P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結) 作:コンバット越前
……ど、どうでしょうか?こう言うと何かカッコよく聞こえませんか?
学生にとって一時の安らぎである冬休みを終え、未だ重い体に鞭打って一週間を乗り切り、迎えた日曜日。一夏は久しぶりに弾の家を訪れていた。
「なんか弾と会うのも久しぶりだな」
「そうか?」
「冬休みも結局会えなかったからなー。へへっ、何か嬉しいぜ」
「悪いけどホモはお帰り下さい」
「ちげーよ!」
バカ言いあって笑いあう。何気ないこんな時間が一夏には無性に嬉しく思えた。
男の友達って……友情っていいなぁー。
「ところでよ一夏」
「んー?」
男同士の心地よき空間に寛ぐ一夏に弾が問いかける。
「お前ってまだ童貞なの?」
「えっ」
冬の寒さが厳しい睦月の休日。
DANによる一つの爆DANが投げ落とされた瞬間だった。
「な、何言いだすんだよ弾!そ、そ、そんなの当たり前だろう?」
テンパって、少しどもりながら答える一夏。
「ふーん。お前『まだ』童貞なんだ。へー」
対して弾は何処か勝ち誇った顔で頷く。一夏はそのドヤ顔が気に入らなかった。
「何だよその顔。俺には恋人なんていないんだから当然だろ」
「一夏みたいなイケメンでもまだなのかー。やっぱそういうのに必要なのは顔じゃないんだよなー」
「おい」
「そっかーまだなのかー。まーだなーのかー。いーちかーはまーだーだよー」
ニタニタといやらしい視線を寄越しながら弾は変な歌を囀り出す。
滅茶苦茶ウザイ。思わず一夏が拳を固めるほど。
「弾いい加減にしろよ。さっきから何だよ一体」
「俺卒業した」
「は?」
いきなり弾が発した衝撃的な言葉に一夏が一瞬硬直する。
「卒業?」
「ああ」
「卒論じゃなくて?」
「生憎センテンス・スプリングじゃない」
「……卒業?」
「卒業」
一夏は口の渇きを潤すかのように口内で舌を回した。『卒業』とは別れと新たな旅立ちの意である。ならば今その意味の為すこととは……。
ゴクリ。のどを鳴らして唾を飲み込む。無意識に否定したい思いが口の中をカラカラにする。
「ええっと、な、何を卒業したって?」
震える声で親友に問う一夏。『勘違いであってくれ!』そんな声無き思いを乗せて。
「童貞。別名チェリー。お先に悪いな一夏」
「な、な、なんだってぇー!」
しかし現実は童貞に非情であった……。
「嘘だ!ウソだうそだライアーだ!嘘だと言ってよ五反田ァ!」
弾を激しく揺さぶりながら一夏は懇願する。
「まことにざんねんですがどうていのともはきえてしまいました」
「ふざけんなテメェ!」
一夏がマジ声で吼える。
弾は相変わらずニヤニヤ笑っている。
「誰?誰とだよ!何時!Who? When?」
「んん?分からないか?引き合わせてくれたのは他ならぬお前だろうに」
「ま、まさか……」
一夏は生徒会でよく顔をあわせる年上の女性を脳裏に思い浮かべる。
あんなしっかり者の美人と……だと……?
「でも!お前が虚さんと出会ったのは学園祭で、まだ日もそんなに経ってないじゃないか!なのに……」
「あーあ。やだね~。これだから夢見がちな童貞は」
「なにィ!」
「そこに行くまでに、半年間はおままごとみたいなこと続けなきゃいけないって思ってんのか?やれやれ」
一夏は拳を血が滲むが如く握り締める。
普段ならここで「調子乗んな!」と鉄拳の一発でもぶち込む所だが、今の弾に対してはそれが出来ない。
それは滲み出る男の自信。
『種』として負けたように思える圧倒的な敗北感!
「嘘だ……。弾は童貞なんだ……。魔法使いの根源に至るべき男のはずなんだ……」
「聞きたいか?その時の状況を」
「へっ」
「恋人たちにとって特別な日、それはクリスマス。一通りのデートを楽しんだ後、俺らはどちらともなく無言になった。言葉は要らない、頷きあってとあるお城に似た建物に向かう。妖しい薄赤色の灯る室内で俺たちは向かい合った。彼女は震えていた。俺はそんな彼女の初心な様子に小さく微笑むと、緊張を和らげるように優しくキスをする。そしてそのままそっとブラウスのシャツに手を掛け……」
「やめろ!やめてくれ!」
一夏が叫ぶ。
童貞には生々しい話は毒なのです。しかもそれが知り合いの話なら特に。
「あんまりだ……。そんなのあんまりじゃねーか弾!『生まれた日は違っても捨てるときは同じ女で』そんな義兄弟の契りを結んだ中学時代の誓いを忘れたのかよぉ!」
「アホ抜かすな!なんでお前と穴兄弟にならなきゃいけないんだよ!」
弾は泣いて足に縋り付く一夏の襟を掴んで引き離す。
そんな義穴兄弟なんて死んでもごめんです。
「穴兄弟はともかく誓っただろ!俺と弾と数馬でさぁ!童貞の誓いを!」
「ん~そうだっけ?」
「発起人はお前だろうが!クラスの女性関係を自慢するチャラ男を見て、ああなってはダメだと俺と数馬に無理やり誓わせただろ!純潔を尊べと!」
「ふっ」
「弾!」
「ねぇ一夏。大人になるって悲しいことなの……」
一夏はガックリうな垂れた。もうこの弾は自分の知る弾じゃない。
もはや遠い所に逝ってしまったんだ……。
「まぁいいじゃん。ならお前はその誓いを後生大事に守って純潔(笑)でいてくれよ……童貞くん」
「ちっきしょうぉぉぉ!」
「あ、おい一夏!」
弾の静止の声を振り切り、一夏は完全負け犬の気分で部屋を飛び出した。
今まで弾に何かと嫉妬されていた自分の立場。なのに一転その悲しき逆転ホームランを感じながら。
「い、一夏さん!いらしてたんですか」
玄関に向かう途中に、蘭とばったり顔を合わせる。思いがけない出会いに蘭の頬が赤く染まった。
「あ、あの!良かったら一緒にお茶でも如何ですか?」
「蘭……」
「実は最近美味しいケーキを出す店を教えてもらって。一夏さんにも食べて欲しいなって……」
「くっ」
なんていい子だ。あの鬼畜野郎の妹とは思えねェ。
一夏は神々しいものを見るような目で蘭を見る。でも今はその優しさが痛い。色々と。
「どうでしょうか一夏さん」
「蘭放っておいてくれ。俺は童貞なんだ。……蘭にそんな優しくされる資格なんかない負け犬なんだ……」
「えっ?」
「ちきしょう!」
そう言い残しダッシュで去っていく一夏の後姿を蘭は唖然と見送る。暫く立ちすくんでいたが、やがて後方を睨みつけるとノシノシと大魔神のように歩き出した。目指すは愚兄の部屋。
「お兄ィ!一夏さんに何したのよ!」
蘭がドアを蹴り飛ばして開ける。
「蘭か。いや~ちょっとからかい過ぎたみたいだ」
パソコンを触っていた弾は妹に振り返ると、少し気まずそうに笑った。
「どうしたのよ!」
「少し日頃の一夏のモテッぷりに対しての鬱憤を晴らしてやろうと、軽い気持ちで思ったんだけどな」
「ハァ?」
「うーん。まさかアイツがあそこまで耐久が無いとは……。案外一夏も気にしてたのかな……?」
兄の言うことが分からず顔をしかめる蘭。
弾はその様子に苦笑しつつ、再度傍らのパソコンに目を落とした。
童貞の掟その一 童貞は例え相手が唯一無二の親友であっても先を越されるのは我慢できない。
「くそっ!弾の馬鹿野郎……」
IS学園に逃げ帰った一夏は未だ屈辱に震えていた。
「何が卒業だよ……。俺はこの学園で皆を守る男になると決心したんだ……。自分の純潔さえも守れないような男がどうやってみんなを守れるってんだよ……」
童貞を正当化するかのように一夏は呟く。それを人は負け惜しみと言う。
「どったの一夏。怖い顔して」
「鈴」
「そんな顔一夏に似合わないわよ。笑顔でいなさいよ」
そうしてお手本のように笑顔を見せるセカンド幼馴染。いい子である。
「そういや一夏、今日は用事あるって言ってなかったっけ?」
「ああ。実はさっきまで弾のとこ……」
言いかけていた一夏の言葉が止まる。
弾の会話が不意に頭に過ぎる。それは経験の有無。
……鈴は大丈夫だよな?
少女の顔を凝視しながら一夏は考える。いや!そんなことあるわけがない!鈴が経験済みなんて!
でも鈴には自分の知らない空白の期間がある。
中学の時中国に帰国してから、このIS学園で出会うまでの約一年余りの空白。それが怖い。
最近みたYAHOI!ニュースのトップ画面に表示されていた記事を思い出す。
それは中国における性の問題。まだ幼い年での妊娠など、性のモラル、低年齢化が問題になってるとのことだ。
……まさか鈴が、そんな……!
こちらをのほほんと見つめる鈴を前に、次々嫌な想像が湧いてくる。
思えば幾ら才能があったとしても、ど素人が一年足らずで代表候補生に上り詰めるなんて普通は無理な気がする。しかも大国である中国の代表候補にだ。未だに賄賂や汚職が常習化していると聞く中国の上層部、まさか鈴のその身体を見返りに……?
そうして一夏は勝手に自らの妄想の世界に浸かっていく。
周りの代表候補生の中でも鈴だけはある意味異色の存在だ。
箒のように身内にIS開発者がいるというわけでもなく、セシリアやシャルロットのように昔からISに触れることが出来る環境にいたわけでもなく、ラウラのような特殊訓練を受けてきたわけでもない。普通の中華料理店の娘、ただの一般人だったはず。
コネも金もない身の少女が、果たして一年足らずでそこまで上り詰めることは本当に可能だろうか?
一夏の脳裏にスケベ顔のオッサンが思い浮かぶ。ドラマに出てくる典型的な小悪党のように、卑猥な取引を持ちかける姿。俯く鈴に「代表候補生になりたいなら……分かってるよね?」そう囁く姿が。
……そして鈴は目に涙を浮かべながら、家族の為、将来の為、お金の為に……!
一夏は鼻息を荒くする。なんて羨ましい!
……じゃない!なんて卑怯な奴らなんだ!おのれ中国!
童貞の掟その二 童貞は一旦疑心暗鬼に捉われると歯止めが利かなくなる。
「ちょっと一夏?おーい?」
「許せねェ!そんなスケベオヤジなんざぶっ殺してやる!俺の可愛い幼馴染に!」
「へっ?」
「鈴!お前それでいいのか!純潔はそんな簡単に捨てられるものなのかよ!」
「なんのこっちゃ」
「金が全てじゃないだろ!そういうのはもっとこう、愛が……」
「アンタの言うことさっぱり分からないんだけど。でもお金は普通に大事でしょうが。世の中お金だし」
「くっ!」
一夏は絶望に支配される。鈴は既に心まで穢れてしまっていたのか!
こんな世の中間違っている。なぜ純潔を尊び愛を信じる年若き若人が苦悩し、老い先短い金持ちのジジイ共が愛人美人沢山こしらえてウハウハ気分でいやがるんだよ!おかしいだろ!
「ちきしょう!所詮世の中ヤレるのは金持ちと権力者ばかりだってことかよ!」
一夏は憤怒の声を上げると走り去って行く。後には一方的な疑いを掛けられた鈴だけが残された。
「変な一夏……」
鈴は首を傾げ呟く他なかった。
童貞の掟その三 童貞は「俺がヤレないのはどう考えても世間(他人)が悪い!」と責任転嫁する。
「くそったれ……」
鈴の前から走り去った一夏は廊下の片隅で佇んでいた。やりきれない。
……鈴も経験済みなのか。
勝手に暴走し、トンチンカンな妄想を誇大化させた童貞野郎がそこにいた。ダメダメである。
『童貞が許されるのは小学生までだよねー』
『ごめんさい。わたし童貞はちょっと……』
『童貞は消毒だ~!』
頭の奥で何処からかあらぬ声が聞こえた気がして一夏は耳を塞ぐ。
止めてくれ!俺をこれ以上苦しめないでくれ!
誰かに相談しようにも相談できる人なぞ周りにはいない。
普通の学校なら同じ傷を持つ童貞同士で傷を舐めあうものだが、この学園ではそれも叶わない。女性しかいない中、周りの女子に「俺童貞だけど、どうすればいい?」なんて相談できるわけない。言った時点で人生が終わる。
かといって教師に相談しようにも思い浮かぶは姉と山田先生の姿。
クソの役にも立ちそうにない。
「絶望した!IS学園に絶望した!」
一夏は一人叫ぶ。
……せめて男のカウンセラーぐらい用意してくれよ!コッチは色々難しい思春期の男なんだぞ!
一夏は涙を流すとトボトボ歩き出した。
もう部屋に行こう。童貞に優しくない世界なんて滅びちまうのを願って眠ってしまおう……。
「あ」
そこで足がピタリと止まる。
いた。一人だけいた。相談できる人が!
一夏の顔に笑みが広がっていく。それはあたかも差し出された一本の救いの糸か。
「うおおおおお!」
一夏は走り出す!彼女の下へ!
「待っててくれよビッ○先輩!もとい楯無さーん!」
最低な言葉を吐き出しながら……。
童貞の掟その四 童貞は普段は○ッチを嫌悪するクセに都合のいい時には神扱いする。
ぶっちゃけラノベや少年漫画で、主人公が誰かと一線越えちまったらそこで試合終了だしなぁ。
童貞、永久寸止めを絶対義務とされる主人公は大変だ。
ま、まあヒロインの方も全て不自然な経験ナッシング設定にされるんですがね。……お互い様か。
今話は上下編的なもので終わらせる予定です。ヒロイン全部出しちゃうと、健全作品(?)じゃなくなる恐れがありそうなので……。
ではよろしければ次回のビ○チ先輩との対話をご覧下さい。