P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結)   作:コンバット越前

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織斑一夏の墓場~そして墓標へ~

シャルロット・デュノアは料理が好きである。

自分が丹精込めて作った料理を好きな人が美味しそうに食べてくれる、その様子を見るのは幸せな気分にさせてくれるから。故に彼女は料理を上達させるために日々努力を惜しまない。何事も継続し続けることが大事だと知っているからだ。

だから彼女は今日も料理をする。その先にある自分が成してきた努力のご褒美……一夏の笑顔を思い浮かべながら。

 

 

 

「シャルロット。まだか~」

「もうちょっとだよラウラ」

 

ナイフとフォークを子供のように握り締めたラウラに返事すると、シャルロットはオーブンに表示されている残り時間を再確認した。既に部屋全体に甘い香りが漂っており、その香りに興奮したラウラが、先程からシャルロットを何度もせっついていた。

 

「お腹減ったぞ」

「もう数分で焼き終わるよ。でも直ぐ食べられるわけじゃないからね。冷まさないといけないから」

「ええ~」

「それに食べ過ぎると夕飯食べられなくなっちゃうから程々にね。パウンドケーキって案外お腹にくるから」

「勉強頑張ったんだから、今日くらいケーキお腹いっぱい食べていいじゃないか」

「だーめ」

「むぅ……」

 

子供のように頬をふくらますラウラの様子に、シャルロットは小さく笑う。

 

「ほらそんなに膨れないの。お茶入れてあげるからそれを飲んで待っててね」

「私は煎茶にしてくれ。私専用の猫型湯飲みに入れてな」

「ハイハイ」

 

シャルロットは湯を沸かすと急須でこした煎茶を、前に二人で買い物に行った時に見つけたラウラの湯飲みに注いでいく。デフォルメ化した猫をあしらった湯飲みで、結構な大きさであるがラウラのお気に入りだった。

 

お茶を用意すると、シャルロットは再度オーブンに向き直った。終了を知らせるブザーが点滅し、ようやく一息つく。

 

「ん?誰からだ?」

 

ラウラの声が後ろから聞こえたが、シャルロットはそれには応えず、取り出しの準備をする。

オーブンを開けると甘い香りが更に部屋に充満し、シャルロットは小さく微笑んだ。

 

「な、なにィ!」

「ラウラ?」

 

しかしそこでラウラが急に大声を上げたので、シャルロットが驚いて振り向いた。

 

「どうしたのラウラ?お腹減ったのは分かったからさ。もう出来たよ」

「違う!そうじゃない!携帯を見てみろ!」

「えっと、ボク料理中だから手元に無いよ。一体どうしたのさ?」

「ええい!なら私のを見ろ!今セシリアのヤツから入ってきたメールだ!」

「セシリア?確か鈴と出掛けるって言ってなかった?どうせ鈴が何かしでかしたんでしょ?」

「いいから見ろ!」

「もうそんなに興奮しないの。えっと何々……」

 

ラウラを嗜めながら、シャルロットは彼女から手渡された携帯を見た。

 

 

 

ぼちゃ。

 

その内容を見た瞬間、シャルロットの手からラウラの携帯がこぼれ、淹れたばかりのお茶が入った、ラウラ専用猫型湯飲みの中に無残に落ちる。

「ギャー!」と自分の携帯を、熱々のお茶へダイブされたことにラウラが叫び声を上げたが、シャルロットの耳には入ってこなかった。書かれていた内容が余りにもショッキングというか、信じられないものだったから。

 

「シャ、シャルロット!けーたい、私の携帯ぃぃぃ!」

「携帯?……ハッ」

「取り出してくれぇ!早く!」

「そうだよ。何かの間違いなんだ。ボクの携帯で確認しないと!」

「オイィィィ!」

 

ラウラが助けを求め手を伸ばすのも構わず、シャルロットは自身の携帯が置いてある場所まで走る。その後ラウラが涙目で湯気立ち上る湯飲みの中に手を入れるのを横目に、シャルロットは自分の携帯を確認した。

 

願わくば間違いでありますように……。

そんな祈りを捧げながら。

 

しかし……。

 

 

「ふ、ふふ、ふふふふふ」

シャルロットの逝っちゃった笑い声が妖しく響く。

 

「熱ちぃー!」と絶叫するラウラと、一人乾いた笑い声を上げ続けるシャルロット。

先程まで穏やかだった少女たちの部屋。それが今や一転してカオスな空気に支配されていた。

 

 

 

 

 

 

「あれ?電話入ってたのか。気付かなかった」

 

親友コンビカオス化の一時間前。

ふと何気なく携帯を取り出した一夏は、点滅している携帯に驚いた声をあげた。

 

「そーいやさっきバス乗った時に、サイレントにしたままだったっけ」

セシリアに出会う直前の行動を思い出し、一夏が一人納得する。

 

「誰からだろ?着信三つも入ってるし……あっ」

「どうしました?」

「いや、今日遊んでいた友達からだった。どうしたんだろ?何回も掛けてきて」

 

暫く携帯を見つめていた一夏がセシリアに向き直る。

 

「悪いセシリア。少し気になるから電話してきていいか?」

「あ、はい。どうぞ」

「ごめんな。すぐ戻るから」

 

その言葉通りほんの数分で一夏は戻ってきた。しかしその表情には困った様子が如実に現れている。

 

「一夏さん。どうされました?」

「やっぱり友達からだったよ。どうやら財布落しちゃったらしい」

「まぁ」

「そのせいで帰れなくて途方にくれてるみたいだ。ごめんなセシリア、俺ちょっと助けに行ってくるよ」

「私もご一緒しますわ」

「いや、止めた方がいい。見つからなきゃ近くの交番行って、落し物の手続きとかしなきゃらならないし。俺一度体験したことあるけど、あれって結構時間喰うんだよ。遅くなるかもしれないから、セシリアは先に帰ってくれ」

「ですが……」

「いいから。そもそもこれはセシリアには無関係な話だし。頼む」

「……はい。分かりました。……でも残念ですわ……」

 

セシリアが無念そうに返事をする。

その声には一夏との時間が終わることの寂しさが多分に含まれていた。

 

「ごめんな」

「いいんですの。そういう友人思いなところが一夏さんですもの」

 

そう言って小さく笑うセシリア。

その笑い顔が無理をしているように儚げに見えて、一夏は申し訳なく思った。何かフォローしなければ、慣れないそんな心配りが我らがワンサマーを駆り立てる。

 

「それにさ、俺的にセシリアをその友達のとこに連れていきたくないんだよ」

「えっ」

 

……だから普段言わないようなことまで言ってしまう。

 

「そいつ女の子見るとすぐにだらしなくなる奴だから。セシリアみたいな美人を連れてったらどうなることか」

「え?い、一夏さん。そんな……」

「いくら友達でもコレは別。ダチとは言えセシリアは渡せない。……なーんて」

「もう……。心配されなくても私は既に一夏さんだけのものですよ。だって二人は生まれながらにして結ばれる様定められた運命ですもの……」

 

あれ?何この反応。

セシリアの反応に一夏が若干戸惑いを見せる。だがすぐに気のせいだと自らを納得させた。今はとにかく友人の下に行かなければならないからだ。

 

「……じゃ。そういうわけで俺は行くよ」

「あの、ちょ、ちょっと待ってください!」

 

立ち上がり行こうとした一夏をセシリアが呼び止める。

 

「何?セシリア」

「あの、えと、で、出来れば私達の門出の証が欲しいと思いまして。今日という記念日の……」

「門出?記念日?」

「それで二人の写真を撮りたいなと。世俗的で少し恥ずかしいのですが」

「何の記念……?」

「駄目でしょうか?」

 

だから何の記念日だよ?

一夏はそう聞きたかったが、セシリアのあまりに真剣な表情がそれを許さない雰囲気を持っていた。更に友人の下に行く時間が迫っていることから、とりあえず頷いておく。別に写真くらいどうってことない。

 

「ありがとうございます一夏さん」

「でもデジカメ持ってんの?」

「そこのお店に置いてあると思います。少しお待ちになって下さい、すぐ買ってきますから」

「いや、いい!いいよ!わざわざ買わなくて!携帯で撮りゃいいだろ」

 

本当に店へ駆けて行こうとしたお嬢様を一夏は必死で止める。

なんで使い捨てカメラみたいな感覚でデジカメを買おうとするんだ。

 

「携帯で一緒に自撮りしよう。な?それでいいだろ?」

「一夏さんがそう仰るなら。……普段何かと無遠慮に向けられるせいか、携帯のカメラは正直好きになれませんが」

「まぁ今回はそれでいいだろ?じゃあセシリアこっち来て」

「はい」

「どっちの携帯で撮る?」

「私のでお願いします」

「分かった。じゃあ操作頼む」

「申し訳ありません。私携帯のカメラ撮影機能はあまり詳しくなくて」

「ええー」

 

その後試行錯誤しながらも一夏はセシリアの携帯を操作して、二人のツーショット写真を自撮りした。と言っても人の携帯では勝手がよく分からず、その結果セシリアが気に入った写真が出来るまでに、更に時間が掛かってしまった。

 

「ありがとうございました一夏さん。満足ですわ」

「……どういたしまして。じゃあ俺マジでもう行かないと」

「はい。ご友人の方にどうぞよろしくお伝えください。……披露宴の際には、その方もお呼びすることになるかもしれないので……」

 

え?なんだって?

と毎度のことのように一夏は思ったが、急いでいたのでその疑問をスルーする。

 

「じゃあセシリア。気をつけて帰ってくれよ」

「はい分かりまし……って、一夏さん!お待ちになって!」

「何だよ!」

 

いい加減焦れてきた来た一夏が強めの声で返す。

 

「皆さんにはどうしましょう?」

「皆?……ああ。セシリアから伝えておいてくれ」

「え?よろしいのですか?お伝えしても」

「当たり前だろ。しっかり話とかないと。千冬姉のこともあるし」

「お、織斑先生にもですか。それは流石に勇気がいりますわ。うぅ……」

「じゃあ他の、とりあえずは山田先生にでも言っておけば大丈夫だろ。とにかく説明は任せた」

「は、はい。お任せください」

「こういうのは早い方がいいからな。手遅れにならないうちにしっかりと説明しておいてくれ」

「一夏さん……!分かりました。一夏さんの覚悟と想い、しっかりと受け取りましたわ!」

「ん?……まぁいいや。とにかく頼んだ」

「はい!それと一夏さんもどうか気をつけて。お帰りをお待ちしていますわ」

 

そうして一夏は急ぐように駆けて行く。

セシリアは想い人の背中が見えなくなるまで見送った。

 

こうして思いもがけなかった二人のデートは終わりを迎えた。

 

 

……双方に大きな誤解を与えながら。

 

 

言うまでも無く一夏がセシリアに頼んだ話というのは、帰りが遅くなることへの説明以外何物でもない。しかし今のスーパー有頂天MAXセッシーには、言葉足らずの一夏の話は全て、自分の都合のいい桃色未来の展望にすり替えられてしまったのである!

 

それは恋する乙女の肥大化した傍迷惑な妄想力のせいか。

それとも色男の鈍感と難聴がもたらした罪なのか。

それは神のみぞ知ることである。

 

 

もはや言い訳は効かない。

『進めば死、退くのも死』マルチ墓場ENDに突入したワンサマに明日はあるのだろうか?

 

 

 

そんなクソシナリオに入ったことを一人知らない一夏は、ただ友を助けるために走る。

そして彼の背中が視界から消えるとセシリアは携帯を取り出した。

 

大切な友人たちに『説明』するために。

強敵だったライバルたちに『セッシー大勝利!』を宣言するために。

 

 

「送信……と」

そして断罪は下された。

 

 

 

 

 

 

「ああ疲れた~」

夜も更け門限も既に過ぎた頃、一夏は疲れた身体を引きずって学園に帰ってきた。

 

危惧していた通りに、遅くなってしまったことに一夏はため息をつく。今はとにかく休みたい。セシリアは上手く説明してくれたのだろうか?

 

「おい」

「げっ、ちふ……じゃない織斑先生」

 

寮の入り口付近で唐突に一夏は千冬に呼び止められる。

 

「先生。セシリアから説明は受けてると思いますが……」

「ちょっと来い」

「へ?」

 

千冬はそれだけ言うと歩いていく。

一夏は不思議に思いながらも、とりあえず後を追った。

 

千冬は近くの教員専用の部屋に入ると、ドアを閉めて一夏に向き合う。

どうしたんだろ?千冬のいつもと違う様子に一夏の疑問は更に強くなった。

 

「どういうことだ一夏?」

「一夏?おいおい学校じゃ姉弟として振舞わないって言ったのは千冬姉だろ?」

「質問に答えろ!」

 

千冬激昂!

一夏はただ目を丸くする。

 

「ど、どうしたんだよ千冬姉?」

「……認めんぞ」

 

一夏の疑問に、地獄の底から聞こえるような怨念の声で千冬は返す。

 

「私は……わたしは絶対に絶ッッッッッ対に認めんからな!」

「え?え?え?……何を?」

「認めん!認めんぞ!認めてたまるかぁ!そもそもお前は学生の分際でどういうつもりだ!まだ自立もしていないケツの青い分際で!」

「千冬姉……?」

「そうか。相手は一生金に困らない金持ちだから関係ないとでも言うのか?男として情けなくないのか?どうなんだ一夏!私はお前をそんな軟弱に育てた覚えは無いぞ!」

「あのぉ……」

「くそっ、クソッ、くそぉ!あの英国産成金女め!それともアレか、お前は日本人特有の金髪に憧れでもあるのか?それともあの尻か。あの無駄にデカイ尻なのか?どうなんだ!」

「……」

「あのフィッシュアンドチップスめ!私の一夏を!『千冬お姉ちゃーん』と可愛らしく抱きついてきていた私の天使を返せ!鬼畜米英許すまじ!地獄に堕ちろファッキン・ブリティッシュ!」

 

一夏はもう見てられないとばかりに姉の乱心から目を逸らした。身内として姉の狂態は悲しいです。

それに今気付いたが酒臭い。この人神聖な学び舎で飲んでやがるよコンチクショウ。

 

……まぁ変なクスリでもやるよりはマシか……。

どっちが保護者か分からないようなことを思いながら、一夏は優しく子供に言い聞かせるように千冬を諭す。

 

「千冬姉。学校でお酒を飲んじゃいけないよ?」

「大人ってのはなぁ、飲まなきゃやってられないことがあるんだよ!」

「千冬姉……」

 

一夏は思わず手で顔を覆い、呻き声を上げた。

少なくとも俺が憧れたのはこんな酔っ払いの姿じゃないやい!

 

「千冬姉どうしたんだよ?本当に変だぞ、つーか変すぎるぞ?」

「こんなこと急に聞かされて、冷静でいられる身内が何処にいる!」

「大袈裟な。門限過ぎたのは謝るけど、別にそこまでたいしたことじゃないだろ」

「まだ誤魔化す気か?いい加減お前の口からきちんと報告しろ。いっそ一思いに止めを刺してくれ……!」

「だから何のこっちゃ」

「軟弱者め!女に説明をおっつけて逃げる気か?証拠も挙がっているのに!」

「千冬姉。いい子だから今日はもう寝なさい。ね?」

「これを見ろ愚弟!こんなもんを皆に送っといてまだシラを切る気か!」

「ハァ……。だから何だって………………の」

 

携帯を突きつけられた一夏の時間が止まる。

 

「え?ちょ……あれ?……ナニ……コレ……?」

 

そこに写っていたのは数時間前にセシリアと写した自撮り写真。

それはいい。それは問題ない。顔がくっ付きそうな程近く寄り添っているが、それはまぁ一応セーフだろう。

 

問題なのは画像の下に書かれている一文。

一夏の時間を止めたその凶悪な一文。それは……。

 

 

 

 

 

 

『私達婚約しました♡♡』

 

 

 

 

 

 

「GYAOOOOOOOOOOO!」

人語さえ放棄した一夏の叫び声が狭い部屋に響く。

 

「な、な、なんじゃこりゃー!」

「わざとらしくトボけるな!他にも……見ろ!コッチのは式場がどうやらとかまで書いてあるじゃないか!」

 

再度突きつけられた携帯を覗くと、そこにはさっきのとは別のツーショット写真。しかしそれと共に添付された文章には、確かに結婚式場がどうこう、招待客がどうこうまで書いてある。

更に別の画像には、一夏がセシリアに囁いた(ことにされている)愛の言葉まで……ってふざけんな!こんなクサイこと死んでも言わねぇよ!

 

「セシリアァァァ!」

ここに来てようやく腐りかけたワンサマ脳が状況を把握する。

この状況はマズイ。最悪だ。

 

「そ、そうだ。セシリアだ、セシリアに直接誤解を解かないと!」

一夏は慌てて、昼以降ずっとサイレントモードにしていた携帯を取り出す。

 

「え?」

しかしずっと見ていなかった携帯をポケットから取り出した瞬間、またも一夏の時間は停止する。

 

 

着信履歴25件

未開封メール33件

 

 

「何だよ……何なんだよ……」

マジで何なのだコレは。尋常じゃない。

 

それでも見なくてはならない。勇気を持って前に進まなければ……!

一夏は震える指で、メールを開いた。

 

 

 

『嘘だと言ってよ一夏』

『おねーさんは一夏君をそんな嘘をつく子になるよう指導した覚えはないよ?』

『お前は私の嫁だ!あと最近の携帯って頑丈なんだな』

『殺』

『一夏ボクは信じてるよ何かの間違いだってこんなの絶対おかしいよねぇ連絡してボクはセシリアの間違いだって分かってるから怒ってないからちゃんと話して誤解を解いて電話電話電話電』

 

 

 

「はわわわわ……」

恐い。恐すぎる。

 

表示された一覧を見て一夏は震え上がる。なんだよ『殺』って。箒さん……。

箒は『殺』以外にも『滅殺』『撲殺』とトリプル殺で送ってきていやがる。どんだけ殺したいんだよ。

まだ簪や楯無の方が単純に動揺やお怒りを想像できていい。ラウラは良く分からん。携帯って何だ?

 

問題はシャルロットだ。メッチャ恐い。

件名に入りきらない文字で埋め尽くされ、送られた回数も多い。半端ない数のメールと着信は箒やシャルロットのように一人が何回も送ってきているせいだ。

シャルロットの文は他の連中のような怒りが見えない。その分ただただ恐い。

「連絡して」とエンドレスで書かれているだけのメールもあり、一夏は歯をカチカチ鳴らしながらそれを見た。

 

後は本音とか清香などのクラスメートからも来ている。鈴はどうしたのかと不思議に思ったが、膨大な数の間に『酢豚』と書かれたヤツが入っていて、一夏は妙な安心をした。

 

とにかく一つ言えること。

現在織斑一夏は落ちたら終了の綱の上に立っております。大ピンチです。

 

「千冬姉ぇ、千冬姉はどこで知ったの?」

「山田のヤツが大慌てで教えてくれたよ!ご丁寧に不愉快な画像つきでな!」

 

ジーサス。

一夏は神を呪う。山田まで知ったということはどれだけ拡散したのか想像も出来ない。女性の伝達力の凄さは一夏もこの学園に来て充分承知しているから。

 

だが、とにかく今自分に出来ることをしなければならない!

一夏は自分を奮い立たせる。まだ終わらんよ!

 

「おい一夏!いい加減を説明を……!」

「ごめん千冬姉!後でちゃんと話すから」

「あ、おい!」

 

一夏は千冬を振り切って部屋を出た。目指すは元凶のお嬢様の部屋!彼は風となって駆け抜ける。

 

「見つけたぞ一夏!」

そこに轟く少女のお怒りの声。そこに立っていたのは……。

 

「箒……さん」

「一夏ぁ、貴様というヤツは……乙女の純情を、わたしの気持ちを踏みにじってぇぇぇ!」

 

箒の手に当たり前のように木刀が握られているのを見て、一夏はまたもガタガタ震える。

『撲殺』それは木刀持ちスキル所有の箒の場合、冗談ではないのだ。マジで。

 

「許さん!」

「ひぃぃぃぃ!」

 

誤解を説明する間もなく一夏は逃走する。

世の中には二種類の人間がいる。『話を聞く人』と『話を聞いてくれない人』だ。

そして箒のように我らがワンサマの身近にいる女性は、圧倒的に後者が多いのである。故に彼に残された選択は逃げることだけなのだ……。

 

「一夏ぁ!待て!」

「ひぃぃぃぃ!」

 

殺意の嫉妬を向けられた少年の悲しすぎる悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

「それでですねチェルシー。一夏さんは私のことをずっと想ってくださっていたんです」

「そうなんですか。本当に良かったですねお嬢様」

「はい。私嬉しくて嬉しくて」

「こちらでの式の手配などはお任せください。その前に各方面に紹介したり、色々ありますが」

「そうですわね。お願いできますか?チェルシー」

「勿論です!だってお嬢様の一生の晴れ舞台ですもの!」

「チェルシー……」

「お嬢様……いやセシリア。本当におめでとう。ううっ、立派に成長されて私嬉しい……」

「くすん。ありがとうございます。貴女のような親友を持てて私も……」

「セシリア……」

「チェルシー……」

 

お互い遠く離れた場所にいる英国少女二人による熱き友情。

相手役の一夏の本心を置き去りに、ストーリーは彼の知らないところで更に進んでいた。

 

 

 

 

 

「ひぃぃぃぃ!」

 

一方お嬢様が現在住んでおられるIS学園寮の廊下では、相も変わらず少年の叫び声が響く。

唯一変わったのは彼を追いかける人が一人、二人と増えていっていることだ。

 

 

捕まれば『死』リアルで『死』つーか『死』あるのみ。

だから逃げる。とにかく逃げる。目指すべきお嬢様の部屋から遠ざかろうが、とにかく逃げるだけ。

それが彼に許された唯一の生存条件なのだから……。

 

『一夏!』

後ろから折り重なった少女たちの声が聞こえる。

 

「ひぃぃぃぃ!」

一夏は涙を撒き散らしながら、そう叫び声をあげるしかなかった……。

 

 

 

 

 

「チェルシー。私幸せになりますわ!」

一人幸せそうなお嬢様の声が彼女の部屋に響く。

 

「ぎゃああああああ!」

その少し遠くで、一人の少年の断末魔が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

男と女はすれ違いが常というもの。想いのすれ違いは悲劇しか生みません。

そういう訳でIS学園は今日も平和で……

 

 

 

プツン。

 

 

 

 

 

 

 

 

速報をお伝えします。

 

 

 

 

 

 


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