東方亡霊侍   作:泥の魅夜行

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加持丸さん、決着

 かつて、生きる為に力を使った。

 その結果、皆が死んだ。

 あのどす黒い体から湧き出る何かに恐怖した。

 あの力は先生に救われる前も極力使うことは無かった。獣の本能と言う奴か。

 先生に救われると自身の所業を知ってこの力を恐れた。

 だが、それは違うと先生は言った。

 力とは力でしかない。力は使う者によって異なると。

 人を殺す事が出来る俺の力もまた、俺の手によって違う結果を生み出すと。

 出来るかも分からない。

 だが、やるしかない。涙した彼女を救ってみせよう。

 俺がそう決めたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれー? なんだそれー?」

 

 阿子木は首を捻った。

 先程から不可解な事象が続いていることに対してだ。

 操り人形同然の女が涙を流している。それは別にいい。流しているだけで操れない訳でもないし、この涙の源の女はこれ以上なく今の現実に絶望しているのだから。

 

「……」 

 

 一輪と阿子木の真下。

 一輪によって殴って殴って殴って殴られ続けた男がいた。

 体中を万遍無く殴り続けたので、もう動くことも出来ない。

 骨も内臓も肉も適度に柔らくなってるだろう。

 

「なのになんで死んでないのかなー?」

 

 殴殺したはずなのに、まだ心臓は動いている。

 

「殴っても駄目かー、じゃあ穿るか」

 

 体の中で一輪が悲鳴を上げている。

 もうやめて、その強い懇願に阿子木はますます笑みを深めた。

 力が強化されていく。

 

「見たかよーじいーさん? あんたの助っ人そろそろしぬぜー?」

 

「……!!」

 

 動こうとするが雲山の身体が動くたびに泥の様に崩れた。

 

「ひゃはは!! まあ無理だわなー。俺の瘴気喰らってんだ。あんたももうじき死ぬしな」

 

 この阿子木は既に入道と言う妖怪から外れていた。

 あらゆる感情を持つ生物の絶望を喰らい、舌で弄び、享楽に浸る何かに変質していた。

 

「ひひひ、情けねー。情けねーよ爺。入道の中じゃ最強だったあんたが崩れて死ぬんなざ誰が予想した!? しかも殺すのが一族の恥! なーんて言われたこの俺様!? ああ、さいこーだよ」

 

 弱かった。ひたすらに妖怪で入道である癖に小さく、非力で目の前で瀕死の雲山に庇って貰わなければ生きていけなかった自分がだ。

 

「なあ、俺すげー悔しかった。すげー憎かった。見下す奴らが、俺より強い奴らが、俺を笑う奴らが、そして、俺を庇うあんたも憎くて憎くて仕方なかった」

 

 全てが手に入った今。もうこんな所には要は無い。

 もう、この女もいらない。

 

「さぁーて、京にでも行こうかね? 最っ高の悲劇を作ってやるんだ。何人死ぬのかな? 何人泣くのかな? 最高に楽しいだろうな! ぶっ壊してぶっ壊して俺が憎くて憎くてしょうがないんだろうな!? でも、俺の事が分かんなくて、誰に怒りをぶつけるんだろうな!? ああーもうなんて幸福だよっっっ!!」

 

 だから、殺す。

 死にぞこなってるこの加持丸とやらを殺して、村に捨てて、皆殺し。

 

「あれ?」

 

 そこで阿子木は動きを止めた。

 

「なんで死体がねーんだよ、おい」

 

 加持丸が消えた。

 そして、

 

「なんで立ってんの? 君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて、死ねと言ったことで皆が死んだ。

 自分の力は言葉を発し、言葉に力を与える。

 その言葉は俺の意思が強ければ強い程に力を増す。

 『生きろ』

 死の淵であるからこそ、その言葉がいつも以上に力を増して俺の命を体を治した。

 骨は繋がり、内臓が再生され、血が止まり、傷が消えた。

 さらに俺は言葉を紡ぐ。

 

「言葉にて御力を拝借願う、オン・ガルダヤ・ソワカ。『迦楼羅天』。纏え、三毒を燃やす浄化の炎」

 

 火が吠えた。足元より噴出する揺らめき揺蕩う焔は生きているかのように私を包んだ。

 

「……ぅあ!!」

 

 全身が痛むが体は燃えてはいなかった。それはそうか。俺の言葉によって生まれたとは言え、これは迦楼羅天の炎。貪り、怒り、無知を焼き尽くす浄化の火は俺も対象であることに間違いは無い。

 燃えているのに燃えていない不思議な感覚だ。

 これも苦行かもな。

 

「行くぞ……」

 

 俺は文字通り火だるまと化して阿子木へと迫った。

 

「うおおおおお!!」

 

 手を伸ばす瞬間、阿子木が身を引く。

 成程、この火を恐れたか。

 

「おいおいおい、なんだそれ!? 馬鹿か? お前馬鹿だろ! 訳解んねぇって!! 頭可笑しんじゃねぇの、おい!!」

 

「かもな!!」

 

 痛い。この激痛に何時まで耐えれるか。

 

「聞け、一輪!! 泣いてもいい。俺の声を聴け!!」

 

 呼びかける。

 阿子木を倒すと同時に、一輪も救う。その為に俺がやることは一つ。

 

「いいか! 俺はお前よりも最悪だ!!」

 

 紅蓮が揺らめく拳を阿子木が避ける。

 

「俺は、獣だった!! いや、それ以下の外道だ!!」

 

 取り落とした刀を拾うと、刀にも火が燃え移る。火が踊る刀は阿子木の黒雲を一振りで灰塵に変える。 

 

「飢饉だった。村の皆が飢えまともではなくなっていた。童だった俺は問答無用で襲われた!」

 

 一輪の顔に浮かぶ焦りと困惑は阿子木のもの。芝居では無く本物の焦燥を浮かべている。

 

「俺は恐怖した。死を目前に俺は俺の力で村を、皆を殺した!! 一人残らずだ!!」

 

 その驚愕は阿子木が、一輪のものか。

 

「齢三の童が、だ。そしてその童は生きる為に他者を殺し続けた! 一人をころした、二人を殺し、三人を、四人を。殺す事が当たり前の鬼か何かの怪物だ!」

 

 阿子木が木の上へと跳ぶ。

 

「ははは!! まともな男と思ったら、存外狂った過去持ってるじゃないか!? ひょっとして君に憑りつくのも悪くないかも……!?」

 

 言葉を続かせない。刀に乗った火を球として撃ち出すことで阿子木を地へと落とす。

 

「それでも、俺は……俺は人に戻れた。罪と業を背負い人として生きている。俺はある方に救われ、獣から人へと戻り、こうして生きている。いいか、一輪よく聞け! 主は悪くない。普通に生きて来た主が死ぬ意味なぞ無い! だから死ぬな! 殺してくれなどと言う下らない事を考えるな。主は生きて良いのだ!」

 

「鬱陶しぃぃぃんだよぉぉぉ!! 何? 生きていて良い? 生きていても意味ないだろこんな女ぁぁぁ!! もう誰も居ないからねっ! 僕がこの手で殺したから!」

 

「なら、俺の所に来い、一輪!!」

 

「はいぃ!?」

 

 黒雲目掛けての蹴りは、一瞬動きを止めた阿子木により直撃した。

 体勢が崩れた一輪の身体を抱き留める。

 燃えることなど無い。一輪が燃える理由は無いのだから。

 そして、この炎から一番の痛みを受けるのは、

 

『ぎ……!? ぎゃあぁぁあああああああああっっっ!?』

 

「聞け、一輪。俺の所へ来い! 主が生きたいと思うまで。生きることが楽しいと思えるまで。自身で涙を拭えるその時まで俺が隣にいてやる!」

 

「――――ぁ」

 

「俺がお前を護ってやる! だから、死ぬんなて考えるな――――!!」

 

 届け。ただそう思った。

 決して死なせはしない。そう決めた。

 

「……の。わ、わた、し、……いきていいの……?」

 

 一輪の眼から涙が零れた。

 

「当り前だ!」

 

 涙は止まらない。涙を流したまま一輪が私へ抱き付くと大声を上げて泣いた。

 

「うえああぁああ!! こわ、かった……こわがった!! ずっど、な゛い゛でも、だれも……! み、んな、じんじゃっでっ……!!」

 

「大丈夫だ。涙が止まる時まで好きなだけ泣け」

 

 同時に、一輪の身体周囲から勢いよく黒雲が噴き出した。

 炎に炙られ転げまわる阿子木に黒雲が集まり纏わり付くと、炎を包むようにくっ付いて行く。

 火が水によって消える音そして、焦げて鼻を顰める匂いが周囲に広がって行く。

 雲が動く、泥の様に形を自在に変え、黒色の人の姿へと変わる。

 まるで、影が地面から浮き出てきたようにも見える。

 

「あーあーありえねー」

 

雲が口の様に二つに割れた。紡ぎだされた声に寒気が走る。

 これが入鉢阿子木の本当の声か。

 

「なんなんですか? なにそれ? なんで喜んでんの? なんで救っちゃってんの? ああ、何だこれ? 胸糞悪い、見てるだけで気持ち悪い……気色悪い……」

 

 早口で呟くように阿子木が頭を下に向けていた。

 一輪を背後に下がらせる。

 

「ふ、ふはは……なあ、加持丸ちゃーん。本当にふざけた事してくれたね。……死ねや、もう」

 

 黒雲の先端がぶれた。

 目の端に映ったそれに刀をぶつけた。

 甲高い金属の音。刀が止めた物は、先端がひどく尖った黒い針だ。

 

「二発から十発発射ー。おっちね塵芥」

 

「!!」

 

 迫る高速の針が俺では無く一輪を狙っていることを直感的に理解した。

 まずい、数が多すぎる。反射的に一輪の盾になるように前へ。

 だが、俺が反応するより先に、俺の盾になるように雲山殿が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雲山殿!!」

 

 崩れ落ちる雲の身体。駆け寄ろうとする俺を雲山殿が視線で止めた。

 体を貫く黒雲を纏まるように握り、根元である阿子木の動きが止まった。

 それが何を意味し、何をするべきか分かった。

 体中に周る焔を刀に集め一直線に阿子木へと突っ込んだ。

 

「馬鹿が! 切り離し……!?」

 

 言葉が途切れた。阿子木が伸ばした黒雲が雲山殿が居る方へ引っ張られた。

 伸びて阿子木が僅かに、前へ俺が向かう方向へ倒れ込んで来る。

 

「ひっ! 待て! もう人殺しませ……」

 

「黙れ」

 

 一閃、頭から股まで裂いた。

 二閃、首を飛ばす。

 三閃、右肩から斜めへ斬る。

 四閃、胴と足を断つ。

 五閃、落ちて来る首へ突きにて貫いた。

 

「あ、ぇ……」

 

「許しはあの世で言え」

 

 貫いた首が炎によって焼かれて消えた。

 それを追うように周囲に飛散した体も後を追うように形を消した。

 

「はぁっ……!」

 

 緊張が切れた。疲労と痛みが徐々に大きくなり立つのもままならなくなって地面へと体を投げた。

 息を吐き、一呼吸置き雲山殿の安否を思い出した。

 

「雲山、殿!」

 

 息が上がり上手く声を出す事が出来ず、痛みに耐えながら体を雲山殿のへと向けた。

 

「……っ!」

 

「か、加持丸さん……!」

 

 一輪が雲山殿を持ち上げようとしているが、崩れる様に一輪の手から零れて行く。

 

「糞!」

 

 無茶苦茶に体を動かし漸く二人の所へ戻ると、雲山殿の眼から生気が消え掛けていた。

 

「雲山殿! 起きて下され!」

 

「……」

 

 反応が無い。

 

「雲山殿!」

 

 この戦いで戦うべき敵を教えて貰い、たった今私と一輪の命を救ってくれた。

 その恩人が死ぬのを見ている事しか出来ないのか!?

 

「加持丸さ、ん。わ、わたし……」

 

「どうした一輪」

 

 焦燥を持っているが、何か決意を持っているそんな表情を一輪はしていた。

 

「う、雲山さん、もしかしたら、どうにかなるかも……」

 

「何?」




「で、ですが……! ああ、やっぱり今からでも加持丸追った方が!」

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