フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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エリーゼの秘密 前編

 帰り道。岩孔を抜けた一行の足取りは、どこか重かった。

 ティポを失ったエリーゼはうつむいたまま、ジャンヌの袖を握りしめて歩いている。彼女の周囲には沈痛な空気が漂い、それが全員の胸を押し潰していた。

 

 その時だった。

 

「うわぁ!? なにこいつら!」

 先頭のレイアが悲鳴を上げた。

 

 鬱蒼とした樹木の間から、鋭い牙と爪を持つ四足歩行の魔物たちが姿を現す。湿った地面を踏み鳴らし、低い唸り声をあげて一行を取り囲む。

 

「全く……。次から次へと面倒な」

 ミラが剣に手を掛けると、獣たちの目がぎらりと光った。

 

「お前たち、やめんか!」

 

 しかし、すぐさま重厚な声が響くと、魔物たちは聞き訳が良いように足を止める。

 

 そうして木々の奥から現れたのは、長身の男──ジャオだった。その威厳ある佇まいに、猛り狂うはずの獣たちが尻尾を巻き、ゆっくりと後退していく。

 

「すまなかったな。密猟者を追っていたのだ」

 ジャオが額の汗をぬぐいながら言うと、ミラが目を見開いた。

 

「ジャオ……!」

 

「ん、お前さんたちがどうして!? ……そうか。娘っ子。とうとうこの場所に来てしまったのじゃな」

 ジャオの眼差しがエリーゼに向けられる。

 

 エリーゼは俯いたまま、答えを返さなかった。

 

「……む? どうした、娘っ子? それに……」

 

 ジャオの視線が、宙に浮かぶティポに移る。

 

「はじめましてー、まずは、ぼくに名前をつけてねー」

 

 空虚な声。感情を失った人形のように、ティポは同じ言葉を繰り返す。

 

 その様子を見たジャオは、目を見開き、息を呑んだ。

「……まさか。データメモリを盗られたのか?!」

 

「データメモリ?」

 ジュードがすかさず問い返す。

 

「今まで娘っ子が経験してきた事柄を、すべて記録していた物じゃよ。そうして今までのティポの人格が形成されておったんじゃからな」

 

「待って。その言い方だと、ティポはエリーゼの人格をベースにした存在みたいな言い方だけど……」

 ジュードの声には戸惑いと、薄ら寒いものを覚えた色が混じっていた。

 

「何じゃ? 知らんかったのか」

 ジャオは目を伏せ、低く呟いた。「……これは余計なことを言ったかのぉ」と。

 

「……教えて、下さい」

 エリーゼがか細い声をあげた。

 

「何?」

 

「どうしたら、ティポを戻せるのか……教えてください!」

 涙を溜めた瞳で、必死にジャオを見つめるエリーゼ。小さな肩は震え、声は今にも崩れ落ちそうだった。

 

 ジャオはその姿を見つめ、しばらく言葉を失う。やがて、頭を掻きながら苦い顔をした。

 

「……」

 

「なんか、話がわからなくなってきましたね~」

 Xが間延びした声をあげ、場の緊張を和らげようとしたが、誰も笑う余裕はなかった。

 

「……研究所」

 沈黙を破ったのはジュードだった。

 

「ジュード?」

 ミラが振り向く。

 

「エリーゼが前に言ったんだ。今まで自分は“研究所”にいたって」

 

「はい。確かに口にされておりましたが……よもや」

 ローエンが目を細める。

 

「うん。それにジャオさんがさっき、『とうとうこの場所に~』って言ってたってことは……つまり、ここにエリーゼの言ってた研究所があったってことでしょ?」

 

 その問いかけに、ジャオは重々しく瞼を閉じ、そして首を縦に振った。

 

「……そうじゃ」

 

 吐き出すように認めるジャオの声は、いつになく低かった。

 

「とはいえ、以前、侵入者を許してしまっての。その時、これ以上の情報漏洩を防ぐために、この場所は廃棄されたのじゃ」

 

 その告白は、エリーゼの心にさらに深い影を落とした。彼女はジャンヌの腕にしがみつきながら、ジャオを見つめて答えを待つ。

 

 一層重たくのしかかるように感じられた沈黙の中、ジュードが一歩踏み出す。

 

「ここで何を研究していたんですか?」

 

 問いかけは鋭く空気を切った。しかし、「それは……」とジャオは言葉を詰まらせる。視線を逸らし、苦渋の表情を浮かべたそのとき──。

 

「増霊極(ブースター)だよ」

 答えを口にしたのはアルヴィンだった。

 

「え?」

 ジュードが振り返る。

 

「霊力野(ゲート)機能拡張増幅器。通称──増霊極(ブースター)。その研究をしてたんだろ?」

 

 その一言に、場が凍りついた。木立の間を吹き抜ける風が、ざわりと音を立てる。

 

「お前さん……なぜ、それを……」

 ジャオの声が震える。

 

「単純な話だ」

 ミラが静かに目を細めた。「その“侵入者”がお前だったのだろう? アルヴィン」と。

 

 アルヴィンは薄く笑い、肩をすくめた。

「いい勘してんな……ああ、そうだよ。俺一人ってわけじゃねぇが、その増霊極の調査でここに来たんだよ」

 

「なんと……お前さんじゃったのか」

 ジャオは額に手をあて、深いため息を漏らした。

 

「ねぇ、その増霊極って何なの?」

 ジュードの声は、不安と恐怖の混じったものだった。

 

「ア・ジュールが開発した、霊力野から分泌されるマナを増大させる装置さ」

 

「このア・ジュールにはそんな物がおありで?」

 Xの問いかけにアルヴィンは肩を竦めながら告げる。

「お前らもずっと見てきただろ?」

 

「なるほど……それがティポさんだったと」

 ローエンの言葉に、皆の背筋が冷たくなる。

 

「ああ。第三世代型らしいがな」

 アルヴィンがあっけらかんと告げると、ジャオは観念したようにエリーゼの話をし始める。

「そうじゃ。そして、娘っ子が唯一の成功例じゃったから、その情報を秘匿するためにここを廃棄し、娘っ子をハ・ミルという辺境に隠しつつ、研究を継続――いや、その機能の経過観察をすることになっていたのじゃ」

 

「ティポ……そうだったんですか?」

 震える声で呟くエリーゼ。だが返ってきたのは、空っぽの調子を崩さぬティポの声だった。

「ぼくの名前はティポだねー。よろしくー」

 

「ティポはエリーゼの霊力野機能を増幅するため、その霊力野と接続されておる。霊力野は脳の一部分。故にその副次的な効果として、ティポはエリーゼの脳に反応し、持ち主の考えを言葉にするのじゃ。……まぁ、増幅器というだけあって、やや考えを誇張したり強めに言ったりするから、完全にエリーゼの思うことを代弁しておる訳ではないがな」

 ジャオの声が重々しく響く。

 

「なるほど。エリーゼが以前、ガンダラ要塞で戦えなかったのは、戦闘はいつもティポの機能に頼り切っていたからか」

 ミラが静かに納得する。

 

「それじゃ、ティポの言葉は、ほとんどエリーゼの考えを喋ってたの?」

 ジュードの声が震える。

 

「ウソです! ティポはティポが喋っていたんです! ティ、ティポは……仕掛けがあっても、私のお友達ですよね!?」

 エリーゼの叫びが森に響く中、「ちがうよー」とティポの声が無情に響く。

「ぼくはエリーゼの友達じゃないよー」

 

「ち、違います!」

 小さな体を震わせ、必死に否定するエリーゼ。だが、ティポは淡々と告げる。

 

「違わないよー。ぼくはエリーゼが考えてることだけ言ってるんだからー。ぜんぶ、エリーゼのかんちがいだったんだよー」

 

 その言葉が突き刺さる。エリーゼの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちそうになる。

 

「そんな……」

 声はかすれ、足元に力が入らない。

 

「エリーゼ……」

 ジャンヌがそっと呼びかける。だが、慰めの言葉は見つからない。

 

 世界がぐらりと傾いたように感じた。ティポが自分の友達でなかったとしたら──今まで自分は、誰と笑い合っていたのだろう。誰に励まされ、誰に救われてきたのだろうかと。

 

「まぁ、エリーゼの言うように、ティポのデータメモリに保存されていた誇張した意思による記憶や経験から、ある程度の個性は獲得していたかもしれんが……今となっては」

 ジャオの言葉が、とどめを刺すように響いた。

 

 ジャオの言葉に空気が沈む。誰もがティポを見つめた。エリーゼの胸の奥で、音もなく何かが崩れ落ちていった。

 

 だが、当のティポは彼らの視線を余所に、無垢な調子で口を開いた。

 

「教えてー、おっきいおじさん。ひとりぼっちのエリーゼのお父さんとお母さんはどこにいるのー?」

 

 その一言に、空気が張りつめる。

 エリーゼの顔色から血の気が引いていく。

 

「それはの……もうこの世にはおらぬ」

 

「え……」

 

「お前が四つの時、野盗に遭い、殺されたのじゃ……」

 ジャオの声音は低く、痛みに満ちていた。

 

 地面に落ちた葉を踏む音すら遠くに霞むほど、時間が止まったように感じられる。

 

「……そん、な……」

 一つ、また一つと希望が打ち砕かれていく中で、エリーゼの唇が震え、声が掠れる。

 

「正確に言えば、ワシが殺したも同然なのじゃがな」

 

 その告白に、皆の視線が一斉にジャオへと向いた。

 

「どういうこと?」

 

「ワシはキタル族の下層の家の出でな。生計を立てるため、当時は野盗まがいの事をしておったのだが、誤って他の野盗の縄張りに手を出し、追われる身となってしもうたのだ。その際、助けてくれたのが──エリーゼの両親じゃった。しかし……」

 

「追手はなおあなたを狙い……そして」

 ローエンが低く補った。

 

「そのいざこざに、エリーゼの両親が巻き込まれちゃったってこと?」

 更にレイアの声は怒りと悲しみが混じっていた。

 

「……そうじゃ」

 一方で断罪された気分になっていたジャオは、苦渋の面持ちで頷く。

 

「……うっ」

 エリーゼは胸を抑え、その場に膝をついた。

 

「エリーゼ……」

 ジャンヌがそっと寄り添い、背に手を置く。その温もりは確かだが、少女の心の穴を埋めるにはあまりにも小さかった。

 

「断るべきじゃった……ルタス夫妻からのご厚意を。それなのに、ついその温かさに絆され、ワシは……」

 ジャオは悔恨に歯を食いしばった。

 

「……もう、会えないんですね。お父さんにも……お母さんにも……ティポ、にも……」

 涙をこらえながら呟くエリーゼ。

 

「エリーゼ……」

 ジュードが名を呼ぶが、その声は届かない。

 

「気を落とさないで……」

 レイアが必死に言葉を投げる。だが──

 

「……なんですか、それ……」

 エリーゼは顔を上げ、涙に濡れた目で睨み返した。

 

「え?」

 

「ジュードやレイアにはちゃんといるじゃないですか! みんな……」

 

 そして、ティポが冷たく追い打ちをかける。

 

「そんな人たちに、エリーゼの気持ちがわかるもんかー」

 

 その瞬間、エリーゼの瞳から涙があふれ、駆けだした。

 

「エリーゼ、待って!」

 レイアが叫び、すぐに追いかける。

 

 その姿にジャンヌも居ても立っても居られず、ミラへと頭を下げる。

 

「申し訳ありません、我が主よ。勝手な振る舞いをお許しください」

 

「ああ、好きにするがいい」

 ミラは短く答える。その瞳には、走り去る二人の背中を見送る静かな光が宿っていた。




 昨日は仕事が忙しすぎたために配信できませんでした。申し訳ありませんm(__)m
 同様に本日も忙しいので1本のみの配信とさせていただきます

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

  • 1000文字以内
  • 1~2000文字以内
  • 2~3000文字以内
  • 3~4000文字以内
  • 4~5000文字以内
  • 5000文字以上
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