フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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謁見 前編

 長い回廊を抜け、磨き込まれた石畳の上を足音が反響する。冷たい空気と共に、どこか張り詰めた緊張が一行を包み込んでいた。やがて辿り着いた大扉が音を立てて開かれる。

 

 そこは、天井の高い荘厳な謁見の間。紅と金で彩られた柱が左右に並び、天から吊るされた灯が柔らかく揺れている。その光が磨かれた床に反射し、模様を描いた絨毯の上に金のきらめきを落としていた。奥の階段を上がった先には、黒と金で飾られた玉座のような席が据えられ、背後の壁には荘厳な紋章が刻まれている。空気にはわずかな香の匂いが漂い、遠くで響く金属音が、広い空間に細い余韻を残していたが、その中央では、すでに三つの影が待ち受けていた。

 

「え!? あなたは……」

 

 ジュードが目を見開いた。見覚えのある顔が2つ、そこにあったからだ。

 

「わしは四象刃(フォーヴ)が一人、不動のジャオじゃ」

 

 階段下の側面に立つ男性の声は低く、石造りの広間に響いて重くのしかかる。それはハ・ミルで出会った男。エリーゼの過去に深く関わってしまったあのジャオだった。

 

「同じく百術のプレザよ。あの時はお世話になったわね? マクスウェル様」

 

 玉座の左隣りに立つその女は、キジル海瀑でミラを襲ったあの時の女性。滝つぼに落ち、生死不明だった彼女が今、艶めかしい笑みを浮かべ、こちらを猛禽のように鋭い眼差しで見つめている。

 

「そして俺は、革命のウィンガル」

 

 最後に口を開いたのは、玉座の右隣りに立つメカクレの男――ミラたちがニ・アケリアを旅立つ際に彼女を見つめていた中の一人が、冷たい気配を纏いながらも、どこか静謐な力を感じさせる声を発している。

 

「ほう、まさかこんな所で顔見知りと会うとはな……しかし、四象刃とはいったい?」

 

 ミラが眉をひそめる。

 

「ア・ジュール王が最も信頼する直属の四人の戦士のことですよ。しかし、ジャオという人がその一人だったとは驚きですね~」

 

 Xは肩をすくめ、楽しげに言った。だが瞳の奥にはわずかな警戒の色がある。

 

「騎士(デイム)アルトリアはご存じなかったので?」

 

 マシュが問いかける。

 

「詳しいパーソナルなデータまでは。何度も言ってますが、うちのアルトリアちゃん、ラ・シュガル王とはもうバッチバチですから、全然情報なんて回してもらえないんですよ~」

 

 冗談めかす口ぶりのXに、ジュードたちはついつい緊張をやわらげる。

 

「静まれ。王がお見えになられるぞ」

 

 しかし、ウィンガルの一言に、場の空気が再び一変する。広間の奥の扉へと視線が集まり、ジュードたちの胸が自然と高鳴った。

 

 すると、奥にある重い扉が開き、足音が響く。やがて現れたのは、鋭い気配を放つ一人の男。彼は一歩ずつゆっくりと進み、やがて広間の上座へと腰を下ろした。

 

 男は漆黒の鎧を纏い、肩から胸元にかけては、硬質な装甲が重厚に重なり、どこか貴族的な風格を漂わせる一方、腕から伸びる鋭角的な籠手は、まるで刃のように敵意を示している。腰から裾にかけて広がる赤い衣は炎のように揺れ、彼の歩むたびに地を焼き尽くす幻を見せるかのようだ。長く艶やかな黒髪は肩まで流れ、額から鋭い視線を覗かせる瞳は、周囲を威圧するような強い意志を宿しており、鋭い双眸がまっすぐにこちらを射抜くと、その視線にさらされた瞬間、ジュードは本能的に目を逸らしてしまった。

 

「よく来たな、マクスウェル。それと……ラ・シュガル随一の剣士と誉れ高い少女、騎士王(セイバー)よ」

 

 低く、しかし威圧感を秘めた声。

 

「さて……いったい誰のことを仰っているのやら? 私はしがない正義の執行者、ただの謎のセイバーX――」

 

 軽口を叩くXの声も、この場ではどこか空虚に響いた。

 

「お前がア・ジュール王か」

 

 ミラが一歩進み、堂々と視線を返す。

 

「……我が字(あざな)はア・ジュール王、ガイアス」

 

 名乗りと共に放たれる覇気は、空気そのものを震わせるかのようだった。

 

「我々を呼び出したのは何のつもりだ」

 

 ミラが問う。

 

「なに、貴様がどのような者なのか、この目で見定めておきたかっただけのこと」

 

「私を?」

 

「曲がりなりにも精霊の主を名乗っている者。捨て置くことなどできまい」

 

 ミラの瞳が鋭く細められる。

 

「良く知っているようだが……それで? 感想は?」

 

「底は見えた」

 

 ガイアスの答えはあまりにも即断的だった。

 

「ほう?」

 

「俺がわざわざ係(かかずら)うほどの価値があるとは思えんただの女だ」

 

 冷酷な断じ方に、ジュードの血が逆流する。

 

「なっ!」

 

「何をそんなっ!」

 レイアも声を荒らげた。だが当のミラは、淡々とした声音で応じる。

「別にいいさ。好きに言わせておけ」

 

「ミラ……」

 

 ジュードは悔しさと同時に、その冷静さに胸を打たれる。

 

「それよりも一つ聞かせろ。増霊極(ブースター)の研究についてだ」

 

 ミラの声は凍てついた空気を鋭く断ち切った。その名を口にした瞬間、ジャオがわずかに顔を伏せる。重苦しい影が広間に落ち、燭台の炎さえ揺らいだように見えた。

 

「リーベリー岩孔の奥にあるあの場所に子どもを集め、実験に利用していたというのは本当か?」

 

 まっすぐに放たれた問い。王にすら臆さぬその眼差しに、ジュードの胸は鼓動を早める。

 

「ふっ、何を言い出すかと思えば……精霊のお前に関係があるのか?」

 

 ガイアスの口調は静かだが、その一言に込められた圧力は鉄壁の城壁のごとき重みを持つ。

 

「私はマクスウェル。精霊と人間を守る義務がある」

 

 毅然と答えるミラ。その背に、ジュードは確かな信念の炎を見た。

 

「精霊が人を守るとは、実に面白いことを言ったな」

 

 ガイアスの口端にわずかな笑みが浮かぶ。それは愉快というより、挑発にも似た笑みだった。

 

「精霊を尊(たっと)ぶ人間を、精霊が貴(とうと)ぶのはおかしなことか?」

 

「――なるほど。口は達者と見える」

 

 応酬は言葉の剣戟。互いの言葉が空間を切り裂き、場に居合わせる者たちの胸を刺す。

 

「貴様は王でありながらも、民を自らの手で弄んだのか?」

 

 ミラの問いは鋭い刃そのものだった。だが答えたのはガイアスではなく、ウィンガルだった。

 

「その件はすべて私に一任されている。あの研究所に集められた子供達は、全て親の了解や本人の理解を得た者たちだった。無論、中には生きる術を失いあそこに来るしか無い者もいたが……実験において、誓ってお前たちが想像するような非道な行いはしていない」

 

 淡々と告げられるその言葉。しかし、冷静であるがゆえに逆に重く響く。

 

「だが、それで多くの死者が出ていると聞いたが?」

 

「それは……」

 

 ミラの瞳が鋭く細められると、ウィンガルは気まずそうに顔を背けるものの、すぐさま反論しようと口を開く。

 

「確かに死者は出ている。想定していない形で失われた命もある。だが、それはどこまでいっても私の責。陛下は関係の無――」

 

「違うな」

 ウィンガルの言葉をガイアスが遮る。

「無論、民の命を遍く救うのが、ア・ジュールの王を名乗る俺の務めであろう。……だが。それでも零れ落ちる命はあるというもの」

 

「それが実験体として使われた命であったと?」

 

「そうだ。そしてそれは、俺がこれから背負わねばならぬ咎であるのも承知の上。必要な犠牲だったなどと、宣うつもりは毛頭ない。……だが、そうだとしても、俺にはこの国の安寧を守る責務がある。そのための礎が必要であるのなら、愚か者の誹りを受けようとも俺は、己が信じた道を突き進むのみ」

 

「陛下……」

 

 ガイアスの覚悟にウィンガルは言葉を詰まらせる。

 

「ふむ。どうやら貴様は、ナハティガルとは違うようだが……」

 

「でも、そのせいでエリーゼは……」

 

 レイアが思わず声を荒げた。広間の空気が一瞬張り詰める。

 

「エリーゼ?」

 

 ウィンガルの眉が動く。

 

「例の娘っ子じゃ。今までこやつらとおったのじゃが……。そういえば、あやつはどこにおる?」

 

 ジャオが低く呟く。その声音には、わずかな気遣いと後悔が混じっていた。

 

「それは……」

 

 ジュードは言葉に詰まる。思い浮かぶのは、あの幼い少女の笑顔と孤独な瞳。

 

「確か、アルクノアにデータメモリを奪われたんじゃなかったかしら? だから、今はそれを他の仲間と探してるんじゃない?」

 

 プレザが口にした言葉に、一同の胸に疑念が走る。

 

「何故あなた方がそれを?」

 

 マシュの声は冷徹で、まるで真実を切り裂く刃のようだった。

 

「それにアルクノアのことまで」

 

 Xも探るように目を細める。

 

「あなたたちが今、足を踏み入れてる地がどこだと思ってるの? ここはア・ジュール。私たちにとっては庭も同然のこの地で起きていることなんて、私たちが知らないはずないじゃない?」

 

 プレザの言葉は挑発的でありながら、自信に満ちていた。

 

「ふむ。それで私のことや、キジル海瀑で私を待ち伏せできた、と」

 ミラの問いに、プレザは唇の端を吊り上げる。

「まぁね」

 

 その軽やかな答えの直後、広間に低い声が落ちた。

 

「話はそれだけか? ならば今度はこちらから問わせてもらおう。クルスニクの槍についてをな」

 

「なにっ!?」

 

 ミラの瞳が大きく見開かれる。

 

「クルスニクの槍?!」

 

 ジュードの心臓が跳ね、声が裏返る。

 

「それって……」

 

 レイアも青ざめた顔で振り返る。

 

「確かナハティガルがアルクノアと共同で管理してるっぽいっていう黒匣(ジン)――巨大な兵器でしたっけ?」

 

 Xが言葉を継ぐ。軽口の響きはそのままだが、表情には冷たい緊張が走っていた。

 

「そうだ。マクスウェル、貴様、その『カギ』を奪ったらしいな」

 

 ガイアスの視線がミラを射抜く。

 

「そういえば、そこの女もあれを狙っていたな」

 

 ミラの声は鋭く広間に響いた。その瞳は炎のように燃え、正面に立つガイアスを射抜く。

 

「『カギ』を手中に収めれば、アルクノアや、協力していると見られるラ・シュガルに対抗できるやも知れぬ。それほどの重要な代物、貴様にもたせておく訳にはいかん」

 

 ガイアスの低く重い声。揺るぎないその言葉に、ジュードは息を呑んだ。

 

「なんで?! なんであなたまで黒匣を求めるの!」

 

 叫びに似た問い。ジュードの胸は混乱と反発でかき乱されていた。

 

 ガイアスはわずかに目を細めると、逆に問い返した。

 

「……お前は民の幸せがなんなのか、考えたことはあるか?」

 

「え? 幸せ……?」

 

 唐突な問いに、ジュードは思わず言葉を失う。

 

「人の生涯の幸せだ。何をもって幸せか答えられるか?」

 

「それは……」

 迷いの中で沈黙するジュード。そこで声を発したのはミラだった。

「己の考えをもち、選び、生きること」

 

 その答えは鋭いが、清冽で曇りがない。

 

「そ、そう、僕もそう思う!」

 

 慌てて同意するジュード。だがその声はどこか弱々しかった。

 

 ガイアスの口元に、冷たい笑みが浮かぶ。

 

「ふっ。俺は違う。人が生きる道に迷うこと――それは底なしの泥沼にはまっていく感覚に似ている」

 

「生きるのに迷う……?」

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

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