平凡な俺が吸血鬼に? 高嶺の花な彼女に連れられて、夜の街の掃除屋はじめます 作:パラレル・ゲーマー
「――斬るわよ」
皇かれんが冷徹に告げた。
彼女の周囲には、既に鋭利な霊力の刃が展開されている。
踏切の向こう側から迫りくるのは、物理的な列車ではなく「死の因果」そのものだ。
「待ってください!」
俺は咄嗟に前に出て、かれんの視線を遮った。
「陽介? 何をする気?」
「対話します。いきなり斬り捨てたくない」
「無茶よ。アレはもう、人間の形をしているだけの現象よ。言葉なんて通じないわ」
「通じるかどうか試してみなきゃ分からない。……それに、なんか放っておけないんですよ」
俺は、踏切の向こうに佇む顔のない少女を見つめた。
永遠に繰り返される3分間。
死の瞬間の恐怖に囚われ続け、それでも何かを待っている。
それがただの「現象」だとしても、あまりにも救いがない。
「俺ももしかしたら、そっち側に行ってたかもしれない身なんでね」
俺は一歩、踏み出した。
強烈な風圧――時間の歪みが、俺の身体を押し返そうとする。
一秒先へ進もうとすると、二秒前の位置に戻されるような、吐き気を催す感覚。
「……くそッ、なら無理やりにでも時間をこじ開ける!」
俺は両目に魔力を集中させた。
全身の「魔力循環(マナ・サーキュレーション)」を最高出力まで上げ、金髪幼女から教わった感覚を呼び起こす。
時間を遅くするんじゃない。
この乱れたノイズを、俺の観測で「固定」するんだ。
『――時間鎖の魔眼・発動(クロノ・ロック・オン)!!』
カッ!!
視界が深紅に染まる。
カンカンカン……という狂った警報音が、ぐにゃりと歪んでスローになる。
少女の姿がブレる。
その「巻き戻り」の瞬間を、俺の眼力で無理やり押さえ込む。
(戻るな……! 進め! 時間を前へ進めろ!)
激痛。眼球が焼けるように熱い。
脳の血管が、何本か切れたかもしれない。
だがノイズが収まった。
踏切の向こうの風景が、正常な時間の流れを取り戻し、固定された。
「……はぁ、はぁ……!」
血涙が出そうになりながらも、俺は遮断機の下をくぐり抜けた。
俺は、少女の目の前、わずか数メートルの距離まで肉薄した。
「三千代さん……でいいのかな」
俺は荒い呼吸のまま、語りかけた。
「……学校、行きたいんだろ?」
反応がない。
「忘れ物を取りに行きたかったんだよな。大事なものだったのか? 友達への手紙か、それとも教科書か」
魔眼の維持がきつい。
魔力がゴリゴリ削られていくのが分かる。
あと一分も保たないかもしれない。
焦る気持ちを抑え、俺はできるだけ穏やかな声を出した。
「でもな、三千代さん。……電車はもう来ないよ」
少女の肩が、ピクリと動いた。
「警報も本当は鳴ってない。空襲も終わった。戦争だって、とうの昔に終わったんだ」
俺はゆっくりと、手を伸ばした。
「君はずっと待ってるけど……。君を待っている人は、もうここにはいないんだよ」
残酷な事実宣告。
だが、このループを終わらせるには、彼女自身に「時間の進み」を認めさせるしかない。
「う……あ……」
少女の喉から、軋むような音が漏れた。
顔のない平面に墨汁を垂らしたような亀裂が走り、目と口の形を成していく。
「……学校……いかなきゃ……」
「行けないよ。……もう間に合わない」
俺は否定する。はっきりと。
「君の時間(さんぷんかん)は、そこで終わったんだ。……だから、もう休んでいいんだよ」
その言葉が引き金だった。
ゴォォォ……ッ。
遠くから響いていた列車の幻聴が、急速に遠ざかっていく。
警報機の赤いランプが点滅を止め、ただの錆びついた鉄屑に戻る。
少女の姿が揺らぎ、その下に隠れていた「年相応の女の子」の泣き顔が浮かび上がった。
「……私、死んじゃったの?」
か細い声が、夜風に乗って聞こえた。
「ああ。随分昔にな」
「そう……。そっか……」
彼女はぽつりと呟き、自分の手首の火傷痕を見た。
「……怖かった。痛かった。……ずっと一人だった」
「もう怖くない。この先は……俺にも分からないけど、少なくともここよりは広い場所に行けるはずだ」
俺はそう言って、魔眼を解除した。
ふっと、身体から力が抜ける。
少女は最後に俺の方を見て、そして後ろで見守っていたかれんの方を見て、深くお辞儀をした。
「……ごめんなさい。そして、ありがとう」
彼女の身体が光の粒子となって解けていく。
夏の終わりの線香花火のように、儚く、美しく。
廃線跡に残っていた重苦しい湿気も、彼女と共に夜空へと吸い込まれて消えていった。
あとに残されたのは、虫の声と、俺の荒い呼吸音だけ。
「……終わったか」
俺はその場に座り込んだ。限界だった。
「陽介」
かれんが、歩み寄ってくる。
「無茶するわね。下手をすれば、貴方の意識ごとあっちの時間軸に連れて行かれるところだったわよ」
「へへ……。まあ結果オーライってことで」
かれんは呆れたようにため息をついたが、その表情は柔らかかった。
「Tier4にしては……いえ、吸血鬼にしては妙な優しさを持ってるわね、貴方は」
「そうですか? ただのお人好しですよ」
「それを才能と言うのよ」
彼女はポーチからミネラルウォーター(に見せかけた輸血ドリンク)を取り出し、手渡してくれた。
「飲みなさい。魔力が空っけつよ」
「あざっす……」
濃厚な鉄の味が、乾いた喉を潤していく。
俺は見上げた。
夜空には、先ほどまで見えなかった満天の星が輝いていた。
「この町での初任務は完了ね」
かれんが、廃線跡を見渡す。
「残る日程はあと二日。この調子で学校周辺の浄化を進めましょう。……明日はもう少しハードになるかもしれないわよ」
「えっ、ハードになるんですか? 休ませてくださいよ」
「ダメ。貴方、さっき魔眼のレベル上がったでしょう? 実戦で慣らさないと」
スパルタだ。
でも、悪い気はしなかった。
俺たちは星空の下、静まり返った廃線跡を後にした。
誰かの未練を晴らし、夜の静寂を取り戻す。
掃除屋としての仕事に、確かな誇りを感じながら。