王の狩り場の湿った風が岩肌を優しくなでる中、ジュードたちはようやくレイア、ジャンヌ、そしてエリーゼの姿を見つけた。
「レイア……エリーゼは?」
駆け寄るジュードの問いに、レイアは困ったように微笑み、短く答えた。
「……うん」
その先にいたエリーゼは、俯いたままだった。瞳は虚ろで、唇はかすかに震えている。その肩を抱くジャンヌが優しく見つめるものの、その小さな体を丸めた姿は、見る者の胸を締め付けた。
「……」
彼女は一言も発せず、ただ大地に縫い付けられたように動かない。
レイアがそっと向き直る。
「まだ元気はないけど……」
ジュードは唇を噛みしめ、うなずいた。
「そっか……。それより、ここは物騒だし、街に戻ろう」
「了解」
「では、参りましょう。エリーゼ」
エリーゼの肩に優しく手をやるジャンヌの言葉に、エリーゼは何も言わずに歩き出す。
彼らは互いに言葉少なに視線を交わしながら、落ち込んだエリーゼを囲うようにしてシャン・ドゥへと戻っていった。
◇ ◇ ◇
シャン・ドゥの門をくぐると、そこには息を切らしながら待ち構えていたユルゲンスの姿があった。
「おお、戻ったのか!」
安堵の声とともに駆け寄ってくるユルゲンス。額には汗が滲み、その焦燥ぶりが伝わってくる。
「心配していたんだが、無事でよかった!」
「は、はい……まぁ、何とか」
ジュードは曖昧に笑いながら答えたが、その視線は自然とエリーゼへと流れていた。
ユルゲンスもその様子に気づき、訝しげに目を細める。
「……ん? 何かあったのかい?」
「それは……」
ジュードは口を開きかけるが、言葉を選べず視線を伏せた。その代わりに、アルヴィンが話題を断ち切るように声を投げる。
「んなことより、約束のワイバーンの準備はできてんか?」
ユルゲンスは気まずそうに咳払いし、頭を下げた。
「あぁ、それなんだが……すまない。実は決勝前にあのようなことがあっただろう? おかげでそちらの話や犯人探しなどに人手を割かれてしまってな。許可はまだ頂けていないんだ」
「え~……」
レイアの肩ががっくりと落ちる。
「本当にすまない」
ユルゲンスは苦渋の表情で頭を下げ続けた。
「ま、しゃーねぇよな」アルヴィンが肩をすくめる。「あんだけのことがあった後なんだからな」
ミラも腕を組み、目を細めて頷く。
「うむ……」
その反応にユルゲンスはほっと胸を撫で下ろした。
「そう言ってくれると助かる。だが、そちらが約束を果たしてくれた以上、こちらも約束を違えるつもりはない。これから私が首都カン・バルクへ赴き、王の許可をもらってくるつもりだ」
場が一瞬静まり返った。
ジュードは考え込み、やがて顔を上げてミラに提案する。
「ねぇ……どうせだったら、僕たちも一緒に行った方がいいんじゃない?」
ミラの瞳が揺れ、すぐに鋭い光を帯びる。
「なるほど。行って戻るのを待っていたら、時間がかかる。それに――機会があれば、研究所の真意を確かめたいとも思っていた」
「真意?」
ジュードの問いかけにミラがまっすぐに答える。
「マシュが言っていただろう? 増霊極(ブースター)の実験には死者が絶えなかったと」
「はい。それは間違いありません」
ミラの言葉にマシュが頷く。
「一応、色々な保証はされていたという話しであったが……その話を聞くと、ア・ジュールの王がどういう者なのか、知りたくなってな」
「なるほど……」
強い決意の滲むその声に、ユルゲンスは顎を軽く撫で、わずかに目を伏せてから答える。
「? まぁ、何の話かは分からないが……そういうことなら、ワイバーン自体を運ばないといけなくなるな。すまないが、それだと準備に時間がかかるだろうから、明日の朝まで出立は待ってくれないか? その間に私が王に許可を取り、途中で君たちと合流すれば時間的なロスもだいぶ減らせるだろう」
その提案に一行の視線が一瞬だけ交錯するも、結論はすぐに出た。
「いいだろう。それで頼む」
ミラの承諾に、ユルゲンスは深く頷き、「わかった。それじゃあ、仲間に話を通しておこう」と短く言い残し、踵を返す。
去ろうとする背に、不意にジュードの声が追いかけた。
「あ、あの!」
ユルゲンスが振り返り、やや怪訝な眼差しを向ける。
「ん? 何だい?」
ジュードは一拍置き、唇を噛んでから意を決したように問う。
「イスラさんは、どこにいるかわかりますか?」
「イスラ? 彼女なら回診をしている頃だろうから、少なくとも街の外には出てはいないはずだが」
ユルゲンスの答えは素っ気なくも確かだった。
「そうですか。……ありがとうございます」
短く礼を述べるジュード。その横顔は、答えを得た安堵と、心の奥に広がる疑念の影の間で揺れていた。
ユルゲンスの姿が人混みに紛れ、完全に見えなくなったのを確認してから、レイアが口を開いた。
「ねえ、なんでイスラさんの居場所を聞いたの?」
「それは……」
エリーゼの件をどう説明したらいいかと迷うジュードに代わり、アルヴィンがジュードの真意を口にする。
「エリーゼがいた研究所に嬢ちゃんを連れてったのが、イスラだって話でな」
「え?! ジャオさんが言ってたの?」
「うん」
「エリーゼ……」
事実を知ったジャンヌやレイアは勿論、その言葉に皆の視線がエリーゼに集まる。なんて言っていいのか分からない状況に、言葉を詰まらせる中――エリーゼが口を開く。
「どうでも……いいです」
「エリーゼ?」
「どーせ、エリーゼが一人ぼっちなのは変わらないんだからー」
それはエリーゼの本音。
自分では言えないことを代弁するティポの言葉。
「……」
おかげで誰も何も言えないでいる中、ローエンが場を収めるように言葉を述べる。
「とりあえず、今日は体を休めることを優先しましょう。今日は色々なことが起き過ぎました」
ジュードも頷き、肩の力を抜いた。
「了解。それじゃあ、暫くは自由時間だね」
レイアの顔がぱっと明るくなる。
「やったね! それじゃあせっかくだし、シャン・ドゥ見物と行こうよ、エリーゼ」
だが、呼びかけられたエリーゼは返事もせず、ただ俯いたまま。彼女の小さな肩は重い影に押し潰されているように見えた。
「あ、あぁ……」とレイアが気まずそうに目を泳がせる。
ジュードが短く首を振った。
「今はそっとしといてあげよう」
ジャンヌがそっと寄り添い、優しく微笑む。
「ではエリーゼは私と。宿で休みましょう、ね?」
その言葉に、エリーゼは渋々といった様子で小さな足を前へ運び出す。彼女の背を支えるジャンヌの姿が、黄昏色の空の喧噪の中に溶けていった。
レイアはその後ろ姿を見送りながら、小さく呟く。
「エリーゼ……」
ローエンが静かに首を振る。
「こればかりは我々ではどうしようもありませんね。時が彼女の心を強くしてくれるのを待つよりありません」
ジュードも俯き加減で「うん……」と答える。胸の奥に渦巻く無力感は、簡単に拭えるものではなかった。
そんな空気を切り裂くように、アルヴィンが軽口を叩いた。
「ま、何はともあれ、今日は解散ってことで」
重苦しさを振り払うように、ミラも頷く。
「ああ、そうだな」
今も変わらない黄昏色の空の明かりが、シャン・ドゥの街並みに赤い影を落としていた。束の間の休息が、彼らを待っていた。
本日も仕事が忙しいので一本配信とさせていただきます。
何卒、ご了承くださいませm(__)m
お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?
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1~2000文字以内
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2~3000文字以内
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3~4000文字以内
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4~5000文字以内
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5000文字以上