超常戦隊サイコレンジャー   作:ロッシーニ

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議事堂潜入(3)

衆議院議場入口前。

次から次へと議場に出入りする関係者たちを見つめながら、凌は焦りを感じていた。

 

この場所で合流するはずだったパートナーが来ないのである。

ふと、右上方向にある壁にかけられた時計に目を移すと、時計の短い針が9を刺そうとしている。

 

つまり、国会突入からは20分程が経った。

 

パートナーが誰なのかは現場には一切知らされていない。

だが、それが誰であれ、一分一秒が惜しいこの状況でここまで待ち合わせ場所に来ないということは、要するに、来れないということだ。

 

潜入がバレそうで動けない、あるいは既に戦闘中か。

もしかしたら、もうやられてしまっているのかもしれない。

 

本来なら、そろそろ持ち場を離れて、捜索にいくべきなのだろう。しかし、凌はそれに二の足を踏んでいた。

 

なぜなら、ここは議場の入口。

健吾がこの国会議事堂を狙うなら、最終的には必ずこの付近を狙ってくる。

 

ここにいる人達を守る為には誰かが必ず、この場に残らなくてはいけない。

それならば、誰かに代わりを頼めばいいのかもしれないが、それもしたくなかった。

今の健吾を止める為には、自分がここにいなくちゃいけない。

自分勝手な判断だとわかっていながら、凌はこの場に留まり続ける事を選んだ。

 

議場に入っていく議員たち。

同じ党なのか、派閥なのか。

数十人が必ず固まって談笑しながら通り過ぎていく。

 

中にはテレビ等で見かけた事のある顔が混じったりもしているが、凌は彼らを眺めたりなどしない。

ただ、聞こえてくる心の声に耳を澄ませていた。

 

健吾は自分の知っている彼とは変わっているかもしれない。

あるいは変装しているかもしれない。

でも、心の声を聞けば、絶対に見分けられる。

凌にはそんな確信があった。

 

しかし、である

【このジジイ、早く引退しろや。俺は、いつまでペコペコすればいいんだよ?】

【愚かな国民達め…。何も知らずに非難ばかり…。私は選ばれた人材なんだ。お前たちとは違うんだぞ!】

【鈴木さん、失脚しちゃったよ…。次は誰にお世話になろうか…】

【それにしても、昨今の経済危機は過去に前例がない…。まさに未曾有(みぞーゆー)の事態だ】

 

次々と聞こえてくる人々の心音。

「くっ…」

凌は思わず、歯を食いしばり、顔をしかめる。

 

凌の読心術は相手の思考を正確に読み取るが、ある程度までしか「能力をOFF状態にできない」「的を絞れない」という特性上、決して探索に適した能力ではない。

ここまで多くの声が同時に聞こえてくると、頭痛か目眩か。

何とも言い難いが、それに近い、吐き気すら覚えるような悪寒に襲われる。

 

だが、ここで倒れる訳にはいかない。

うるささに、雑音に耐えるだけではダメなんだ。

余計な音は聞かなくていい。

その中にある、健吾の、その気配だけを掴むんだ。

 

凌は自らの記憶に残った、健吾の純粋で透明感のある、だけど、それ故に一種の危うさすら感じるような、あの感覚だけを人混みの中からかき分けるように探っていく。

 

すると、不思議と、聞こえてくる音から余計なモノが少なくなっていく。そして、聞こえてくる心音の一つ一つがよりクリアなモノとなっていく。

 

長い間、この力と付き合ってきているが、こんな感覚は初めてだった。もしかしたら、戦いの中で自分の能力は更に強いモノへと開花しようとしているのかもしれない。

 

そんな予感を感じていた、その時。

凌は遂に探し当てた。

議場へと入っていく議員たちの人波の、その向こう。

 

大きなリヤカーを押しながら廊下の角を曲がろうとしている清掃員姿の男。

 

健吾だ!

 

ハッキリとした心音が聞こえた訳ではないし、視認できたのも後ろ姿だけだったが、凌は確信した。

誰より澄み渡っていながら、どこか歪で脆そうな、あの感じ。

 

健吾以外に考えられない。

他の誰かならともかく、彼の事なら間違いようもない。

 

必ず、ここでケリをつける。

そう決めた凌は曲がり角を曲って自分の視界から姿を消そうとする健吾の事を、議員たちを押しのけるようにして追いかけていく。

 

ーーーーーーーー

 

一方、国会議事堂中央玄関近く。

 

「ハァ、ハァ…」

膝に手を当てて、息を切らす出水愛と、腕を腰に回して何やら考え事をしている雄真。

 

二人は国会潜入から数十分がたったというのに敵に動きがない事を不審に思い、議事堂内を駆け回りながら事態の収集に努めていたのだが、結局、大した成果も得られず、元いた場所に戻って来てしまっていた。

 

「やっぱり、妙だな…」

雄真が、ふと呟くとまだ息が整う前だというのに出水はペラペラと喋りだした。

 

「ハァ…、ホラ、ハァ…、だから…さっきから言ってるじゃない…? きっとこんな所に超力獣なんていないのよ! 超力獣の親がどんなヤツかよく知らないけど、こんな警備の厳しい所、狙うなんてありえないよ…」

「じゃあ、俺のサイコメトリーは何だったんだ? 今、見たら像が一つ無いあの部屋、確かにあったぜ?」

「うーん、サイコメトリーで読みとれるのっていわゆる『残留思念』ってヤツなんでしょ? 別にここを狙うって訳じゃなくても、強い思い入れがあれば映像が読みとれちゃうこともあるんじゃない?」

「議員でもないのに国会に強い思い入れがあるってどんなヤツなんだよ!? 俺達だって、そこら辺は全部考慮した上でここが目標地点だって言ってんだ!」

「じゃあ、何で相手は姿を表さないの?」

「だからそれを考えて…」

 

雄真がそう言いかけた時、廊下の向こう側から「キャー!」と若い女の悲鳴が聞こえてきた。

 

「桧垣くん!」

先ほどまでとは表情を一変させて、鋭い目つきで叫んだ出水を見て、雄真は確信した。

 

「遂に出たか! 超力獣!」

 

中央玄関を入って真っすぐ行った後、廊下を右側に曲がった辺り。声の聞えた方向から敵の居場所をそう判断した雄真は陸上選手のような整ったフォームで猛ダッシュを開始する。

 

会議が始まるまで時間がないからだろうか。

潜入時には人でごった返していたこの中央玄関周辺にも、もう人が少なくなってきている。

 

だから雄真は何にも邪魔されず、走りながらグングンとスピードを上げていく。そして、あっという間に廊下の曲がり角に差し掛かり、そこへそのままのスピードで突っ込んでいく。

 

ここを曲がれば、もうすぐ、敵の姿も確認できるだろう。

 

そんな意図を持ちつつ、進行方向を右にかえた瞬間、雄真の腹部に鈍い衝撃がはしった。

 

「ぐっ!」

思わず、そう声を発しながら後ろに倒れる雄真。

倒れた瞬間、床に打ちつけられた背中にも同様に痛みが走る。

 

敵の攻撃か!?

 

素早く立ち上がろうとするが、胴体の辺りで何かが引っかかり、思うように身体が動かない。

 

疑問に思って仰向けに倒れた体勢のまま下方向を見て自分の腹部を確認してみると、その上には高校の制服をやや派手にしたようなアイドル風の洋服を来た少女が大股を広げ、跨がっていた。

 

「今、パンツ見ましたよね? 変態!」

 

雄真は少女がそう声を発した瞬間、乱暴に彼女を身体の上からなぎ払い、後転するような動作で素早く立ち上がった。

 

「きぁあ!」

 

払われた少女はゴロゴロと縦に2周程転がってから壁にぶつかって静止した。

 

「いったーい!」

 

そう言いながら打った腰を擦る少女。

少し遅れて雄真について来た出水が、その様子を見かねて、雄真をなだめるように言った。

 

「桧垣くん、ちょっと、いくらなんでも女の子相手に乱暴過ぎるでしょう? 少し下着が見えたくらいでそんなに慌てないの! もしかして桧垣くんって童…」

雄真は出水が言い終るのを待たずに叫んだ

 

「違う! そうじゃない!」

「はいはい、わかった、わかった。でも、そんな必死に否定する事でもないよ。私、ヘタに遊んでる人より、純粋な人の方が好きだなー。てかだいたいみんなそうだと思う」

 

出水はフォローのつもりで言った。

しかし、その言葉は雄真には届かなかった。

 

「お前、何者だ!」

出水の言葉を完全に無視して少女を睨みつける雄真。

その様子で出水も雄真に少し遅れて気づいた。

 

「あっ…!」

 

思わず口を覆った出水の顔を見て、雄真はコクリと頷く。

二人が感じた違和感。

それは、何故こんな格好の少女が国会の中に入れるのかと言う事だった。

 

今は国会の会期中。見学ツアー等は全て中止になっているはずだ。だからこそ、パスを持たないサイコレンジャーのメンバー達はわざわざ警備員の制服まで用意して潜入している。

 

それに対して、目の前にいる少女の風体は余りにも場違いだ。

まず第一に若すぎる。特徴的なのはクリクリとした目と白く見るからに柔らかそうな肌。どこか純にも似た面影を感じさせるが、猫なで声をだしたり、小刻みに身体を動かして乙女チックな雰囲気を醸し出す彼女は、純よりも更に若く見える。いっていても、高校は卒業していない程度の年齢だろう。議員だとしても職員だとしても不自然だ。選挙権すら持っていないだろう。

 

次に服装。

履いているスカートは明るい赤でチェック模様。髪型はいわゆるツインテールで結び目には羽を広げたアゲハ蝶のような大きいリボン。もし、仮に本物のアイドルが外交PRに関わる為に出入りしているのだと考えても、もう少しマシな格好を選ぶはず。彼女の身なりはこの空間の中で明らかに異質であった。

 

少女に向かい、臨戦態勢をとる雄真と出水。

少女もその様子を見て、半ば開き直ったのか。

 

懐からナイフを取り出し、伸ばした左腕の手首にその切っ先をつける様な独特の構えをとる。

 

やはり只者ではない。

 

そう判断した雄真と出水が更に警戒を強めると、緊張もピークに達し、お互いの間の空気が一気に張り詰める。

 

しかし、そんな状況も長くは続かなかった。

「おーい、ちょっと待ってよーぅ! 天使くーん! 天使留架くーん!」

廊下の奥の方から甲高い男の声が聞こえてくる。

どこかで聞いたことのある声。

雄真がそう思って、声のした方向に目をやると、背がひょろりと高く、眼鏡をかけた男がコチラへ走ってくるのがわかった。

出水の上司、警視庁特殊犯罪対策課の田町洋輔である。

 

田町は3人がいる現場までたどり着くと、膝に手を当てて、「ハァ、ハァ、ゼェ、ゼェ」と大きく息をしだした。

 

余程、長い距離を走ってきたらしい。

「どうしたんですか? 田町さん?」

出水が聞くと、田町は息も整わない内に話しだした

「いやぁ、どうもこうもないよ、大変だったんだからー。君、ちょっといい加減にしてよ、もうー!」

 

そう言い、田町は人差し指で派手な格好の少女の事を指した。

少女はいつの間にか、あの独特の構えを見せる方向を雄真らの方から田町の方へと変えている。

 

どうやら、田町と彼女はここにやってくる前に何かあったようだ。それを察して雄真は少女に尋ねた。

 

「なぁ、もしかして、このおっさんに何か取り返しのつかない事をされたのか?」

 

少女はコクリと頷いた

「はい、あの人、変態なんです!」

出水は少女に同意を示して何度も頷く

「ええ。知っているわ。で、具体的には何を?」

「いやらしい目で見られました」

「他には?」

「それだけですけど…」

 

「へ?」

「は?」

 

雄真と出水は互いに顔を見合わせて首を傾げてから一斉に問い詰める。

 

「それだけ!? 本当か? 何かされたんだろう?」

「もしかして、言いたくないくらい、酷いことをされたの?」

「ええっと…」

 

少女は人差し指を口元に当てるような仕草でしばらく考えてから言った。

 

「あっ、そういえば、変な事言われました!」

「どんな事だっ!」

 

雄真が思わず、叫ぶと少女は田町の甲高い声を真似しながら言う

 

「ハァ、ハァ、と息を切らした気持ちの悪い声で『ね、ねぇ、き、君の能力はど、どんなモノなのかな? ハァ、ハァ、で、できたらちょっとでいいから、見せてくれないかなぁ…』とか言ってきたんです! そんなの、見せられる訳ないじゃないですかっ! スケべ!」

 

「…。」

雄真は呆れながらもなんとなく納得した。

おそらく、この少女が今回、養成学校から作戦に加わった内の一人。出水の反応から見るに、まだ彼女とは接触していない方だろう。

 

怪奇現象マニアな田町の事だから、初対面の超能力者を目の前にして、興奮したのだろう。

能力について根掘り葉掘り、しつこく聞いたに違いない。

 

「驚かせて悪かったな。コイツ、変態なんだ。でも、コイツも俺達も敵じゃない。頼むから協力してくんないか?」

 

少女はそれを聞いても納得できない様子でいじけ気味に頬を膨らませる

 

「でも、強要されました…」

「何を?」

「コスプレ…」

「えっ!」

 

雄真と出水が侮蔑の念を込めた視線を送ると、田町は慌てた様子でカバンから変装用の衣装を取り出した。

 

「違うよう! 僕は『その格好じゃ目立つから警備員に化けるように』って言っただけなんだ。それなのに彼女、誤解して逃げるんだもの…。困っちゃうよ」

 

雄真は呆れたように頭をかいてから少女に言った。

 

「そういう事ならしいぜ」

「そうなんですか?」

 

キョトンとした表情を見て、雄真は田町に悪い事をしたなと思った。一方的に田町が悪いんだとばかり思っていたが、どうやらこの惚けた少女の方にも問題が有りそうだ。

そんな雄真の横で出水がため息をつく。

 

「ハァ。黒金君があんな感じだったから、もう一人も、もしかしたらって思ってたけど…。やっぱりこういう感じかぁー」

「やっぱり、もう一人もこんな感じか?」

 

雄真が不安そうに聞くと、出水はコクリと頷いた。

 

「うん。てか、もっとヤバいよ」


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