P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結) 作:コンバット越前
要はいつものどうしようもない酢豚的作品であります。
ちなみに私は昔からカレーパンマン一筋です。
「千冬姉。俺学園辞めるよ」
「なんだと?」
進路について大事な話があるから、と一夏に相談された千冬。それで授業が終わり進路相談室で向かい合ってみれば、開口一番この台詞。さすがの千冬も口をあんぐり開けて固まった。
「悪いけどもう決めたんだ」
「いやいやちょっと待て。どうしたんだいきなり、何があった?」
「……」
「まさか誰かにいじめられていたとかか?それともあの専用機メス猫共の誰かに襲われたのか?」
驚きのあまり物騒な台詞を吐く千冬。しかし一夏は動じることなく千冬に対した。
「いじめなんてないよ。クラスの皆は本当によくしてくれてる」
「そうか」
「あと連中に襲われそうになるのはもう日常風景だから一々気にしちゃいない」
「そうか」
「偽造婚姻届を作成されそうになるのも、夜のハニートラップにも慣れた」
「そうか」
「嫌になるくらい訪れた貞操の危機をも乗り越えて俺は今ここにいる」
「そうか」
あのメス猫共いつか必ず制裁してやる。
千冬はそう強く決心した。
「いじめではなく、お前の尊い純潔を奪われたわけでもない。ならどうしたというんだ?」
一夏の貞操の無事を内心安堵しながらも千冬は優しく問いかける。一夏は決意を固めたように唇を一瞬強く結ぶと、ゆっくりと己の思いを口にした。
「千冬姉。実は俺子供の頃はさ、正義の味方ってやつに憧れていたんだ」
「正義の味方だと?」
「困ってる人を、弱き人に手を差し伸べてやれる、強く優しい正義の味方に。……だってその指標となる存在はいつも俺のすぐ側にあったからさ」
「一夏お前……」
「うん。そうだよ千冬姉」
弟からの尊敬の眼差しを受けて千冬はこそばゆくも誇らしい思いになった。たとえ役不足でも親の代わりとなって自分の背中を見せてきた。それを目標として感じ取ってくれていたのだから。
「そうか。お前はその背から確かなものを感じ取ってくれていたんだな」
「うん。俺はね、アンパンマンに憧れていたんだ」
「おいちょっと待て」
千冬はずっこけながら待ったを入れる。
「なんでアンパンマンだ。普通この流れは私への憧れを切実に語るシーンだろ!」
「ごめん。でもアンパンマンこそが子供の頃の俺にとってのヒーローだったんだ。テレビ越しのあの強い背中を見て俺は育ったんだ」
つまり私の背中はアンパンマン以下だったということか?
千冬は非常に悲しくなった。
「分かった。いや悲しくなるので分かりたくないがそれはもういい。つまりお前は正義の味方に憧れていて、それが学園を辞める理由になったということか?」
「いや、うーんどう言ったらいいのか」
「ん?まぁいい。とにかく学園辞めてどうするというんだ。どこぞの英霊予定のように正義をこじらせて紛争地帯にでも行くとか言い出すんじゃないだろうな?」
「はぁ?行くわけないだろ」
ばぁ~かじゃねぇの。
と顔全体で表してきた弟に姉は一瞬殺意の波動が目覚めかけた。
「子供の頃はって言っただろ。そもそも高校生にもなって『正義の味方(笑)』なんて夢持ってる奴なんているわけないじゃん。千冬姉大丈夫?」
「謝れ!全国のエミヤさんに謝れ!」
「正義の味方なんていやしないんだよ千冬姉。成長した今なら分かる、アンパンマンなんてまやかしだ。何の感情も無く自分の顔を人に分け与えるヒーローなんて俺は認めない。そこに哀楽はあるのかよ?」
「お前は幼少向けの番組に何を言っているのだ」
「泣きもせず笑いもしない。そんなヒーローなんて俺は認めない」
千冬は強い決意を携えて語りだす弟を見て思った。
これはもうダメかも分からんね。
「それでお前は結局何が言いたいんだ?」
「アンパンマンは駄目だ。だから俺はカレーパンマンになるよ」
「よし病院へGO」
「そもそもおかしくないか千冬姉?何でテンプレの如く出てくるキャラはカレーパンマンを嫌って、誰も彼もアンパンマンにぞっこんなんだよ。なんで皆カレーパンマンの頭を「ノーサンキュー」って突き返すんだよ!」
「もしもし病院ですか?一人診て貰いたいのがいるんで予約をお願いします。はい精神科で」
「ショクパンマンにはドキンちゃんがいるってのに!なんでカレーパンマンだけあんな扱いなんだよ!」
「では来週の木曜日に。症状ですか?多分中二病をこじらせたのが原因だと思います」
「俺はそんな非道を認めない。カレーパンマンだってヒーローなんだ……」
「ではよろしくお願い致します。失礼します」
電話を切った千冬は哀愁を含んだ目で外の景色を眺めた。
今日もいい天気だ……。
「喜べマイブラザー。これでお前は一族の恥が決定した」
「子供置いて失踪した親の家に恥も何もないだろ」
まことにその通りであります。
「……いやいや、一夏お前親のことをそんな風に思うのはよくないぞ。それには事情が……」
「ハン。千冬姉がそんなの言える立場かよ」
「なんだと?どういう意味だ!」
馬鹿にしたような弟からの嘲りに千冬さんのボルテージが急上昇する。
「親代わりとなってお前を育ててきた私に何を言うか!」
「親代わりだって?千冬姉が?……ハハッ」
「一夏貴様!なんだその笑いは!」
「親の代わりなんて……してくれなかった癖に!」
いきなりのシャウトに千冬は固まる。
「俺を独りぼっちにして自分は一年もドイツに行ってたくせにぃ!」
「いや、お前それは……」
「そうやって都合のいいことは全部忘れて自分の意見を押し付けるのが千冬姉だ!」
「そんなことはない!」
「8月も9月も10月のときと、12月と1月の時も俺はずっと……待っていた!」
「な、なにを?」
「プレゼントだろ!」
一夏は泣いていた。
その目に深い悲しみの涙を溢れさせて……。
「俺にとって最高のプレゼントを……千冬姉の帰りをいつもいつもずっと待ってたのに!」
「い、一夏」
「手紙もだ。長い休みの日はいつもそれを期待して待っていた!なのにアンタは一度も帰ってきてくれるどころか手紙さえ満足に送ってくれなかったじゃないか!どうせお荷物の俺を厄介払いできて遠い外国で楽しくやっていたんだろ!」
「そんなこと……そんなことあるわけないだろ!」
「嘘をつけぇ!じゃあなんで俺を置いてドイツなんかに行ったんだよ!」
「仕方が無かったんだ!あの時はああするしか……お前を守るために!それにドイツでもお前を忘れたことなんてただの一度も無かった!私はいつもお前のことを思って……」
「勝手に思ってるだけの姉の想いなど、弟に伝わるわけがないだろぉ!」
「くっ!」
千冬は何も言い返すことは出来なかった。
思いは口に出してはっきり伝えないと相手には届かない。例えそれが肉親であってもだ。
私はこんなにお前を愛している、だから家族ならそれを察してくれ。
そんなものは家族という存在に甘えただけの勝手な言い草に過ぎない。
例えば病気で長期入院している娘がいたとしよう。その入院費用には莫大なお金がいる。親はその為に毎日朝から晩までそれこそ寝る間も惜しんで働いている。愛する子供の為に、子供の入院費用を稼ぎ命を繋ぎとめる為に。親は言うだろう「お見舞いに行けなくてごめんね、でもお前の為にお仕事をしなきゃならないんだ。分かってくれるよね?」
……それは確かにその通りだ。大人としては何も間違っていないかもしれない。
ただ子供はどう思うだろう。誰も見舞いの来ない独りぼっちの病室で、子は必死に働いているであろう親に心からの感謝をするだろうか。
否、違うだろう。子供にとってはそんな大人の都合などどうでもいいのだ。そんな現実が欲しいんじゃない。ただ側にいて欲しい。「愛してる」そう面と向かって言って欲しい。それだけなのだ……。
「学園で再会後も姉弟で接することさえ許されない。こんなことってあるかよ!」
「仕方が無いだろう!他の生徒の手前もあるのだ。そこはお前も察してくれないと」
「そうかよ。結局そうやってまた俺に我慢を強いるんだろ?じゃあいつになったら家族として接してくれるんだ?長い休みに入るまで?それとも卒業までか?いつまで俺を独りぼっちにすればいいってんだ!」
「一夏……」
「アンタは震える弟を抱きしめてくれる手の代わりに、これからも鉄拳とISの銃弾をプレゼントしてくれるってのか?どうなんだよ千冬姉ぇ!」
「……っ!」
千冬は胸に広がる心苦しさに声が出なくなった。
考えてみれば自分が最強のIS操縦者として世間から祀り上げられ、そして今このIS学園の教師となったことで一夏にどれだけの気苦労を与えていたのだろうか。
ドイツ行きの切欠となった誘拐未遂事件。世界最強の肉親ということによる世間からの容赦の無い好奇の視線。そしてIS学園での危険な日々。忘れもしない銀の福音との交戦による意識不明の大怪我。それらが全て自分の責ではないとどうして言えるだろうか。
何より他の連中のように一夏は望んでこの学園に来たわけではないのだ。たまたま偶然にISを動かしてしまった故に望まぬ形で入ってきた言わばイレギュラーの存在だ。
……いやそもそもその『偶然』さえもあの天災の力が働いていなかった、と本当に言えるのだろうか?
「もういいだろ千冬姉。俺はこれからは自分の道は自分で決めて行きたいんだ」
「だがな……」
「俺は夢をかなえたい。そして何より千冬姉と教師と生徒ではなく家族として向き合いたいんだ」
「そう、か……」
千冬は目を閉じて己の罪を思う。自分の存在が一夏の夢を阻害し、心を傷つけてきたというのなら。
……こんな自分が弟の行く先をこれ以上決め付ける権利なぞありはしない。
「千冬姉。認めてくれるよな?カレーパンマンへの夢をさ」
「………………えー」
しかし冷静に考えればやっぱおかしいと思う。
カレーパンマンだぞカレーパンマン!これならスーパーマンになるという夢のほうがまだマシだ。
そもそも何で弟による病院直行のアホ台詞から何でこんな流れになっているんだ?おかしくね?こういう時弟にどー言えばいいのか教えて下さいよ、行方不明のご両親様。もう顔も覚えていませんが。
「……なぁ一夏。お前カレーパンマンになるって夢だが、具体的にはどうするのだ?」
「とりあえず第一歩としてカレーパンを極める為パン屋に修行しに行く」
「……マジか?」
「うん。もうネットで調べて決めた。住み込みで働くよ。お金も貯めたいしさ」
何か一気に現実的な夢になったなぁ。
「アイツらには何て言うつもりだ?」
「何も言わない。このまま去る」
「おいそれは流石に人としてどうかと」
「だって全員言ったら地の果てまで追いかけてきそうな奴らばっかりじゃないか」
「まぁ確かに……」
「これからの人生暫く女なんて必要ないんだ。俺の夢はそんな色欲に構って叶う程安い夢じゃないんだよ千冬姉。今の俺には愛と勇気と弾だけいればいいんだ」
「そうか」
愛と勇気だけが友達。考えてみればそれはあのヒーローにふさわしいフレーズではないか。
千冬は小さく笑う。ただ最後の「だん」という言葉だけが気になったが、まぁ些細なことだろうな。
「じゃあ行くよ千冬姉」
「さすがに早過ぎだろ。別れを惜しむ暇もないじゃないか」
「ごめん。でも一刻も早くカレーパンマンになりたいんだ」
「ところでどこで働くんだ?私には当然教えてくれるんだろう」
「悪い。でも少しの切欠から奴らに知られてしまう恐れがある。だから言えない」
「お前な!家族に就職先を教えないなんてそんな馬鹿なことが許されると……!」
「そうやってまた俺の夢を邪魔するのか!アンタは弟の夢を応援する代わりに嫉妬と欲情に塗れた獣たちをプレゼントしてくれるってのかよ!千冬姉ェ!」
「分かったもういい」
そんな風にキレるのは卑怯だと思う。
お姉ちゃん何も言えないじゃん。
「じゃあね千冬姉」
「あ、うん」
「元気でねー」
「オマエモナー」
もはや脳のキャパシティーを越えてしまった千冬をよそに一夏はスキップしながら去っていく。
そんなにこの学園から、私の手の中から出たかったのかマイブラザー。
その喜びに溢れた弟の背中を見ながら千冬はそっと悲しみの涙を流さずにはいられなかった。
「あれからもう二年か……」
学園全ての生徒に驚天動地の混乱をもたらした『一夏失踪事件』から早二年。千冬は便箋と小さな紙袋を手に昔を懐かしんでいた。
「ふっ。アイツも一丁前の男の顔になりおって」
便箋の中には手紙と一枚の写真。そこにはいち早くこの学園から巣立った弟が満面の笑顔の子供たちに囲まれて写っている。当然その顔もまた笑顔だ。
「お前は夢を叶えたんだな一夏……」
紙袋に入るは一夏が作り手紙と共に送ってくれたカレーパン。
全国を飛び回り子供を笑顔にするカレーパンを届けるヒーロー。カレーパンマンになるという夢を叶えた弟。写真に写るその姿を千冬は目を細めて眺める。
「……美味いな」
カレーパンを一口齧る。
夢を叶えた弟のカレーパンの味はちょっとだけしょっぱかった。
ブレンパワード。
OPが狂っているアニメとして……じゃなくてガンダムの生みの親の方の作品として有名ですが、にわかの私は昔スパロボやってた時に出てたくらいしか知りませんでしたが、最近偶然に作中の数々の有名台詞を聞く機会があり、その言葉のセンスや言い回しに度肝を抜かされました。
(一例)
「8歳と9歳と10歳の時と、12歳と13歳の時も僕はずっと待っていた!」
「クリスマスプレゼントの代わりにそのピストルの弾を息子にくれるのか!」
「息子の為に死ねぇぇぇ!」
「情熱を秘めた肉体……」
などマジ凄えーと思いました。敵キャラの掘り下げも含めて。ジョナサンさん……。
母親と息子。姉と弟。
いつの世も男と女とは難しいものですね……(適当な締め)