東方亡霊侍   作:泥の魅夜行

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亡霊の過去 始まりと終わり
童さん、名を貰う


 眩しい。

 眠いけど目を開けると日差しが昇ってた。

 

「……」

 

 暖かい布が体に掛かってた。

 

「先生……」

 

 先生が掛けてくれたのかな。

 布を抱きしめるとまだ温かい。

 寒くない。

 洞窟で寝ていた時とは比べ物にならない。

 ずっと独り。

 みんな敵でみんな殺して、僕だけで生きてきた。

 白蓮先生。

 助けてくれた人。

 ずっとずっと僕に手を伸ばしてくれた優しい人。

 先生は僕を人にしてくれた。

 字を教えてくれた。

 言葉を教えてくれた。

 たくさんの事を教えてくれた。

 だから、僕は先生に付いて行く。

 いつか必ず先生の役に立つ為に。

 先生に恩返しするんだ。

 でも、まだ先生のする事がよく分からない。

 妖怪も人も平等に救う。

 それを僕はどうすれば手伝えるのかいつも考えている。

 でも、白蓮先生がいつも誰かを助けた後は、皆笑ってる。

 先生にお礼を言ってるんだ。

 

『僕も出来るかな?』

 

 そう言って、先生は僕の手を握って笑ってくれた。

 

『出来る。君も必ず』

 

 だけど、まだ怖い。

 白蓮先生以外の人が皆怖い。

 独りぼっちの時は、怖くなかったのに。

 体を起こして、先生の所に行く。

 今日は、誰か来るとか言ってた。

 

「どんな人……だろ」

 

 先生は新しい仲間って言ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、来ましたね。おはよう」

 

「おはようございます」

 

 広い部屋に行くと、白蓮先生と、知らない人が二人いた。

 でも、頭から耳みたいなのを二人とも生やして、髪の色も変わってるから妖怪かもしれない。

 

「ああ! 聖殿が仰ってたのはこの子ですね? おはようございます!」

 

 そう言って僕に近づいて来たのは、髪の毛が黄色と黒の縞々女の人。

 優しそうだけど、先生の後ろに僕は隠れた。

 

「……聖殿ー、私、嫌われました? 泣いていいですか?」

 

 泣いてる。

 

「大丈夫。この子は少し警戒心が高いだけよ。きっと貴女にも懐いてくれるわ」

 

「ほらほら、仮にも毘沙門天様の代行が子供に避けれらたくらいで泣かないでくれませんかね?」

 

 先生の肩から見ると、灰色でおっきい耳が付いた女の子が縞々の人の肩を掴んで引っ張って来た。

 

「だって、子供にも懐かれない私が毘沙門天様の代行なんて出来るますか? はははは。やっぱり無理ですよ。皆私を選んでくれたけど、やっぱり山でひきこもって暮らした方が私の器です――――」

 

 灰色の人が叩いた。

 

「しゃきっとしてくれ、代行殿。いや、寅丸星。私が仕替える方がこんな弱気じゃ前途多難だ」

 

「やっぱりですよね。そうですよね? 情けないですよねごめんなさい気弱でごめんなさい初対面の時美味しそうと思ってごめんなさい」

 

「おい、今、話し合いが必要な内容が聞こえたぞ? ん?」

 

「ふふ、二人とももう仲が良くなったのね」

 

 仲良いの? 先生に質問したら頷いた。

 

「聖殿、別に仲良くない」

 

 灰色の人がため息吐いた。

 

「さあ、二人ともこの子にも自己紹介していくれないかしら?」

 

 白蓮先生に抱っこされて二人の前に出された。

 うう、やっぱり怖い。

 

「と、寅丸星です。今日からこのお寺の毘沙門天様の代行を務めさせて貰います。よ、よろしくお願いいますね?」

 

「ナズーリンだ。毘沙門天様の監視役で来た。よろしくな坊ちゃん」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「君、名前は?」

 

 寅丸さんに聞かれた。

 

「無いです」

 

「え? いやいや冗談だろう? 聖殿から聞いた話じゃもう一年になるんだろう?」

 

「えっと、たくさんあります」

 

「聖殿? どういう事でしょうか?」

 

 寅丸さんが首を傾げました。

 先生は顔を赤くして、気まずそうに答えた。

 

「い、いろんな名前を考えていたら、その、どれがいいか分からなくなってしまいまして……その一年間」

 

「いやいや、聖殿。それは無いだろう。流石に無いだろう。じゃあ、この一年、この子は名無しで生活してたのか?」

 

「坊って呼ばれてます」

 

「「聖殿……」」

 

「ご、ごめんなさい……。この子の大切な事だから慎重に慎重にって選んでいたら、決まらなくて。いっそ候補の名前を全部くっつけようかなって、例えば、じゅげ……」

 

「それは、別の方に譲ろうか。何か危ない」

 

「でも、この子にはしっかりした名前を上げましょうよ!! いくら大切な事でも決めないといけませんよ!!」

 

「じゃあ……星。貴女が名づけ親になってくれないかしら?」

 

 見上げると、驚きの表情の星さん。

 

「え? わ、私がですか?」

 

「ええ、毘沙門天が名付け親って言うのも素敵じゃないかしら?」

 

 名付け親って何だろ?

 

「ううう……わ、分かりました!! 不肖、寅丸星。この子に立派な名前を付けてみせます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから僕と先生が住んでいた場所に寅丸さんとナズーリンさんが加わった。

 二人とも優しい、妖怪だけど。

 でも、やっぱり怖い。

 妖怪だからとかじゃなくて、触れられるのが怖い。

 誰かとの会話は殺意を乗せて叫び合う事しかなかったから。

 殺し奪う以外で人と触れ合う事しかなかったから。

 聖先生に出会って一年にもなるけど、僕はまだ怖い。

 

「おはようございます」

 

 笑顔で挨拶してくれる寅丸さんが怖い。

 

「……おはようございます」

 

 自分の耳にしか聞こえないくらいの小さな声しか出なかった。

 

「小さいですねー。もう少し大きくしないと駄目ですよー?」

 

「きこ……えたの?」

 

「ええ、私こう見えても耳が良いんですよ!」

 

 胸を張る寅丸さん。

 

「おっと、それはそうと君の名前が決まりましたよ。三日間待たせてしまいましたね」

 

「名前って……そんなに大事?」

 

 この三日間寅丸さんは頭を唸らせながら一生懸命考えてた。

 聖様もずっとずっとずっと考えてた。決まらなくて僕に謝ってた。

 でも、僕には何でそこまで一生懸命なのか分からなかった。

 すると、寅丸さんがしゃがんだ。目線が僕と同じになる。

 

「そうですね。まだ難しいかもしれませんが、名前って言うのはとっても大切な物なんです。名前が無いと君が何者なのか、他の人から認識が出来ない。君自身も君を定義する物が無い。君は人間である人間、でも君は人間の何なのか。名とは君が君である為に必要な物なんですよ」

 

 よくわかんない。

 そう言ったら寅丸さんは、僕の頭を撫でた。

 

「まだ難しかったかな? でもね、いつか分かるから。何時か欲する時が来る。君が自分の名を求める時が必ず。でも、探し求める名前が無いと君は君自身を認識できなくなってしまう。此処で私が君に名を与える事にする。ふふ、何て、かっこよく言ってるけど、子供に名前が無い事が私にとっては嫌なだけです。そして、何時か名前を誇ってほしいですね、名付け親としては」

 

 怖くなかった。

 寅丸さんに頭を撫でられたけど怖くなかった。

 名前。

 僕は、名無し。

 僕は何だろ?

 

「星! 名前決まったのですね!」

 

「はい、聖殿。今朝方に」

 

 走って来た先生が僕と寅丸さんを見て驚いてる。

 

「あらあら、頭を撫でて」

 

「……寅丸さん、先生と一緒」

 

「あらあら、よかったわね。ほら、ナズーリン。貴女も来て」

 

 お寺の屋根にいたナズーリンさんを先生が呼んだ。

 

「ふむ、寅丸殿は一体どんな名にしたのかは気になる所で」

 

 寅丸さんが咳払いして、僕の名前を呼んだ。

 

「加持丸。この子は加持丸です。仏あるいは菩薩が不可思議な力によって衆生(人々)を守るという鎮加護持(ちんかごじ)神変加持(じんべんかじ)からとってみました。人を護ることが出来るそんな人になって欲しいと願って」

 

「いい名じゃないか、加持丸か」

 

 加持丸。

 僕の名前は加持丸。

 僕は加持丸。

 寅丸さんがつけてくれた名前を何回も声に出さないで反芻した。

 

「加持丸。良い名ね。ありがとう、星。立派な名をこの子に付けてくれて」 

 

 先生が僕を持ち上げた。

 

「一年間も待たせてしまってごめんなさい。改めてよろしくね、加持丸」

 

 名前。寅丸さんが言ったことはまだよくわからないけど、でも先生に呼んで貰ったら、何故か嬉しくてとっても嬉しくてしょうがなかった。

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が流れ時は進む。

 加持丸の名を貰い、僕が俺になった。

 先生の教えを受ければ受けるだけ自分自身のかつての過去がの罪深さを知り、理解出来て行く。

 経を読み上げ、名も知らぬ斬った者、かつての村の人へ手を合わせる。

 仏教の修行、そして刀の修行。

 殺す為では無い、護る為の技を得る為に。

 

「せい!」

 

 寅丸様の突き。

 鋭く速く重いと三拍子揃った動きを連続で繰り出すそれはまさに毘沙門天様だ。

 それを躱す。

 己の力と勘で躱す。

 見てからの反応では駄目だ。もっと素早く寅丸様の槍が放たれるより速く予測しなければ直撃だ。

 寅丸様が持つ、槍の先端は潰し、布で覆われているので大きな怪我は起きない。

 しかし、その迫力と闘気によって真剣で戦っているように感じるのは、一度や二度では無い。

 

「……!」

 

 腹部を狙った一撃を手に持った木刀を下段から打ち上げ、槍を弾く。

 寅丸様の両手が上がる。

 隙を逃さずに懐へ飛び込む。

 

「これで」

 

「まだまだ」

 

 顎に衝撃を受ける。

 足だ。

 槍をかち上げ、後方へと体勢が崩れた寅丸様が俺が懐へ飛び込む瞬間に合わせ、右足を蹴り上げたのだ。

 

「ぐ……ぁ!」

 

 倒れ込む。

 立ち上がるより先に槍の先端を付きつけられた。

 

「私の勝ちですね」

 

「参りました」 

 

 痛む顎を摩りながら立ち上がる。

 何十回目の敗北か。

 

「お強いですね。情けない限りです」

 

「いや、足を出すのが偶々上手くいっただけですよ。数瞬遅ければ敗けてました」

 

 その数瞬に合わせる事が出来る寅丸様も大概だ。

 

「今日の朝の修行は此処までです」

 

「ありがとうございました」

 

 修行場である山を下りて命蓮寺に向かう。

 

「そう言えば、最近とても巨大な妖怪が現れている噂を聞きますね」

 

 下山しながらふと、寅丸様が思い出したように言った。

 

「巨大な妖怪?」

 

「ええ、何でも山よりも大きいとも言われてます」

 

 山よりも大きな妖怪。想像付かないが、それ程大きな妖怪なら、すぐに見つかるのではないか。

 

「それが急に人前に現れては直ぐに消えてしまうそうです。跡形も無く」

 

「何とも不思議な話ですね」

 

 とはいえ、妖怪ならばよくある事、目の前で消えるなど珍しい事では無い。

 その時は、特に気にすることも無く単なる噂話程度にしか思っていなかった。

 命蓮寺へ戻ると、聖先生と男の人達が数名話している。

 近隣の村の人だ。

 男達を代表して老人が頭を下げている。

 

「寅丸様は裏の方からお入りください」

 

 毘沙門天様の代行でもある寅丸様はあまり表に出ない方が良いだろう。

 ましてや、耳と尻尾を出していると妖怪と疑われることもあるかもしれない。

 寅丸様を裏へ送り、自分は門から入り先生達の所へ向かった。

 

「聖様、お願いします。どうかお願い致します」

 

「分かりました。お任せ下さい」

 

 話が終わったのか帰っていく村の人とすれ違い、先生に声を掛けた。

 

「どうしたんですか? 先生」

 

「それが、噂の巨大な妖怪をこの近くで見たらしいの。それで退治を頼まれた所よ」

 

噂の。この近くだったのか。

 

「でも、妖怪の皆さんへの修行も見ないといけなくて、昔の様に自由に動けないのが辛いわね」 

 

 ここ数年で、聖様の元へ来る妖怪達も増えた。

 人間と妖怪。その両方へ教えを授ける聖様も当然忙しい。

 

「ナズーリンは、毘沙門天様の所へ戻っているし」

 

「先生。俺が行きます」

 

「でも……」

 

 確かに先生のように、魔法によって高い身体能力も持っていない。

 だが、現状手が空いているのは俺だけだ。

 

「お願いします。俺に任せてくれませんか。恩返しもしたいのです」

 

 俺を人に戻してくれた白蓮先生。

 俺はこの人に何も返せていない。

 背も高くなった。子供では無くなった。

 体も鍛えた

 もう、男として先生におんぶ抱っこは嫌だ。

 

「……わかりました。でも、気を付けて。絶対に帰って来なさい」

 

「必ず」

 

 そうとなれば、準備だ。

 噂だけで、正確な情報が無い。

 解決には何十日も掛かるかもしれないので、しっかりと準備をしないとな。




「どこだ入道。私が必ず倒してやる」

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