悔いなき選択 ※休止   作:Jefflocka

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いつも読んでいただきありがとうございます。
この作品は、おおむね七話前後ごとに物語の重心や話題を切り替える形で進めています。今回もその終盤にかかっており、15話からは盤面が変わっていきます。

また、これまでその区切りを本文外であまり説明してこなかったため、流れがやや唐突に見えていたかもしれません。そこは作者側の説明不足でした。すみません。

今回は、前回までで見えた「事故時の穴」を受けて、アストレア・フィットネスを本当に回る施設へするための会議と実行回です。
派手な戦闘ではありませんが、今後の盤面を支える骨組みになる話として読んでいただければ嬉しいです。


第14話 駐在の線、命を拾う段取り

アストレア・フィットネスの横には、まだ何もない。

 

 建物の壁があり、出入口があり、人が行き交う導線があり、その脇に少し空いた細長い土地があるだけだ。

 だがレックスの目には、もう違うものが見えていた。

 

 ここに立つ。

 

 派手な詰所じゃない。

 見張り塔でもない。

 小さな駐在所だ。

 

 門を見て、人を流し、事故が起きた時に最初の足になる場所。

 普段は目立たず、何かあれば一番先に噛む。

 そういう骨だ。

 

 前回で概要は決まった。

 軽傷はミアハ。

 重傷はディアンケヒト。

 搬送補助、誘導、現場制圧、伝達はガネーシャ。

 神の鏡の配置はアスフィと再点検する。

 

 だが、決まっただけでは意味がない。

 

 誰が最初に現場を押さえるのか。

 誰が出入口を締めるのか。

 誰が担架を持つのか。

 責任者が不在の時、住民スタッフはどこまで動いていいのか。

 ガネーシャ側はどこまで専用エリアへ踏み込んでいいのか。

 ディアンケヒトへ運ぶ基準はどこで切るのか。

 

 “何となく”では、また一拍遅れる。

 

 エルヴィンならこう言うだろう。

 何を捨てるべきか、と。

 

 だが今回捨てるべきなのは、曖昧さだった。

 善意に任せた現場判断。

 誰かがやるだろうという甘え。

 分かっているつもりの放置。

 

 そこを切る。

 

 

 その日の食堂には、濃い顔ぶれが揃っていた。

 

 アストレア。

 レックス。

 ザイロ。

 パトーシェ。

 

 ガネーシャ・ファミリアから、シャクティとアーディ。

 ディアンケヒト・ファミリアから、アミッド。

 ヘルメス・ファミリアから、アスフィ。

 そしてミアハ・ファミリアからは、ポーション契約を実務で回す眷属が二人。

 

 机の上には羊皮紙が何枚も並んでいる。

 アストレア・フィットネスの見取り図。

 一階から六階の区画分け。

 住民スタッフの持ち場。

 責任者当番表。

 事故発生時の導線案。

 横へ置く予定の駐在所の簡易図。

 消耗品とポーション補充の一覧。

 

 アストレアが中央に座り、皆を静かに見渡した。

 

「今日はありがとう」

 

 その一言で、少しざわついていた空気がすっと締まる。

 

「前に決めた骨子を、今日は本当に回る形まで落としたいの。誰がどう動くか。どこまで責任を持つか。そこまで決めて、その日のうちに動かす」

 

 アーディがぱっと手を挙げた。

 

「はーい! つまり今日は、決めるだけじゃなくて、ほんとに置くし試すし回す日!」

 

 アスフィが即座に言う。

 

「雑ですが、珍しく本質は拾っていますね」

 

「やった!」

 

「褒めてはいません」

 

 アーディが唇を尖らせる。

 だが、その雑さが逆に場の温度をちょうどよくした。

 

 アストレアが小さく笑ってから、レックスへ視線を向ける。

 

「では、始めましょう。レックス」

 

「はい」

 

 レックスは一枚目の羊皮紙を引き寄せた。

 

「まず前提からいきます。軽傷は内部処置で回す。軽い切り傷、擦り傷、打撲、捻り、そのあたりはミアハとの定期契約と常備品で十分です」

 

 ミアハ側の眷属の一人が頷いた。

 

「ポーションは高位のものじゃなくていいんだな?」

 

「ああ。筋肉痛や疲労まで何でも飲ませるつもりはない。修練棟で出る範囲の軽傷と消耗だけ拾えればいい」

 

「なら定期補充で回せる」

 

 話が早い。

 そこはありがたい。

 

 レックスは次の紙へ指を滑らせた。

 

「問題は重傷寄りだ。大量出血、骨の疑い、器具の下敷き、意識の混濁、呼吸異常。そこは内部で抱えない。ディアンケヒトへ繋ぐ」

 

 アミッドが短く言った。

 

「窓口は私で固定します」

 

「助かる」

 

「初期運用の間だけです。判断の癖を揃える方が先なので」

 

 やっぱりこの人は、必要なところだけ速い。

 

 ザイロが椅子の脚を前へ投げ出したまま訊く。

 

「で、駐在所はどう使う」

 

「そこが今日の本題だ」

 

 レックスが横の簡易図を叩く。

 

「ガネーシャ側の駐在所は、ただの門番小屋にしない。役割は四つ。出入口警備。非常時の人払いと誘導。搬送補助。アストレア・ファミリアとの伝達」

 

 シャクティが腕を組んだ。

 

「役割過多だ」

 

「分かってる。だから人数は絞る代わりに、普段からそこにいる顔を固定する」

 

 レックスは続ける。

 

「常駐一名。繁忙時二名。昼の混雑時間帯と優先利用時間帯だけ増やす。普段から見える顔なら、会員側も不審がらない。事故の時も“誰へ走ればいいか”で止まらない」

 

 アーディが勢いよく頷いた。

 

「それそれ! 知らない人が急に仕切ると、逆に人って固まるもん!」

 

 そこは本当にそうだった。

 

 パトーシェが口を開く。

 

「駐在所の者は、四階から上へ入ってよいのか?」

 

 かなり大事な問いだった。

 空気が少しだけ締まる。

 

 シャクティが先に答えた。

 

「原則入らない」

 

 短い。

 だが明確だった。

 

「一般会員エリアでの事故なら駐在要員が一次で入る。だが専用エリアはアストレア・ファミリアの領分だ。あちら側で非常が起きた場合、我々は入口確保、導線確保、外部搬送補助まで」

 

「妥当だな」

 

 レックスが頷く。

 

「専用側の現場判断は基本的にアストレア側。ガネーシャはその外を支える」

 

 パトーシェもそこで頷いた。

 その線引きは、こいつにも飲みやすかったらしい。

 

 

「次に医療側」

 

 アストレアが促すと、アミッドは少しだけ姿勢を正した。

 

「二点あります」

 

 また速い。

 だが、今回はそこが心地いい。

 

「一つ。搬送の基準を修練棟側の頭の中にだけ置かないこと」

 

 レックスの胸に、前回と同じ痛みが少しだけ残る。

 

「責任者当番、住民スタッフ、可能なら駐在要員まで含めて、判断指導研修を行います」

 

「具体的には?」

 

 シャクティが訊く。

 

「どこまでが内部処置で、どこからが即搬送か。その境です」

 

 アミッドは淡々と続ける。

 

「大量出血。意識の混濁。呼吸異常。片足へ荷重できない。反応が遅い。器具の下敷き。骨の疑い。そういった“重くなる前の兆候”を見た時点で、現場判断を止めて外へ切る」

 

「止血しながらでも、か」

 

 ザイロが訊く。

 

「止血はします。でも、そこで抱え込まない」

 

 ぴしゃりと言う。

 

「二つ目。緊急処置指導研修です。搬送が決まるまでの間に、何をしてよくて、何をしてはいけないか」

 

 アーディが身を乗り出した。

 

「そこ超大事」

 

「ええ」

 

 アミッドは頷く。

 

「圧迫止血。周囲の確保。無理に動かさない。勝手に水を飲ませない。軽傷用ポーションを雑に飲ませて終わらせない。首や背を起こさない。器具の下敷きでも、慌てて持ち上げない。まず空間を作る」

 

 ミアハ側の眷属が少し気まずそうに咳払いした。

 

「軽傷用ポーションを雑に流し込む、か」

 

「実際にあります」

 

 アミッドは一歩も引かない。

 

「便利だからといって、何でもそこへ寄せる癖は危険です」

 

 レックスが短く言った。

 

「研修はやる」

 

「形だけなら意味がありません」

 

「分かってる」

 

「本当に?」

 

 少し前に聞いたのと同じ問い。

 でも今度は、場全体へ向けている。

 

「やるなら、本当にやる」

 

 レックスが言うと、アミッドは小さく頷いた。

 

「ならいいです」

 

 横でザイロが露骨に面白がっていた。

 

「お前さ」

 

「何だよ」

 

「その銀髪相手だと、会話だけはやたらちゃんと成立すんのな」

 

「仕事だろ」

 

 レックスが即答する。

 

 アミッドも紙を見たまま言った。

 

「仕事です」

 

 アーディが吹き出す。

 

「またぴったり!」

 

 やめろ。

 そこを拾うな。

 パトーシェまでまた微妙な顔をするな。

 

 ただ、アミッドは本当に平然としていた。

 気にしていない。

 その自然さが逆に妙だった。

 

 

「じゃあ今度はこっち」

 

 アスフィが羊皮紙を引き寄せた。

 

「私の役割は、神の鏡と事故導線の再点検です。つまり“人が走る前提で、どこが見えてどこが抜けるか”を潰す」

 

 さすがに実務屋すぎる。

 だが正しい。

 

「非常時に大事なのは、“見えていること”より“見えていないことを把握していること”です」

 

 パトーシェが訊く。

 

「今回、何を確認する」

 

「三つです」

 

 アスフィが即答する。

 

「本館から現場への最短導線。駐在所から事故現場への到達経路。そして神の鏡の死角」

 

 レックスが頷く。

 

「つまり、事故が起きた時に誰がどこで詰まるかを見る」

 

「ええ」

 

 アスフィも頷く。

 

「認証板の時と同じです。紙の上で筋が通っていても、現場の角度は別にあります」

 

 シャクティが静かに言う。

 

「駐在所からは、一階と二階の入口側は見える。だが三階以上は階段と人の流れ次第か」

 

「そうです」

 

 アスフィが言う。

 

「だから本館と駐在所、両側から確認します。レックス、あなたも付き合ってください」

 

「もちろんだ」

 

「助かるのは、きちんと反映した場合だけです」

 

「知ってる」

 

「なら結構です」

 

 この女もこの女で、必要な会話だけは速い。

 

 

「じゃあ、規律側から一つ」

 

 パトーシェが腕を組んだまま言った。

 

「責任者不在時の線を曖昧にするな」

 

 場が少しだけ止まる。

 それもかなり大事だった。

 

「具体的には?」

 

 アストレアが訊く。

 

「住民スタッフがどこまで判断していいか、最初から決めるべきだ。でなければ“責任者がいないので待つ”が起きる」

 

 レックスは少しだけ目を細めた。

 そこは確かに抜けやすい。

 

「住民スタッフは、軽傷の応急と人払いまでは可。重傷疑いの判断を見た時点で、責任者か駐在所へ即繋ぐ」

 

 パトーシェは言う。

 

「そして責任者不在時は、本館にいるアストレア・ファミリアの誰かが一次責任を引き受ける。そこを空白にするな」

 

 アーディが小さく「おお」と言った。

 

「騎士ちゃん、そういうとこ超ちゃんとしてる」

 

「騒がしいが、今のは褒め言葉として受け取っておく」

 

 珍しい返しだった。

 少し場が緩む。

 

 ザイロが鼻を鳴らす。

 

「こいつは真っ直ぐなだけで、抜けを拾えねぇわけじゃねぇよ」

 

「今のは半分くらい褒めてるのか?」

 

「半分な」

 

 アストレアが穏やかにまとめた。

 

「では、責任者不在時の一次責任は、本館側のアストレア・ファミリアが引き取る。住民スタッフは待たずに繋ぐ。そこまでを規則として明文化しましょう」

 

「ええ」

 

 レックスが頷く。

 

「そこは今日中に文へ落とす」

 

 

「最後に、現場側の感覚から」

 

 ザイロが面倒そうに言った。

 

「お前が?」

 

 レックスが訊く。

 

「何だその顔は」

 

「いや、珍しいなと思って」

 

「うるせぇ」

 

 ザイロは椅子へ深く座り直した。

 

「一人で全部抱えるな、って線をちゃんと入れろ」

 

 食堂の空気が少しだけ締まる。

 

「事故が起きた時、人は焦る。で、焦った奴はだいたい“自分が見れば早い”をやる。現場確認、会員どかし、駐在呼び、担架確保、外への連絡。全部一人で抱えて崩れる」

 

 レックスは黙った。

 それはかなり自分に刺さる言葉だったからだ。

 

「だから役割を最初から二つに切れ」

 

 ザイロが続ける。

 

「現場に入る奴。外へ繋ぐ奴。最低でもそこは分けろ」

 

「妥当ですね」

 

 アミッドが言う。

 

「現場に入った人間が、そのまま通知役も兼ねると遅れます」

 

「だろ」

 

 ザイロが鼻を鳴らした。

 

「お前が現場見るなら、他が外へ切る。逆も同じ。それを最初から決めとけ」

 

 レックスはそこで小さく息を吐いた。

 

「分かった」

 

 アストレアが静かに言う。

 

「“一人で抱えない”を規則だけでなく、役割分担として落とすのね」

 

「ええ」

 

 レックスが頷く。

 

「口で言うだけじゃ駄目だ。誰が現場、誰が外、そこまで切る」

 

 

 会議は長かった。

 だが、だれなかった。

 

 軽傷はミアハ。

 重傷はディアンケヒト。

 搬送補助、誘導、現場制圧、伝達はガネーシャ。

 駐在所は常駐一名、繁忙時二名。

 住民スタッフの初動。

 責任者在席時と不在時の差。

 誰が現場へ入るか。

 誰が外へ繋ぐか。

 アミッドの判断指導研修。

 緊急処置指導研修。

 アスフィとの現地再点検。

 

 きれいな一枚絵ではない。

 だが、だからこそ暗黒期の街で回りそうだった。

 

 最後にアストレアが静かに息を吐く。

 

「では、今日の骨子をまとめるわね」

 

 その声で、全員が自然に机へ視線を戻した。

 

「軽傷はミアハ。重傷搬送はディアンケヒト、窓口はアミッド。搬送補助と現場制圧、誘導と伝達はガネーシャ。フィットネス横には小規模駐在所を置く。住民スタッフと責任者当番の役割は分ける。でも、一人で全部を抱えない」

 

 そこで一拍置く。

 

「そして、初回の判断指導研修と緊急処置指導研修を行う。神の鏡と導線は、アスフィの立ち会いで現地再点検する」

 

 レックスは小さく頷いた。

 それが一番、自分に向けた文だった。

 

「今日で決めるだけでは終わらせない」

 

 レックスが言う。

 

「今日で置けるものは置く。決めたものは仮運用まで入る」

 

 シャクティが頷く。

 

「ならこちらも人を出そう」

 

 アーディがぱっと笑う。

 

「よし、やるぞー!」

 

 

 午後、動きは本当に始まった。

 

 ガネーシャ側は、アストレア・フィットネス横の空きにすぐ仮設詰所を置いた。

 木の机。

 長椅子。

 水桶。

 担架代わりの板と布。

 誘導用の棒。

 簡易記録板。

 

 派手ではない。

 だが必要なものだけがある。

 暗黒期の詰所としては、むしろこれで十分だった。

 

 シャクティが位置を決め、アーディが実際の見え方を確認する。

 

「ここなら入口も見える。けど圧が強すぎない」

 

「いい位置だ」

 

 レックスが言う。

 

「事故が起きた時、人が逃げ込む先としても自然だ」

 

 その横で、ミアハ側の眷属は軽傷用物資を一階へ運び込んでいた。

 包帯、消毒液、洗浄布、軽傷用ポーション。

 受付横の棚へ整理し、住民スタッフへ補充周期を説明する。

 

「勝手に高位ポーションへ手を出すなよ」

 

「分かっています」

 

 住民スタッフの女性が真面目に頷いた。

 

 そしてディアンケヒト側では、アミッドがその場で初回研修を始めた。

 

 責任者当番。

 住民スタッフ。

 駐在予定のガネーシャ側一名。

 全員を三階へ集める。

 

「では、まず判断から」

 

 アミッドの声は静かだ。

 だが、そこで雑談を続ける気は誰にも起きなかった。

 

「軽傷と重傷の境を、曖昧にしないでください。迷ったら重い方へ寄せる。抱え込まない。これが基本です」

 

 模擬で負傷者役を作る。

 片足荷重不可。

 大量出血想定。

 呼吸異常想定。

 

 誰が声をかけるか。

 誰が周囲を退かせるか。

 誰が担架を取りに行くか。

 誰が駐在所へ走るか。

 

 やらせる。

 迷わせる。

 その場で直す。

 

「そこ、勝手に起こさない」

 

「はい」

 

「軽傷用ポーションを先に手へ取らない」

 

「……はい」

 

「止血を優先。説明は後です」

 

 刺さる。

 だが、必要な刺し方だった。

 

 横でザイロが小さく言う。

 

「やっぱこの銀髪、容赦ねぇな」

 

 レックスが低く返す。

 

「そこが助かる」

 

「はいはい」

 

 その返し方が、少しだけ自分でも自然すぎて嫌だった。

 

 

 夕方前には、アスフィとレックスが神の鏡の再点検に入った。

 

 一階。

 二階。

 三階。

 現場から本館へ戻る導線。

 駐在所からの視認。

 死角。

 人が詰まる位置。

 

 アスフィは立ち止まり、角度を見て、数歩動き、また止まる。

 

「二階端、ここは抜けます」

 

「やっぱりか」

 

「ええ。事故が起きた時、人が固まると余計に見えなくなる」

 

「駐在所側からは?」

 

「入口までは拾えます。ただ、三階以上は階段側の動き次第」

 

「なら階段口の人払いが重要だな」

 

「そうです」

 

 会話が速い。

 短い。

 でも、必要なところだけちゃんと噛む。

 

 三階入口横でアスフィが言った。

 

「ここ、住民スタッフの立ち位置を半歩ずらしてください」

 

「理由は」

 

「今の位置だと、非常時に上がってくる人とぶつかる」

 

「……ほんとだな」

 

「だから現地確認が要るんです」

 

 少しだけ誇らしそうなのが腹立つ。

 だが、正しいから文句はない。

 

 レックスは紙へ書き込みながら言った。

 

「反映する」

 

「助かるのは、反映した時だけです」

 

「分かってる」

 

「なら結構です」

 

 

 日が落ちる頃には、仮設駐在所はもう息をし始めていた。

 

 入口横でガネーシャ側の一名が立ち、会員の流れを見ている。

 住民スタッフは補充棚を確認し、責任者当番は研修で直された手順を紙へ落とし直す。

 本館四階の石机には、再点検で増えた修正案が並んでいた。

 

 会議だけで終わらなかった。

 それが大きい。

 

 パトーシェが真面目な顔で言う。

 

「ようやく“形だけではない線”になったな」

 

「まだ仮だ」

 

 レックスが答える。

 

「だが、紙の上だけじゃなくなった」

 

「それで十分だろ、今日は」

 

 ザイロが壁にもたれたまま言う。

 

「全部一日で完成する方が気味悪ぃ」

 

 それはそうだった。

 

 アストレアが静かに椅子へ腰掛ける。

 

「今日、ちゃんと前へ進んだわね」

 

「……ああ」

 

「痛みのあとで、ちゃんと埋めた」

 

 その言い方が妙に正確だった。

 

 窓の外、アストレア・フィットネスの灯が静かに揺れる。

 その横では、小さな駐在所の灯もまた、控えめに光っていた。

 

 派手じゃない。

 だが、骨だ。

 こういうものこそ、暗黒期では後から効いてくる。

 

 兵を前へ出すだけでは足りない。

 倒れた時に拾う手。

 戻る道。

 駐在。

 搬送。

 判断。

 研修。

 

 そこまで揃えて初めて、盤面は前へ進める。

 

 エルヴィンなら、たぶんこういう時も先を見ただろう。

 形にしたなら、次は何を奪うか。

 何を拾い、何を捨てるか。

 そうやってまた先へ行ったはずだ。

 

 レックスも同じように、窓の外を見た。

 

 この網は、できれば一度も深く使わない方がいい。

 にもかかわらず、近いうちに本当に試される気がしている。

 

 その予感だけは、六階の空気みたいに重く、喉の奥へ残った。

 

 だから今日の話は、綺麗に終わらない。

 終わらなくていい。

 

 駐在と救急の線は、ようやく紙の上から現実へ降りてきた。

 剣も槍も振っていない。

 それでも確かに、一歩進んだ。

 

 第14話 駐在の線、命を拾う段取り 了

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