P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結) 作:コンバット越前
それでも見て頂いて、また何かしら思って貰えたら作者として幸いであります。
prologue 『肢体』
目に見えるものだけが真実だなんて、誰かあなたに教えたの?
11月上旬。一人の少年が殺害された。
明確な死因は未だ不明。状況証拠も目撃証言もない。では何故『殺害』と断定出来たのか。
何故ならその少年の死体は上半分、ヘソの部位を境界線とするように、そこから上が綺麗に消え失せていたのだ。上半身無き下半身のみの死体……そのような不自然且つ神をも恐れぬような非道の姿でその少年は発見されたからだ。このような非道が自然に起こりえるはずもない。猟奇的な犯人による上半身の切断と部位の隠匿。鬼畜をも超えた悪魔の所業。
警察の威信をかけた捜査により、直ぐにこの上半身無き死体の身元が調べあげられた。
そして割り出された被害者の身元、それは更なる驚きをもって世間へと向けられることになる。
「寒いな……」
篠ノ之箒は上空に舞い上がる己の白い息をぼんやりと見ながら呟いた。時期的にはまだ秋のはずだが、今年は冬の到来が一月早まったのでは?と思うほど寒さが激しい。
「全くどうしてこのわたくしが……」
「それ言うの何度目だ?しつこいぞお前は」
「貴女のような極東の野蛮なサムライガールと違って、わたくしは繊細なのですわよ」
「織斑先生のお達しだ。仕方ないだろ」
「フン……なぜわたくしが身も知らぬ男の為なぞに」
セシリア・オルコットは箒に忌々しげに返すと前方を睨むように見ながらぶつぶつ文句を言う。
闇が支配する夜の時。そこに点在するように浮かび上がっている眩い人口の光は、この場においてひどく不鮮明であり陰鬱な空気を助長していた。
「文句なら織斑先生に言うんだな。まぁ教師の前では優等生の猫被っているお前には無理か?オルコット」
「篠ノ之さん。貴女という人は言葉足らずな普段の語呂に加え、どうやら頭のほうも足りないようですわねぇ?あまり調子にお乗りにならないほうが貴女の為でしてよ」
「ちょ、ちょっと二人とも止めなよ。こんな場で」
「貴女には話してませんわよ。どこぞの妾の子風情が、正統な貴族の当主たるこのわたくしに忠言なぞしないで貰えます?」
「あ……ごめんなさい」
シャルロット・デュノアはセシリアの悪意の篭った言葉に俯く。彼女のそのオドオドとした態度にセシリアは煩わしそうに舌打ちをした。
「おい止まるな。早く前に進め」
「ご、ごめんラウラ」
この場には一際似つかわしくない小柄な少女、ラウラ・ボーデヴィッヒは冷たい口調で前を歩くシャルロットの背を押しやる。シャルロットは慌てて少し小走りに進んだ。
箒は何時もどおりの剣呑とした雰囲気のクラスメートを、そして陰鬱な空気に支配されている周りとを順に眺めると大きくため息を吐いた。今居るこの場の空気が重くてやりきれない。
だがそれは当然といえることだろう。ここは葬儀場。人の死を悼む場所であるからだ。
箒は振り返ると今しがた訪れていた建物を見上げた。宗派なぞは分からないが、未だ耳の奥に先ほどまで読み上げられていたお経の残聴が残っている気がする。
「一夏……」
誰にも聞こえない程のか細い声で箒はかつての幼馴染の名前を呼んだ。そしてまたこの葬式の主である少年の名を。
世間を賑わしている猟奇的殺人事件。その被害者の名は……織斑一夏。
世界最強のブリュンヒルデと名高い織斑千冬の実の弟である。
「疲れた……」
式場から少し離れた場所で箒は程よい高さのブロック塀に座り込んだ。前方には先ほどまで居た建物が見え、未だ多くの人たちの往来が見て取れる。
「篠ノ之さん。日本の葬式っていうのは何時もあんな暗い感じなの?」
「あ?」
「ひっ……!ご、ごめんなさい。別に日本を馬鹿にしているわけじゃなくて」
別に脅かす意図なぞなかったのだが。
箒は忌々しげに髪をかきあげる。このシャルロットという少女の時に卑屈なまでの態度には、セシリアでなくとも苛々させられる。
「しかしやはり納得できませんわ」
セシリアが腕組みをしながら誰に言うまでもなく呟いた。
「なぜわたくしたちが呼ばれたんですの?」
「またそれか。何度も何度もしつこい奴だな、もう終わったんだからいいだろうが」
「貴女こそ本当に何もおかしいと思わないんですか?織斑先生の弟とはいえ、わたくしたちには関わりのない男の葬儀に出席ですわよ?」
「それは……代表候補生としての、なんだ」
「関係ありませんわよそんなこと」
「確かにオルコットの言うことは尤もだな」
ずっと黙っていたラウラがセシリアに同調する。
「教官の命とは言え、私もずっと疑問は尽きなかった」
「あーらボーデヴィッヒさん。貴女の場合は織斑先生の弟ということで、その死を悼み自主的にご参加されたとばかり思っていましたが」
「馬鹿を言うな。せっかく手に入った特権や役割、そして責任を放棄して自ずと愚民の道を選んだ男だぞ。しかも許されざるべきは敬愛する我が教官の顔に泥を塗ったことだ」
「そうですわね。確かにそれを聞いたときはわたくしも理解できませんでしたわ。ISを動かすという名誉を投げ出すなぞ正気の沙汰とは思えません」
「えっと、確か藍越学園っていったっけ?結局そこに行っちゃったんだよね」
「そんな男の為になぜ私が死を悼んでやらねばならない。ふざけた戯言もいい加減にしろよオルコット」
そうラウラは吐き捨てるように言った。
男でありながらISを動かした唯一の人間。にも拘らずその権利を放棄し、IS学園に通うこともなく普通の、凡人の道を歩んだ男。それが信じられなく、また許せない。更にその男が敬愛する人の身内なら尚更だ。
「け、けど随分と人気がある人だったみたいだね」
またも剣呑となるセシリアとラウラの間を取り直すように、シャルロットが言う。
「葬式の場でも男女問わず、特に女の子は泣いている子が沢山いたし」
「フン……同じ女性として恥ずかしいですわね」
「そういえば中国の代表候補生もその一人だったな。幼い子供のように泣きじゃくっていた」
「全く情けないですわ。男如きの為にあんな醜態を晒すなんて」
セシリアが軽蔑するように言った。性格的に相容れない相手だが、ISに関する技術だけは一目置いていただけに、男の死に縋って泣くその醜態が余計に気に入らない。
「でも仕方ないんじゃないかな。彼女付き合ってたみたいだしあの人と」
「なにっ!本当かデュノア!」
「ひっ……!た、たぶん。ボクも二組の子からチラッと聞いただけだからよく分からないけど……」
「付き合っていた……?凰と一夏が……そうなのか?」
箒のいきなりの剣幕にシャルロットが涙を浮かべながら答える。しかし箒は気にすることなく、シャルロットの言った言葉の意味を噛み締めるように考えていた。
「あら、そういえば篠ノ之さんって」
セシリアがそんな箒の姿を見て薄笑いと共に話し出す。
「聞きましたわよ。かつて幼馴染だったんでしょう?あの男……織斑先生の弟さんと」
「ほう。それは初耳だな。そうなのか篠ノ之?」
「……まぁな」
「それがこんな形で再会とは、貴女も余程不運な星の下に生まれた方ですわね」
「黙れ」
「しかも中国の小娘に取られてたなんて。それってどんな気分なんですの幼馴染さん?」
「ちょっとオルコットさん!幾らなんでもそんな言い方……!」
その言い様にシャルロットが思わず止めに入るが、箒はそんな彼女らを一瞥しただけで直ぐに視線を外した。予想に反して挑発に乗ってこない箒の態度にセシリアもつまらなそうに視線を外す。
……どんな気分なのか。
箒は己に問いかける。その答えは出ている、答えは……『どうでもいい』だ。
織斑一夏。
嘗ては幼馴染だった。随分と仲も良かった。あまつさえ淡い好意も抱いていた。
だが、それだけだ。
小さい頃に別れ、それ以来何の連絡も取っていない。今更幼馴染と言われたところで正直どうこう言うこともない。赤の他人だ。驚きはすれ悲しみなんてものはない。
……私はこんな冷血な人間だったのか。
箒はまた己に問いかける。それでも昔は仲がよく、しかも好意を抱いていた人間が亡くなったのだ。普通は涙の一つでも出そうなものなのに。
だがそれでも……。
箒は気分を落ち着かせるように小さく深呼吸をする。何故かあの中国の代表候補生と恋人だった、という事実が本当なら無性に腹だたしい。何故だろう?
「……ねぇみんな。織斑先生のことだけど」
シャルロットが皆を伺うようにしながら話し出す。
「何か変じゃなかった?」
「デュノアどういう意味だ?貴様教官を愚弄する気か?」
「ち、違うよラウラ。そうじゃなくて何か態度がさ」
「何だ?ハッキリ言え」
「唯一の肉親を失った割には何と言うか冷静っていうか、その……」
「フン。肉親とは言え所詮あの男は教官にとってその程度の存在だったというだけだろう」
嘲るように言うラウラ。だが箒もその点が不思議だった。
幾ら世界最強のブリュンヒルデとはいえ、唯一の肉親があのような無残な殺され方をされたというのに、ああも冷静でいられるのだろうか?
しかも一方で自分や他の代表候補生にはこの葬式に出席するよう強制してきた。その真意が分からない。
だがハッキリとしていることは、見つかった下半身の遺体は間違いなく織斑一夏であったということ。
未だ見つからぬ上半身部位が一刀両断されたという事実。それはISという超絶な代物でしかあり得ぬということ。
そして限られた人間しか使用できないはずのIS。それが学園の外で使用されたということ。
つまり犯人は……。
箒は首を振ってその考えを追いやる。考えすぎだ。
「さてと。じゃあ帰りません?もうよろしいんでしょう?」
「うん。さっき織斑先生に確認とったから」
「では帰るか」
セシリア、シャルロット、ラウラが歩いていく。箒もその背を追おうとして……止まった。
箒は目を細めてその一点を見つめる。一瞬往来する人に紛れ込むように、よく知っている顔が見えたような気がしたからだ。
「どうしたの?篠ノ之さん」
「……いや何でもない」
そうだ。別にあの人がここに居たところで特別不思議なことではない。自分と同じく一夏とは一応知った仲であったわけだし。
箒は体を反転させると先を行く皆の後を追った。夜の寒き風が身体を突き抜けていく。
そう。確かなことは三つ。
一夏は確かに殺されたこと。
それにはISが用いられたこと。
そして……。
箒は立ち止まると、未だ粛々と続いている一夏の葬式の場を振り向いた。
私は……一夏を殺していないこと。
一際大きな冷風が箒の長い髪を揺らした。
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