東方亡霊侍   作:泥の魅夜行

18 / 20
加持丸さん、少し分かる

 東の空から日が昇り始め、葉の青臭い匂いが鼻につく。刺すような光に目を細めてゆっくりと体を動かそうとした。

 

「……無理、か」

 

 全身が悲鳴を上げる。一歩でも動けそうになかった。

 当たり前か。阿子木との戦闘で一度全身を砕かれ、強制的に肉体を治癒したせいだろう。迦楼羅の炎もまた響いている可能性がある。

 背を木に置いて死んだように寝ていたようだ。ふと右に重さを感じた。

 

「一輪」

 

 夢のような一夜だった。穏やかに眠る一輪の顔を見て安堵の息が零れた。

 

『起きたのか』

 

「雲山殿か」

 

 頭に響くように聞こえた厳格な雰囲気を発する声。

 

「体調は大丈夫でしょうか?」

 

『問題は無い。むしろ彼女を心配してやってくれ』

 

 深い眠りに落ちる一輪へ視線を落とした。

 

「阿子木に憑りつかれていたいたからこそ、受け入れられる、か」

 

 瀕死の雲山を助けるために一輪は雲山を己から憑かせたのだ。

 

『あの時は驚いた。それ以上にこの子に申し訳が無かった。自らの不始末を果たせぬどころか同じように私を憑りつかせ助けようとしてくれたことに』

 

 深い息が聞こえる。怒りに申し訳なさ様々な感情が含まれている。

 

『阿子木は……生まれながら弱かった。何故かはわからぬが人を驚かせようともその肉体が畏れを持って成長することは無かった。恐らく能力のせいだろう。畏れでは無く、絶望、恐怖、そして死。そこから作られる物だけがあやつを強くするしかなかった』

 

「だが、妖怪は人を襲う。当たり前だ。何故、雲山殿はそれを止めようとしたのだ」

 

 返答は直ぐには来なかった。暫くして吐き出す様に雲山殿は言葉を発した。

 

『既に阿子木が言ったが、皆が阿子木を見下していた。儂は結構長生きなのでな、あやつが皆にいじめを受ける度に庇っていた。それすらあやつには不快でしかなかったようだがな。半年ほど前か我らの入道の集まりににて阿子木は突然現れるとその場にいた皆を殺した。偶々遅れた儂は阿子木に向かったが喉を破壊された。これで死ぬのかと思いつつも奴は儂を無視して笑いながら消えた。そして、この子に悲劇が起こった』

 

 雲が現れる。桃色の雲は手の形となって一輪の髪を軽く撫でた。

 

『酷いものだ。妖怪である儂すらあの惨状には言葉が出なかった。同族を殺し、人妖関係なく無差別に死をばら撒く阿子木をもはや見過ごすことは出来なかった』

 

「ままならぬな、生きる事とは」

 

 生まれた場所は選べぬ。持った力も選べぬ。俺は運が良かった、それだけだ。何時骸の上に転がっても可笑しくない童だったからな。

 

『ああ、奴が入道として普通ならば……いや、考えても無駄か。阿子木の暴走を止めることが出来ず、死の間際に救われた。阿子木を何よりも恨む少女に』

 

「でも、助けてくれた」

 

 声は俺でも雲山殿でもなく一輪の声だった。

 

「一輪、大丈夫か? 体調は悪くないか?」

 

「少し疲れてるくらい。加持丸さんこそ大丈夫?」

 

「体が全く動かん」

 

 答えると一輪が微かに笑う。花が咲くような笑みに少し見惚れた。

 

「雲山さん、私は阿子木を恨んでる。今も何時か消えるかもしれないし、消えないかもしれない。でも、雲山さんは私を助けようとしてくれた。昨日のあの攻撃から私達を庇ってくれた。私も加持丸さんも死んでいたかもしれない。貴方のおかげよ」

 

 息を軽く吸った。

 

「ありがとう」

 

『……済まぬ』

 

 零れるような小さな声。

 

『済まぬ済まぬ済まぬ済まぬっ……!!』

 

 震えた声は、彼の持つ苦しさが吐き出されるようだった。

 雲山殿が泣いている。

 地平から登る陽へと視線が向いた。

 朝が来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「済まぬ……」

 

 俺が謝る番だった。

 一輪と雲山殿の手に肩を預けて下山していた。

 

「謝らないでください。恩人にこれぐらいの事しか出来ない私の方が不甲斐ないです。加持丸さんの家に届けるまでは私と雲山さんが運びます」

 

「ありがとう。……一輪、一つ聞くがその後君はどうする気だ?」

 

「父や母や皆の弔いを、その後は分かりません」

 

「駄目だな」

 

 俺は一輪の提案を拒否する。

 

「え?」

 

「いいか、一輪。昨夜の言葉は嘘では無いぞ? 俺達の所へ来い一輪。弔いも協力する」

 

「え? ……っ!! いや! そんな、その! 何というか、会ったばかりでいきなり過ぎで、いいいいや嬉しいです!! でも、順序って言うか! そのー……」

 

「慌てるな。きっと一輪も好きになる」

 

「えええええ!? か、確定!? で、でも……か、加持丸さんなら……」

 

『両者の間にすれ違いある気がするのは気のせいだと思いたいのぅ』

 

「大丈夫だ。皆も一輪を受け入れてくれる」

 

「………………え」

 

 一輪が石像のように固まった。

 

「え、えと、皆さん?」

 

 恐そる恐そると言った雰囲気で一輪が尋ねて来た。

 

「おお、そうだまだ言っていなかったな。改めて、俺は加持丸。聖白蓮先生教えの元、毘沙門天様を信仰する仏教徒だ。今は本山の門番の仕事をしている」

 

「……俺の所に来い、とは仏門へ?」

 

「ああ、先生も訳を話せばきっと暖かく歓迎してくれる。一輪の様に優しい者なら尚更だ。どうした?」

 

 何故か一輪が項垂れた。ついでに雲山殿が深いため息を吐かれた声がした。

 

『主はあれだな。阿呆だな。後、色々残念過ぎる』

 

 何かがよく分からぬが、酷く貶された。

 

「はあ、心躍った私が悪いのか、自覚なしの加持丸さんが悪いのか。でも、本当にいいんですか? いきなり私達が言っても。それに私には雲山さんも憑いてしますよ? 普通なら」

 

 普通ならな。妖怪憑きの少女を受け入れる仏門はまずないだろう。

 だが、あの方々はそんな者達をも救う。妖怪も人も関係なく苦しむ者を。

 何故、そんな事が出来るのか。少なくとも自身には無理だ。

 いつか、だったか自分も聞いたことがある。深く考えずにただ、何でと。

 先生は何と答えたろう。幼かった故に出来事は覚えているが何と言っていたのか詳細が思い出だせない。

 小さい俺に合わせ屈んで、頭を撫でながら微笑んでいた。

 

「普通ならばな。残念なことに普通では無い。一輪も驚くだろう。あの人の思い描く理想は大きく果てしない」

 

「そんなに?」

 

「ああ、だが何時か叶って欲しいと思う。そして、少しでもその理想を護れたらと思っている。それが俺が先生への恩返しだと思っている」

 

 生半可な事ではない。決して上手くいくと思ってもいるほど子供でもない。

 だけど、いつか理想が叶い幸せな先生を望むぐらい想ってもいいのではないか。

 

「加持丸さんは凄いんですね」

 

「凄くなどないさ」

 

 背負うべき業。殺めた者へ経を唱えるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体がまともに動かず、結局命蓮寺まで帰り着くのは一日程遅れてしまった。体から痛みは少しづつ引きながら命蓮寺へ帰り着くと涙目の寅丸様が駆け寄って来た。

 先生に事情を聴くとこの数日間、俺の事をかなり心配していたらしい。心配してくれたのは嬉しいが、少し大げさすぎるので恥ずかしくなってしまった。

 寅丸様を落ち着かせながら、一輪の事、今回の依頼の顛末を先生に報告した。

 全てを話し終えると、先生は一輪と雲山殿と話たいとのことで二人を連れて奥へと行ってしまった。

 

「加持丸! 早く来なさい! 怪我の手当をしまから、ほら!」

 

「自分で出来ますよ。それに能力で治癒したのでそこまで酷いものでは……」

 

「それでも、もしもの事があったらどうするのです!! 嫌でも連れて行きます」

 

 首根っこを掴まれ、抵抗も無駄だと悟り俺は大人しく寅丸様に引き摺られて倉庫に入る。

 

「そういえばナズーリンは」

 

 薬草を探している寅丸様の背を見ながら聞いた。

 

「もう……帰ってますよ。疲れているみたいでしたので、部屋で眠っています」

 

「そうですか」

 

 薬草を見つけた寅丸様が俺の身体に付いた小さな切り傷に塗っていく。

 

「大変なことに巻き込まれましたね。今は大きな傷もありませんが、話を聞いた時は意識が遠くなりましたよ」

 

 布を巻かれつつ俺は、その時の事を思い出す。

 阿子木。己の弱さを呪いその怨念が力を手にした。状況は違えど自分と同じ。一歩間違えば俺もまた奴と同じ末路を辿っていたかもしれない。いや辿っていた。

 まだ、幼かったから? 善悪の区別がつかなかったから? それよりもたくさんの要因もあるだろう。

 だが、決定的な違いは、阿子木は他者を拒んだ。雲山殿の手を掴めばあるいは、違う道もあったかもしれない。

 

「はぁ、雲山殿の言うように考えても無駄か……」

 

「何がです? 加持丸」

 

「いや、世の中は本当に分からないな、と」

 

 きゅっ、体を絞めるの布の圧迫が微かに痛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、一輪と雲山殿は命蓮寺に入る事となった。しかし、先生が俺と一輪を微笑ましい目で見ていたのは何故だろうか?

 首を傾げつつも、治るまで一輪に看病されることになった。傷自体大したものでもないのだが、一輪が頑として譲つことはなかった。一週間ほどすれば体に傷は治り約束であった一輪の村の者達への弔いへ行く事になり、先生も仏教を広めることを名目にして同行し、五日程歩くと一輪の村に着いた。

 

「……」

 

 荒廃。その表現ですら表しきれない惨状だ。阿子木がこの村を徹底的には破壊して心行くままに遊びつくしたとしか言えない光景。

 遺体は近隣の村の者が埋めたそうで、村の奥に埋葬されていた。

 埋葬と言っても、簡易なもので死体を埋めて土の山が出来ているだけだ。

 皆が無言で手を合わせた。不意に先生が経を唱え始めた。その口から紡がれる言葉の一つ一つに無念の内に亡くなった村の者達への供養となるように、苦しみの無い浄土へ逝けつるようにと切に願う経だった。

 如何程経ったか、先生の経が終わる。一輪は先生に頭を下げた。

 

「ありがとうございます。きっと、皆安らかに眠れます」

 

 気を張っている。一輪の言葉が震えてたいた事に気付くが俺も先生も雲山殿も何も言わなかった。

 一輪が頭を下げたまま、震えた。少しずつ声が抑え消えれなくなって一輪は崩れる様に座り込み泣いた。

 先生がそっと一輪を抱きしめる。堰を切ったように一輪は声を上げた。溢れる涙は頬を伝い、止まることなく流れ続けた。

 俺は一輪の頭を撫でた。彼女が泣き止むまでずっと。

 この時、俺は誰にも言う事無く心に誓った。彼女を笑顔にしよう。何時か心から笑ってくれと。幸せになってくれと。この刀で護る者が何なのか少しだけ分かった気がした。




長らく遅れて申し訳ありません。
次話は出来るだけ早くします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。