黎明の都 カン・バルク
雪深い山道を越え、ようやく馬車が止まった。扉を開けた瞬間、冷たい空気が容赦なく流れ込んでくる。
「さて、到着したぞ」
御者の声を合図に、ジュードたちは外へと足を踏み出した。目の前に広がるのは、銀世界に包まれた山岳に囲まれた都市――黎明の都カン・バルク。
山々に囲まれた街は、白銀の屋根を幾重にも連ねていた。木と石で組まれた家々の隙間からは、鋳鉄の煙突がいくつも突き出し、淡い煙を空へと吐き上げている。背後には雪を抱いた岩壁がそびえ、夕光がその稜線を淡く染めていた。
街を横切る高架の門の上にも雪が積もり、その向こうにはいくつもの区画が階層をなして連なっているのが見える。静かな空気のなか、機械の唸りだけが遠くで低く響いていた。
「うひ~、寒い~」
レイアが身を縮め、肩をすくめた。吐息は瞬く間に白く凍り、彼女の赤い頬をさらに染める。
「ここは標高も高いみたいだしね。もうちょっと暖かめの服を用意するべきだったかも」
ジュードも凍りつく風に思わず目を細めた。空気は澄み切っているが、その冷たさは肺を刺すようだ。
「う、うむ……そ、そうだな……」
ミラは珍しく声を震わせていた。普段はどんな状況にも動じない彼女が寒さに顔をこわばらせている姿は、逆にジュードの胸をざわつかせる。
「大丈夫ですか? ミラ様」
心配げにジャンヌが声をかけると、ミラは小さくうなずいた。
「うむ。この寒さに慣れていないだけで、そのうち何とかなるだろう」
強がりに聞こえるその言葉に、ジャンヌはわずかに眉を寄せた。
「ま、私は関係ありませんけどね」
Xが肩を竦め、どこか余裕をにじませる。その姿は寒風の中でも微動だにせず、氷のように冷ややかだ。
「いいな~。って、なんかマシュも平気そうだね」
レイアが羨ましげに視線を向けると、マシュはいつも通り淡々とした声で答えた。
「はい。私の体はあまり環境の変化には左右されませんので」
「それって……」
ジュードが思わず問い返しかけたとき――
「お~い、お前たち~!」
朗々とした声が雪の街に響いた。声に反応して大きな門の方面を見ると、白い息を吐きながらユルゲンスが駆け寄ってくる。その大きな体に雪片が舞い散り、彼の存在感を一層際立たせていた。
「ユルゲンス。聞いていた話しと少し違うようだが……ワイバーンの許可はおりなかったのか?」
ミラが眉をひそめる。
「そういえば、王の許可を取ったら戻ってきて、途中で合流しようってことだったよね?」
ジュードも不思議そうに問いかけた。
「だな。俺もそう聞いてたから、途中で行き違いになったんじゃないかとヒヤヒヤしたぞ」
傍らにいた御者の男が、安堵の笑みを浮かべる。
だがユルゲンスは苦笑を返しながら首を振った。
「それが……君たちのことを話したら、何故か王が直接君たちに会って話がしたいと仰られてな。下手に戻って行き違いになれば、またカン・バルクに行かないといけなくなるから、仕方なくここで君たちを待っていたんだ」
「王様が僕たちに?」
ジュードの胸に小さな緊張が走る。
「なんで私たち?」
レイアも首をかしげた。
「さぁ? もしかしたら、闘技大会の結果が陛下に届いたのかな? それならキタル族にとっても栄誉だが……」
ユルゲンスが肩をすくめたそのとき、ジュードは不意にXの横顔を見た。
「もしかしてアルトリ……じゃなくて、Xのことがバレたとか?」
「あ~、なるほど。確かに私は完全に敵方の人間ですしね~。でも何故バレたのでしょう? これほど完璧な変装をしているというのに」
涼しい顔で冗談めかして答えるXに、「あはは……」とジュードは思わず苦笑をもらす。
「どうする? ミラ」
一方、ジュードが小声で伺うと、ミラは冷気に赤らむ頬を上げ、真っ直ぐに雪の城塞を見据えた。
「ふむ。そうせねば許可が下りないというのなら仕方あるまい。それに、これは奴の為人(ひととなり)を知るチャンスでもあるしな」
「そういえば、気になるって言ってたね」
「ああ。……では、行くとしよう」
ミラの声は冷気を切り裂くように澄んでいた。
「それじゃあ、私はワイバーンの準備をしているよ。いつでも飛べるようにね」
ユルゲンスは力強くうなずき、背を向けて歩き出す。その背中を見送りながら、ジュードは深く息を吐いた。
「ありがとうございます」
雪に覆われた城の塔が、白銀の空にそびえ立つ。冷たい風は依然として容赦なく吹きつけてくるが、ジュードたちの胸に去来するのはそれ以上に大きな――得体の知れない期待と不安だった。
こうして彼らは、不思議な思いを胸に抱きながら、王の待つ城へと歩みを進めていった。
◇ ◇ ◇
白雪に覆われた城壁の前。重々しい鉄門は、寒い空の明かりを浴びて鈍く光り、まるで訪れる者を試すかのように立ちはだかっている。
「ア・ジュール王に呼ばれたのだが?」
ミラが一歩前に進み出て告げる。凛とした声は凍える空気を震わせ、並んでいた市民たちの耳をも打った。
「お前たちが? ……暫し待て。名は?」
門を守る兵士が鋭い視線を向ける。その甲冑は雪で白く曇り、無骨な威圧感を放っていた。
「ミラだ」
「わかった」
短く答えると、兵士は城門の奥へと歩み去った。重い足音が雪を踏みしだき、次第に遠ざかっていく。
残された一行の背後では、市民たちが列を作り、王への嘆願を待っていた。冬の寒さに震えながらも、彼らの眼差しにはどこかのぞみの光が宿っている。
「すごい行列だよね」
ジュードはその姿に目を奪われ、小さく呟いた。
「みんなの声をちゃんと聞いてくれる、いい王様なんだね」
レイアが吐いた白い息が、嬉しげに空へと溶けていく。
「現在のア・ジュール王は、かつて混乱を極めた国内を、その圧倒的なカリスマで統率した人物だと言われています」
淡々と説明するマシュの言葉に、ジュードは思わず背筋を正した。王とはただの象徴ではなく、実際に人々の心をまとめ上げる存在なのだと。
「それなら、アルクノアを止めようとしているわたしたちに協力してくれるかも?」
レイアは信じるように笑う。しかし――
「だが、その影で増霊極実験の死者を出し続けているというのであれば、見逃せんな」
ミラの言葉は冷たい風よりも鋭く、皆の胸に突き刺さった。
「増霊極……エリーゼ……」
ジャンヌが小さく名を呼ぶ。彼女の目に浮かんだ陰りは、雪よりも重い。
「でも、ジャオさんの言葉だと報奨金なんかが出ていたっていうし、イスラさんが身分を偽れなかった程には、身元の照会はしっかりしてる事業っぽかったけど」
ジュードは思い出すように言葉を選んだ。善か悪か、表と裏、どちらに重心が傾いているのか――まだ測りかねる。
「そうだな。……だが、結局は会ってみないことにはわからん」
ミラは雪空を仰ぎ、瞳に決意の色を宿した。
そのとき、門扉の影から兵士が戻ってきた。
「お待たせしました。陛下がお待ちとのことです」
頭を垂れると同時に、城門の錠が重く解かれる。鉄と鉄が擦れ合う音が、冬空に長く響き渡った。
「では、行くとしよう」
ミラは振り返り、一行を促した。
「ですが、ホントVIP扱いですね、我々。他に相談者が居る中で先に通されるとか」
Xが冗談めかして言うが、その声には探るような響きがある。
「何かの罠だったりしないよね?」
ジュードは胸の奥の不安を隠せずに問う。
「可能性は無いとは言い切れません」
マシュは冷静に答えた。どんな状況にも動じない彼女の口調は、逆に緊張を強調する。
「そうかなー。会えないで帰るよりはよかったじゃない」
レイアは軽やかに笑った。その明るさは、張り詰めた空気を少し和らげる。
「単純だな~、もう」
ジュードが苦笑し、白い息を吐いた。
こうして一行は雪深い城門をくぐり、石畳を響かせながら、王の待つ玉座の間へと歩を進めていった。
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