異世界転生モノだと思ってるバカ   作:さぼさぼさん

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せ‐な【背な】

〘 名詞 〙
① せ。せなか。



ん。とはいえ、誤謬はあるかもしれない


岐路

「────じゃあ……私が合図したら君たちも手筈通りに動いて」

 

 イングリッドがチェリーニアの展開の時間稼ぎをするために、数秒の間だけアッシュと鍔迫り合いを始め出した。『逆転』で軽い傷は覆されることを知っていながらも、彼女はどうせ殺すのだからと躊躇いなくアッシュに傷をつけている。

 

 イングリッドの片手剣とアッシュのククリナイフの刃が沿い、甲高い金属音を上げている。ふと、半歩後ろに退いたイングリッドが、汗ひとつなどかいていない余裕の表情で以て、チェリーニアたちが分かるよう右手を軽く上から下に落とすようなジェスチャーを挟んだ。

 

「────シィッ!!」

 

 精神崩壊及び人体損傷が著しいアッシュには、相手の連携を注視するという余裕が一切ない。手当り次第に暴れ、目の前にあるものを壊そうとする凶暴な破壊衝動のみが前面に露出している。

 

 ゆえに、イングリッドがわざとらしくコートの背広をはためかせて、後ろから神速を体現したチェリーニアの居合抜刀を隠し通していることに気付くことができなかった。

 

『これくらいの歩数ならばチェリーニアの邪魔にならないだろう』というその場の山勘により、イングリッドはその背なを確認せずとも攻撃の転換(スイッチ)を成し遂げてみせた。

 

「…………ふっ。やはり、貴女は私の『上位互換』だな」

 

「へぇ。 君は私になりたいの?」

 

「いいや。 あのバカにも言われたが……私は誰でもない、チェリーニアだ」

 

 コンマ数秒にも満たないこの一瞬の入れ替わりのなかで、お互いに軽口を叩きあえるほどには緊張が解れている。三者が目指すのは、アッシュという青年のしっかりとした尊厳死。

 

 誰かの想いを背負って彼自身が蔑ろにされてしまったこの現状から、彼自身を連れ戻すための戦い。その共通項に立っている今、胸中にある敵愾心というものは無い。

 

 暴走前のアッシュとの戦闘で覚醒を経て、チェリーニアは極限状態(ゾーン)とも言える感覚に入りかけていることを自覚していた。

 物質精製する際や、精製した武器を指定の座標に射出する際の細かなラグが、今なら頭の中で念じるだけで実現できると。

 

「鬱陶しい雨……まとわりついて邪魔なんだよ!!!」

 

「ははっ! わかってるじゃないかアッシュ!

 私は案外、粘着質な性格だぞ!!」

 

 雷雨のような雷鳴りを轟かせ、使い古されて年季の入ったククリナイフの刃をその剛力一閃で弾くチェリーニア。

 アッシュの立つ地点から後ろ数メートル先まで踏み抜き、それでも彼の動きを見逃すまいと睨んでいるチェリーニアの瞳から、影に隠れてギラギラと開いた瞳孔が覗いている。

 

「フーッ……フーッ……! 護るッ!! 護るために……殺すッ!」

 

「誰を護りたいって? いい加減目を覚ませ、この大バカ者が……!!」

 

 

 

 チェリーニアと転換(スイッチ)したイングリッドは、待機中、退屈そうに石ころを四等分に切り刻んで暇つぶししているラップランドの腰あたりを許諾なく唐突に掴み、認識阻害の『アーツ』を間髪入れず使用して、どのタイミングでもう一度アッシュに奇襲を仕掛けようかと機を窺っていた。

 

「……ちょっと! ボクを乱暴に引っ掴むの、やめてくれない!?」

 

「私の認識阻害は私の身体の一部として認められないと効果が得られないからね。 これくらい密着しないと違和が生まれてバレかねないでしょう」

 

「……だとしても、もっとやり方ってモノがあるでしょって話をしてるんだけど?」

 

 お喋りなラップランドの止まることを知らない不平不満を真顔で右から左に聞き流し、激しい『アーツ』の応酬から目を離さないイングリッド。息子を視界に収めているからか、なぜか彼女は息子に縁深いラップランドに場違いな質問を零した。

 

「……君は、アッシュのどこを好きになって恋人になろうと思ったのかな」

 

「……へぇ、今の今まで訊いてこなかったのに。 どういう風の吹き回しかなぁ?」

 

「特に理由なんてないよ。 ただ私が気になったから、訊いてみているだけ」

 

「……あっそう。 ボクとアッシュは、同じなんだ。

 今のアッシュは大変喜ばしいことに、上手に狂えちゃってるみたいだけどね、こんなことになるまでは……ボクら狂うに狂えない、生き方が下手くそなはぐれ狼同士だったんだ」

 

 血しぶきのせいでまとまり悪く固まった毛の束を指で押し潰して、手慰みに解しているラップランド。なんてことのないように語ろうとする芝居がかったその仕草が、かえってアッシュと過した日々が彼女にとってどれだけ大切であったのかを饒舌に表していて痛ましい。

 

「ボクはアッシュだけでジュウブンだったんだけど、アッシュはボクと違って全員を大切にしてたみたいでさ。 ……ううん、それじゃあ表現が適切じゃない。

 アッシュは皆を大切にしなきゃって、ずっと苦しそうだった。ずっと……皆の心の中で、優しい人のままでありたかったんだと思う」

 

 彼の不器用な優しさをボクだけに向けてくれ、と何度彼女は思っていたのだろうか。ラップランドはその気持ちを時には彼にぶつけ、時には胸の奥に秘めた。嫉妬と理解、どちらもラップランドにはあったからこそ、その生き方と同じくして中途半端な状態に苦しめられていた。

 

「まったく、不器用なヤツだよね! 勝手に一人で抱え込んで、挙げ句こんなになるまで突っ走っちゃうんだから。

 でも一番許せないのは……大事な時に『行かないで』ってわがままに止めれなかったボク自身なんだ。不格好でもあたたかい、そんなアッシュが好きで……止めれなかった」

 

 身を寄り添い、自分の温もりではない熱を脳の奥に焼き付けてしまった。はぐれ狼に戻ることはできる。しかし、ずっと付き纏う格別の淋しさに身を蝕まれながら生きていくことになる。

 

 豹変したアッシュの様相に気を取られがちだが、ラップランドの現在の様相も尋常ではない。髪はぼさぼさに荒れて、泣き腫れた目は少し元に戻り始めているが、崩れたアイシャドウが涙の軌跡を滲ませていて、ほんのりと血色を浮かばせている白い頬が酷いことになっている。

 

 イングリッドはラップランドの抱く感情の重さになんだ、随分と慕われていたんじゃないかと、手のかかる息子の人たらしな所に口許を緩め、微笑を浮かべた。

 そのお陰か、アッシュのように幼い頃を知るわけではないが、小さく丸まって大人しいラップランドの背中に、彼女はなんとも言えない愛おしささえ感じていた。

 

「君も苦労してきたんだね。 気休めにもならないだろうけど……私から君へ、ささやかな労いだ。16年間、よく生きてきたね」

 

「ッハ……ほんっとーに、なんの気休めにもならない……キミはボクのお母様じゃないっていうのに」

 

「そうだね。 私は君の母親ではない。 けれど、それが優しくしてはいけない理由には、ならないでしょう」

 

 仄暗いシラクーザにて、裏切り者を抹殺するサルッツォの執行者として育てられた彼女の心がこんなもので晴れやかになるとは思っていない。しかしイングリッドはラップランドのその寂しげな背を撫でることを厭わなかった。

 

「っ……へぇ、あの冷酷な殺人鬼さんが……心境の変化、とっても目まぐるしいね。懐柔でもしようってワケ?」

 

 イングリッドの物腰柔らかな態度に驚きを隠せないラップランドは、誤魔化すように皮肉を口にすることしかできない。ラップランドからすれば、愛するアッシュを壊した元凶の内の一人でもある彼女には、できれば自分たち子供の心中を理解できないままでいて欲しかった。

 

 なぜなら、殺そうとする人間に血が通っていると理解できてしまえばしまうほどに、剣を振るう手が鈍るから。ラップランドの中のイングリッドという存在が、揺らいではいけないというのに。イングリッドのその優しさが、ラップランドを焼き焦がそうとする。

 

「心境の変化……言い得て妙だ。 私はアッシュという息子を得て、(かび)の生えた理想を持ちたいと思ってしまった。子を想うだけでは、アッシュやリサは生きづらいシラクーザに放り出されてしまうままだ。それは、あってはならないことだと思わないかな」

 

 イングリッドはもう二度とこのような惨劇を招きたくないと考えている。そのためには、第二第三のアッシュが生まれるようなシラクーザでは駄目だ。

 目の届く内で、見える若く幼い者たちを掬い上げなければならない。よくよく考えれば、ラップランドはその枠組みにまだ居て当然の存在なのだ。

 

「……本当は全て私が片付けるから、君たちは民間救助に……と言うつもりだったけれど。 君たちの瞳を見て、それは君たちにとっては良い対応ではないと、そう思い直した」

 

 掬い上げるとは、何も無償で全てを施すということではない。彼ら彼女らが、何を望んで、何を成したいかということをよく洞察して寄り添うことこそ、真意である。

 

 まだ若いラップランドとチェリーニアに、親友または恋人であるアッシュ殺害の共犯者として手伝わせるのは人として許されざる行為かもしれない。

 

 しかし複雑怪奇に絡まりあった人間模様は、そういった道徳観で一括りにできるものでもないことをありありと証明してしまっている。善に傅くわけではない。後悔のないように、イングリッドは人生を歩むことを決意した。

 

「……はは、よぉく理解ってるじゃないか。 ボクらはそんなの望んじゃいない。 イカれたシラクーザに育てられたボクらは殺し合いでこそ心の内を晒け出せるんだよ」

 

「露悪的な表現だね。別に、『大切な人だから自分たちで看取りたい』だとか『好きな人だから止めるのは自分がいい』とか、素直に言えばいいのに」

 

「ああ……今のそれで腐ってもアッシュの育て親だってこともよく理解ったよ。その言い方、昔のアッシュにそっくりだ」

 

「ふふ、嬉しいことを言ってくれるね。 血の繋がりは無くとも、こうして受け継がれる癖というものはあるのか。

 ……さて、そろそろ仕掛けるには良い頃合いだ。途中で放り投げるから、君は君らしく暴れておいで」

 

「えっ、ちょ、まぁっ──────!?」

 

 

 

 独特な湾曲を成した双曲剣を両手に、チェリーニアはアッシュの精製した弾幕を斬り裂きながら進む。『雨』による物理的干渉を受けない恩恵を存分に活かし、イングリッドが数刻前にやってみせた自身の身体によるミスディレクションを演出する。

 

「こんなのはどうだ────? いなせるか、アッシュ!」

 

 物理的干渉を受けないということ。それはたとえチェリーニアと精製された『雨』の剣が衝突せざるを得ない状況になっても、チェリーニアの身体を()()()()ということである。

 

 染み付いた暗殺者の性か、精製したククリナイフ擬きで的確にチェリーニアの肘関節を斬って無力化しようとするアッシュの左腕。逆手持ちに切り替えたチェリーニアの曲剣が、その刃を防ぎ、膠着状態を生む。

 

 突如、チェリーニアの胸をすり抜けて剣身の長い大剣がアッシュを貫かんと物凄い勢いで出現した。極限状態にあるチェリーニアは、射出する座標をわざと()()()()()に設定し、さらに時間差で起動する徹底ぶりにより攻撃の遅延(ディレイ)を作った。

 

「があっ……ぐぅっ!? なんなんだ、誰なんだよお前ェ!!!」

 

 取り乱すアッシュを不敵に笑い、紅潮する頬を隠しもしないチェリーニア。今、魂がとても楽しいと喜んでいる。祖父サルヴァトーレの遺体に合掌し祈ったそれには、哀悼など含まれていなかった。彼女は気を失って、目を覚ましてすぐに理解した。

 

 満足そうに笑って逝ったお爺様の顔を見て、彼は旧友たるミズ・シチリアとの殺し合いは果たせずとも、久しく飢えていた闘争の只中にて死ねることができたのだと。

 

 手を合わせ、遺体に語るは、どうか今は亡き戦友と共に幽世で存分に語り尽くしてくださいということ。そして、私もお爺様のように闘争に身をやつす覚悟をしますと告げるための祈り。

 

「ああ……楽しいな! 次はどんな一手で挑もうか? それともアッシュ、お前はどんな一手を打ってくるんだ? もっとだ、もっと死合おう!」

 

 不意打ちで放たれた大剣の切っ先を、具象化したアーツの防壁で受けようとしたアッシュだったが、展開する防壁の速度よりも、速く放たれた大剣が胸を貫いた。

 

 暴走した意識の下、『逆転』による修復のリスクを演算した脳は、損害をできうる限り最小限に抑えるため、貫かれる直前に右腕を胸の前に食い込ませて、穴を開けるほどの大剣の勢いを殺すことに成功した。

 

 即死級の一撃は免れたアッシュであったが、瀕死であることには変わりがない。『逆転』を再び行使し、右腕と胸に空いた傷を修復しようとして……中断した。

 

「────ちがう。 こんなんじゃ……お前を越えることができない……捨てなきゃ。大切なものを捨てて……強くならなきゃッ!!!!」

 

 大きく成長した身長とは真逆のような、幼げな喋り口調と雰囲気を湛えて、アッシュが吠える。咆哮が辺りに響き渡ると、大量展開していた数々の『雨』が霧散して、チェリーニアのテンポが崩された。

 

 中途半端に修復を終えたために、アッシュの身体からはぼとぼとと赤黒い血が零れ落ちてその足元を一色に染めている。もはや痛みは鈍麻し、彼の意識はここには無い。

 壊れた人形がその胸に残った命令だけを遂行する為だけに動いているような、そんな不安定な状態で彼は吠えて、吠えて、吠え続けた。

 

「私だけに対象を絞って、『分解』を広範囲に展開したのか……? ……ふふっ、やるな! それでこそ……私の友だ!」

 

「ごちゃごちゃとうっせーんだよ……俺の邪魔をすんなってェ……!! 俺は、おれは、ただっ、家族をッ……!!」

 

 無防備になったチェリーニアの脇腹を蹴り飛ばし、吹き飛んだチェリーニアに追いつくように縮地するアッシュ。慣性に身を任せながらも、器用に身体を捻り接近してくるアッシュに向かって回し蹴りを放とうとするチェリーニア。

 

 確かに先程まで弱っていたはずのアッシュだったが、どこから出しているのか分からないほどの膂力で、チェリーニアの攻撃を易々と受け止めてみせた。アッシュのアーツ出力が萎むように落ち込んだのは、生命活動を維持するために『アーツ言語』の演算に多大なリソースを割けないからであった。

 

「っな!? どこからそんな筋力をっ────!」

 

「…………ゥゥゥラ゛ァ゛ァ゛!!!!」

 

 つまり、着々と死に近付いているアッシュの膂力は優先されたリソースを燃焼するため、むしろ火事場の馬鹿力と称して良いほどに、どんどんと増していっているのだ。チェリーニアの足首を受け止めた際に掴んだアッシュは、まるでハンマーを投げるかのように彼女を振り回し、また放り投げた。

 

 またもや吹き飛ばされ、サルヴァトーレの屋敷の中へと大きな音を立て突っ込んでいく。数枚の壁がクッション材代わりとなりようやく屋敷のある一室で停止することが叶ったチェリーニアは、意識は失っていないものの身体を小刻みに震わせてしばらく動けないでいる。

 

「がはっ、ごほっ! ……何を、悠長にしているチェリーニアッ……! まだ……私はまだあいつのために終わってやれないというのに……!」

 

 建物が倒壊し始め、壊れたインテリアなどから露出した電線がバチバチと火花を散らしている。ザーロの襲来から始まったこの戦いによって、散乱した家具や小物の中に引火しやすいものが含まれていたのだろう。

 電線ケーブルの火花が物から物へと伝わり、サルヴァトーレの屋敷が静かに火種を育んで、全てを燃やそうとしていた。

 

「クソッ……動け……動けッ!!!!」

 

 上半身の神経は早い段階で感覚を取り戻せた。しかし、下半身が動かない。痛覚によって反応を呼び戻そうと、チェリーニアは容赦なく拳を自らの太腿に打ちつけて、復帰しようと躍起になっている。

 

 アッシュに吹き飛ばされ、数枚の穴を壁に空けたことによる倒壊から、ミシミシと音を立てて折れそうな柱が、焦るチェリーニアを押し潰しそうな勢いで揺れている。

 

 チェリーニアの力任せに叩きつける拳の余波も相まってか、揺れている柱は折れる速度を早め……無慈悲にもチェリーニアを巻き込んで倒れこむかといったその直後……

 

「────なにぼさっと下見てんのよ! 貴女、死ぬところだったのよ!?」

 

「お前は……ジョヴァンナ……!? どうしてここに居る!?」

 

「話はあと!!! 今はさっさとここから脱出するわよ、わかった!?」

 

 見慣れた亜麻色の髪を揺らして、チェリーニアの頬を引っぱたいたフェリーンの少女が彼女の視界に映った。意志の強さが現れている瞳には、しっかりとチェリーニアの姿が収められており、彼女の一筋縄ではいかない強かさが感じられた。

 

 折れて倒れそうだった柱はジョヴァンナの『永劫』によりその折れかけた状態を留め続けている。ジョヴァンナはこの一夜で家族と見なしたマフィアたちの看護で身についた動きによって、チェリーニアをおぶって屋敷の外に出すことに成功した。

 

 そして、ついでと言わんばかりにサルヴァトーレの遺した特大剣を荒く息を吐いて呼吸を整えているチェリーニアの目の前に突き立てるように置いた。すると、未だ極彩色に輝く特大剣が、優しく孫娘を癒すように新緑の光を放ち、チェリーニアを包み込んだ。

 

「おじい様の名残……魂の欠片であるこの剣が、アッシュに投げ捨てられてから文句を言うように光り輝いてたの。

 凄烈な戦いの中に割り込めなかったから、私が抱えて宥めてたんだけど……うるさくってしかたないから、貴女が何とかしなさい」

 

「……ふっ、死んでもまだ、孫娘に甘い好々爺だな。貴方は」

 

「はぁ、本当にそうね。 ところで……アッシュと貴女たちって関わりがあったのね?」

 

 ジョヴァンナは記憶喪失後のアッシュのことしか知らない。そんな彼女から見るアッシュはマフィアという立場に在りながら、どこか幼稚で不釣り合いな願いを掲げているという印象だった。

 

 人間として悪いことでは無いが、マフィアであるということが歪さを加速させていて、彼女は「ああ、恐らくは長く続かない願いだな」と心の隅では冷めた感想を抱いていた。

 

 だが、そんな歪で不釣り合いな願いがもしかすると叶ってしまうかも……と思えてしまうほどに、アッシュの持つ力は強大であった。だから、流石のジョヴァンナも目が眩んでしまったのだ。本来人ひとりが背負い切れるはずのないものを、押し付けてしまったのだ。

 

「……ごめんなさい。彼がああなってしまったのは、きっと私たちが……」

 

「全ての責任を担わせたから、か?

 どうやらお前らは随分と自分たちの価値を高く見積もっているのだな。 別にお前らがどうこうしようと、あいつは遅かれ早かれ壊れていたさ」

 

 アッシュに横腹を蹴り飛ばされた際に、数本刺さった肋骨による出血で、肺に溜まった血が含まれた痰を吐き出しつつ辛辣な一言を放つチェリーニア。

 ジョヴァンナもあまりの言い草に憤慨し、チェリーニアの胸ぐらを掴んで睨んでしまう。

 

「……貴女ねぇ、言い方ってものがあるでしょ!」

 

「……ふん、『言い方』だと?あいつにかける言葉も選ばなかった私たちに、選択権があるとでも?

 私はな、今までシラクーザマフィアだとか、クルビアマフィアだとか、そういった下らんことはこちらに火の粉が降りかからなければどうだっていいと断じていた。

 だが……なんだ? その偉そうな態度は」

 

 チェリーニアは自分を縛るものを酷く嫌う。裏を返せば、縛られさえしなければ無関心を貫いていた。マフィア社会の構造、その中核にある自らの血統……面倒くさいことこの上ないが、それでも無視できるものはできた。

 

「はっきりと言い切ってやる。私はお前たちマフィアが死ぬほど嫌いだ。勿論、それを見逃した私自身もそこに含まれている。

 謝るのならば、それは私にではないだろう。死ぬかもしれないから近付けなかった?ふざけるな。死ぬ気であいつの眼前に立って謝るのが道理と言うものではないのか?」

 

 

 チェリーニアは予感している。これは私たちにとっての『岐路』であると。

 

 

 この出来事を経て、今まで通りの泥沼に浸かるシラクーザのままでいるのか、はたまたシラクーザの綻びをその身を滅ぼすことで見せつけたある一人の青年(アッシュ)の死を胸に刻み、新たなシラクーザへと変革するのか。

 

 チェリーニアはこの一件が終われば、クルビアを出奔して自身の在りかたを見つめるための旅に出ようと考えていた。

 その考えの果て、祖父のように彼らの『絆』を背負ってもう一度テキサスという名を地道に残してやると息巻くかもしれない。

 

 あるいは、マフィア社会とは無縁の地で、呑気にボロっちいトランスポーター業でも営んで、閑古鳥が鳴く平和な毎日を過ごしたっていい。

 そう、チェリーニアはジョヴァンナのような、アッシュに罪悪感など抱いていない。ただ可能性を指し示してくれたことによる感謝の念で胸の中はいっぱいだった。

 

「私はあいつの最期が訪れるまで、死合ってやるのが弔いだと考える。生憎私もあいつと同じバカの類いなのでな、シンプルで簡単な手段であいつと向き合うことしかできん」

 

(ああ……どうしたって彼女たちは眩しい。 私には、私たちには無い生命の輝きをあなたたちは放っている。

 羨ましいわ、チェリーニア。私も貴女みたいに……自由に生きれたら良かったのに)

 

 友のために柔らかく笑うチェリーニアを見て、その眩さにまた目を細めて淋しそうにするジョヴァンナ。彼女だってそこそこの地位が約束された上澄みのマフィアだが、ここまで熱を帯びた生き方はできそうになかった。

 

 生まれてこのかたジョヴァンナはマフィア社会に息苦しさを感じたことはない。しかし、チェリーニアやアッシュといった自らが立つ地盤の歪さを指摘する者たちと対峙してからだ。そこから調子が狂った。

 

 私たちとは一体なんの為に在るのだろうかという存在意義(レゾンデートル)が揺さぶられて穏やかではいられなかった。喉が乾いて張りつく。呼吸をしようとすると焼けるように熱く、痛い。

 

 ジョヴァンナはおかしさを感じられないおかしさに、息苦しいさを感じ始めることができた。彼女もまた、『岐路』に立たされている者の一人であった。




どう足掻いてもアッシュ死ぬなぁ、俺の脳が方向転換を許してくれないです
ずっと書いている間、「これ死んだ方が美しくないか?」とジャンプピークしてきて思考を掻き乱してくる
結果、緩急をつけたオーバーピークによってアッシュ死亡√すきすきおじさんに負けるってわけ
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