東方亡霊侍   作:泥の魅夜行

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安倍さんと……

 つまらない。

 それが私、安倍清人の人生の悩みでした。

 陰陽師の名門の端っこに生まれ、家の教えを受け育つ。親の命令、下らぬ都の政治。貴族の相手、何もかもが詰まらない。家中で花を愛で、詩を綴る事も何をやっても心を打つことが無い。

 もしも、陰陽師の才能が無かったのならばまた違った結果になったのでしょうけど、鬼才天才と褒め讃えられるほどに力を持ってしまいました。

 ならば、強いからこそ強い妖怪を退治しよう。鬼を倒そう。いやいっそ最近噂になっている緑の髪を持った妖怪でも倒してみようか。

 強いからこそ倒せば達成感もこの空虚な心にも生まれるだろう。敗北し殺されようとも絶望、悲鳴を上げて死ぬのもまた一興。そんのような感じで上に掛け合ってみましたが、命を大切にしろだの、無暗に喧嘩を売るなと御叱りを受け、暫く謹慎を言い渡されました。

 

「……つまらないですね」

 

 庭を歩きながら、何百回目かのため息を吐いていると道の端に蟻が群れを成しているのが見えました。

 何気ないその姿、考え見ればこうして自分以外の生き物をじっくりと観察するのは初めてでした。

 それはほんの出来心でした。

 地面を這う蟻を一匹、指先で捕まえて眼前に持って来る。

 親指と人差し指、二つの指の間で体を動かすことが出来ずにもがくだけの蟻。

 命。人と比べればとても小さな命。

 さらにぐっと力を入れて、ゆっくりと右へ左へ動かして、もっと強く動かして、潰した。

 指を離して見れば、潰れて体がばらばらになって潰れた蟻が一匹。

 潰れた。殺した。指二つで死んで無くなった命。すると、心に小さな達成感が生まれたのです。

 もう一匹。今度は掌に載せて、爪の先で体を割る。もう一つ、もう一つと気が付けば私は命を潰す事に夢中になってきました。言いよう無い衝動が私を突き動かし、私はそれを止める気が無かった。幾度も幾度も蟻を潰して続けました。

 しかし、馴れると言う事が人間の性。蟻では物足りなくなっていきます。

 ならばと、次は、飛蝗。手の上で中身が潰れて動かなって心に小さな達成感が生まれました。

 次は、蜘蛛。次は、蝉。庭に居た生き物達をあらかた潰していくと私はもっともっと求めて行くようになりました。

 痩せた猫、犬達を景観が損なわれると言う名目で一匹一匹、自分が思いつく限りで潰して殺す。

 首を絞める。四肢を捥ぐ。腹を捌く。殴る。蹴る。自分の手で動いていた生き物が冷たく動かなくなることが、自分が命を奪って行くことを私は何時しか止めることが出来なくなっていきました。

 殺す事への罪悪など一度も感じる事無く、心のままに殺していきました。

そして、行き付く果ては最も目に映り、最も傍にある自分と同じ姿の、人の命を奪う事は必然であったのかもしれません。

 陰陽師。妖怪を祓う為の術も使い手の使い方次第と言う事。人よりも強い妖怪を殺す術は、妖怪よりも弱い人に使えばその命を容易く奪うことが出来る。

 痩せた子供、甘言で誘い、術を掛け、殺しました。吹き飛んだ顔、痙攣を起こしてやがて動かなくなる体躯。

 楽しい。楽しくてしょうがない。つまらないと思っていた人生が色づいていくのを確信しまいた。

 だからこそ、

 

「面白そうな殿方ですこと、夜の散歩も偶にはしてみる者ですわね」

 

 その時に、彼女に出会えた事は、

 

「ねえ、私に見せてくださらないかしら」

 

 運命だったのだと思います。

 

「貴方の生き方を」

 

 霍青娥。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てが変わったとしか言いようがありませんでした。

 彼女は私にとって人生における師となり、私の全てを肯定してくれた。

 

「邪悪? 外道? よいではありませんか。それもまた人の一面に過ぎません。確かに貴方様は善と言う概念とは真逆で常人からすれば、あらゆる罵倒が飛び出す事が必至です」

 

「ですが、人は誰しもそんなモノなのです。理性が働きより良い行いが好きなだけ、誰しもが憎しみを持ち、破壊の衝動を持ち、殺意を持っているのです」

 

「このまま生きるのならば、貴方はいずれ死ぬでしょう。今までの行いの報いを受けるが如く。それでも、殺したいと言うのなら私が手伝いましょう。邪仙として貴方の人生を肴にしてお酒を飲むのも一興。貴方が死ぬまで貴方の御傍にいますわよ?」

 

 私は差し出された手を迷いなく取った。

 彼女は、私に人の苦しみや美しさ、醜さ、楽しさ、それら全てを伝授してくれました。苦しみにおける死、快楽の果ての死、私では思いつかない限りの死を。

 肉体的だけでは無い、言葉による死と言うのも肌には合うことは無かったが魅力的だった。

 貴族に言い寄り言葉を弄して互いの嫉妬を煽った。占いでわざと不安を植え付けた。

 生まれて来る怒りは他者を害し、恋慕の憎しみには呪いが付き纏う。

 どれもこれもが楽しくてしょうがない。見ているだけで他人は私を楽しませてくれる。私は子供の如く無邪気に思うがままに行動しました。

 

「ふふ、清人様。とても楽しそうですわね。初めて会った時よりも輝いていますわ」

 

 そうでしょう。家の者も私の変化に驚いていました。しかし、何故私が笑っているのか、その真実を知る者は青娥様のみ。悪行、善行、何方にしても心の底から楽しいなら無邪気な笑顔には変わりないと言う事です。

 まあ、青娥様が少しずつ私の家に出入りしていることから、両親は私が変わったのは色恋のせいだと思ってるようですが。

 しかし、それも正しいのかもしれません。私は青娥様が好きなのでしょう。

 私を肯定してくれた始めたの者。私を導いてくれた恩師。

 そして美しい容姿は確かに惚れていると言われても、否定出来る自身はありません。

 しかし、それは叶うことは無い。

 彼女は私が好きなのでは無い。彼女は私の生き方が好きなだけなのだから。

 私の行いが成功すれば彼女は喜ぶでしょう。その一方で、私の所業が見破られ、憎まれて恨まれて塵の様に打ち捨てられても彼女はきっと同じ様に喜ぶのだから。

 でも、それでいい。それがいい。

 私が惚れたのはそんな彼女なのだ。邪仙、霍青娥はそんな女なのだ。だから、どうか私を最後まで見て欲しいのです。

 苦しませよう、憎ませよう、苦痛を与えて、惨たらしく殺して魅せよう。

 苦しもう、憎まれよう、苦痛を与えられて、惨たらしく殺されて魅せよう。

 私の人生こそ貴女に送る私の恋文だ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、その尼が妖怪を匿っていると」

 

 上よりその事を聞いた。

 どうやら都から離れた領地にて、一人の高尚な尼が実は妖怪を匿い、その力を利用しているそうだ。と言うのもその尼が年を取っていないと言う噂から発生したものなのですが。

 都の政治も緊張気味であり、貴族へのごますりの為に少しでも怪しい者を消して欲しいと言う事。

 そして、私の所へと依頼が来た。

 

「面白そうですわね」

 

「そうですね。なら、この依頼を受けようと思います」

 

 ここで残念なことになった。青娥様が用事で出かける事になったのだ。

 聴けば、かつての弟子の様子を見に行くと言う事だ。

 その弟子に嫉妬を覚えた。彼女の中では自分はその弟子よりも下と言う事がどうも我慢ならなかった。

 青娥様は私の考えに気付いたのか、そっと抱きしめてくれた。 

 

「すぐ戻りますから、帰って来たらお話を聞かせて下さいね」

 

 嫉妬など消えた。ああ、そうだ。そんな事よりも彼女に喜んでもらわなければ、それからの行動は早く迅速だ。

 調べによると、その尼は村からの信頼も厚く、従者の男を重宝しているらしい。

 その二つを奪う。

 信頼された村からの憎しみはどれ程か、従者を殺されれば嘆きと怒りは、その中で死んでいく様はどれ程の者なのか。

 きっと素晴らしいのだろう。きっと声を上げてくれるでしょう。

 準備は念入りに、彼女に聴かせる盛大な物語を作りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しずつ、慎重に村々へ流すのは根も葉もない噂。だが、続ければ勝手に人は真実だと思い込む。

 さらに辺り一帯の妖怪、特に話が通じる者を拷問にかけた。

 すると、出て来たのは尼である聖白蓮は妖怪も人も救うと常日頃言っていると言う事だ。

 笑いが込み上げる。何と甘い、何と言う可笑しな思想。言えた義理では無いが、まさしく狂人のそれだ。

 毘沙門天代理を含めて聖白蓮の周りに存在するのは妖怪のみかと問えば、従者である加持丸だけは人間でありながら聖白蓮の元に居ると言う。

 

「ははは、加持丸、ね」

 

 興味が湧く。人でありながら聖白蓮の人妖平等の思想を肯定しているのかい?

 成程、もしそうならば是非聞きたいな。その思想に付いて行った理由。

 青娥様に伝える物語は面白くあるべきだから。

 

「よし、拷問お疲れ様。最後に手伝って貰いたいことがあるんだ。これを引き受けてくれるなら助けてあげよう。断るならさらに無残な拷問を加える。絶対に殺さないし、狂わせません。……ありがとうございます。引き受けて貰えて嬉しいですよ」

 

 では、さっそく初めましょうか。妖怪による殺人、神隠しその他諸々、聖白蓮に一切身に覚え無い悪行を全て聖白蓮が行った事にしてね。




「いつでもどこでも貴方の隣に即参上の娘々だにゃん♪ ってね」

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