平凡な俺が吸血鬼に? 高嶺の花な彼女に連れられて、夜の街の掃除屋はじめます 作:パラレル・ゲーマー
深夜の校舎二階の渡り廊下。
霊脈探知アプリの警告音がけたたましく鳴り響く中、俺たちは「ソレ」と対峙していた。
出現したのは、黒い霧の中から実体化した、人間のような形をした怪異だった。
だが顔がない。のっぺらぼうの顔面の真ん中に、巨大な「口」だけが裂けるように開いている。
身体には経文のような刺青がびっしりと浮かび、見るからに「術師」タイプのTier4上位種だ。
「おいおい、また気持ち悪いのが出やがったな」
剣持先輩が刀を抜き、先陣を切って走り出す。
俺も遅れてはならじと、身体強化のギアを入れて飛び出した。
「行くぞ!」
先輩が踏み込む。
その瞬間、怪異の巨大な口がグパァッと開いた。
『――動くな』
低く重く、鼓膜ではなく脳幹に直接響くような、嗄(しわが)れた声。
その言葉を聞いた瞬間、俺の身体に異変が起きた。
「……っ!?」
ガクン。
前に踏み出したはずの右足が、まるでコンクリートに埋まったかのように硬直した。
次に腕。呼吸。心臓の鼓動までもが、見えない鎖でがんじがらめに縛られる。
金縛り? いや違う。これは強制的な命令だ。「動くな」という言葉が、現実(ルール)として俺の肉体に上書きされた感覚。
――動けない。指一本、瞬きすら許されない。
(な、なんだこれ!? やばい!)
俺は完全に棒立ちになり、冷や汗だけが背中を伝う。
無防備なサンドバッグ状態。このまま攻撃されれば終わりだ。
目の前で怪異が、勝ち誇ったように笑った――気がした。
だが、次の瞬間。
「甘ぇよ!!」
俺のすぐ横を、一陣の疾風が駆け抜けた。
剣持先輩だ。彼は止まっていなかった。
そして修理屋の美島さんも、スパナを構えたまま何食わぬ顔で、怪異の背後へ回り込んでいる。
(えっ!?)
驚く俺の目の前で、先輩の刀が一閃した。
「セイッ!!」
躊躇のない横薙ぎ。
怪異は自分の「命令」が通じたと思っていたのか、完全に虚を突かれて反応できなかった。
『ギャ……』
刃は怪異の首を両断し、黒い靄に変えていく。
断末魔の声を上げて、怪異はその場から掻き消えた。
「――ぷはっ!」
怪異が消滅した瞬間、俺の身体にかかっていた金縛りが解けた。
地面に膝をつき、大きく息を吸い込む。心臓が早鐘を打っている。
「……なんすか今の。マジでビビった」
「おう、大丈夫か新人」
先輩が刀を鞘に納め、何事もなかったように肩を叩いてきた。
後方から、指揮役の皇かれんが歩み寄ってくる。
「初見殺しに引っかかったわね、久我くん。今のはTier4の『呪い言葉』……つまり【呪言(じゅごん)使い】の怪異よ」
「呪言……使い」
「ええ。ほら、世間でも『言霊(ことだま)』とか『有言実行』とかよく言うでしょ? 強い意志の籠もった言葉には力が宿る。それを攻撃能力に特化させたのがこの能力ね。要は『言ったことを強制的に現実化させる』能力よ」
「『動くな』と言われたら、物理的に動けなくなるってことか……」
シンプルだが凶悪極まりない。防ぎようがないじゃないか。
「でもおかしくないですか? みんなはどうして平気なんです? 俺だけガッツリかかりましたけど」
俺は疑問をぶつけた。剣持先輩たちには効いていなかったように見えた。耳栓でもしていたのか?
剣持先輩はニヤリと笑った。
「ああ、『慣れ』と『魔力ガード』だな」
「魔力ガード?」
かれんが補足する。
「所詮、相手はTier4レベルよ。放出される魔力量には限りがあるわ。対して、Tier3近い私たちや、ある程度場数を踏んだ能力者なら、自身の周りに無意識に魔力の防壁(オーラ)を張ることができるの。相手の命令が届く前にその防壁で弾く……これを『自動抵抗(オート・レジスト)』と言うわ」
「自動抵抗……!」
「加えて、あからさまに『口』がデカい怪異が出た時点で、『ああ、こいつ喋るな』って分かるでしょ?」
先輩が得意げに語る。
「呪言が来ると事前に分かってれば、相手が言葉を発した瞬間に、魔力や霊力を一気に高めて、意識的にガードを固めるんだ。耳を塞ぐんじゃなくて、魂を閉じるイメージだな」
「なるほど……。気合とテクニックで無効化できるのか」
「そ。所詮、Tier4が使う程度の呪言じゃ、格上や同格には通じにくいってこと。これがTier2クラスの大妖怪、例えば『件(くだん)』とか『牛鬼』みたいな奴が使う予言や呪いだったら、私たちでも抵抗できずに死んでるかもしれないけど」
「つまり今回の敵は……雑魚ってことですか?」
「怪異が使う能力としては、かなり残念能力に分類されるわね」
かれんはバッサリと言い切った。
「呪言使いの怪異って、実は本体が貧弱なパターンが多いのよ。言葉という搦め手にリソースを全振りしてるから、接近戦にはめっぽう弱い」
「言われてみれば、先輩の一撃であっさり沈みましたね」
「一人で戦う時は常に言葉を警戒していればいいし、今回みたいに集団で戦うとさらに効力が薄れるの。『動くな』という命令が複数人に分散しちゃうから、一人ひとりにかかる呪いの強度が下がっちゃうのよ」
「あー、それで俺以外のメンバーには全く効かなかったわけか……。強そうなのに残念だなぁ」
一対一の初見殺しには最強だが、集団戦や格上には無力。
それが怪異における【呪言】の評価らしい。
「でもな」
剣持先輩は真剣な顔で付け加えた。
「あくまでそれは『知能の低い怪異』が使った場合の話だ。――人間の能力者が使う呪言は、桁違いに危険だぞ?」
「え、そうなんですか?」
「ああ。『眠れ』の一言で即オチさせられるし、『心臓を止めろ』なんて言われたら、即死もあり得る。人間は狡猾だからな。言葉巧みに誘導して、抵抗できないタイミングで命令をぶっ込んでくる」
かれんが頷く。
「呪言はね、攻撃魔法というよりは高度な精神干渉の一種なのよ。アフリカの呪術師、ネイティブ・アメリカンのシャーマン、そして日本なら京都の陰陽師や古神道の家系……そういう古い術式を受け継ぐ『継承型』のエリートに多い能力ね。意外と裏社会で遭遇する確率が高いわ」
「戦闘以外でも便利な使い道があるのよ」
美島さんが、工具を片付けながら口を挟む。
「催眠能力としてよく使われるんよね。例えば、目撃してしまった一般人に『貴方は何も見てない!』って強い言葉で暗示をかける。すると、認識そのものが改ざんされちゃうの」
「おお……それこそ『メン・イン・ブラック』みたいだ」
「ヤタガラスの『事後処理班』なんかも、そういう呪言や認識阻害のエキスパートが多いわね。隠蔽工作で大活躍よ」
なるほど便利な能力だ。物理で殴るよりも、よほどスマートに問題を解決できる。
「今回の教訓は一つ」
かれんは俺の方を向き、ビシッと言い渡した。
「『一人で戦う時は常に警戒を怠らないこと!』。特に言葉を操るタイプの敵に会ったら、相手に喋らせる前に喉を潰すか、常に魔力ガードを展開しておくこと。これは能力者の基本中の基本よ」
「はい! 肝に銘じます!」
言葉は武器になる。
この業界における「口論」は、比喩ではなく命取りになるのだ。
俺は、消滅した怪異の残滓を見つめながら、改めて気を引き締めた。
まだTier4。俺の魔力ガードなんて、紙っぺらみたいなものだろう。
だが金髪幼女から教わった「魔眼」で時間を遅くし、相手が言葉を発する前に斬ることができれば……攻略の糸口はあるかもしれない。
戦うたびに知識が増える。経験が積まれる。
夜の掃除屋としてのレベルが、また一つ上がった夜だった。