フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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それが彼女の選択

 ――翌朝。

 

 シャン・ドゥの宿屋の食堂には、温かな香りが漂っていた。焼き立てのパンの匂い、香草の浮かんだスープの湯気。窓から差し込んだ相変わらず変化の無い明かりは、テーブルの上に柔らかな影を落としている。だが、その穏やかな風景は唐突に破られた。

 

 慌ただしい足音と共に、ジャンヌが姿を現したのだ。彼女の顔は蒼白で、胸の内の焦燥を隠しきれていない。

 

「ミラ様。エリーゼを見かけませんでしたか?」

 

 その一言で場の空気が張り詰める。パンを口に運びかけていたレイアの手が止まり、ジュードの心臓は一瞬にして冷たいものに握られたように跳ねた。

 

「なに?」

 

「エリーゼ、いないの?」

 声は思わず上ずってしまう。

 

「はい……。昨夜は“今は一人にしてほしい”と言われたので部屋を別々にしたのですが、今朝迎えに行ったら、どこにも……。ティポを入れておいた箱まで無くなっていて……」

 

 ジャンヌの言葉に、皆の表情が硬直する。ローエンが眉間に深い皺を刻み、唇を結んだ。

「箱まで? ……まさか! 一人でティポさんのデータメモリを取り戻しに行ったのでは?」

 

「えっ!?」

 レイアの声が弾け、椅子が軋んだ。ジュードは胸を掻き毟られるような焦りに駆られる。

「そんな、まさか……っ!」

 

 だがアルヴィンは低く吐き捨てるように言った。

「いや、あり得ない話じゃないだろ。あの場じゃ誰もお嬢ちゃんの味方をしてやれなかったし、お嬢ちゃんはまだ子供。俺たちが予想だにしないことをしても不思議じゃない」

 

 その現実を突きつけられ、ジャンヌは唇を震わせる。

「そんな……」

 

「ど、どうしよう、ミラ?」

 ジュードは頼るように隣を見る。

 

 しかしミラの答えは冷徹だった。

「どうしようも何も、エリーゼが決めたことだ。我々が止めていいものでもあるまい」

 

 レイアは思わず立ち上がる。

「で、でも! 子どもが一人でうろつくなんて……アルクノアみたいな危ない人たちだっているんだよ!? そもそもエリーゼのティポを狙われたんだし」

 

 その訴えに、ミラの横顔は微動だにしない。

「それでも、私には私の使命がある。寄り道をしている時間は、もう無いと言っていいだろう」

 

「ミラ様……」

 ジャンヌの声はか細く揺れる。

 

「それでも、どうしてもエリーゼを捜したいというのなら止めはしない。ここでお別れだ。今まで世話になったな」

 

 淡々と告げて、ミラは席を立った。背筋を伸ばし、まっすぐに扉へ向かう。その背中は揺るぎなく、同時に誰も追いつけない孤高さを纏っていた。

 

「ミラ! ……ど、どうしよう、ジュード」

 レイアは縋るように振り返るが、「どうしようって言われても……」とジュードも答えを持たない。ただ拳を握りしめる。

 

「可哀想ですが、私はミラさんについていきますよ」

 静かに告げたのはXだった。その目には迷いはない。

「ア・ジュール王がどんな人物なのか見ておけって、アルトリアちゃんからの指示なのでね」

 

 そう言い残して、Xもまたミラの後を追った。

 

「私は……私は……」

 ジャンヌは胸に手を当て、唇を噛む。その震えが、彼女の葛藤を物語っていた。

 

 沈黙を破ったのは、アルヴィンの乾いた溜息だった。

「……あ~、はいはい。了解了解。ここは俺が捜すよ」

 

「アルヴィン?」

 ジュードが驚いて名を呼ぶ。

 

 アルヴィンは片手を頭に当て、わざとらしく肩を竦めた。

「そもそも、今回の件は俺たちが原因だしな」

 

「どういうことです?」

 ローエンの言葉に、罪悪感を抱きながらアルヴィンが事情を話す。

「ほら、嬢ちゃんがおたくらと一緒に行きたいって言った時、俺、賛同したろ? あれも実は、アルクノアの指示だったんだよ。第三世代型の増霊極を持つ少女を側においておけってな」

 

「それって……!?」

 レイアの驚きに対し、更にアルヴィンはアルクノアとのやり取りを語る。

「カラハ・シャールに居る間は、騎士王殿のせいで手が出しづらいけど……俺たちと一緒なら、いつでもティポのデータメモリを奪えるからな」

 

「なるほど……」

 アルヴィンの言葉に納得したというローエン。

 

 それにはマシュも同様な気持ちを抱いているように、事情を伝える。

「そもそも、エリーゼさんの存在をアルクノアに伝えたのも、我々なのです。ですので……」

 

「そんな……それじゃあ、二人はやっぱりティポを狙ってたって知ってたってこと?」

 攻めるようなジュードの視線にアルヴィンは少し視線をそらし、頭を掻きながら事実を口にする。

「まぁ、いずれそうなるって予想はできてたけど……それでも、あのタイミングでってのは本当に知らなかったんだ。俺たちが受けてた指示は、ミラやその周囲の人間の情報を逐一流せってことだけだったし」

 

「だから、エリーゼさんの情報を流した訳ですか」

 ローエンの追及にアルヴィンは「ああ」と正直に告げると、更に彼らとのやりとりを開示する。

「もっと言えば、ミラは殺さないように気を付けろって指示まで受けてたんだぜ? だから、イル・ファンでもお前たちのことを必死に助けた訳だし。……それなのに、決勝前に俺たちまで巻き込んで毒を盛るは、優先順位がミラからティポに変わってたわで、俺たちも何が何だか……」

 

「マシュもそうなの?」

 

「はい……。我々は定期的にこれに入る指示に従うだけに過ぎませんでした」

 

 レイアの追及に観念したマシュが見せてきたのは黒い何か。

 

「これは?」

 

「通信機です。遠くに居るアルクノアからの命令を受け取るための物となります。電波という概念を利用しており、精霊は殺さずに済むので、ミラ様にも気付かれなかったかと」

 

「こんな物があるとは……」

 

「ちなみにシルフモドキでの連絡も、アルクノアからの指示を受けるためだったんだ。この通信機、場所によっちゃ通じないところがあるからな」

 

「それじゃあ……ずっと、これで僕たちを騙してたんだね」

 悲しげに語るジュード。

 

 アルヴィンはバツが悪いと首に手をやりながら謝罪する。

「悪かったって。一応、言い訳させてもらえれば、それはアルクノアに切られる前の話。ちゃんと飼い犬として、尻尾振ってた時の話だ。……だけど、こっからは違う。あいつらに切られた以上は、こっちもけじめを付けるつもりだっての」

 

「アルヴィン君……」

 レイアは思わず名を呼ぶ。その瞳には心細さと安堵が入り混じる。

 

 アルヴィンは軽口を叩くように肩を竦めた。

「……って訳で、あんたはミラのお守りをしなくちゃなんだろう? だったら、ここは任せとけよ。ジャンヌ。勿論、ミラにゾッコンの優等生もな」

 

「ゾ、ゾッコンって!」

 顔を真っ赤にして抗議するジュード。その反応を見て、アルヴィンはわざとらしく微笑んだ。

 

 一方のマシュ。アルヴィンの決意に追随しようと「では、私も――」と口にする。

 

 しかし、その決意にアルヴィンは異を唱える。

 

「いや、お前はミラたちと一緒に居てくれ。最悪、俺に何かあっても、お前がいればお袋は大丈夫だろうからな」

 

「し、しかし……」

 

 そのやりとりに、ローエンが静かに割って入った。

「では、私も捜索組に加わりましょう」

 

「爺さんが? ……ったく、ホント信用ねぇな、俺」

 アルヴィンは渋い顔をする。

 

「ふふふ。別にそういう訳ではありませんよ」

 ローエンは微笑みを浮かべつつも、その眼差しは真剣だった。

「アルクノアの二人がミラさんから離れれば、あなたのお母上の薬が滞りかねないのでしょう?」

 

「それは……」

 アルヴィンの言葉が詰まる。

 

「であれば、マシュさんがミラさんたちの側にいた方がいいのは事実。そして捜索には私が妥当でしょう。私もまた、ドロッセルお嬢様よりエリーゼさんの無事を言い渡された訳ですし」

 

「ローエン……」

 ジュードは心苦しいといった表情でローエンを見つめている。

 

「アルヴィンさんが離脱した理由は……そうですね、ミラさんへの忠義を示すために必要だったとでも、ご連絡すればよろしいかと」

 ローエンが提案した言い訳は、確かにアルクノアの目を騙すのには有効だったとアルヴィン。

「爺さん……。礼は言わないぜ」

 

「ありがとうございます、ミスター」

 マシュが深々と頭を下げる。

 

「いえいえ」ローエンは軽く頭を振った。「では、男が二人連れ立っても花がありません。ここは二手に別れての捜索と参りましょうか」

 

「了解だ」

 アルヴィンも頷き、立ち上がる。

 

 二人が席を離れると、ジュードが思わず声をかけた。

「ア、アルヴィン、ローエン!」

 

 振り返ったローエンは、穏やかな声で告げる。

「ミラさんのこと、お願いします」

 

「ちゃんと見張っておけよ? じゃないと、平気で突撃とかしちゃうだろうからな、あいつ」

 アルヴィンが皮肉めいた笑みを残し、二人は宿の外へ消えていった。

 

 食堂に残されたのは、ジュード、レイア、ジャンヌ、そしてマシュ。扉が閉じられると、静けさが重くのしかかる。

 

「本来なら、私が出向かなければならなかったというのに……」

 ジャンヌは拳を握りしめ、悔しさを隠しきれない。

 

「それは、僕の方だよ」

 ジュードの声は沈んでいた。

「僕がエリーゼをハ・ミルから連れ出したっていうのに。それなのに……」

 

「ジュード……」

 レイアは心配そうに彼を見つめる。

 

 するとマシュが、真っ直ぐに言葉を投げた。

「……それでも、アルヴィンやMr.イルベルトは、私たちの代わりを務めると買って出てくださいました。ならば、私たちは私たちのなすべきことを果たすべきかと」

 

「そ、そうだよ!」レイアは勢いよく立ち上がった。「ここで反省してても、意味ないし。こうなったら全力でミラをサポートしなきゃ! ね?」

 

 ジュードはうつむいたまま拳を握りしめ、それからゆっくりと顔を上げた。

「……そう、だね」

 

「エリーゼが健やかに過ごせるためにも、確かにミラ様のなすべきことのお手伝いはしなければなりませんね」

 ジャンヌもまた、胸に抱いていた迷いを振り払うように顔を上げた。

 

「それじゃあ、ミラのところへ行こっか」

 

「うん」

 

「はい」

 

 レイア、マシュ、ジャンヌ。三人の仲間と共に、ジュードは歩き出した。その背中には、まだ小さな不安が纏わりついていたが、それでも進むしかないのだ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「ようやく来たね」

 朗らかな声が響く。そこにいたのはユルゲンスと共に居た男だった。

 

「……って、何か数が少なくないかい?」

 男はワイバーンを収めた檻を積んだ馬車の手綱を握りながら、首をひねる。

 

 ジュードは一瞬言葉を詰まらせ、視線を落とした。

「それは……」

 

「気にするな」

 ミラが先に口を開いた。彼女の声には迷いがなく、まるで余計な感情を切り捨てたかのようだった。

「それよりも、これでア・ジュール王のもとに行けるのだな」

 

「ああ。急ぎだって聞いたんでな。かっ飛ばせる奴を用意したから、首都カン・バルクまでは一気にいけるぜ」

 

「助かる。では、行くとしよう」

 ミラの眼差しはすでに前だけを見据えている。

 

「う、うん……」

 ジュードは頷き、仲間と共に馬車へと足を運んだ。

 

 次々と乗り込む仲間たち。最後に残ったジュードは、足を馬車の踏み台にかけたところでふと動きを止めた。

 

 振り返る。

 そこに広がるのは、いつもと変わらぬシャン・ドゥの喧騒だった。商人の声、子どもの笑い声、遠くで鳴る楽器の音。昨日まで命のやり取りをした闘技場の気配など、どこにもない。――そして、そこにいるはずの人物の影も。

 

 胸の奥がきゅっと締めつけられる。

 

「何をしているのだ?」

 馬車の奥から、ミラの澄んだ声が飛ぶ。

 

「あ、うん。何でもない。今行くよ」

 ジュードは慌てて振り返り、曖昧な笑みを浮かべた。

 

 そして踏み台を上がり、馬車の中へ身を滑り込ませる。

 

 扉が閉じられると同時に、馬車が揺れ動き始めた。街道に響く蹄の音が次第に速さを増し、シャン・ドゥの街並みはたちまち遠ざかっていく。

 

 ジュードは最後に一度だけ窓から後ろを見やった。

 鮮やかな喧騒はもう霞み、そこに残るのは「置き去りにしたもの」への痛みだけだった。

 

 ――こうして彼らは一路、ア・ジュールの首都カン・バルクへと向かうのだった。

 

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

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