平凡な俺が吸血鬼に? 高嶺の花な彼女に連れられて、夜の街の掃除屋はじめます   作:パラレル・ゲーマー

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第12話 定型メールと真夜中のホールへの招待状

 ピロリンという間の抜けた通知音が、静寂に包まれた俺の部屋に響いた。

 

 ベッドに寝転がりながらスマホでSNSを巡回していた俺は、画面上部に表示された新着メールのアイコンに目を留めた。

 

 見慣れないドメイン。だが送信者の名前に、俺はスマホを取り落としそうになった。

 

『日本吸血鬼協会 東京支部事務局』

 

 うわ、マジで来た。

 

 皇(すめらぎ)かれんが言っていた「業界団体」からのお知らせだ。俺の個人情報が、しっかりと裏社会の名簿に載っている証拠でもある。

 

 恐る恐るメールアプリを起動し、本文を開く。そこには、闇の住人からの手紙とは思えないほど慇懃無礼な、まるでお中元の挨拶のような文面が並んでいた。

 

件名:【重要】一般社団法人 日本吸血鬼協会より 入会手続き及び新人歓迎会のご案内

 

本文:

 

拝啓

夜露の候、貴殿におかれましては、益々ご健勝(またはご清血)のこととお慶び申し上げます。

 

平素は夜の秩序維持活動へのご理解とご協力を賜り、厚く御礼申し上げます。

 

さて、この度は晴れて「吸血因子」へ覚醒されましたこと、心よりお祝い申し上げます。

 

つきましては、本年度ご覚醒(20XX年X月期)されました新人会員の皆様を対象に、弊協会への入会手続きならびに親睦を深めるための「新人加入歓迎会」を、下記の通り開催いたします。

 

ご多忙の折とは存じますが、万障お繰り合わせの上、ご出席賜りますようお願い申し上げます。

 

敬具

 

 

日時

20XX年X月X日(土)

深夜 25:00(午前1時00分) 開宴

 

場所

協会指定空間 『緋色の広間(スカーレット・ホール)』

※東京都港区某所 地下結界内

 

集合・送迎について

当日開始時刻(25:00)ちょうどになりましたら、貴殿の眼の前(半径1メートル以内)に空間転送ゲートを構築いたします。

 

お支度が整いましたら、そのままゲートへ足をお踏み入れください。

 

会場直通となっておりますので、靴を履いた状態での待機を推奨いたします。

 

※ご自宅、路上、お手洗い等どの場所にいらっしゃってもゲートは強制的に開きますので、お時間には十分ご注意ください。

※万が一周囲に一般人(Tier6)がいる場合は、認識阻害の結界が自動展開されますが、可能な限り人目につかない場所での待機をお願い申し上げます。

 

当日の持ち物

・身分証明書(またはヤタガラス発行の登録カード)

・入会費および年会費引き落とし用の銀行印

・正装(ドレスコード:スマートカジュアル以上)

 

お問い合わせ先

日本吸血鬼協会 東京支部 事務局

 

(※本メールは送信専用アドレスから配信されています。返信いただいても回答できません。)

 

以上

 

一般社団法人 日本吸血鬼協会

東京支部長 徳川 ヴァン

 

「なんだかなー……」

 

 俺は画面を見つめながら、大きく息を吐いた。

 

 ツッコミどころが多すぎる。

 

 まず、「夜露の候」とか「ご清血のことと」ってなんだ。吸血鬼ジョークか?

 

 それに「徳川ヴァン」って。歴史上の偉人にあやかったのか、それとも本気で末裔なのか知らないが、名前のインパクトが凄まじい。

 

 だが一番の問題は「集合場所」だ。

 

 眼の前に強制的にゲートが開く? 25時ジャストに?

 

『お手洗い等どの場所にいらっしゃっても開きます』という注釈が、地味に恐ろしい。トイレで用を足している最中に空間転送されてパーティー会場に放り出されたら、社会的抹殺どころの騒ぎではない。

 

「この感じだと……東京だけじゃなくて、全国から来るんだろうな、新人」

 

 メールの規模感からして、それなりの人数が集まることは予想できた。

 

 そして気になるのは「ドレスコード:スマートカジュアル以上」。

 

 俺、スマートカジュアルなんて洒落た服持ってないぞ。

 

 ジーパンとパーカーで、魔法使いみたいな吸血鬼の集まりに行ったら、浮くこと間違いなしだ。

 

「……まあ、学生服でいいよな? 正装扱いだし」

 

 結婚式も葬式も学生服ならOKだ。吸血鬼の会合も冠婚葬祭の類だと、無理やり解釈することにしよう。

 

 それに銀行印が必要なあたり、年会費の徴収はガチで行うらしい。先日作ったばかりの自分の銀行口座と印鑑が、早くも火を吹くことになりそうだ。

 

       *

 

 そしてXデー当日。土曜の夜。

 

 家族が寝静まるのを待って、俺は行動を開始した。

 

 自室でカバンに身分証(ヤタガラス登録カード)と印鑑を放り込み、少し窮屈だが学校の制服に袖を通す。ブレザーのボタンもしっかり留め、襟元も正す。

 

 問題は靴だ。家の中でローファーを履くのは抵抗があるが、ゲートを出た先がいきなり土足厳禁の和室だったらどうしよう。……いや、「ホール」って書いてあるし、欧米文化圏の吸血鬼なら土足で大丈夫だろう。

 

 念の為、玄関からこっそりローファーを持ってきて、新聞紙を敷いてその上で履いた。

 

 スマホの時計を見る。

 

 24時59分。

 

「……ふぅ」

 

 緊張で手のひらに汗が滲む。

 

 本当に開くのか? 俺の部屋のど真ん中に?

 

 57秒、58秒、59秒。

 

 00秒。

 

 音もなく。

 

 しかし、世界を切り裂くような圧倒的な違和感と共に、俺の部屋の勉強机とベッドの間の空間が歪んだ。

 

 まるで空気にカッターナイフで切れ込みを入れたように、縦に一本の黒い亀裂が走り、それが左右にむわっと広がった。

 

 中からは赤紫色のモヤが漏れ出していて、向こう側の景色は見えない。

 

 ただ微かに、ざわめきと優雅なクラシック音楽のような音色が聞こえてくる。

 

「うわ、マジでできた……。ドラ〇もんのどこでもドアかよ」

 

 俺はローファーのつま先で床を一度トントンと鳴らし、覚悟を決めた。

 

 さあ、行きますか。

 

 俺は鞄を肩に掛け直し、躊躇うことなく、その漆黒の渦へと身を投げた。

 

       *

 

 浮遊感は一瞬だった。

 

 次の瞬間、足裏にふかふかとした絨毯の感触が伝わってきた。

 

 そして、むせ返るような香水の匂いと、適度な空調の涼しい風。

 

 目を開けると、そこは予想を遥かに超える光景だった。

 

「……ここ、本当に日本か?」

 

 だだっ広い空間。天井には巨大なクリスタルのシャンデリアが輝き、壁一面には中世ヨーロッパの美術館にあるようなタペストリーや絵画が飾られている。

 

 どこぞの高級ホテルのボールルームか、あるいは映画で見るような王宮の広間か。

 

『緋色の広間(スカーレット・ホール)』という名前の通り、基調となっているのは深紅と金。いかにも吸血鬼が好みそうな、悪趣味なまでに豪華絢爛な内装だ。

 

 会場の入り口付近には、既に数人の「参加者」が列を作っていた。

 

 見た目は人間と変わらない。ただ、全員が少し緊張した面持ちで、時折キョロキョロと周囲を見回している。

 

 スーツ姿の男性、派手なドレスを着た女性、俺と同じく少し場違い感を漂わせている私服の若者。どうやら全員が「新人」らしい。

 

「では、次の方どうぞー」

 

 受付カウンターには、執事服を着たスマートな男性職員が立っていた。顔色は青白いが、事務的な手際だけは超一流だ。

 

「あ、はい」

 

 俺は自分の番が来て、恐る恐るカウンターへ進んだ。

 

「身分証の提示をお願いします」

 

「これです」

 

 俺はヤタガラス発行の能力者登録カードを提示した。執事さんは専用のリーダーにかざし、「ピピッ」という音を確認すると、にっこり微笑んだ。

 

「Tier4、久我陽介様ですね。ようこそお越しくださいました」

 

 彼は手元から一枚のタブレットを差し出した。

 

「では、こちらに入会規約への同意の署名をお願いします。反社会勢力との付き合いがないか等の確認です」

 

「はい」

 

 読み飛ばしたくなるほどの長文だったが、とりあえず一番下の「同意する」をタップして、署名欄に指で名前を書く。

 

「ありがとうございます。続きまして、年会費のお手続きです。お振替先の銀行口座とご印鑑をお願いします」

 

「あ、やっぱり取るんですね、年会費……」

 

「はい。年間1万2千円となっております。毎月の広報誌『月刊ヴァンパイア・ライフ』の購読料込みですので」

 

 地味に高い。月刊誌とかいらないんだけどな。

 

 だがここで渋るわけにもいかず、俺は先日作ったばかりの「東都あおぞら銀行」の通帳番号を記入し、シャチハタじゃない朱肉の印鑑をポンと押した。

 

「はい、確認いたしました。こちら、本日の会の進行表と会員バッジになります」

 

 渡されたのは、コウモリの翼をあしらった小さな銀色のバッジとパンフレット。

 

「バッジは会場内では胸元の見えやすい位置にお付けください。また、会場奥では軽食も用意しております。開演までごゆっくりなさってください」

 

「あ、はい。どうも」

 

 俺はペコリと頭を下げて受付を後にした。

 

 そのまま重厚な両開きの扉をくぐり、メインホールへと足を踏み入れる。

 

 中はさらに広かった。

 

 立食パーティー形式のようで、丸テーブルが点在し、ウェイターがグラスを持って回っている。

 

 そして集まった人々――吸血鬼たちの発する独特の熱気が、会場全体を包み込んでいた。

 

「すごい人数だな……」

 

 ざっと見ても百人はいるだろうか。

 

 これ、全員が最近覚醒したばかりの「元・人間」たちなのか?

 

 俺は胸にバッジをつけ、制服のポケットに手を突っ込みながら、知り合い(主にかれん)がいないか探して、会場の奥へと進んでいった。

 

 壁際にあるビュッフェコーナーには、ローストビーフや赤ワイン、そして何やら「ゼリー状の赤いキューブ」などが並んでおり、妙に鉄の匂いが漂っている。

 

(吸血鬼の集会か……。どんな変人がいるのか、楽しみ半分、不安半分だな)

 

 ホールの中央ステージには、まだ誰もいない。

 

 『東京支部長 徳川ヴァン』という怪しい名前の主が現れるのを待ちつつ、俺はとりあえず目立たないように、オレンジジュース(ブラッドオレンジかもしれない)を手に取った。

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