フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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エリーゼの秘密 後編

 重苦しい沈黙を破ったのは、ミラの冷ややかな声だった。

「しかし、アルヴィン。その研究を盗んだのがお前だったのなら、ティポからデータメモリが盗まれたのは知っていたはずだ。……なぜ、黙っていた?」

 

 彼女の鋭い問いに、「それは……」とアルヴィンは唇を結び、わずかに視線を逸らす。普段なら軽口で誤魔化す彼が、まるで喉を掴まれたかのように言葉を失っていた。

 

 そんな彼を庇うように、一歩前へ出たのはマシュだった。まだ幼さを残す表情に決意を刻み、彼女は自らの胸に手を置いた。

「それは……私に関係することだからです」

 

「マシュの?」ジュードが驚いたように問い返す。

「おい、いいのかよ」アルヴィンが低く漏らす。

 

 だが、マシュは頷いた。真っ直ぐにミラへと視線を向けながら。

「レディ・ミラ――いえ、ミラ様はアルヴィンに寛大な処置を与えてくださいました。その恩に報いないのは、筋が通らないと思います」

 

 アルヴィンは肩をすくめ、小さく息を吐く。

「……そうかい」

 

 仲間たちの間に再び緊張が走る。冷たい風が岩壁を渡り、洞窟の奥から湿り気を帯びた空気が流れ込む。

 

「どういうこと?」

 ジュードが問いかけると、マシュは静かに口を開いた。

「アルヴィンが盗み持ち帰ったデータは不完全ではありましたが、アルクノアに“増霊極”の技術をもたらすのに十分でした。そこで彼らは、ア・ジュールと同じく増霊極の実験を始めましたが、増霊極は霊力野機能を拡張させる反面、適合しなければ脳に甚大な負荷を与え、死に至る危険性すらあったのです」

 

 ジャオが深い皺を寄せて頷く。

「そうじゃ。だからこそワシらも、死者が出ぬよう慎重に研究を進めてきた。無論、道を外れるような真似はしておらぬ。ア・ジュール王は道義に反した行いを決して好まぬからな。実験のために預かった一般の子供たちや娘っ子のような孤児に対しても、金銭的な面は勿論、生活はしっかりとサポートしておったし」

 

 その場にいたXが静かに口を挟む。

「なるほど。話が見えてきました。……つまり、マシュさん。あなたがその実験の“成功例”というわけですね?」

 

「……はい」マシュは小さく答えた。

 

「マシュが?! ティポと同じ?!」ジュードが思わず声を荒げる。

 

 マシュは首を横に振る。

「正確には、“脳に直接、増霊極(ブースター)を埋め込む”という第二世代型と同じ形式を採用した存在――ということになります」

 

 その告白に、場が凍り付き、「まさか……お前さんもそうじゃったとは……」とジャオは呻くように言葉を落とす。

 

 アルヴィンが気まずげに頭を掻きながら笑みを作った。

「ま、そんな訳で、マシュはずっと調整漬けで、外に出ることなんて無かったって訳。それにその話をすりゃ、『なんで奪ったんだ?』って話になって、おたくらならマシュの話まで予想できちまってただろう? ガンダラ要塞でのマシュの扱いを見た以上はさ」

 

 アルヴィンの問いかけに、ローエンは顎に手をやり静かに頷く。

「そうですね。確かにガンダラ要塞でのマシュさんへの振る舞いは、ずっと不可解には思っておりました」

 

「だね。それがまさかティポと繋がってるとは思わなかったけど……」ジュードも呟く。

 

「ま、そんな訳で、ちょっと余計な気を遣っちまったって訳」

 

 ミラは瞳を細め、アルヴィンを見据えた。

「なるほど。しかし、ティポの正体を知っていながら、ティポと接していたとは……意外と“いい奴”ではないか、アルヴィン」

 

「あれ? 今頃、気付いた?」アルヴィンは肩をすくめ、苦笑した。「……なんてな。ティポを道具扱いしたら、それこそ俺はマシュも同じような扱いをしてるってことになりかねないからさ。ちょっと気が引けてただけだよ」

 

 マシュは一瞬、潤んだ瞳で彼を見た。

「アルヴィン……」

 

 ジュードが眉をひそめる。

「でも、脳に直接って……それ、体に悪影響はないの?」

 

「わかりかねます」マシュは首を振った。「なにせ私は、アルクノアでのこの実験における唯一の成功例。他の被験者の皆様は既に亡くなっており、残っているデータは、私自身のものしかありません」

 

 ローエンは厳しい目を向ける。

「それほど危険な状態を、よく受け入れられておりますね。普通なら恐怖で押し潰されても不思議ではないのに」

 

「お人好しなんだよ、こいつもさ」アルヴィンが吐き捨てるように言った。

「だからあいつに利用され――」

 

 その瞬間、乾いた銃声が響き渡った。

 

「くっ、密猟者どもめ!」ジャオが咆哮する。

 

 彼は即座に立ち上がり、武器を構える。その背にミラが鋭く声を飛ばした。

「待て! なぜ、エリーゼは研究所にいた?」

 

 問われたジャオは一瞬、逡巡するように目を伏せた。瞳の奥に、長年背負い続けてきた後悔の影が差す。

「うむ……おそらく娘っ子の両親を襲った野盗経由で、誰かに売られたのだろう。ワシが居ない隙にご両親は殺され、エリーゼはいなくなっておったからな。おかげで研究所に娘っ子が居た時は心底驚いたものだが……それはそれとして、増霊極の研究にはア・ジュールの未来がかかっていると、希望した参加者やその家族には多大なる報奨の受け渡しが約束されておったからな」

 

 重く湿った風が通り抜ける。ローエンは眉をひそめ、静かに言葉を落とした。

「……つまり、人身売買ということですか」

 

 その響きに、ジュードの胸はざわめいた。

「研究所はそんな人たちと取引をしていたの?」

 

 ジャオは首を横に振る。その仕草は断固としていた。

「いや、それは断じてない。増霊極の研究は、現ア・ジュール王自らが推し進めていたもの。じゃが、あのお方が身元の怪しい奴らとの取引を許すわけがない」

 

 Xが鋭い視線を投げる。

「となると、身元の保証がしっかりしていた人と取引したと?」

 

「ああ」ジャオは低く頷く。「娘っ子を預かった研究員によれば、その女はきちんと身元を明かしたと言っておった。……だからこそ、誰も疑わず、孤児院の人間という自己紹介を信じたらしい」

 

 ミラは一歩踏み出し、声を潜める。

「それが誰かは覚えていないか?」

 

 ジャオは深く息を吐き、記憶を探るように額に手を当てた。

「名前か……確か、名前は――」

 

「女……」ジュードは思わず呟いた。

 その瞬間、胸の奥で繋がる何かを感じた。こめかみを押さえる仕草は、彼が真剣に考え込むときの癖。ティポの言葉、そしてあの時のイスラの不自然な態度――点と点が線となり、脳裏に走る。

 

「……まさか。イスラさん……?」

 

「おお、確かそんな名であったな」ジャオは目を丸くし、驚きと共に頷いた。「よく知っておるな」

 

 ローエンは静かに眼鏡を押し上げる。

「なるほど……ここで線が繋がったということですか」

 

 ジャオは顔を伏せ、声を絞り出す。

「……ワシが言えた義理ではないが、頼む。あの娘っ子を、これ以上一人にせんでやってくれ」

 

 その言葉の重さに、ジュードの胸が締めつけられる。

「ジャオさん……」

 

 だがジャオはそれ以上言わず、密猟者の気配を追うように駆け出していった。

 

 その背中を見送りながら、ジュードは小さく呟く。

「……とりあえず、シャン・ドゥへ行こう」

 

 Xが怪訝そうに振り向く。

「おや? エリーゼさんを探さなくてよろしいので?」

 

 ジュードは静かに首を振った。

「大丈夫。レイアやジャンヌの足なら、エリーゼに追いつけてるはずだよ。それでまだこっちに戻ってきてないってことは、先にシャン・ドゥに帰っているか、今も側に居て話しをしてるんだと思う。……聞いてもらえてるかどうかはわからないけど」

 

 Xが軽く肩を竦める。

「なるほど。確かにあの小柄な子に逃げられるような方々ではありませんでしたね~」

 

 ミラは腕を組み、空を仰ぐ。雲の切れ間から、わずかに光が差していた。

「いいだろう。ワイバーンの件もある。一度、シャン・ドゥに戻ろう」

 

 誰も逆らわなかった。

 こうして一行は再びシャン・ドゥを目指し、足を進め始める。風が背を押し、石畳を踏む音が寂しく薄暗い岩孔に響いた。

 




 本日も仕事が忙しいので配信は一本とさせていただきます。
 何卒、ご了承くださいませm(__)m

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