ショタ魔族ワイ、フリーレンに腰ヘコヘコして無事死亡   作:(⩌ˬ⩌)

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第十一話 僕だって街を守りたかった(腰ヘコヘコ的な意味で)

■ 太古 ヴァルツ処理から数十年後

 

東方大陸 交易都市カナリア

 

♢   ♢   ♢

 

この街には三年かけて潜り込んだ。

 

交易都市カナリア。東方大陸の要衝にして、大陸を縦断する商人たちの中継地点。

 

人口はざっと五千人。市場は毎日賑わい、酒場は夜通し騒がしく、宿屋の女将は胸が大きい。

 

最高の街だった。

 

潜入初日に旅の途中ではぐれた子供を演じて孤児院に拾われ、半年で礼儀正しく働き者の美少年として街の人気者になり、一年で商人ギルドの小間使いに昇進し、二年で宿屋の看板息子(非公式)に就任し、三年目の今では街を歩けば誰もが「リヒト君!」と手を振ってくれる。

 

信用。

 

これが大事なんだ。

 

ガルドス戦で学んだ。クロ戦で学んだ。ヴァルツ戦で学んだ。そしてそれ以上に、数え切れない腰ヘコヘコ失敗から学んだ。

 

いきなり「腰ヘコヘコしよ♡」は駄目。

 

水桶が飛んでくる。石が飛んでくる。悲鳴が上がる。衛兵が来る。街を追い出される。

 

だから、まず信用を積む。「いい子」として認知される。「この子なら大丈夫」と思わせる。そうすれば、

 

いずれ——

 

ヘコ……♡

 

「リヒト君、今日も手伝ってくれるの?」

 

「うん! マルタおばさんの荷物、僕が持つよ!」

 

市場の青果店。恰幅のいいマルタおばさんが、林檎の詰まった木箱を抱えている。僕は駆け寄って、その箱を受け取った。

 

「まあまあ、いい子ねえ。本当にリヒト君は」

 

「えへへ♡」

 

マルタおばさんの手が僕の頭を撫でた。ごつごつした働き者の手。温かい。

 

これだ。これがいいんだ。

 

信用を積んで、信用を積んで、信用を積んで——そしていつか、マルタおばさんの姪っ子のリリアちゃん(推定十九歳・胸は控えめだが腰のラインが犯罪的)と二人きりになる機会を作って、「リリアお姉ちゃん、僕ね、実はお姉ちゃんのことが——」と切り出して、最終的に腰ヘコヘコ。

 

「くくっ……まだだ……まだ笑うな……」

 

完璧な計画だ。

僕の壮大な三年計画(プロジェクト・ヘコヘコ)が、今まさに実を結ぼうとしている。

 

今日の夕方、リリアちゃんが市場の片付けを手伝いに来る。

僕も手伝いに行く。二人きりになるタイミングを狙う。

そして——

 

「——きゃあ!!」

 

悲鳴が響いた。

 

市場の入口の方から。甲高い、恐怖に引き攣った悲鳴。

 

僕とマルタおばさんが同時に振り返った。

 

市場の入口に、人だかりができている。いや、人だかりじゃない。

人が逃げている。蜘蛛の子を散らすように、悲鳴を上げながら四方八方に。

 

その中心に……。

 

「あ」

 

魔族がいた。

 

人型。だが、明らかに人間じゃない。多数の腕。頭部には角が二本生えている。純粋にブッサ。

筋骨隆々の巨体が、市場の入口を塞いでいる。

 

纏っている魔力の密度は——

 

うん、そこそこ強い。ガルドスよりは下。

 

でも、僕よりは確実に強い。

 

「——ニンゲン」

 

魔族が口を開いた。地の底から響くような声。

 

「タベル」

 

シンプルだな。好感が持てる。

オデ、オマエクウとか言って、勇者一行のレベル上げのために序盤の村で死ぬタイプの中ボスだぁ。

 

市場の露店が薙ぎ払われ、木箱と果物と人間が宙を舞った。悲鳴。絶叫。血飛沫。

 

僕は木箱を抱えたまま、立ち尽くしていた。

 

どうする?

逃げるか?

 

逃げるのが正解だ。僕はこいつに勝てない。三年かけて積み上げた信用は惜しいけど、死んだら元も子もない。

いや、死んでも生き返るけど……復活した時にはこの街は壊滅してるだろうし、リリアちゃんも……。

 

リリアちゃん。

 

そばかす。控えめな胸。犯罪的な腰のライン。

 

あの腰のラインが、魔族に食われる?

 

「……!」

 

体が動いていた。

 

考えるより先に。本能より先に。腰ヘコヘコ欲より先に——いや、腰ヘコヘコ欲が先だったかもしれない。

 

「おい、クソブサイク!!」

 

僕は市場の真ん中に躍り出た。木箱を投げ捨てて、魔族の前に立ちはだかった。

ゆっくりと僕を見下ろした。小さな獲物を認識する。

 

「チイサイ ニンゲン」

 

「僕は人間じゃないよ。同族だ。魔族。分かる?」

 

「……?」

 

「分かんないか。まあいいや。ブサイクは脳味噌までブサイクだな」

 

僕は腰を落とした。両手を前に構えた。クロ戦で覚えた戦闘態勢。

八年間の死闘で身につけた、たった一つの型。

 

「この街には僕がこれから腰ヘコヘコする予定の女の子がいるんだ。お前みたいなデカブツに荒らされたら困る」

 

「???」

 

魔族が首を傾げた。言葉の意味が分かっていない顔だ。だろうね。

 

僕は周囲を見回した。

 

市場。露店。木箱。果物。壊れた荷車。逃げ惑う人々。

 

環境——

 

環境がない。

 

崖がない。谷がない。地下水脈がない。崩落させる山がない。

 

ここは街の真ん中だ。平坦で、開けていて、罠を仕掛ける時間もない。

 

あ、詰んでる。

 

「タベル」

 

魔族の腕が同時に振り下ろされた。

僕は横に跳んだ。一本目を避けた。二本目を避けた。三本目が——

 

「ごふぅっ!?!?」

 

脇腹に直撃した。体が吹っ飛んだ。露店を三つ突き破って、石畳に叩きつけられた。

口から血が溢れた。肋骨が何本か折れてる。内臓もやられてる。でもまだ動ける。立ち上がろうとした。

四本目の腕が、上から降ってきた。

 

「あ」

 

頭を掴まれた。そのまま地面に叩きつけられた。一回。二回。三回。

 

視界が明滅した。頭蓋骨が軋む音が聞こえた。

 

まず——

 

「ぶべっ」

 

四回目で意識が途切れた。

 

♢   ♢   ♢

 

復活。

 

市場の片隅。壊れた露店の残骸の下。

 

「……痛った」

 

体を起こした。全身が軋む。復活したとはいえ、死に方が雑だと残響が残る。頭がガンガンする。

 

周囲を見回した。

 

市場は半壊していた。露店の残骸が散乱し、壊れた木箱から果物が転がり出ている。

 

だが——

 

魔族の姿がない。

 

死体も、血の海も、予想していたほどには広がっていない。

 

何が起きた?

 

僕は瓦礫の下から這い出て、市場の中央に向かった。

 

人だかりができていた。さっきとは違う種類の人だかり。恐怖ではなく、歓声。興奮。熱狂。

 

その中心に——

 

「我が名はエルエール。東の森より参りました」

 

声が聞こえた。澄んだ、鈴を転がすような声。

 

人垣の隙間から覗き込んだ。

 

女性がいた。

 

長い耳。銀色の髪。白い肌。華奢な体躯。

 

エルフだ。

 

手には細い杖を持っていて、足元には……

 

「えぇ……?」

 

灰色の肉塊が転がっていた。さっきの魔族だ。原形を留めているのが不思議なくらい、徹底的に破壊されている。

 

「皆様、ご安心ください。魔族は私が討伐いたしました」

 

エルフの女性……エルエールが、優雅に一礼した。

 

歓声が爆発した。

 

「すごい!」「エルフ様だ!」「助かった!」「ありがとうございます!」

 

人々がエルエールを取り囲む。握手を求める者。涙を流す者。跪いて感謝を述べる者。

 

エルエールは穏やかに微笑んで、一人一人に応えている。

 

僕は、その光景を見つめていた。

 

「……」

 

ふーん。

 

へー。

 

そう。

 

あっそう。

 

なるほどね。

 

「ねぇねぇ。僕も戦ったんだけど……」

 

誰にも聞こえない声で呟いた。

 

僕も戦った。あの魔族に立ち向かった。四回叩きつけられて死んだけど、でも戦った。

リリアちゃんを守るために。この街を守るために。三年間の信用を守るために。腰ヘコヘコの夢を守るために。

 

なのに。

誰も僕を見ていない。

全員があのエルフを見ている。

 

「エルエール様!」「英雄だ!」「この街の恩人だ!」

 

歓声が響く。称賛が響く。感謝が響く。

 

僕の存在は、誰の記憶にも残っていない。

 

瓦礫の下で復活した、小さな美少年のことなんか。

 

「……」

 

胸の奥で、何かがぐつぐつと煮えたぎった。

 

怒り?

 

違う。

 

嫉妬?

 

違う。それも違う。

 

もっと根源的な——

 

「理不尽だ!!」

 

声が漏れた。

 

僕だって戦った。僕だって命を懸けた。結果的に秒殺されたけど、それでも逃げなかった。

なのに、称賛されるのはあのエルフだけ。

 

許せない。

僕の三年間の涙ぐましい努力と、リリアちゃんへのピュアな下心を横取りしたあいつが……!

 

僕のリリアちゃんは?

人だかりの向こうで、リリアちゃんがエルエールに花束を渡していた。

犯罪的な腰のライン。

 

その腰のラインが、エルフに向かって差し出されている。比喩的な意味で。花束と一緒に。尊敬と感謝を込めて。

 

本来なら、あの花束は僕が受け取るはずだった。

信用を積み上げた末に。

腰ヘコヘコの対価として。

 

「……」

 

僕は踵を返した。人だかりに背を向けて、路地裏に入った。

薄暗い路地。壁と壁に挟まれた細い道。人気がない。ゴミ箱と野良猫だけがいる。

 

ここなら誰も見ていない。

僕は壁に拳を叩きつけた。

 

「くそっ……!」

 

石壁に血が滲んだ。拳の皮が破れている。痛い。でも、そんなことはどうでもいい。

 

三年だぞ。

 

三年間だぞ。

 

毎日毎日、いい子を演じて。重い荷物を運んで。天使の笑顔を振りまいて。

ババア共に「リヒト君はいい子ね」と言われるたびに、内心で舌打ちしながら「えへへ♡」と答えて。

 

全部、腰ヘコヘコのためだった。

 

リリアちゃんの腰のラインに顔を埋めるためだった。

 

それが——

 

「横取りしやがって……!うっうっ……あんなティッシュみたいな名前のエルフに……ちくしょう……!」

 

壁を殴った。もう一回殴った。血が飛び散った。

怒りが収まらない。

 

こんな気持ちは久しぶりだ。クロに集落の女の子を食い散らかされた時以来かもしれない。

あの時は怒りを八年間の復讐に変えた。

 

今回は?

 

八年もかけてられない。あのエルフは明日には街を出るだろう。英雄として称賛を浴びて、次の街に向かうだろう。

 

僕にできることは——

 

「……」

 

視界の端で、何かが動いた。

路地の奥。ゴミ箱の影。

銀色の髪が揺れていた。

 

「!」

 

エルエールがいた。

 

路地裏に。一人で。

 

なぜ?

 

人だかりから抜け出してきたのか。称賛に疲れたのか。理由は分からない。

 

でも、いる。

 

一人で。

 

人気のない路地裏に。

僕と二人きりで。

 

「あ」

 

脳の中で何かが弾けた。

理性の最後の一本が、ぷつん、と切れる音がした。

三年間の鬱憤。秒殺された屈辱。リリアちゃんを奪われた怒り。称賛を横取りされた理不尽。

 

全部が全部、純度1000%の『腰ヘコヘコ欲』に変換されて、一点に集中した。

 

「——ふひっ」

 

体が動いた。

 

考えるより先に。本能より先に。

僕は駆け出した。全力で。小さな両腕を広げて。

エルエールが振り返った。銀色の髪が揺れた。長い耳がぴくりと動いた。

 

「あら、子供? どうしたの、こんなところに——」

 

「お姉ちゃあああああん!!!」

 

体当たり。

 

エルエールの腰に、僕の全身が激突した。

 

細い体が揺れた。「きゃっ」と小さな悲鳴が上がった。

 

僕はそのまま——エルエールの腰に、全体重をかけてしがみついた。

 

「な、なに……!? ちょ、ちょっと、あなた——」

 

「お姉ちゃんの腰、やわらかぁい……♡」

 

腰を——

 

ヘコ……♡

 

「——っ!?」

 

エルエールの体が硬直した。

 

ヘコ……♡ ヘコ……♡

 

「ひ、あ……な、なにを……っ!」

 

「えへへ……お姉ちゃんのここ、すっごくいい……♡ エルフの腰って人間と違う……♡」

 

ヘコヘコヘコヘコ——

 

「んあああああああーーーーー♡♡」

 

僕の口から、この世のものとは思えない嬌声が漏れた。

腰ヘコヘコだ。しかも相手はエルフ。ゼーリエちゃん以来のエルフだ。感触が違う。人間より滑らかで、でも芯がしっかりしていて——

 

「いやああああああああ!!!!」

 

エルエールの絶叫が路地裏に響き渡った。

 

同時に——

 

魔力が爆発した。

 

「ぐえーーーーーーっ!!!!!!!」

 

世界が白くなった。

 

♢   ♢   ♢

 

復活。

 

街の外。城壁の向こう側。草むらの中。

 

「……ふぅ」

 

仰向けに転がったまま、空を見上げた。

 

青い空。白い雲。完璧な天気だ。

 

腰ヘコヘコ、成功した。

 

ほんの数秒だったけど。エルフの腰に、確かにヘコヘコできた。

感触がまだ手に残っている。腰に残っている。全身に残っている。

 

「最高だった……♡」

 

消し飛ばされたけど。

 

まあ、いつものことだ。

 

起き上がろうとした時、草むらの向こうで何かが動いた。

 

「——がっ……」

 

呻き声。

 

低い、掠れた声。

 

僕は身を起こして、草をかき分けた。

 

そこに——

 

魔族がいた。

 

街を襲ったあのブサイク魔族……?

 

すげぇ、あんな肉塊の状態でここまで逃げて来たのか。

もしかしたら僕と同じで再生能力があるのもかも。

 

ただし、原形を留めていないほどボロボロだった。

魔族の目が、僕を捉えた。

 

「……オマエ……サッキノ……」

 

覚えてるのか。市場で秒殺した相手のことを。

 

「……タスケ……」

 

助け?

 

こいつ、僕に助けを求めてるのか?

同族だから?

魔族同士の連帯?

 

「あはは」

 

笑いが漏れた。

 

「助ける? 僕が? お前を?」

 

草むらの中に足を踏み入れた。四本腕の魔族を見下ろした。

 

「お前さ、僕のこと覚えてる? 市場で、四回叩きつけて殺しただろ」

 

「……ニンゲン……チガウ……ドウゾク……」

 

「うん、同族だよ。だから何? 同族なら僕のピュアな初恋を邪魔していいルールでもあんの?」

 

僕は四本腕の顔を踏みつけた。

 

灰色の肌が石畳——いや、草と土に沈んだ。

 

「お前のせいで僕の三年間が台無しになったんだよ。分かる? 三年だよ? 三年間、毎日毎日いい子を演じて、信用を積み上げて、リリアちゃんの腰ヘコヘコまであと一歩だったのに——」

 

顔を踏みつけたまま、腰を落とした。

 

「お前が来たせいで、全部パーだ」

 

魔族の目が、恐怖に見開かれた。

僕の目を見ている。僕の瞳の奥を見ている。

そこに何が映っているのか、僕には分からない。

でも——たぶん、こいつが今まで見たことのない種類の目だろう。

 

「死ね雑魚が!!!!」

 

魔力を込めた。

 

魔族の体が痙攣して、動かなくなった。

僕は足をどけて、死体を見下ろした。

 

 

「この大魔族リヒト様に敵う訳ねぇだろうがぁぁぁーーー!!」

 

叫んだ。

誰もいない草むらで。死体に向かって。

 

虚しい勝利宣言だった。

こいつを倒したのは僕じゃない。あのエルフだ。僕はトドメを刺しただけ。瀕死の相手に。

 

でも。

 

「勝ちは勝ちだ」

 

呟いた。

 

生き残った方が勝ち。トドメを刺した方が勝ち。

MPKで学んだ。ヴァルツ戦で学んだ。

 

結果が全てだ。過程なんか誰も見ていない。

 

僕は死体に背を向けた。

 

街の方を振り返った。

 

城壁の向こうで、まだ歓声が聞こえる。エルエールを称える声。英雄を讃える声。

 

僕の三年間は、あの歓声の中には含まれていない。

 

「……」

 

まあいいや。

 

リリアちゃんは諦めよう。この街に戻っても気まずいだけだし、あのエルフに顔を覚えられたかもしれない。

 

次だ。

 

次の街。次の可愛い女の子。次の腰ヘコヘコ。

 

僕は歩き出した。城壁に背を向けて。太陽が沈む方角に向かって。

 

足元の草がさくさくと鳴った。風が頬を撫でた。

三年間は無駄になった。

 

でも、腰ヘコヘコは成功した。ほんの数秒だけど。エルフの腰に。

それだけで、三年間には価値があった。

 

「……ひひっ」

 

笑いが漏れた。

 

自分でも分かるくらい、頭のおかしい笑いだ。

 

でも、いいんだ。

 

僕は頭のおかしい魔族だから。

 

歩いた。

 

次の街を目指して。

 

次の可愛い女の子を探して。

 

次の腰ヘコヘコを夢見て。

 

空が茜色に染まっていた。

 

♢   ♢   ♢

 

今回の学び:三年かけた信用も、エルフ一人で吹き飛ぶ。でも腰ヘコヘコは一瞬でも価値がある。

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