P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結) 作:コンバット越前
※ 正しい娘(ヒロイン)の育てかた
「一夏あれは一体何だ?」
「ああ。あれはー」
俺の隣に座ってテレビを見ていたラウラが画面を指差しながら聞いてくる。ラウラは最近自身が疑問に思ったことをよく尋ねてくるようになった。スポーツ、芸能、流行エトセトラ。でもそれは良いことだと思う。そうやって多方面に興味を持つことで皆成長していくのだから……。
俺はラウラの健やかな成長を願う。
ラウラ。たくさん興味を持ってたくさん知っていくんだぞ。俺に出来ることなら何でも教えてやるから。
「ところで一夏。今日の合同授業で他クラスの生徒とも積極的に話をしてみたのだが」
「そうか。偉いぞラウラ」
「その中で一つ気になる話題が出たんだが、それが私にはよく分からなくてな」
「そうなのか。ま、とりあえず俺に聞いてくれ。俺で分かることなら何でも答えるからさ」
俺は任せろという風に自分の胸を叩く。
ラウラはそんな俺に笑みを返してくると、その笑顔のまま口を開いた。
「SEXについてなんだが……」
俺は早くも来るべき時が来てしまったと思った。
「そう……。とうとうラウラもそれに興味を……」
「ああ。ついにその瞬間が来てしまった」
俺はラウラを帰らせた後、速攻でシャルを呼び出してこの問題を話し合っていた。
「ボクがいない時に限ってそんな話題に触れてしまうなんて」
「なぁシャル。どうすればいいかな?」
「難しいよね……。勿論ラウラだって最低限の知識はあるだろうけど、それが逆に仇になったのかも。生半可な知識しかない子が性のガールズトークを聞くのは本当にキツイから」
「えっ?そんなスゴイの?」
「うん。半端ない」
……ちょっと聞いてみたい気がする。
「ラウラにとっては今までの世界が崩れてしまう程だったかもしれないね」
「そんなにかよ。女子って普段俺が居ないときに何話してんの?」
「それは置いといて。とにかく難しいよね、これはデリケートな問題だし」
「そうだよなー」
「一歩間違えればラウラの成長過程に多大な影響を及ぼすかも。軽はずみなことは言えないよ」
「うーん」
俺とシャルは互いにこのことで頭を悩ませた。僭越ながらラウラの保護者的なものを自称する俺たちにとって、この性の問題は避けては通れない重大なものだから。
でも、だからこそ俺たちが……俺が何とかしなければならない。
「分かった。わざわざ部屋まで来てもらって悪かったなシャル。後は俺に任せてくれ」
「大丈夫?」
「ああ。大丈夫!俺が必ずやって見せるから」
「ふふ。そうだね、一夏なら大丈夫だよね。じゃあラウラをお願い」
シャルの大きな信頼を胸に俺は決心を新たにする。
必ずラウラを清く正しく導いてみせると。
「それにしても何かあれだな」
「あれって?」
「今の俺らって自分の娘を心配する親みたいじゃね?」
「お、お、親?ボ、ボクと一夏が……親……かぁ」
なぜか急にシャルがぽーと呆けたようになる。それを不思議に思いながらも、俺はラウラへの説明の『準備』のために電話を取った。
「よおラウラいらっしゃい」
「うむ。それで一夏、今日はどうしたんだ?」
翌日。俺はラウラを部屋に呼び出していた。
「昨日のラウラの疑問に答えようと思ってな」
「SEXか?教えてくれる気になったのか?SEXの本質、セックスの意義、せっくすの技を」
そんな女の子がSEXセックス連発するんじゃありません。
男はその言葉だけで色々辛抱堪らなくなるんです。
「……その答えがここにある」
俺は昨日の『準備』の結果であるブツを彼女に差し出す。
「これは……本か?」
「ああ。本だ。これにラウラの疑問の回答がすべて載ってある」
「そうか。私としては一夏に直接教えて欲しかったのだが」
「あの、そーゆーこと軽く言うの止めてマジで」
俺は少し前かがみになりながら言葉を返す。
「と、とにかくだ!まずはこれを読んで勉強してみてくれ」
「……まぁ分かった。でもな一夏、この表紙は何か……」
「ラウラ俺を信じてくれ。これは俺の親友の選りすぐりのベスト・セレクションなんだ。ラウラの為に無理言って準備してもらった人生の教科書なんだ」
「そうか。ありがとう一夏。ならさっそく部屋でこれを読んで勉強してみる」
「ああ。じゃあなラウラ。頑張れよ」
「ふぅー」
ラウラが出て行った後、俺は僅かな達成感と共に額の汗をぬぐった。
性を学ぶにはその媒体に触れるのが一番だ。本、DVD、動画……昨今その情報は嫌になるくらい溢れている。男は誰しもそれでエロを知り知識を蓄えていくのだから。その中でもやはり入門編としては本がオススメだろう。俺と違いラウラは勉学も得意としてるし、それで学ぶことは問題ないはずだ。
だからラウラにもこれが正解に違いない。
ありがとな弾……。
俺は急にも関わらずあれだけのお宝を用意してくれた、どうしようもないエロ猿兼親友に心で礼を述べる。あれはきっとラウラを正しく導く為の道標になるはずだ。
そして俺は『娘』の健やかな成長を願い、そっと一人微笑んだのだった。
その晩、ラウラに渡した人生の教科書を片手に、かつてないほど怒りまくったシャルが部屋に乗り込んで来て、強烈なビンタをかまされた。
「ラウラが変な子に育ったらどうするの!」
正座されられ、その上からマシンガンのように繰り出されるシャルの非難と説教を聞きながら、俺は娘の育て方の難しさをひしひしと感じたのであった。
※ あさきゆめみし君と
「待たせたな」
「いや。じゃあ行くか」
待ちあわせ場所で既に私を待っていた一夏がそう言って、壁に預けていた身体を起こす。
そのまま二人で歩き出した。
「もう春も終わりになってきたな」
「そうだなー。もう日中は制服着てて暑い時あるくらいだし」
「だからといって着崩しただらしない格好はするなよ」
「女子はいいよな。制服自由勝手にカスタマイズ出来るんだから。それで季節にも応用できるし」
「そうは言っても実際それをやっているのは鈴にセシリアにラウラ……専用機持ちばかりだぞ。一般生徒は皆ほとんどノーマルタイプだ」
「それもそうか」
隣の一夏は気だるげにそう言うと、頭の後ろに手を組んでつまらなそうに歩く。
「箒は春休みも帰らなかったし、実家は久しぶりなんだろ?どうだった?」
「まぁ……特に何も。用事といってもそう大事なものでもなかったしな」
「ふーん」
「一夏の方はどうなんだ?お前も実家は久しぶりだったんだろ?」
「別に俺の家は誰かが待ってるわけじゃないし。久しぶりに掃除しに帰っただけだから」
悲観的にでももなく、あくまで自然な感じで言う一夏に少し安心した。私も人より波乱万丈な家庭環境を送っていると自負しているが、一夏もまた複雑なものがある。
暫し無言で歩く。少し強い風が心地よかった。
「ふぁーあ。春って何でこんな眠くなんのかなぁ」
「もっとちゃんとしろ一夏。みっともない歩き方するな」
「うるさいなー。千冬姉みたいなこと言うなよ。休みの日くらいいいだろ、学園の外なんだし」
「そういう気の緩みが常日頃の行動に現れてしまうものなんだ。休みの日こそ己を律してだな……」
「あーうっさい」
一夏はうんざりしたように言うと早足で歩いていく。
「一夏!」
「休みの日くらい喧しく言うのはやめてくれ」
前からそう返してくる一夏に、私は小さくため息を吐くとその背を追った。
再度無言になって並木道を歩く。しかしついさっきまでの沈黙とは違う心地悪さの残る類のものだ。
一夏の言うとおり喧しく言い過ぎたかと思うが、どうしても一言素直に謝ることが出来ない。偶然が重なって実現した一夏との帰郷。せっかくの二人だけの時間だというのに。
会話もなくその間を埋めるように周りを見渡しながら歩く。
桜がつらなる並木道。春を告げる桜の短く儚い役目を終えた花びらが地に降り積もっている。短い春の終わりを感じさせる光景。
それを寂しいと思う人も多いだろうが、私はその光景が嫌いではなかった。
子供のころはこの桜の花びらの上を、この時期しか見れない桜の絨毯の上を歩くのが好きだった。
そういえば小さい頃はこの道を一夏と二人で……。
顔を上げてこれが最後だというように花を散らしている桜を見上げた。不意に私の中である男の子と女の子の姿が浮かんできた。胴着を身に着け小さな竹刀を担いでこの道を歩く幼い子供。昔の私と一夏。
ずっと一緒にいられると思っていた。毎年この道を二人で歩んでいけると思っていた。
そう何の疑いもなく信じていた幼い日々。
「箒」
「えっ?」
その儚い夢に浸っていたせいか、いつの間にか先を歩いていた一夏が止まって私に向かい合っていた。
「な、なんだ?」
一夏はそれに答えず無言で私の方に手を伸ばしてくる。思わず身体が固まった。
そんな私の緊張を感じ取ったのか一夏の表情も緩む。そしてそのまま私の頭の上に手をやった。
「ほら花びら。髪についてたぞ」
それを私の前でかざす一夏。差し出された桜の花びらを受け取ると、急に訳もなく恥ずかしくなり俯いてしまった。
「あ、ああ。その、ありがとう一夏」
「なんかさ、この光景見ると尚更春も終わりかもって思うよな」
「そうだな……」
「でも懐かしいよな。この道」
弾かれたように顔を上げ一夏を見る。目を細め周りの桜に目をやっている一夏を見て、不思議と私と同じように一夏も昔を思い出しているのだと確信できた。
そのことに胸が温かくなってくる。
思い出を共有している。同じ夢を見ている。それがとても嬉しい。
「にしても箒大きくなったよなー」
視線を私に戻した一夏が少し意地悪く笑う。
「な、何がだ!」
「あの時はあんなにチビだったのに」
「それはお前もだろ!」
「そっか。それもそうだなー」
「まったくお前は……ふふっ」
「ははっ」
そして一夏と顔を見合わせて笑う。
心地悪かった空気が風と共に流れていくのを感じた。
「じゃあ行くか」
「ああ」
離れていた距離が縮まって並んで歩く。一夏は桜を見上げながら歩いている。会話はなくとも心地悪さは感じない、この雰囲気が心地よい。
目の奥にかつての光景が蘇る。
好きな男の子の隣で胸を高鳴らせて歩く女の子の姿。昔の私。
あの時願ったような一緒に腕を組んだり、手を繋いで歩く関係には未だなれていないけれど。
あれから離れ離れになって、もう会えないとさえ思ったこともあったけど。
それでも今、一夏は私の隣にいる。
風が強く吹く。儚い役目を終えた桜が代わりに地を桜色に敷き詰めていく。
来年もまたこの道を二人で。
そう願い私は手の花びらを空に放つ。
風に運ばれて桜の花びらが空に舞い上がった。