P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結)   作:コンバット越前

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新年会に成人式、誘惑が多いこの時期。
「酒は飲んでも呑まれるな」大事ですコレ。


酒酢豚
織斑一夏は鬼畜 (上)


「一夏!俺告白する!」

 

学園祭も終わり、久しぶりにのんびりした日々が訪れていたある日のこと。弾の家に遊びに来ていた一夏は、親友の突然の告白に口をあんぐり開けて固まった。

 

「何言ってんだ急に。告白って、相手は?」

「虚さんだよ」

「虚さん?ええ!マジですか。三年生ですよ?」

「そんなの関係ねぇ!やってやる!やってやるぞ!」

 

もう我慢できねぇ!と大声で叫ぶ親友に一夏は再度固まる。

まさか弾が虚と告白するような近い関係になっていたとは知らなかったし、また見た目と違い案外女性に対して奥手なところがある弾が、虚相手にこういう一大決心をするとは思わなかった。

 

「弾、お前本気なのか?」

「当たり前だ!俺はやるぞ。告白して初彼女を持ってみせる!」

「でも何でいきなり?」

「お前みたいに360度可愛い子に囲まれている輩には分からんだろうさ。女ッ気の無い一人身の苦しみが。高校に入り周りはどんどん彼女を作っていく恐怖!彼女持ちの勝ち誇った視線を受け続ける屈辱!ラブラブカップルを眺める寂しさ!もううんざりなんだよ!」

 

弾の咆哮に一夏は今度こそ彼の本気度を思い知らされた。ここまで自分勝手な欲望をさらけだす親友の姿は哀れにも、妙な説得力を持っている。

 

「そっか。で、俺に仲介を?」

「さすが一夏、生徒会で一緒に仕事しているんだろ。お願いできるか?」

「勿論だ。親友の頼みだからな」

「一夏!」

 

ガシッと熱い抱擁を交わす二人。弾は泣いていた。自分はいい親友を持ったと。一夏はそんな弾の頭を慈しむかのように優しく撫でる。

 

 

気味の悪い男の友情がそこに展開されていた。

 

 

 

 

「で?なんだよコレは?」

「店の酒。今親父達出かけているから持ってきた」

「見りゃわかるよ。俺が聞きたいのはなんで酒飲むのか?ってことだよ!」

「そんなの恥ずかしいからに決まってんだろ!酒でも飲まなきゃ話せねぇよ!」

 

弾の逆切れに一夏はため息を吐く。

あの後、虚との馴れ初めや今後の戦略を話し合おうとした時に、弾がいきなり酒を持ってきたのだ。

 

「それにな一夏、今日び高校生が酒の一つも飲めねぇなんておかしいんだぜ」

「アホか。未成年は飲んでダメに決まってんだろ」

「そう思うだろ?でも俺この前初めてクラスの奴に誘われて合コン行ったんだよ。そしたら皆飲むは飲むは。飲んでないのは俺だけで、バカにされまくったんだよ」

「マジで?」

「マジ。大マジ。今時の高校生ってそれがフツーなんだってよ」

 

一夏は唖然とその話を聞いた。普通はそうなのか?

とはいえ、今の自分の周りには同性の友人などいないし、友人は皆普通とは言えない女性ばかりだ。しかも基本お嬢様や金持ちが多く、超エリート学校であるIS学園を基準に考えてはいけないのかも知れない。

 

「とゆーわけで、さっそく飲んでみよう。俺も実際飲むの初めてだし」

「おい弾止めようぜ?やっぱヤバイよ」

「何だよ一夏、案外チキンだな。酒の一つも飲めなくて強くなれるかよ」

「あのなぁ」

「それに千冬さん酒好きだろ?『早く一緒に酒飲みたい』って言われたことないのか?」

「う……それは」

「だろ?練習だと思えよ。俺も自分の恋バナなんて、滅茶苦茶ハズイんだからさ。互いに頭ハイにしときたいんだよ」

「でもなぁ」

「一夏!」

「ったく分かったよ。……少しだけだぞ」

 

 

 

当然だが千冬が一夏に言った言葉は冗談であり、これから何年も先の願望である。

そしていくら合コンで自分以外の皆が酒を飲んで肩身の狭い思いをしたとしても、当然悪いのは未成年の分際で飲んでいる連中であり、流されず飲まないことを心掛けるべきである。

 

しかしバカ二人は安易に酒に手を出した。これがどのような事態を巻き起こすかなど、この時の彼らは想像もしていなかった……。

 

 

 

「だ、弾ニキ。も、もう……」

「なんだこれくらいで!まだ序の口じゃないか!」

 

ゴクッゴクッ。

ぶるぶるっ。

 

「だめだァ~もう限界だよォッ!」

「よしっ!思いっきり(トイレで)吐いちまえ!」

 

ってなことを繰り返しながら彼らは着実に酒を消費していった。

「少しだけ」酒飲みの間でこれほど空しい言葉は無いのだから。

 

 

 

ところで酒飲みには「~上戸」という言葉がある。

アルコールが入ることによって、普段はムスッとした人が一転饒舌になる『笑い上戸』強い人が急に泣き言ばかり言うようになる「泣き上戸」などがある。

 

だが笑い話になるようなこれらはまだマシかもしれない。

酒飲みで一番やっかいなのは遥か昔からどの物語でも書かれる恐怖。酒を飲むことで恐ろしい人間になることだ。普段のその人とは想像も出来ない悪魔のような人間になることである。

 

アルコールというのは時として、その人の心の奥底にあるもう一つの本性、想いなどをさらけ出してしまう力を持っているのだ。故に己の限界を見極め、楽しく飲むことが大切なのだ。

 

 

そしてここにも己の許容量を超えて、オーバードライブに陥った悪魔が誕生しようとしていた。

 

 

 

 

 

「ギャハハハ。オイ弾!何ボケッっとしてんだよ。もっと飲めよ!」

 

さっきまでヘベレケだったはずの一夏の急な変わりように、弾は驚愕した。更に何が可笑しいのか、ずっと下品な笑い声を立てている。弾は思わず眉をひそめた。

 

「おい一夏。大丈夫かお前?」

「だいじょーぶ。だいじょーぶ。ホラ弾、お前も飲むアルよ」

「一夏?」

「酒はいいアルよ。なんか楽しいアルよ。空も飛べる気がするアルよ。俺飛べるアルよ!」

「何だよその口調は?」

「酢豚の真似アルよ。中国アルよ。二組アルよ。貧乳アルよ!」

 

アルよアルようるせぇ!弾は一夏のあまりのウザさに苛ついた。しかもさりげなく鈴disりやがって。

 

「ウィッハッハー!いい気持ちアルよ。パイナップル入り酢豚絶品アルよ!食いたいアルよ!」

「お前本当に大丈夫か?……しかも何だよパイナップル入り酢豚って。そんなの邪道……」

「オラァ!」

 

何故かいきなり激昂した一夏にぶん殴れ、弾はぶっ飛んだ。起き上がろうとするが、足が笑って上手く立てない。酔っ払いのクセにすごい力だった。

 

「酢豚バカにすんな!殴るぞ!」

「いや落ち着け!別に酢豚バカにしてねぇよ!俺はただ……」

「黙らっしゃい!」

 

またも殴られ弾は再度吹っ飛ばされた。ものすごく痛い。更にメッチャ怖い。

拳を振り回して近づいてくる一夏に弾は必死に命乞いをした。

 

「悪かった!許してくれ!酢豚は偉大です。パイナップル入りは更に偉大です!」

「そうだな」

 

拳を鼻先で止められた弾は大きく息を吐き出した。何とか命は助かったようだ。

 

「ところで弾、お前告白するんだったな」

「え?そうでしたっけ。いや今はもうそれどころでは」

 

弾の言葉を無視して、一夏はブツブツ何か呟き始めた。弾は心底怖くなった。コイツ本当に一夏か?

 

「よし兄弟、告白しろ直ぐにしろつーか今からしに行くぞ」

「は?」

「善は急げ。思い立ったら吉。つーわけで今から告白な。電話して呼び出してやるから」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ一夏!無茶言うな!」

「あん?」

「ヒッ!……あの待ってください心の準備が」

 

弾は土下座し、目の前の酔っ払いの慈悲を求めた。いくらなんでも無茶だ。

しかし目の前の「元」親友のようなモノは、そんなこと許しはしなかった。

 

「そうして尻込みするヤツは結局時間が経っても変わらねぇんだよ!」

「一夏本気で待ってくれ!頼むから」

「いつ告白するの?今でしょ!」

 

ポーズを取って一夏がビシっと決める。サマになっている姿がやるせない。

 

「一夏落ち着いてくれ。俺の自業自得なのは承知だけど、今のお前はおかしい」

「安心しろ兄弟。俺たち穴兄弟。お前だけに辛い思いはさせないぜ」

 

しかし話が噛み合わない。てゆーかなんだよ穴兄弟って。お前とソレなんて死んでも御免だ。

しかし一夏は止まらない。下品な笑みを浮かべると声高に続ける。

 

「お前は虚さんに告白。なら俺はせっかくだから、妹ののほほんさんに告白するぜ!」

「ハァ?おい一夏冗談止めろ!」

「俺たち穴兄弟!そんでもって仲良く姉妹丼といこうぜ!ヒャッハー!」

 

だめだコイツ早く何とかしないと……。

弾は心底そう思った。このままではとんでもないことになる。いや既になっている気がする。

 

「一夏!いい加減し……」

「白式パーンチ」

 

思わず手を出した弾の意識を、カウンターで入った一夏の拳が半ば刈り取った。

薄れ行く意識の中で弾が最後に見たのは、ニヤニヤしながら携帯を操作する一夏の姿だった。

やめてくれ……!弾は一筋の涙を流して、ブラックアウトした。

 

 

 

 

 

「おい弾。いい加減起きろ、そろそろだぞ」

「……ハッ!」

 

弾が目覚めると何故か目の前に一夏の後頭部があった。どうなっているんだ?と思ったが、すぐに理解する。一夏におぶられているのだ。

 

「ここは……?」

「IS学園の近く」

「WHY?」

「告白するからに決まってんだろ」

 

あの悪夢は夢では無かった。弾は絶望した。

 

「一夏、本当に本気で落ち着いてくれ。今なら間に合う」

「お前もどうだ?」

 

弾の言葉を無視して、一夏が弾をおぶったまま器用にポケットから何かを出した。

 

「何コレ」

「ガムだよ、お前も噛んどけ。酒のニオイ少しでも消せるから」

 

何で変な所で冷静なんだよ!弾は再度絶望した。

 

「一夏、頼む許してくれ。反省してるから。もうお酒なんて生涯飲みませんから」

「へんなやつ。何で謝るの?」

「一夏頼むって!降ろしてくれ!そんで話し合おう!」

「それ無理。降ろしたら逃げるだろ?ジタバタすんなって、もう遅いよ。腹くくれ」

 

無駄を悟った弾は一夏の背中で泣き続けた。逃げようにも力強い手で両足を掴まれ、動かすことも出来ない。地獄への道のりを一歩一歩進む中、弾はただ泣き続けた。

 

 

 

 

 

「さてと。じゃあどっちから告白する?」

IS学園の校門前、ようやく解放された弾に一夏が問う。

 

「一夏、一夏様。どうかお慈悲を」

「じゃあ俺から手本見せてやるよ。ヘナチンチキン野郎はそこの隅でガタガタ震えて見てな。丁度死角になってるみたいだし」

 

一夏に蹴り飛ばされ、弾はその死角になった場所に転がされた。

 

「しっかり見とけよ弾、俺の勇士を。成功したら次はお前だから」

「お前でもマズイんだよ!鈴に殺される!ついでに蘭にも殺される!」

「別にいいじゃん。お前が死ぬくらい」

 

弾の命の危機にも、一夏は路傍の石ほどの関心も持たなかった。

弾はまたも溢れ出る涙を拭おうともせず泣き続けた。こんな悪魔、一夏じゃねぇ!

 

「おっとメールだ。何々……『もう着くよー』か。オーケー」

「一夏本当に最後だ!冷静になってくれ、お前は今酔っ払っておかしくなってんだよ!」

「黙ってみてろ童貞」

「テメェもだろ!……いや、一夏!」

「見せてやるよ。これが……『女を堕とすってことだ』」

 

そして一夏は校門の方へ歩いていく。弾にはもはや止める力は残っていなかった。

 

「おりむーお待たせ」

 

そして現れた想い人の妹。弾は心底絶望した。当然姉の虚も一緒にいるはずで、これから酔っ払い二人による公開告白ショーの開催である。もう終わった……。

 

だが絶望の思いで見ていた弾は目を見張った。本音の後ろについてきた女性、それは彼女の姉ではなく、自分の知らない女性だったから。

眼鏡をかけた気弱そうな女の子。弾は首を捻った。どういうことだ?

 

「簪?のほほんさん、虚さんは?」

一夏の声にも疑問の色が混じっている。どうやら一夏にとっても予想外らしい。

 

「お姉ちゃん生徒会の仕事でどうしても抜けられないって」

「……マジかよ」

「だからかんちゃん連れてきたよー。今から遊びにいくんでしょ?」

「あの、ごめんね。いきなりついてきちゃって。本音がどうしてもって言うから」

「かんちゃん何言ってるの、一緒の方が楽しいに決まってるよー。ねぇおりむー?」

 

その様子を見ていた弾に笑顔が広がった。

理由はよく分からないが、どうやら虚は来れなくなったらしい。これで最悪な告白ショーも中止だ!弾は今度は歓喜の涙を流した。本当に今日は何回涙を流したことか。だが『終わりよければすべて良し』だ。ざまあみろ一夏!天は我に微笑んだのだ。

 

弾が一人ガッツボーズをする中、俯いていた一夏が顔を上げる。

 

 

 

 

「……のほほんさん、あのさ」

「うん?おりむーどうしたの?」

「俺のほほんさんのこと好きだ。付き合って」

 

 

 

悪夢は終わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




正月、酒の席で酔った友人が周囲に多大な迷惑をかけた。普段本当にいい人なのに。
飲み会の雰囲気や居酒屋は好きだが、基本飲めない私にとって、酔っ払いの狂態はただ恐ろしい。

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