P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結)   作:コンバット越前

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ニュースをお伝えします。

昨日病院に搬送された世界唯一の男性操縦者Iさん(仮名)ですが、先程発表された病院のコメントによると、命に別状はなく、意識も今ははっきりしているということです。
それと昨日Iさん(仮名)が病院に搬送された理由を、痴情のもつれだとお伝えしましたが、IS学園は昨夜声明で、それは誤りであり、彼の負傷はIS学園に敵対するテロリストの仕業である疑いが強いとの発表を行いました。重ね重ね不確かな情報をお伝えしたことを謝罪いたします。

罪無き少年を傷つけたテロ行為。
決してそんな非道を平然と行う集団を許してはなりません!


織斑一夏の墓場 (下)

え?なんだって?

 

 

 

……という返しをご存知だろうか。某ラノベの主人公が好んで用いたという噂がある、会話の返し方の一つである。

主に男が自分に好意を持つ女性への返事の際に使われるという逸話があるが、基本的には不誠実な意味合いが強いであろう。勇気を振り絞って想いを伝えようとした女性の覚悟を踏みにじる返事である。しかもそれが確信犯なら尚更だ。

 

ところでラブコメ主人公が持つ絶対的な固有スキルとして『鈍感』があるが、もう一つ絶対的なものが挙げられる。それが『難聴』だ。

普段は目敏いクセに、女性が小声で「……すき」とかいった場合は、それが正ヒロイン以外の場合、ほぼ100%の確率でスルーされる。酷いものになると「キス」を「キムチ」に変換したりと、神の見えざる手が周りの因果律さえ捻じ曲げて邪魔をしやがる。ちきしょう!

 

くっついたら、そこでラブコメ終了だよ?

 

というホワイトヘアードブッダ先生のありがたいお言葉があるように、終了化阻止の為作者(神)としてはあらゆる手を使ってカップル化への妨害行為をする。上記の「え?なんだって?」にしても、主人公とヒロインが前に進むのを阻止するのには絶好の手段であろう。

なんせ一世一代の告白を「え?なんだって?」と返された場合、改めてその想いを伝えることなぞ出来るはずも無いからだ。ほぼ確実に「……なんでもない」と言った風にあやふやになること間違い無しだ。

 

 

「貴方が好き……」

「え?なんだって?」

「だから好きだって」

「え?なんだって?」

「好きだっつってんでしょ!アイ・ライク・ユー!」

「え?なんだって?」

「Love!ジュテーム!アモーレ!つーかいい加減にしろ!」

「オーケーまいった!降参だ!お前の覚悟確かに受け取った!」

「嬉しい!これで二人は本当の石波ラブラブ天驚拳だね!」

「「希望の未来へレディー・ゴー!」」

 

ちゃんちゃん。

 

 

……実際はこんな風に打たれ強く告白を続けるヒロインなぞいやしない。

またどーでもいいが、ラブコメでは『ヒロインの方から動いたら負け』ということわざがあり、積極的な娘は退場要員になりやすいのだ。ジャンプだけ見ても、さ○きとか、○リーのように……。

 

つまりは「え?なんだって?」と言われた時点でお仕舞いなのである。ラブコメ終了サヨウナラ。

 

全くふざけた返しがあったものである。

 

 

だがこと現実生活においては「え?なんだって?」と聞き返すことはある意味勇気のある行動と言えよう。

特に日本人は曖昧で、なぁなぁで済ますことが多いと言われている。分かったフリをしてやり過ごす、聞こえたフリをして相手に合わせる、といったことは誰しも経験があることだろう。

 

しかし得てしてこういう分かったフリ、聞こえたフリをして相手に合わせることは落とし穴が潜んでいるものなのだ。取り返しのつかない何かが。

 

「え?なんだって?」……あの時そう聞いていれば……!

後になってそのように後悔しても時既に遅いのである。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんですの一夏さん。急に黙られて」

「イヤ、別に何でも」

 

いけない、何故だかアホみたいに呆けていたようだ。一夏は軽く頭を振って自分を取り戻す。何処から変な電波を長々と受けていたような感覚があるが多分の気のせいだろう。

 

「これからどうしようか?すぐ帰る?」

気を取り直すように一夏が尋ねる。

 

「一夏さんはどうされたいんですの?」

「俺?オレは別にどっちでも」

「ならもう少しだけ私とお喋りして頂けませんか?」

「あ、ええと」

「……ダメでしょうか?」

「そ、そんなことないぞ!まだ時間あるし。全然いいよ」

 

その言葉に喜んだ顔を見せるセシリアに、一夏はまたもドキドキした。

 

おかしいぞ、どうなっているんだ?

一夏は胸に手を当てて暫し考える。今日はセシリアが殊更可愛く見えるのはどうしてだろう?いやいつも美人なのは間違いないが、この胸の高鳴りは一体……。

 

そんな一夏の内心の動揺も知らず、天然小悪魔セッシーは嬉しそうに彼に話しかける。

 

「一夏さん、今日は友人の方とご一緒してらしたのでしょう?」

「へ?……ああ」

「楽しまれましたか?」

「まぁな」

「どんなことを話されてるんですの?」

「話?」

「ええ。殿方同士ってどんな話題をなさるのか少し気になって」

「どうって、くだらない話ばっかだよ。近況とか、互いの学校のこととか、後下ネタ……」

「シモネタ?なんですの?それは」

「……いや、何でもありません。忘れてください」

「はぁ」

 

訝しげに首を傾げるセシリアを前に、一夏は落ち着けと自らに言い聞かせる。

女の子の前で下ネタなんて、何テンパってんだよ。

 

この流れを挽回しなくては。

一夏は少し足りないと一部で陰口を叩かれている脳みそで懸命に考えた。しかし上手いことが思い浮かばない。普段女性に文字通り囲まれている百戦錬磨の一夏とて、こういう形で向かい合うのは勝手が違うからだ。

 

何か気の利いたことを言おうとするが、それを言葉に出来ず一夏は難しい顔をして黙り込む。

セシリアはそんな彼を不思議そうに見た。

 

 

 

デートにおいて会話に困る。……これは男なら誰もが一度は体験する道であろう。

 

『男というのはあまり喋るものではない!』……そんな風に背中で引っ張っていく男なぞ絶滅危惧種となった昨今、男がまず考えるのは如何に場を盛り上げる、というか場を盛り下げない為の手段であり、男はデートの際にはやたらとお喋りになってしまう傾向がある……らしい。その結果口から出まかせを言ったり、大口を叩いたり、普段のキャラに合わないことを言ったりして、自滅する者も少なくない。

『楽しませなければならない』『退屈させてはいけない』その心構えは大事だが、そんなことを第一に優先させるあまり、変な方向に暴走してしまうのは愚の骨頂である。あくまで自然体が一番なのだ。女性にとっては甘酸っぱい空気を好む方もいるので、沈黙が必ずしも悪手とは限らないのだから。

 

「知るかボケ!こちとらデートどころか、母親以外の女性とサシで話すらしたことのない、純潔を尊ぶ日本男児じゃい!」

 

そういう悲しい、もといピュアな方のお帰りはあちら……。

……ではなく、いつか春が来ると信じて己を高めましょう。冬眠の時期が長ければ長いほど、人は強く逞しく芽吹くのですから。

 

ですよね?

誰かそうだと言ってください!

 

 

……まぁ要はテンパった時の会話には充分に気をつけろということである!

 

 

 

「後はそうだな……将来のこととかを話したな、うん」

少し沈黙が続いた後、一夏はこの空気を変える為に思いついたまま話しかける。

 

「将来のことですか?」

「ああ。大切なことだろ?やっぱり」

「そうですわね。大切なことだと私も思います」

「セシリアは考えたりしないのか?将来のこと」

「私ですか?私はまだ具体的には……」

「大切だと思うんだけどなー。俺とセシリアにとっては」

「えっ」

「やっぱさ、俺らの場合色々乗り越えなきゃいけないことがあるだろ?文化とか、それから名前とかさ」

「ええっ!」

 

セシリアの驚き様に一夏の方が目をむいた。

 

「な、なんだよセシリア。急に」

「い、一夏さん!それは、その、ど、ど、どういう意味でしょうか?」

「どうって、ええっと、必要だと思うんだけど?将来について備えようとするのは。違うかな?」

 

セシリアの様子に若干引いた一夏がしどろもどろに答えた。

 

「将来の備え……」

「いや、そういうのって今のうちから少し考えていた方が良くないか?いずれは向き合わなきゃいけないんだからさ。俺的にはセシリアがあまり考えていない方が意外だった。少しショック、なんて……」

「はうっ!」

「あれっ?セシリア?」

 

急に悶絶しだすセシリアに一夏は更に動揺する。

どうしたのだろうか?何かマズイことを言ったか?

 

「一夏さんは私との将来を既に考えて……?そんな……そんなことって……」

「セシリア?」

 

え?なんだって?

更に独り言を言い始める少女に一夏は不安になる。ぶつぶつとセシリアは何言ったんだ?

 

「一夏さん!」

「ハイ!」

 

大声を出すセシリアに一夏も反射的に大声で返した。

 

「そ、そういうことでよろしいのですね?」

 

そういうことって、どういうことよ?

一夏はそう思ったが、尋常ではないセシリアの様子に口をつぐんだ。真剣な表情で見つめてくる彼女の意味が分からず困惑する。が、とりあえず頷いておく。相手に合わせようとする日本人男性の悲しい性だ。

 

「ああ……」

感極まったように呟くセシリア。

 

「一夏さん……私、わたくしは……」

「あの~セシリアさん?」

「ごめんなさい。でも、嬉しくて……」

 

え?何この感じ。どーなってんの?

セシリア感動の訳が分からず一夏は更に混乱する。

 

「セシリア、ちょっと話を……」

「一夏さん!」

「うおっ」

「申し訳ありませんでした」

 

立ち上がり深々と頭を下げる少女を前に、少年の頭は『?』マークに埋め尽くされる。

 

「一夏さんがそこまで考えて下さっていたなんて……」

「はい?」

「ですから、その、将来のことをです。……二人の将来を……私との婚約を……幸せな結婚を……」

 

え?なんだって?

セシリアが最後ごにょごにょと言った言葉が良く聞こえず、一夏は聞き返そうとした。だが、頬に手を当て俯く幸せそうなセシリアの様子に、開きかけた口を閉ざした。よく分からんが、今の彼女には聞き返せる雰囲気ではない。KYと名高い一夏とて、偶には空気を読むのである。

 

「一夏さん」

「何」

「いつ頃から考えて下さったんですの?」

「考えて下った?……それって将来のことか?」

「は、はい」

「漠然と考えたのは入学してすぐだよ」

「……それはつまり私と出会った瞬間に……?」

「へ?」

「やっぱり私達は惹かれあう運命だったのですね……。一目見た時から二人は……」

「セシリア?」

「はぅぅ……」

 

おいおいまたかよ。

一夏は小さくため息を吐くと、あきらめたように視線を空に移した。セシリアという少女は、たまにこうやって一人の世界に旅立つことがある。半年以上友人やってきて、一夏も最近は慣れてきた。

 

故にいつものこととして、一夏は彼女のそうなった理由も聞かず、暢気に空を眺めた。適度な日差し、心地よい風に目を細める。いい気持ちだ。

 

将来を誓い合った新生カップルに桃色的な沈黙が優しく包む。

それはあたかも場の空気までもが、祝福しているようだった……。

 

 

 

んなわけない。

 

 

 

考えるまでも無く、現時点で一夏が誰かとの将来を考えるなぞあり得ない。

そもそも仮にも遊びたい盛りの高1の男が直ぐに結婚を考えるようなヤツなら、逆に恐い。一夏のように相手に困らないイケメンなら尚更である。

 

一夏が言った文化や名前云々は、異国の少女が文化が全く違うこの日本で過ごすことへの同情。若くして大貴族オルコット家の当主としての責任を負わされた彼女と、ブリュンヒルデの弟として注目される自身との共感。単純にこんな思いからである。オルコット家の婿養子になるのか、それともセシリアが織斑姓を名乗るのか、とか間違ってもそんな話ではない。そもそも我らがワン・サマーに、ヒロインが泣いて喜ぶような気の利いた未来の展望なぞ言えるわけがない。世紀末の鈍感舐めんなと。

 

一夏にとって不幸だったのが、相手が人の話を聞かない、というか自分の世界に没頭することに定評のあるセッシーであったということ。滅多に無い二人きりというシチュエーションに気分が互いにハイになっていたということだ。

 

 

それらの要因により、二人の想いはすれ違ったまま、歯車は狂ったままで暴走してしまう。

 

 

 

「ふぅー」

運ばれて来たコーヒーに口をつけ、一夏は満足な息を漏らした。いい香りで美味しい。

 

「一夏さん……」

「ん?」

「私は幸せですわ……」

「……そっか。そりゃ良かったな」

 

そんなにお茶が美味しかったのか?

そんなトンチンカンなことを考えながら、一夏は幸せそうな顔でお茶を飲むセシリアを見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

一夏墓標設立まで待ったなし。

MajiでKillする(される)五秒前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後に応援メッセージが届けられましたのでお送りします。


「彼の回復を生徒達皆と祈っています」
「クラスメートとして悲しくてたまりません。早く元気になって欲しい!」
「生徒会の仕事を手伝ってくれる良き後輩さんです。今はただ無事を願うだけです」
「おりむー」


Iさん(仮名)は学園でも皆から愛されているようですね……。
後は回復を見守りましょう。

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