P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結)   作:コンバット越前

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第5話 『差異』

弾は電話の子機を廊下の充電器に戻すと、家族が皆寝静まった真っ暗の天井を見上げた。

あれから数十分話して分かったこと。それは電話の相手が間違いなく一夏だということだ。例え相手が見えなくとも親友を自称する弾には、当然のようにそれを信じることができた。

 

間違いなく一夏だ。だけど……。

納得できない悶々とした思いが消えてくれない。そもそも死人が生き返るなんてことは絶対になり得ない。という事は連日大々的に報道されているニュースが大前提として間違っているということになる。しかしそんなことがあり得るのだろうか?

何より自分は葬式にも参加したのだ。そこには当然のように千冬が喪主をしており、それはつまり家族にさえその事実が行き渡っていないということになる。どんな理由があるにしろそんな非人道的なことが起こりえるのか?

 

弾は頭を2,3回振ってその考えを打ち消す。

どうあれ親友が、一夏が生きていてくれたのだ。こんなに喜ばしいことはないじゃないか。

 

でも……。

そこでまたも自分の中の何かが警鐘を鳴らす。

 

話しているときに感じた違和感が消えない。電話の相手は間違いなく一夏で、あたかもそこに居るかのように確信することが出来た。それは間違いない。だけど、自分の知る一夏とは何かが違う、そんな気がしてならない。

それが直接顔を合わせて話せていないから、という理由なら問題ない。電話でしかもこんな状態だ。お互い言葉のキャッチボールはいつもの様にはいかない。それは分かっている。だけど……。

 

話していた時に何度も感じた記憶のズレ、言いようのない違和感。全ては気のせいだと思いたい。

今はもう寝よう。弾は大きく息を吐くと部屋に戻ることにする。どうあれ朝を迎えてからだ、一夏に直接会えば全てがはっきりするのだから。

 

ふと立ち止まり後ろを振り返ってみる。

そこに在るのは静寂が支配する闇。それが急に怖くなって弾は部屋に向かう足を速めた。

 

 

 

 

 

 

 

束は真っ暗の部屋の中、ソファーに寝転んで腕を枕にして窓から見える景色を眺めていた。

あの式場からは車ではどれだけ飛ばしても2時間はかかるであろう今居るこの場所も、ISを纏えばほんの数十分。我ながら本当に便利な代物を開発したものだ、束は唇を吊り上げた。

だが数時間前の千冬との会話を思い出し、その唇の吊りは消える。

千冬の言葉の意味が分からない。「疑っているのは自分自身」そう千冬は言った。あれはどういう意味だろう?まさか千冬からそんな言葉を聞くとは思わなかった。

 

束にとって千冬は大事な大事な存在ではあるが、正直今は気に食わなかった。

自分の予想外なことに進むのは気に入らない。千冬が何か感づいているのも、動いているのも知っていた。だがそれはあくまであの専用機持ちの小娘の方に向いているものだと思っていたのだ。なのに。

 

「くくっ」

まぁ、だからこそ面白いともいえる。束は小さく嗤う。

 

予想外ならば予想通りに行くよう修正すればいい。それが科学者・研究者の醍醐味というやつだ。

束は身体を起き上がらせると「んー」と小さく伸びをした。

 

「うーん。やっぱ当たり前だけど寒いねー」

窓を突き破ってこの2階の部屋に入ったせいで夜の冷たい風が絶え間なく入ってくる。まずはこの家の電気を完全に復活させようか。暗いのはいいが寒いし。

 

「さーて『下』はどうなってるかなぁー」

束は嬉しそうに言うと部屋を出て、そのまま階段を下り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ」

一夏は安堵の息を吐くと受話器を戻し、電話ボックスを出た。

電話では埒が明かない、と今からここに来ようとする弾を押しとどめるに苦労したが、何とか話したいことは話せた。これでもう大丈夫だ。

 

一夏は寒さに震えるように己を抱くと歩き始める。弾から聞いた待ち合わせ場所、近くにあるという会員証いらずの漫画喫茶。そこに向かって。

 

だが数歩歩いたところで一夏は立ち止まる。

今日の暖を取れる場所も、後で弾と会えることも確定した。もう問題はないはず、なのに不安が消えない。

 

それは違和感のせい。

先ほど弾と話していたときにどうも話が噛み合わないことが多かった。一夏にとってそれが不思議でなぜか不安に感じる。勿論ただの気のせいだと、そう思いたいのだが。

 

「鈴……」

短い間にもしきりに鈴の話題を出してきた弾との電話を反芻し、一夏は空を見上げた。

 

勿論弾の言うように鈴とも今すぐにでも会いたい。それは当然だ。

でも何で弾は……。

 

一夏は軽く頭を振ると歩き始めた。とにかく弾と会えば全てが解決する、絶対に。

 

そう己に何度も言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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