

 

「ホントに~?」

 レイアが疑わしげに目を細める。

 

「本当だ。ガンダラ要塞にあんな施設があるのも知らなかったし、今回の件だって何も聞かされちゃいなかったんだ。アルクノアの偉い奴らがどこで何してんのかなんて、俺にはわからねぇよ」

 吐き出すように言ったアルヴィンの声には、どこか悔しさが混じっていた。

 

「マシュはどう?」

 ジュードが問いかける。

 

「……申し訳ありません。私は今まで、外に出たことがありませんでしたので」

 マシュは視線を落とし、申し訳なさそうに告げた。

 

「どういうこと?」

 ジュードの眉が寄る。

 

「詳しくは省くが……マシュにとって今回が初任務だったんだ。だから、こいつは俺以上に何も知らないはずだぜ」

 アルヴィンの言葉はどこか庇うようでもあり、同時に突き放す響きもあった。

 

「そう……ですか……」

 ジャンヌの肩が小さく落ちる。その瞳には「自分にはもう何もできない」と悟ったような陰が宿っていた。

 

 その様子を見たミラが一歩前に出る。

「残念だが、ここまでのようだな。一度、シャン・ドゥに帰るとしよう」

 

「そんな……」エリーゼは必死に声を上げる。「ミ、ミラなら……ミラなら、何とかなるんじゃ……」

 

「私はお前たちが思うような万能な力など持ち合わせてはいない。実際、四大を失う前ですら、アルクノアの足取りを掴むのにも、奴らが黒匣を使うまでは難儀していたもの。そして、ローエン程の者がわからないと言うのなら、諦めるしかないだろう」

 ミラの声は冷徹で、しかしどこか自嘲にも似ていた。

 

「そん、な……」

 エリーゼの膝が震え、立っているのもやっとの様子だった。

 

「はじめましてー、まずは、ぼくに名前をつけてねー。はじめましてー、まずは、ぼくに名前をつけてねー。はじめましてー、まずは、ぼくに名前をつけてねー……」

 

 ティポの壊れた声が岩孔にこだまし、冷気のように皆の胸を締めつける。

 

「ひとまず、シャン・ドゥに戻ろう。話はそれからでも出来るよ」

 ジュードが重苦しい空気を断ち切るように告げた。

 

「……エリーゼ、行きましょう」

 ジャンヌが少女の手を握り、優しく促す。

 

「うっ……」

 エリーゼは涙に曇った視界の中で頷くしかなかった。

 

 こうして悲しみに暮れる彼女を連れ、ジュードたちは重い足取りで来た道を引き返していった。

 暗い岩孔の奥に残されたのは、壊れた人形の反響する声だけだった。

 

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

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