P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結) 作:コンバット越前
織斑一夏の姉 (上)
「よお一夏。どうよ幼馴染巨乳巫女の感想は?あれはイイものだろ?」
「だだんだ、だんだん、だーん。やあ我らが弾さんじゃあないですか」
一夏の訳分からん返事に弾は電話越しに固まった。なんだコイツのテンションは。
「何だよ一夏。何かいいことあったのか?」
「……昨日お前が貸してくれたアレの内容があまりにも衝撃的でな」
「そりゃ良かった。そんでな昨日も言ったけど、見ないなら『淫乱教師Ⅱ』他数本を返してくれや」
「もうないよ」
は?弾は呆然とする。今何と言ったコヤツは。
「ないって、え?どゆこと?」
「『セシリアビーム!』によって全部炭と化しちゃったよ。アハハ」
「ビーム?お、おい一夏。冗談だろ?一夏ジョークってやつだよな?」
「いいじゃないか。お前には愛しの花絵さんが、それに沢山の熟女奥様方がいるだろ?」
「一夏?おまえ……?」
「じゃあな熟女スキー。商品チェックは忘れずにしやがれコンチクショー!」
そう言って電話が切れた。アイツは何を言ってるんだ?弾は訳が分からなかった。花絵さん?俺の一押し素人女優じゃないか。何で一夏が知っているんだ?いや、それより「もうない」とはどういう意味だろうか?
「まさかなぁ……」
全く俺の親友は冗談きついぜ、弾はそう思い込もうとした。
だが現実は非情である。
一夏は電話を切ると、邪な笑みを浮かべた。罪悪感は無い。これは天罰だ。天からの裁きのビームだ。
「おい一夏。何を叫んでいる」
「何でもないよ千冬姉。じゃあメシにしよう」
一夏は姉に笑顔で答えた。
ここ織斑家では久しぶりに姉弟水入らずでのんびり過ごしていた。
学園では公私の区別をつけるため厳しい態度を崩さない千冬であったが、今は普通の仲の良い姉弟らしく話に花を咲かせている。千冬自身久しぶりに可愛い弟と教師としてではなく、姉として接することに喜びを覚えていた。
「美味いな。お前の料理はやはり何と言うか落ち着く」
「ありがと千冬姉」
「ふむ。味噌汁もいい味出している。懐かしい味だ」
「あはは。懐かしいって何だよ。お代わりは?」
「頂こう」
千冬に茶碗を返しながら、一夏も久しぶりなこの空間に幸せを感じていた。お互い珍しく時間が空いたので、掃除などの所用の為に実家に帰ってきたのだが、本当に良かったと思う。
「ところで一夏。小娘共とは上手くやっているのか?」
「うん。仲良くやってるよ」
「改めてボーデヴィッヒの件はすまなかったな。だがアイツもお前らと過ごすことで変わって来ているようだ。感謝するぞ一夏」
「なんだよ千冬姉。学園じゃ叱ってばかりのクセに」
「公私混同を教師がする訳にはいかんだろうが。まあお前はまだまだ修行が足りんがな。だいたい……」
「チェッ、ここでも説教は止めてくれよな」
そう言いながらも一夏は嬉しそうに笑った。
「ふう。ご馳走様」
「お粗末様。よく食ったなぁ」
「女性にそういうこと言うな!デリカシーの無い奴め」
千冬が照れたように睨み付ける。一夏は苦笑して頭を下げた。
「でも沢山食べてくれた方が俺としては嬉しいよ。……皆あんま俺の料理食べてくれないからなぁ」
「そりゃお前。あの年頃の女ってのは……」
少し悲しそうに言う一夏に、千冬は答えを返してやろうかと思ったが止めた。どうせ一夏には女性が日々グラム単位で己の体重と闘っているのだと言っても理解できないだろう。
「それに皆基本的に料理上手だからなぁ」
「ほう。そうなのか?」
「ああ。箒は和食全般上手だし。鈴は酢……中華を得意としてるし、シャルは料理部で何でもうまく作れるし。ラウラはまぁ、いいけど」
「そうか。なんか一人足りない気がするのだが」
「ん?ああ『ヤツ』は悪いけど問題外。ありゃアートだよ。どんな料理も触るだけで180度変えてしまう魔術師。激マズ暴走お嬢様。料理の変人。汝の母国はイギリス也」
コイツ友達の事どう思ってんだ?千冬は一夏の非情な一面に少し引いた。
「アイツそんなに酷いのか」
「酷いなんてもんじゃないよ。正直病院行きもおかしくない状態になったこともあるし。そのクセ料理作りたがるから始末に終えない。どうやったらサンドイッチで、『ああ』することが出来るんだろう?」
「病院って、大袈裟なやつだなお前は」
「千冬姉は知らないからそう言えるんだよ。学園の条文に『セシリアは料理禁止』って入れてくれない?」
「馬鹿か。全く……」
そうやって姉弟水入らずの楽しい休日は過ぎていった。
「……という感じに千冬姉と過ごしたんだ」
「へー。そうなんだ。良かったわね」
「二日続けていなくなったと思ったら……まあ千冬さんなら仕方ないな」
「いいな。私も教官と昔話に花を咲かせたい」
「ふふ。いいじゃないラウラ。久しぶりの家族水入らずでなんだから。でしょ?一夏」
次の日授業が終了した後、一夏の部屋でいつものメンバーが集まり話をしていた。
ちなみに鈴に関しては一夏があの後頭を下げて謝った。鈴は気にしないで、と寛大に言い、その後ラウラを交えて「酢鶏」を美味しく頂いた。
「あの~一夏さん?私のことそんな風に思ってらっしゃるんですの?」
セシリアがおずおずと一夏に聞く。「料理下手」とはあんまりではないか。
「冗談だよセシリア。実際はそんな酷い言い方してないよ」
嘘です。実際はもっとヒデー言い方しました。
「まぁセッシーちゃんは問題外として、やっぱ料理って『美味しい』って食べてもらうことが作り手にとって最高の喜びだよね」
鈴が頷いて言う。
「ちょっと鈴さん!それって……!」
「ふふ。そうだね。僕も同感」
「まぁな。私も同意する」
「この前の酢豚おいしかったな」
「美味かったよなラウラ。鈴サンキューな」
「えへへ。ありがと」
そうして歯噛みするセシリアを他所に、皆は料理の話題で盛り上がる。
この手の話題になるといつも自分は「蚊帳の外」になる。セシリアは悔しかった。鈴、シャルロットは勿論、普段は黙り込むことが多い箒がこれ見よがしに話すのがなんとなく気に入らなかった。
ラウラも料理は出来ないが彼女自身はそんなこと気にしてはいないし、何より一夏を筆頭に皆ラウラにはどこか甘い。自分のようにネタにされる事は無く、ラウラが会話に参加出来るよう誰かが話を振ったりする。この差は何なのか。セシリアは憤った。
「とにかく美味しい料理は淑女の嗜みよね~」
鈴がセッシーを横目に邪悪な笑みを浮かべる。
「おいおい鈴。『美味しい』は余計だろ。世の中には『普通』の料理さえまともに作れない人もいるのだから」
箒が調子に乗って誰かさんを勝ち誇った目で見る。
「二人とも、そういう言い方しないの」
シャルロットはクラスメートを庇うようにとりなおす。
「でも千冬姉も昨日『将来の相手は料理上手がいいぞ』って言ってたなー」
一夏がお嬢様の気持ちを無視した能天気な言葉を放つ。
「ほう。教官が?なら私も覚えてみるか。セシリアじゃあるまいし訓練すれば上達するのだろう?」
ラウラが悪意の無い直球でセシリアにダメージを与えた。
「うわぁぁぁん!」
そうして彼女は泣きながらこの魔境から逃走した。
「チェルシー!皆酷いんですの!」
「あはは。お嬢様落ち着いて……」
部屋に逃げ帰ったセシリアは実家のメイド兼親友に電話をかけた。愚痴らなきゃやってらんない。
「でもお嬢様。そろそろ真剣に料理を覚えては?このままだと本当に料理テロを起こしてしまいそうで……」
「酷い!チェルシーまでそんな事を!私だって一生懸命やっていますのに」
その懸命さが間違ったほうに向かっているんですよ。彼女の親友は電話越しに小さくため息を吐いた。
「鈴さんにしても箒さんにしてもここぞとばかりに調子に乗って!」
「ああ凰鈴音さん。仲の良い子なんでしたよね?」
「べ、別にそんなことありませんわ!あんな人でなし……」
チェルシーは受話器を放し、聞こえないように小さく笑う。ホント素直じゃないんだから。
「彼女に料理を教わればいいじゃないですか。中華は種類も多く美味しいですよ。料理を嗜むものとして私も中華料理には尊敬を抱いています」
「何を言ってるんですの!この私にあの酢豚魔人に頭を下げろと言うんですか!」
「酢豚魔人?その方は酢豚が得意なんですか?それはいいですね。私も好きです」
「もう、貴女までそんな事を!酢豚にパイナップルを悦んで入れるような人に教えて頂くことなど……」
「なんですって?」
不意に低い声で聞き返した親友にセシリアはビビッた。どうしたんだろう?
「パイナップル?酢豚にパイナップル?その方はそんな非道を?」
「あの、チェルシー?」
「酢豚という完成された料理になんていうことを!正に上等な料理にハチミツをぶちまけるような暴挙!」
狼狽するセシリアをよそに彼女の親友は遠く離れたイギリスの地で怒り狂った。そう彼女は「パイナップル反対派」であったのだ。
「……お嬢様。私も来週日本に向かいます」
「はい?」
「週末の二日間で、せめて小学生レベルの基本ぐらいは学んでもらいます!酢豚にパイナップルを入れるような悪人に笑われたままでいい筈がありません!」
何気に酷いことを言う親友であったが、セシリアは驚きでそれどころではなかった。
「では来週お目にかかります。一夏様にもよろしくお伝えください」
そして電話は切られた。セシリアは呆然と自分の携帯見る。
「ど、どうなっているんですの……?」
訳が分からずセシリアは呟いた。
この酢豚は出来損ないだ。食べられないよ。
一週間後またここに来てください。本物の酢豚を見せてあげますよ。