東方亡霊侍   作:泥の魅夜行

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亡霊さん、鬼ごっこする

 湯気を出した、白米は暖かく作り立てであり先程から私の好奇心を刺激してやまない。

 茶色く濁った味噌汁からは味噌の匂いが立ち込めて、その中を浮かぶ豆腐が良く似合っていた。

 焼き魚は、塩を塗した鮎。見ているだけで、喉が鳴ってしまう。

 亡霊になって初めての食事。それを食べてみたいと言う欲求が自分に合った事、二つの喜びを手放しで噛みしめたいところだ。

 

「さあ、食べて下さいな」

 

 この邪仙がいなければ。

 香霖堂の扉を開けたら邪仙がいた。いったい何の冗談だと思いたいが、私の目の前で笑顔を振りまいているので、現実と受け入れざるを得ない。認めたくないが。

 

「霖之助殿、これは一体」

 

 隣で食事を取る霖之助殿にこの状況の説明を私は求めた。

 白米を口に運びよく噛んで飲み込むと霖之助殿が此方を見た。

 

「いや、彼女の話だと昨夜、君と偶然会って月見をしたらしいじゃないか。楽しかったからお礼がしたいと言ってね。君にご飯を作ると言って聞かなかったんだよ。材料は彼女が持って来たから僕は調理場を貸しただけだし」

 

 この邪仙、肝心な所を一切話していない。何が、楽しく月見だ。

 

「あら? 亡霊さん食べないのですか」

 

「貴女が何を企んでいるか、分かりませんからね」

 

 そう言って隣に座っていた華仙殿が青娥を見た。

 

「そんな! 私はただ亡霊さんが美味しく食べる姿が見たいだけなのですわ」

 

 なら、口元に浮かぶ笑みをどうにかして欲しい。笑いながらでは説得力が無い。

 

「と言うのは四割冗談で、本題に入りましょう」

 

「聞くのも面倒になって来たのだが……」

 

「亡霊さん、私の物になって」

 

「帰れ。今すぐ帰れ」

 

 何故だ。何故ここまで気に入られるのだ。

 

「一晩でかなり進ん関係を作ったね」

 

「霖之助殿、誤解だ。私にその気は一切無いし、私自身何故こうなったかも解らない立場である」

 

「これは、邪仙の部類です。無視しないと破滅の道が待ってますよ」

 

「あら、酷いわ、華扇ちゃん。私は自分の素直に生きているだけですわ」

 

「自身に素直だからこそ、目的の為に他者を陥れる躊躇いが無いのではないか?」

 

 私の言葉を無視して青娥は指を一つ伸ばした。

 

「ゲームをしましょう?」

 

「げーむ?」

 

「遊びですわ。里の子供達もよくやっているお遊び。私の従者と亡霊さんの鬼ごっこ」

 

 断りたい。しかし、これを断れば、次に何をしてくるか分からないうえに、碌でもない事だろうと予想できた。しかし、この邪仙が用意する『鬼ごっこ』もまた、普通では無いと解りきっている。

 

「その遊びで何がしたい。ただ、童の様に遊ぶ事が目的か?」

 

「いえいえ、賭けをしませんか、亡霊さん? 私の従者が勝ったら、貴方は私の物になる。私が負けたら――――」

 

「纏わり付くな。それならば勝負を受けよう」

 

「勝負成立ですわね。では、先に外でお待ちしております。御安心を、毒など持ってません。久しぶりに作ったから御味が不安ですけれど」

 

 そう言って、青娥は外へと出て行った。

 

「些か無謀ではないですか? 亡霊殿」

 

 華仙殿が顎に軽く手を当てながら聞いてきた。

 

「しかし、此処で断ると後が怖い。あっちは邪仙だろうが、仙人。いかなる術を使ってくるか皆目見当がつかぬ。ならば、まだ単純明快な鬼ごっこの方がマシである……と思いたい」

 

「最期を聞かなければ、感心したのですがね」

 

「まあ、ともかくご飯を食べたらどうだい?」

 

 それもそうだ。

 霖之助殿言葉に従い、いただきます、と言って私は先程華仙殿に教わった通りに箸を持った。

 ……ご飯に罪は無かった。初めての食事と食べることに涙を流し、ご飯もとても美味しかったが、あの邪仙に泣かされた気分になって少々複雑だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、食べ終わりましたのね……亡霊さん泣いているのかしら?」

 

「泣いておらん……」

 

 可愛いと呟かれますます馬鹿にされている気がしてならない。

 

「では、鬼ごっこを始めましょう。芳香ちゃん」

 

 青娥が名前を呼ぶと、青娥の少し前の地面から動き盛り上がる。

 土を押し退けて出て来たのは右腕だった。次のその隣から左腕が飛び出し、土を捲りながらそれは現れた。

 星が付いた帽子と額から顎に掛けて素顔を隠す様に貼られた大きな札が特徴的な少女が現れた。

 

「うー? あれ? 抜けない」

 

 上半身で下半身は地面に埋まっていたが。

 

「青娥!! 動けない!!」

 

「あらあら、もうしょうがないわねー……よいしょ」

 

 青娥が芳香と呼ばれた少女の脇を掴んで持ち上げると埋まっていた下半身が抜けた。

 

「……華仙殿、あの少女は一体?」

 

「キョンシーと呼ばれる人食い妖怪です。簡単に言うと動く死体です。強い未練を持つ者や、術士によって術を施された死体が死後蘇りキョンシーとなります……」

 

 キョンシーの出自を説明して貰う。

 私もあのまま青娥に捕まっていたらキョンシーになっていたのかもしれない。

 

「ふふふ、この子が私の可愛い従僕の宮古芳香ちゃんです。ほら、芳香ちゃんご挨拶」

 

「芳香だ!! よろしくー!!」

 

 札でよく見えないが、邪気の無い笑みと声だ。青娥に使えてはいるが悪い子ではないのか?

 

「ほら、芳香ちゃんあの亡霊さんが、新しい仲間になるのよ」

 

「おおー!! 仲間が増えるのか!! じゃあ、キョンシーになるのか!!」

 

「そうよー、でも亡霊さんは嫌だって言うから捕まえきてね」

 

「分かった!!」

 

 凄まじくやる気を上げた芳香が私を見る。完全に標的にされたか。

 

「ルールは簡単です。芳香ちゃんに捕まったら負け。一時間逃げ切れるか、芳香ちゃんを倒したら亡霊さんの勝ちですわ。そして、逃げれる範囲は幻想郷全体とします」

 

「一時間?」

 

「……? ああ、亡霊さんは今の時間の単位を知らないのですのね」

 

「なら、僕が時計を貸すよ。ほら、これを」

 

 そう言って霖之助殿が手渡したのは、小さな金属の塊、中には一から十二までの数字が円状に並んでいる。

 その中心からの伸びる大小二つの針は動く速さは違うが円を描いて動いている。

 

「これは?」

 

「時計と言って時間を知るための道具さ。読み方は後で教えるけど、今はこの短い針が一から二へ動いたら一時間と思えば良い。これで時間を確認をしてくれ」

 

「忝い、霖之助殿」

 

「では、始めですわ。芳香ちゃんは六十秒は動かないので好きに逃げてくださいな」

 

「委細承知」

 

 ともかく離れよう。私は香霖堂へ来た獣道へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一分ですわね。芳香ちゃんゴー」

 

「うお――――――!!!!」

 

 青娥のキョンシーが亡霊殿の逃げた道へと飛んで行った。

 

「霍青娥、貴女は何を考えているのです?」

 

「あら別に、悪い事は企んでないわよ。華扇ちゃん」

 

 悪いことは企んで無くても、碌でもない事は企んでるでしょうが。

 

「何故、こんな回りくどい事を? 貴女の力なら亡霊殿を捕えることが出来る筈だ。昨夜の様に」

 

 この邪仙は考えていそうで考えていない。考えていなさそうで考えている。だが、共通することは一つ。

 どちらであろうとも、この仙人が得をすると言う事だ。

 

「この鬼ごっこ、何を仕組んでいるのかしら?」

 

「別に仕組んでいませんわ。ただ、亡霊さんが私の遊びに乗ってくれただけですわ」

 

 笑う邪仙に背筋が寒くなる。

 

「そうですわねー。亡霊さんこの辺りの地理など把握してませんので道に迷わないか心配ですわ。それに邪仙が用意した食べ物を安易に口に運ぶなんて些か不用心ですわね」

 

「貴様!! 何か毒を盛ったのか!?」

 

 青娥の服を掴み問いただすが、青娥は軽く微笑んだ。

 

「毒なんてそんな卑怯な事を、この私がする筈ないでしょう?」

 

 どの口が言う!! この邪仙に拳の一つでもくれてやりたいが、今更言っても無駄だ。既にゲームは始まってしまったのだから。

 

「落ち着いて、芳香ちゃんが好きな匂いを発するようになるだけで、動けなくなるとかそういう事は一切ありません」

 

 そんな事をしたら詰まらないじゃない。

 その言葉で私は服を掴んでいた手を離した。この邪仙にこれ以上の言葉は無駄だと解ったから。

 

「それに、このゲームは亡霊さんの勝ちでしょうし」

 

「え?」

 

 何ですって? この仙人はたった今、自らの敗北を予想した?

 

「あくまで予想ですけど。芳香ちゃんに一つ命令を出しました」

 

 人差し指を立てて、それを私に突きつけた。

 

「もし、お腹が空いたら近くにいる者を食べてもいいわよ。特に人型はとても美味しいわ、と」

 

「まさか……」

 

「優しい亡霊さんなら見捨てませんでしょう? それにそれが切っ掛けで記憶が戻るかもしれない。ふふふ、どうなるんでしょうね?」

 

「霍青娥、もう一度問う。貴女は何がしたい?」

 

「ねえ、あの方は何者でしょうか? 私が欲しいと思ってしまった程の純粋な想いと綺麗な魂を持ち、それでいて身の毛がよだつ程美しい殺気を持つ。貴女の方が至近でその殺気を体感したのでは?」

 

 確かに、彼の昨夜この邪仙に向けて放たれた殺気は変わっていた。

 澄んでいる。殺気に使うのも変でしょうが、彼の殺気はまるで日本刀の様に清らかで美しいとさえ、思ってしまう程に。

 

「私は、彼が欲しい。そして、彼の全てが知りたい。どんな生い立ちで、どんな生き方をして、どんな人に会って、どんな風に死んだら、あのような人が出来るのか。それを知り、その上でその全てを私の物にする。このゲームはほんの始まり。万が一、亡霊さんが負ければ私の物に。勝ったなら、彼には何かしらの成果があるでしょうから。とても楽しみ。別に私が困る事なんてありませんわ」

 

 その吊り上がる口角によって出来るその表情は、まさしく邪仙。

 己が負けることは無い。亡霊殿が手に入る事を確信している上から物を見下ろす強者の笑み。

 そして、彼女は己の腕を見た。それは、昨夜亡霊殿によって斬られた部位。

 既に治癒は出来ているが、傷跡がある。

 彼女はその傷を蕩けた目で見て、頬を上気させた。

 正直、引いた。傷口を見てうっとりする理由が解りません。

 

「ああ、今度はちゃんとした逢瀬をしてみたいわ」

 

「負ければ纏わり付くな、と言われたでしょう」

 

「会いに来るな、とは言われません」

 

「屁理屈ね」

 

「でも、理屈ですわ」

 

 睨み、私は邪仙から離れた。

 そして、遠くの方から破砕音が聞こえた。次に聞こえるのはメキメキと、木の倒れる音。

 

「始まりましたわね。さあ、亡霊さんも芳香ちゃんも頑張って」

 

 亡霊殿、どうかご無事で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「付いて来るか」

 

 後方に見える木々の隙間を潜り抜けて芳香は飛んでくる。

 まだ、此方を見つけていない。

 

「しかし、私の方向が分かるかのようだな」

 

 芳香は立ち止まったりもするがほぼ、私の通って来た道を真っ直ぐ進んで来る。

 最初に木々に登り、後方を確かめてみると、真っ直ぐこちらに向かって来たのが見えて驚いたものだ。

 

「青娥か」

 

 十中八九彼女の仕業だろう。何か仕込まれても可笑しくは無いが、厄介な事をしてくれる。

 それに、芳香の速度は獣のように速い。

 私も亡霊だからなのか、この体で疲れと言うのが見られない。

 

「しかし、一時間走れるものだろうか?」

 

 速度を上げて振り切るより、複雑に動いてみるか。

 木々を掻き別け、雑草に飛び込み、右へ左へ大きく旋回して芳香の背後へ向かう。

 すると、芳香が動きを止めた。

 

「うー? あれ? 右? 左? 匂いが沢山あるぞー?」

 

 匂いか、成程、青娥が私に触れたことは無い。

 だが、私は青娥の作って食事を口にしている。

 

「食事の感動が台無しだな。後で、霖之助殿に作り直して貰おう」

 

 そう決めて、私は芳香の動きを観察する。見つからない事にだんだん腹を立て始めているらしい。

 

「うー!! どこだ! どこだー! 食べてやる!! 出てこーい!!」

 

 食べれれる事前提で何故、出て行かなければならん。

 

「お腹空いたァァァァァァ!! 何か食わせろーーーー!!!!」

 

 待て、あ奴凶暴になって来ていないか? 

 離れた方が良い、そう判断して私はこの場から離れた。

 そう、途中で、芳香が御札に隠れていた凶暴な牙と本能をむき出しするまでは。

 

「……アハっ! えさ、みっけ」

 

 私の耳に確かにそう聞こえた。

 見つかった? 

 私は咄嗟に体を落とし茂みから芳香を見た。

 だが、芳香は私では無く、明後日の方向を見ていたのだ。

 

「えさだー!」

 

 むき出しに歯はまるで牙の様に鋭い、しかしその牙の奥から発せられる声は先程と変わらない無邪気な声だ。

 私は大変な思い違いをしていた。

 悪い子では無い? 愚かな。あれは子供のソレだ。邪気の無い悪意、蟲の羽を毟る子供の性質と同質だ。

 あれに、善悪など意味が無い。本能とそして、青娥に従っているだけだ。

 私とは朝手の方向へ飛んで行く芳香、嫌な予感がする。

 これは、私と芳香のお遊びで、げーむだ。

 他者が傷を負うなど、有ってはならない!!

 私も芳香を追って走り出していた。

 芳香の飛ぶ速度は速いが、木々に邪魔されているせいか本来の速さではないのだろう。

 だが、それでも距離は離れて行く。

 

「くッ……一か八かやってみるか」

 

 私は跳躍した。

 木の枝を掴み振り子のように勢いを付けて跳んだ。

 根がしっかり張った木々の腹を蹴る。

 一歩で二歩分前へ。

 さらに勢いを付けて三歩分前へ。

 木々を飛び移り私と芳香の距離が詰まっていく。

 成功だ。上手くいくとは限らない。だが、私の体は慣れ親しんだように木々の場所を把握し、最善の動きを取っていた。

 頭は覚えておらずとも、体は覚えている……か。

 

「きゃああああああッッッ!!!!」

 

 前方から悲鳴が聞こえた。

 不味い!! 誰かが襲われたか!?

 私は速度をさらに上げて、芳香の進んだ道を一直線に駆け抜ける。




「頼む、間に合ってくれ……ッ!!」

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