泣くな、生きろ   作:霽月

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大変長らくお待たせしました。
書きたいことが多すぎて文字数が凄いことになった…。
場面転換が多くて見づらいかもしれませんが、どうしても第5話に詰め込みたかったので。

今話からアリアのイタリア語表記は日本語表記となります。

第4話「アリア」の最後にお話を追加しました。


第5話 「友達」

 やぁ、おはよう。父さんも私も、無事に目を覚ませたよ。

 えっ、胃の調子? ははっ……察してくれ。

 

 デルタは服や靴はこっちで用意する、持っていきたい物だけ用意しろと言っていたから、私は本当に最低限の荷物しか用意していない。小さなカバンにハンカチとティッシュ、お小遣いの入った財布、乾燥予防のためにリップクリームを放り込んでいるだけだ。本当にこれでいいのか……ま、これで良いって言うのだからいいか。ほぼ手ぶらだけど。

 

 

 「ユキちゃん」

 

 

 朝食を食べ終え、そろそろだろうかと玄関に向かう途中で母さんに声をかけられた。

 

 

 「お守り代わりにこの指輪を一緒に連れて行ってあげて」

 「! これって……」

 

 

 母さんの掌にあったのは、父さんから母さんへと送られた婚約指輪だった。

 小さいけれど、強い輝きを発する藍色の宝石がトップにある指輪が私の掌にころりと乗り込む。

 

 

 「……いいの?」

 「ええ、ずっと身につけていてね。きっとユキちゃんを守ってくれるわ」

 「ありがとう、母さん」

 

 

 子どもの私の指には嵌らないからと、指輪をチェーンに通して首に掛けてくれた。そうして、ぎゅっと抱きしめられた。あたたかな温もりが、私の体ぜんぶを包み込んで穏やかな気持ちにさせてくれる。

 

 

 「たくさん冒険して、色々なことを経験して、素敵な人たちと出会ってきなさい。たまにはお手紙を出してくれると、私も晴良さんもとっても嬉しいわ。怪我には気をつけて……無茶は駄目よ?」

 「うん」

 

 

 ……やっぱり、抱きしめ返すことはできなかった。

 あの事件の日から何度か炎を制御しようとしてみても、どうしても上手くいかなくて。この掌から炎が噴き出して、周りにいる人へ無差別に降りかかってしまうのではないかと考えると恐ろしかったから。

 

 その代わり、母さんの胸元にそっと擦り寄る。やさしい洗剤の香りと、安心する母さんの不思議なにおい。

 

 

 「いってきます」

 「いってらっしゃい、可愛い子」

 

 

 ベルが鳴って来客を知らせてくれる。アリアとデルタだ。

 

 

 「おっ、迎えが来たみたいだな」

 「父さん、いってきます」

 「ああ、いってらっしゃい」

 

 

 失くさないようにと指輪を服の内側に仕舞い、靴を履いて玄関の扉を押し開ける。

 

 

 「おはよう、ユキ!」

 

 

 眩しい朝日を背景に、深い海色の瞳が楽しそうに光を弾いた。

 差し出される手を躊躇して掴めない私に構わず、アリアは力強く私の手を引っ張る。ふふ、やっぱりアリアは力が強すぎると思う。可憐な見た目に反してかなりの握力の持ち主だなんて……面白いな。

 

 

 「ほらっ、早く!」

 

 

 どうして、だろう。

 

 あんなにもこの手が人に触れることが恐ろしかった筈なのに。アリアは私の中にあるその恐怖を簡単に崩して打ち壊して、私を引きずり出してくる。本当は触れてほしい、触れたいと思う私自身を。自分でさえ出来ないことを、どうして他人である筈のアリアは出来るのだろうか。何故、アリアが相手ならばこの人に死を招く掌を握られても大丈夫だと根拠もなしに思うのだろうか。

 

 

 「……良かった。ユキちゃん、笑ってるわ」

 「ユキがイタリアに行くと言った時、勿論不安はあったけど、それ以上に安心したよ。言いはしなかったけど、きっとあの子はユキの初めての友達なんだろうな。なんだか、あの子がユキのことを変えてくれる気がする」

 「ええ、私もそう思うわ」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 「着いたわ!」

 「長旅ご苦労さん」

 

 

 夏の始まりを予感させる青空の下、アリアと共にぐぐっと伸びをする。おお、凝り固まっていた首から肩にかけてがぼきぼき鳴っている。

 

 さて、無事にイタリアに到着したのはいい……いいのだが……。

 デルタが言っていた、

 

 

 「飛行機のチケット代とか、そこらへんのことは何一つ気にしなくて大丈夫だ」

 

 

 というのは、自家用ジェット機に乗ってイタリアまで行くから心配無用だ、の省略だった。分かるかッ!!

 機内ではお喋りが大好きらしいアリアのマシンガントークにお付き合いさせられました。ほんっとによく喋るし、私がただ相槌を打っているだけで何が嬉しいのか、にこにこと笑みを崩すことなく終始楽しそうだった。私は君が理解できないよ……。

 

 

 「じゃ、こっから屋敷まではこいつに乗ってもらうぜ」

 「はぁ!? 馬ぁ!?」

 

 

 おいおい、この御時世に馬を使うって? 時代錯誤にも程があるだろ。

 

 しなやかで張りのある黒馬の頬をやさしく撫でるデルタの言葉に目玉が飛び出るかと思った。つーか、どっからその馬を出してきたんだ。

 アリアを見れば、楽しそうに黒馬にじゃれついている。ま、まじかよ……。

 

 

 「馬に乗るのって、とっても気持ちが良いのよ!」

 

 

 いや、まぁ、知ってるけど。

 

 前世、と呼ぶべきか……あちらで中学生の時、授業の一環で乗馬体験をしたことがあった。上下する動きと共に風を感じられるのが気持ちいいんだよなぁ。

 馬は賢い生き物だ。乗り手が怖がっていたら、それはそのまま馬に伝わってしまう。逆に、愛情をもって接していれば、馬は同じように純粋な気持ちをこちらに向けてくれる。

 

 驚かせないようにゆっくりと黒馬に近づき、アリアから顔を離して私に注がれる視線を受け止める。長い睫毛に大きな黒い瞳がとても愛らしい。しっかりとした体格と全身に程よくついた筋肉を見るに、なるほど、この子は雄だな。ぴんと前に張った耳がぴくぴくと小刻みに動いている。

 

 

「大丈夫」

 

 

 怖がらせないように一度足を止め、声をかけてから再びゆっくりと彼の近くへ。視線を合わせたまま、頭を無にした状態でそっと触れる。すると彼は応えるように頭を下げて私の頬に鼻面を押し付けてくれた。うん、いい子だ。至近距離で大きな瞳が私を覗き込む。

 

さて。幼いこの体で彼を乗りこなすことは……できるだろう。手綱を引く力が弱くて制御が出来ずとも、賢そうな彼ならば手か脚の合図でわかってくれるだろうし。軽く膝を曲げ、驚かせない程度に跳躍して(あぶみ)を踏み込んで鞍に(またが)る。ふるる、と(たてがみ)を揺らしてこちらに振り向いた彼の首元をやさしく叩くと、一瞬視線が合った後に前を向いてくれた。うん、やっぱりこの子はいい子だ。

 

 

 「すごい……! 格好いい……! 素敵……!」

 「ははっ、なるほどな。こりゃ、お嬢が惚れる訳だ」

 

 

 何がなるほどなんだ?

 

 私の疑問をよそに、デルタはいつの間にか連れて来ていたもう一頭の馬にアリアと共に乗っていた。ここまでの過程で私が馬に乗れ、かつ制御も出来ると踏んだのだろう、無駄な事は言わずそのまま三人で屋敷を目指すこととなった。

 彼は本当に賢くていい子だ。私が手か脚で合図すれば理解してくれる上、時折私を気遣うようにして視線を寄越してくれるのだから。動かし慣れない筋肉を使ったから明日は間違いなく筋肉痛になるだろうけれど、体ぜんぶで風を切り、風を感じるのはとても気持ち良かった。……隣から注がれるアリアのきらっきら輝く瞳に若干落ち着かない気持ちにはなったけれど。

 

 そうして私は単騎で、アリアはデルタの前に乗せられて屋敷に到着すると、出迎えてくれたのは強面のおっさんの群れだった。到着場所を間違えてね? と二人を伺うも、動揺の一つも見受けられなかった。男くさくてむさ苦しいな、と思うことくらいは許してくれよ。ただ、その群れの後ろから現れたアリアの母さんは超美人だったのでユキちゃんの気持ちは瞬時に上昇しました。

 

 

 「イタリアへようこそ。はじめまして、私はアリアの母のルーチェよ。アリアが我が儘を言ってごめんなさいね」

 

 

 女神かよ。

 

 英語で歓迎の挨拶をしてくれたルーチェさん。そのままさらりとハグされたかと思うと、両頬に一度ずつ頬を寄せられた。うっわ、いいにおいした。最高かよ。母さんとはまた違ったにおいだった。

 

 

 「!」

 

 

 体を離す時、ほんの瞬きの間だけルーチェさんが厳しい表情になったような……やっぱり気のせいか。

 

 

 「はじめまして、ユキです。我が儘、というか……まぁ、了承して来ているので。それに……と……友達、なので」

 

 

 はっきりとアリアのことを友達だと言うのはなんだか凄く気恥ずかしくて、らしくもなく蚊の鳴くような細々とした声になってしまった。ルーチェさんが微笑まし気に笑って、隣でアリアが満面の笑みをこちらに向けるのに、ますます気恥ずかしくなった。自分でも頬が赤くなっているのがわかる。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 時が経つのは本当に早い。イタリアに来てからもう数か月が経過して、季節は夏に突入している。

そう、夏だ。突き抜けるような、雲一つない鮮やかな青空とじりじりとこちらを焦がすような太陽、乾いた空気。

 

 

 「あ゛……づ……い゛……」

 「もうっ、ユキったら本当に夏が駄目ねぇ」

 

 

 ユキちゃんは夏バテしてます。

 イタリア暑いっっ!! 日焼け止めを塗らないと肌が赤くなってピリピリ痛むし、暑いし、だるいし……!! カナダの夏に慣れていた分、イタリアの夏を地獄のように感じてしまう。もともと夏が苦手なだけに、陽射しを浴びるだけで萎びてしまいそうな気さえする。

 

 

 「はい、アイス持ってきたから食べなさい」

 「ありが、がふっ」

 「ん~っ! 冷たくて美味しいっ!」

 

 

 ア、アリアさん……アイスを食べさせてくれるのは有難いのだけれど、容赦なく口に突っ込むのはいい加減やめてくれるかな。割と喉奥まで突き刺さってるからね? まぁ、美味しいから許すけどさ。体にアイスの冷たさと美味しさが染み渡る。アイス様さまだ。今度から敬意を表してアイス様と呼ぶことにしよう。

 

 お喋り好きなアリアに付き合っているうちに最近はイタリア語を話せるようになり、現在は筆記の方を勉強中だ。幼い故か、私の脳は覚えたいことをするすると吸収してはきちんと覚えてくれる。うむ、自分の事ながら優秀な脳みそを持っているようで嬉しいよ。

 

 ん? この数か月の間にあったこと?

 いやぁ、それがイロイロとあったんだ。うん、本当に濃い数か月だったよ。まずは何から話そうか……。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 大分イタリア語を話せるようになった頃、アリアと二人きりになったときに目のことを……コンプレックスであるアイスブルーの瞳のことを相談したんだ。ライトブルーやシアンブルーの色味に近いような、氷のように冷たい瞳の色のことを。私はこの瞳を、好きにはなれない。父さんと母さんは私が生まれたばかりの時にじいばあに啖呵を切ってくれたのをよく覚えているから、聞く気にはなれなかったんだ。でも、家族ではないアリアなら、どう言うのだろうかと思って。

 

 それから、母さんと共にグロッスァに襲われた時に発現した異能、酷氷の炎のことを。この掌は白い炎を噴き出して、触れた人や物を凍らせて壊してしまうのだと、殺してしまうのだと打ち明けた。こんなこと、ただの幼い女の子であるアリアに言うべきじゃない。そんなことは、わかっていた。理解できないのならば適当に誤魔化そうと思っていたし、恐れられ……嫌われるようならばすぐさまカナダに帰ってしまおうと思っていた。

 

 真剣な眼差しで聞いてくれていたアリアは話終えると大きく一つ頷いて、私の手を一切の躊躇なく強く引っ張って走り出した。

 

 

 「!?」

 「行くわよ!」

 

 

 どこに行くって言うんだ?

 

 手を(ほど)こうとしても更に強くきつく握りしめられるため、諦めてされるがままに着いて行く。

 広大な屋敷中を駆け回り、ルーチェさんの部屋へ突撃して顔を出すだけ出して、色々な仕組みを使って隠し部屋を突破したり厨房でつまみ食いしたり。何故か各階にあるトイレにまで入った。そうして屋敷をぐるりと一周して厩舎で馬たちに挨拶し、奥まった所にある武器庫のような倉庫に潜り込んで大量に格納されている物を見て、最終的に屋敷から少し離れた敷地に到着した。そこでは初日に出迎えてくれた強面のおっさんたちが鍛錬していた。彼らやデルタはアリアの親戚の人間なのだと本人から聞いていたが……血の繋がりが本当にあるのか怪しい程に顔の造形が似ていない。それに人数も多いし。ま、そんなこともあるか。

 やっと手を離され、アリアは一体なにをしたかったのかと首を傾げる。

 

 

 「アリア?」

 

 

 私の問いかけに答えることなく、アリアはなんだなんだと(いぶか)しむデルタやおっさんたちを背にして両手をぱっと広げた。

 

 

 「いーい? よぉーく聞きなさい、ユキ! ここはイタリアでも古い歴史を持つマフィア組織、ジッリョネロファミリーの屋敷よ! ファミリーのボスは私のお母さん、ルーチェ! そして、その娘である私……アリアは次期ボスよ!」

 

 

 爽やかな風に私と同じ黒髪を靡かせ、群青色の瞳が私を見つめてくる。

 

 

 「私がいま言ったことに偽りは一つもないわ! ユキが自分のことを全部教えてくれたのだもの、私だって私の全部を打ち明けなくっちゃ卑怯だわ」

 「お、お嬢……」

 「ユキ嬢に言っちまって良かったのか……?」

 「おいおい、冗談はよしてくれ……」

 「うるさいわねっ! 私が言うと決めたのだから文句は無しよ!」

 

 

 驚愕にどよめくおっさん共と額に手を当てて天を仰ぐデルタを、アリアはお構いなしだった。むしろ私に本当の事を言えてすっきりした、とでも言いそうな解放感に満ち溢れた顔をしている。

 

 って、ちょっと待て。

 マフィア、ジッリョネロファミリー……? それにアリア、ルーチェって…………か、か、家庭教師(かてきょー)ヒットマンREBORN(リボーン)……!!??

 いやいやいやいやいや。冗談、だろ……? ま、まぁ、ひとまずコレは置いておこう。

 

 

 「これが私よ!!」

 

 

 誇らしげにそう宣言したアリアは背後の困惑を()て、私に駆け寄って頬をむぎゅっと摘まんだ。

 

 

 「貴女がどう思っていようとも、私はユキの瞳の色が大好きよ。そして顔が好きっ! それから炎のことだけど、ユキとは違うけれど私も炎を出せるわ。お揃いねっ!」

 「お揃い、って……違う、私のは人を」

 

 

 殺してしまう、と言いかけた私の口をアリアの手がぎゅっと押さえる。

 

 

 「お揃いよ。それに制御が効かないのなら、制御できるようにすればいいじゃない」

 「…………ははっ。簡単に言うな」

 「あら、ユキは出来ないの? 私は出来るようにするのだけど」

 「いや、出来る。アリアより早く、確実にね」

 

 

 わざと顎を反らして居丈高に言う様に笑いが漏れた。

 なるほど、これがアリアという人間か。マフィアの娘で、次期ボス。先ほど見た武器庫のような倉庫はまさしく武器庫だった訳だ。中にはこびりついた血痕が取れないままの武器もいくつかあった。あれらの武器で血を血で洗う戦いをしたのだろうか、これからアリアはするのだろうか。

 

 

 「……ありがとう、アリア。私も、君の深い海のような美しい瞳がとても好きだ。それに黒髪はお揃いだしね」

 

 

 そっと髪を梳いて、顔にかかっていたのを耳にかけてやる。するとアリアの顔がぼっと火がついたように真っ赤に染まった。

 

 

 「どうした? 熱でも……」

 

 

 心配になって額同士を合わせて熱を測っていると、その最中にアリアが仰向けに倒れかかったので慌てて抱きとめる。

 

 

 「アリア!?」

 「きゅう~……」

 「あー……なんだ。ちょっとキャパオーバーしてるだけだ、問題ねぇさ」

 

 

 デルタが深々と溜め息をつきながら頭をがしがしと掻いた。それを見てか、おっさん共からどっと笑いが沸き起こる。いや、本当にアリアは大丈夫なのか? こいつら心配してないのか?

 

 まぁ、結局。少しして目覚めたアリアは元気いっぱいだったから心配は無用だったのだけれど。

 

 

 そんな出来事があってから、私はおっさん共……つまりマフィアの構成員たちの鍛錬に参加するようになった。ジッリョネロの屋敷にいる間、グロッスァが襲撃してくることはおそらくないだろうと鑑みて、今のうちに戦闘能力を高めておこうと思ってな。酷氷の炎の制御は誰も巻き込まないように一人でたまに隅の隅の方でやっている。

 

 

 「おーい、ユキ嬢! 今日は銃の使い方を教えてやるよ!」

 「銃はまだ早いんじゃねーか?」

 「いやいや、昨日のナイフ投げ見てねーのかよおまえ。そりゃ凄かったぜ」

 「何せ百発百中だ。一本たりとも外さなかった」

 

 

 カナダにいた頃、グロッスァの連中とリアル鬼ごっこをしていたお陰で少女にしては体力のある方だ。が、実戦経験はほぼないからおっさん共に武器の扱い方を教えてもらっているんだ。

 昨日は基本的な投擲の仕方を教えられ、適当に手首を捻りつつ的のド真ん中に全て命中させた。なんだか期待されているのか、銃と言って用意されていたのは狙撃銃だった。おいおい、ライフルかよ……。練習用、とはいっても本物だった。

 

 

 「後ろで支えててやるから、吹っ飛ぶ心配はねぇからな。よし、構えはこうだ……おう、脇もきっちり締まってんな」

 「距離はだいたい440ヤードか……まっ、ユキ嬢なら撃てる気がするぜ」

 「頑張ってー、ユキー!」

 

 

 黄色い声を上げているのは言わずもがな、アリアである。彼女は……なんというか、マネージャーのようにタオルを用意したり、スポーツドリンクを差し出したりと楽しそうにしている。

 

 さて。440ヤード、およそ400メートル離れた地点に小さな的がある。うん、よく見える。私は目がいいんだ。

 

 

 「安全装置(セーフティ)を外せ。よぉく狙いをつけろよ……ここだと思ったところで引き金を引け。ユキ嬢のタイミングで」

 

 

 

 パァン!

 

 

 

 あ、悪い。うずうずしていて、言葉を遮るようにして発砲してしまった。

 

 

 「きゃあっ! 凄いわ、ユキ!」

 「…………おいおい、初めてで的のド真ん中を撃ち抜く奴がいるかよ」

 「私ってば天才かも。どーよ?」

 

 

 調子に乗ってそんなことを言ってみると、見守っていた連中からうんうんと頷かれた。

 

 

 「ああ……ユキ嬢は間違いなく天才だよ」

 「いや、参ったな。こりゃ、とんでもねェ才能の塊をお嬢は連れてきたもんだぜ」

 

 

 それから500、600……と順調に距離を伸ばしていく度に連中からは呆れた眼差しを、アリアからは黄色い声援を賜った。見ていて楽しいのだろうか? 撃っている私は楽しかったけれど。

 

 

 「ユキ嬢! 今度はこっちに来いよ!」

 「オレたちと剣術をやってみないか?」

 「槍もあるぜ。どれがいい?」

 

 

 剣に槍、棍棒に鎖鎌……よくもまぁ、種類豊富に武器が出てくるものだ。で、とりあえずやり方を見てやってみた……が。ナイフや銃と違って体格に左右されるからか、思うようにそれらの武器が動いてくれなかった。

 

 

 「…………ユキ嬢、こっちの才能は天文学的な確率で皆無だな」

 「こうも差が出るとは驚嘆だ」

 「なんでだろう……私には振り回す系は合わないのかもしれない」

 「いやいや、待て待て! 剣も槍も振り回すもんじゃねーからなっ!?」

 

 

 えっ? 違うの?

 

 

 「あ、そうだ。この不思議な力ってなんなのか知ってるか?」

 

 

 訂正される言葉を聞き流し、つる植物をイメージして質問を投げたおっさんに纏わりつかせる。

 

 

 「おわっ!? な、なんだぁ!?」

 「これは……幻術だな。ほんっとにユキ嬢は才能の塊だな。磨けば光るどころか、もうすでに光ってやがるところがまた信じられん」

 「ゲンジュツ……?」

 

 

 デルタの言葉に頭を捻る。ゲンジュツ……げんじゅつ…………幻術……!!??

 これは幻術なのか!? あの幻術!? まっ、まじで……!?

 

 

 「ウチのファミリーに術士はいねぇから教えることは出来ないが……ここまでの精度があるんなら、師はいらねぇかもな」

 「ユキ!」

 

 

 私自身も本物の植物にしか見えない幻術のそれを凝視していると、後ろからアリアに飛び掛かられた。

 

 

 「貴女って本当に凄いのねっ! 惚れなおしたわ!」

 「惚れ……? ああ、うん、ありがとう……?」

 

 

 まさかこの不思議な力が幻術だとは……。ここが家庭教師ヒットマンREBORNの世界だと考えれば、なくもないのか。

 

 

 「私に剣を振り回せる気はしないけど……ま、教えてくれてありがとう。片付けてくるよ」

 「ユキ嬢!? だからな、剣は振り回すモンじゃねーからなっ!?」

 

 

 後ろで何やら叫んでいるのは放置し、自分が使った武器たちをアリアとデルタと共に武器庫へ戻しに行った。

 あ、アリアがくれた飲み物が丁度終わってしまったな……喉が渇いた。何かないだろうか。元の場所に武器を仕舞ったところで、棚の上の方に置かれていた瓶が目に入った。中には赤い液体が入っている。軽く跳躍して取ってみた。

 

 

 「なんだこれ? トマトジュース?」

 

 

 蓋をこじ開け、においを嗅いで……うーん、ま、大丈夫だろ。一気飲みしてみよっ…………、

 

 

 「うぐっ……!!??」

 

 

 なっ……んだ、これ……。体が熱くなって、上手く動かせな……っ。

 

 

 「きゃあーーっ!! ユキぃ!!?」

 「おいっ、どうした!?」

 

 

 力なく床に倒れ込むと、(つんざ)くようなアリアの悲鳴が上がった。デルタに抱き起されて、今にも泣きそうになっているアリアが視界に入り込む。

 

 

 「この瓶は……! おいユキ嬢、この瓶の中身を飲んだのかっ!?」

 

 

 目線だけで答えると、デルタの顔面が鬼になった。いや、冗談でなく。これは人間の顔じゃねェ。

 

 

 「お嬢! そっちの棚の下から三段目の引き出しに入ってる瓶を持ってきてくれ!」

 「わ、わかったわ!」

 

 

 そして私は、アリアが大慌てで持ってきた瓶の中身をぐいぐいと容赦なく口に突っ込まれた。飲み込む前に次から次へと流れ込んでくる液体のお陰で窒息するかと思ったくらいだ。で、飲み終えたと同時に怒れるデルタに説教を喰らい、最終的にアリアさんにぼっこぼこにされました。物理で。

 

 

 「こんないかにもな場所に置かれたものを飲む奴があるかっ!!」

 「このっ……バカァ!! 死んじゃうんじゃないかって、怖かったんだから……!!」

 「ず、ずびばぜん゛でじだ」

 

 

 あっれ、私ってついさっきまで重症者だったよな……?

 

 後から聞いた話では、私が飲んだトマトジュースもどきはデスヒートという毒らしかった。それってアレだよね、原作のリング争奪戦で使われた毒だよね。神経系の麻痺毒で、人間だったら30分もしないで絶命するようなヤバめの毒だよね。うん、そりゃ怒られますわ。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 「ねぇ、ユキ」

 「ん?」

 「今日はどこに行くか決めた?」

 「いや。アリアに任せるよ」

 

 回想終了っと。な? なかなかに濃かっただろ?

 

 最近の私たちは屋敷を抜け出しては街に繰り出して買い食いしたり、花畑を見つけたり、冒険の日々を送っていた。振り回す系の武器は相変わらず上手く扱えないけれど、得意分野の体術と幻術で十分自衛できるし、大丈夫だろうと思って。ま、帰って来て顔が鬼になっているデルタに怒られるのがオチなのだが。

 

 

 「じゃあ、美味しいアイスを食べに行かない?」

 「行くっ!!」

 

 

 そうと決まれば……幻術で私たちの姿を消し、堂々と屋敷の正面から出て行く。ここでポイントなのはデルタに見つからないこと。デルタはジッリョネロファミリーでは貴重な幻術を見抜くことの出来る人間だからな、見つかったらおしまいなんだ。

 

 

 「ふふっ、流石ユキね」

 「楽勝だよ。さっ、行こう」

 「ええ!」

 

 

 差し出した手が、きゅっと握られる。

 ここ最近でやっと酷氷の炎を完璧に制御できるようになった。だから、私は安心して人に触れることが出来る。他の誰でもない、アリアのお陰だ。

 

 

 「そういえば、そろそろお手紙が届く頃じゃないかしら」

 

 

 手紙とは、父さんと母さんからのもののことだろう。こちらの近況報告と二人は大丈夫かと尋ねるのがだいたいのパターンになっている。いや、だって、父さんも母さんも詐欺師とかに騙されやすそうだからさ。後は父さんの胃のあたりが心配でもある。今までは父さんが仕事中は私が母さんをキッチンに立たせないようにしていたけれど、今はそうもいかないから……極々たまに、胃薬が手放せなくて、という走り書きが登場する。イタリアから、父さんの胃がヤヴァイことになっていないようにと祈っているよ。

 

 

 「そうだね。良ければアリアも何か書いて。父さんと母さんも喜ぶ」

 「あら、いいの?」

 「勿論」

 

 

 弾けるような満面の笑みに心がぽっとあたたかくなった…………のに、本当に空気の読めない連中だ。

 

 

 「ユキ……?」

 

 

 アリアを、巻き込む訳にはいかない。巻き込みたくない。母さんの時のように怪我をさせたくない。怪我をしてほしくない…………嫌われたく、ない。

 それでも、彼女が傷ついて泣くような事になるよりはマシだ。そう、思う。本心から……そう、思っている。

 

 繋いでいた手を離し、小首を傾げる彼女と距離を取る。

 

 

 「逃げろ」

 「え? 何を言って……」

 

 

 混乱に満ちた彼女の言葉を遮って言葉を連ねる。注がれる強い視線を見返すことは出来そうになかった。

 

 

 「前にも言っただろ、私はとあるマフィア組織の連中に追われているって。そいつらが近くに潜んでいるんだ……だから、逃げろ。今ならまだ私の……私の……ち、知人だってバレてない。だから、早く」

 

 

 ぱしぃん、という音と共に軽くはない衝撃が頬に走り、続きを口にすることは叶わなかった。

 

 いッ……いッたァ……!?

 思い切り平手打ちされた……。ちょう痛い……。今の、絶ッ対に力加減してなかっただろ……。

 

 

 「誰が知人ですって!? このおバカ!!」

 

 

 いつもはきらきら輝いてまあるい群青色が、今はその奥に烈火を滾らせて吊り上がっている。これぞまさしく鬼の形相か。眉根を寄せ、肩を怒らせてわなわなと震えている様も、彼女がどれだけ怒りに満ち満ちているのかをしっかり伝えてくる。それに加え、保たれている笑顔が余計に迫力を添えている。

 やっべぇ。こんなに怒ったアリアは見たことない。

 ぐっと胸倉を掴まれる。

 

 

 「う゛っ……」

 「私は貴女の何か言ってみなさい。下手なこと言ったらぶっとばすわよ」

 「……アリア……」

 「あのねぇ、貴女の葛藤なんてどーでもいいの。大事なのは貴女の本心よ、本当の気持ちよ。貴女がどこの誰でどんな生まれだろうと、どんなに不思議な力を持っていようと、そんなのこれっぽっちも関係ないわ。出会ったのが数か月前だなんて短い時間だということも関係ないわ。ほら、早く言いなさいよ」

 「…………アリアは、私の……わっ、私の…………ともだち、だ……」

 

 

 本当に本心を口にしていいのか、散々迷いながらもなんとか口にした関係。ともだち。友達。私は…………アリアと、友達でありたい。たくさん冒険して、勉強もした、イタズラして一緒に叱られたこともあった。これからも……これからも、友達でいたい。今度こそ、本心からそう思っている。

 こんな……マフィアに着け狙われている私でも、それを願ってもいいだろうか。

 ゆっくりと目線を合わせる。

 

 

 「そうよ、私はユキの友達よ!」

 

 

 私の中の迷いや不安を吹き飛ばす強い音が頭に響く。もう、怒ってはいないのだろう。けれどいつもとは違う瞳が瞬く。

 胸元からは手を離され、代わりにこれまた強烈なデコピンを喰らった。ちょう痛い……。だから力加減……。

 

 

 「いーい? 見くびるんじゃないわよ、ユキ。友達を置いて逃げ出すような度胸なしじゃないのよ、私は!」

 「……ごめん。ありがとう、アリア」

 「ちゃんと私を守ってくれたらチャラにしてあげるわ」

 「ふっ……了解」

 

 

 茶目っ気たっぷりな上から目線の命令は甘んじて受けよう。

 アリアを背後に庇い、重心を落として軽く構える。さて。

 

 

 「……しつこい男は嫌われるって知らないのか?」

 

 

 雲隠れしている連中に声をかける。ま、イタリアが拠点だと言っていたし、その膝元でうろちょろしていればこうなるか。

 

 

 「ほう。ガキの癖にイイ勘してやがんなぁ」

 

 

 現れたのは隆々とした筋肉を全身につけた体格の良い男だった。肩に大きな斧を担いでいる。その風貌は山賊に見紛えるほど荒々しくて野蛮だ。それに、プラスして部下であろう男たちが目測で三十人ほど。むさ苦しくて暑苦しい事この上ないな。

 

 

 「聞いたぜぇ? てめぇ、ダミアをぶち殺したんだってなぁ? いけ好かねぇ男だったが、こんなガキにしてやられるとは笑えるぜ」

 「ダミア……そんな男、記憶にないな」

 「だっはっは! 覚えられてもねぇじゃねぇか!」

 

 

 …………やっぱり記憶にないな。母さんが撃たれた時に酷氷の炎で凍らせた男が一人いたのは覚えているが、それだけだ。どんな男だったのかなんて、微塵も興味が湧かないし、覚える必要もない。

 

 あの時と同じように、感覚が研ぎ澄まされていく。前には山賊、後ろには守るべきアリア、そしてその更に前後にはグロッスァの下っ端連中がいる。上は青空、下はひび割れた煉瓦畳。手持ちの武器はなし。私の武器は私自身。視界はクリアで耳もよく聞こえる。心は凪いでいる、冷静でいる。

 

 街に行く近道にと、通い慣れた裏路地を歩くのは今度からやめよう。前後から連中は迫り、私たちの逃走経路を完全に塞いでいる……が、上がまだある。アリアもたまに鍛錬に混ざっているし、運動能力も悪くない。隙を見て上、つまり屋根の上に放り投げれば最悪アリアだけでも逃げられるだろう。

 

 

 「おもしれぇガキだが……うちのボスが連れて来いってうるせぇんでなぁ!!」

 

 

 やかましいダミ声と共に跳躍した山賊が大上段から斧を振り落としてくる。

瞬時に幻術を構成する。大柄でいかにも重さのありそうな山賊を引っ張れるくらいに太い大量の蔓を造りあげ、その両足に巻きつけて、――――引く。

 

 

 「ぐっ……!?」

 

 

 後ろに引っ張られた山賊はその勢いのまま、自身の背後に控えていた部下の群れへと突っ込んだ。

 

 

 「オ、オウル様っ! ご無事ですか!?」

 「どけっ、邪魔だぁっ!」

 

 

 連中を押し退け、腹筋を使って立ち上がった山賊の目は私を捉えてギラギラ光っていた。暑苦しいからやめてくれ。

 ふと、思った。戦闘特化で単細胞っぽいこの山賊は、聞けば口を開いてくれるのでは、と。

 

 

 「グロッスァラクス・ディティーマファミリー……アイスブルーの瞳を持つ()をなぜ狙う?」

 「あぁ? 知るか、そんなことどーでもいいんだよ。オレはただ面白くて強ぇ奴と戦いたいだけだ」

 

 

 駄目だ。本当に戦闘がしたいだけの単純な奴だった。全くもって答えになっていない。アイスブルーの瞳を持つ()を狙っているのか、それともアイスブルーの瞳を持つ人間(・・)を狙っているのかすら判明しないとは……。

 

 

 「おいガキ、それなり(・・・・)に出来る術士じゃねぇか……が、それだけじゃオレの相手は務まらねぇなぁ」

 「それなりとは、言ってくれるな」

 

 

 対集団の場合、大概は頭を獲れば勝ちだ。山賊の首に幻覚の蛇を巻きつけて一気に締め上げる。相手はマフィアだ、容赦はいら……

 

 

 「だっはっはっはぁ!!」

 「!?」

 「なっ、なんでユキの幻術が効いていないの……!?」

 

 

 まさか、こいつ、

 

 

 「言ったよなぁ? それなりだって、よぉ!!」

 

 

 ――――幻術を見破れるのか!!

 

 瞬きの内に肉薄して横薙ぎに振るわれる斧を跳ね上がって避ける。そのまま宙に幻覚で板を造ってそれを思い切り蹴り、山賊の懐に潜り込む……来た! 予想通り、意識を抉り取ろうと後ろ首に迫って来た太い手首を捻って顎を膝で押し上げる。ちっ、浅いか。追撃の斧柄に流れ来るまま片足で乗り、適当なところで離脱してアリアの前に着地。

 ついでに背後からアリアに襲いかかろうとしていた連中を纏めて幻術地獄へ叩き落す。

 

 

 「ぎっ、ぎゃぁあああ!?」

 「なんっ……た、助けてくれぇ……!!」

 

 

 ようこそ、スプラッタでグロくてエグい、終わりのない幻術世界へ。連中の脳に直接干渉したから、私が術を解くまで終わりはないよ。内容? 自分か或いは身近にいる人がぐちゃぐちゃになって、まぁイロイロと悲惨なことになる幻を体験させられる、みたいな感じだ。きっと吐いちゃうくらいに酷い内容だから、知らない方がいいよ。私だってこんな幻術は受けたくない。

 

 

 「ほう。やるなぁ?」

 

 

 さて。背後の心配は無くなったとはいえ……これは分が悪い。大人と子どもの体格差に加えて大きな斧と武器なしときた。更に、山賊に幻術は通用しない…………酷氷の炎を使うべきか……?

 

 

 「ガキを甚振(いたぶ)る趣味はねぇが、久々に骨がありそうだからなぁ」

 「嘘つけ」

 

 

 再び肉薄され、殴りかかってきた腕を横へ受け流す。間髪入れず腰めがけて振るわれた斧を煉瓦畳すれすれまでかがみ込み、反撃しようと立ち上がった。瞬間、山賊が脇を駆け抜ける。

 

 

 「なっ!?」

 「きゃあっ!」

 「アリア!!」

 

 

 しまった……!

 

 すぐさま取り返そうと踏む込むより早く、山賊は部下たちがいる方へとアリアを投げ飛ばした。

 

 

 「おらよぉ!! しっかり受け取れよ、ビリィ!」

 「っと! オウル様、この子はどーするんスかぁ?」

 「ちょっと、離してっ!」

 

 

 暴れるアリアを難なく抑え込んだ男に、歪んだ笑みを浮かべながら私を見下ろす山賊が答える。すぐ目の前に山賊がいる今、どんなにアリアが心配でも後ろを振り向くことは出来ない。ここで私が捕まったら、アリアを逃がすことも出来なくなる。

 

 くそっ、どうする……!

 

 

 「人質だァ!!」

 「!!」

 「死なせなけりゃ、何しても構わねぇ。先に連れて行っとけ」

 「了解っス」

 「離してってば!」

 

 

 ふざけるな、行かせるか……ッ!

 

 山賊から目は離さないまま、背後に大きなオオカミの幻覚を放つ。と同時に容赦なく降ってきた斧を蹴り飛ばす。そのむさ苦しいニヤニヤ笑いをやめろ、ムカつく。

 

 

 「おいおい、オレの部下をナメてくれんなよ。ビリィもあの程度の幻術なら見破れるぜぇ」

 

 

 その言葉にはっとして振り返ると、幻覚オオカミは霧となって消えかけていた。そして後輩部下たちとアリアの姿は既に裏路地になかった。

 幻術が一切通用しない上、友達だと言って認めてくれたアリアはあっさりと連れ去られてしまった。あんまりな出来事に思考が追い付かず、ほんの少し、呆然と立ち尽くしてしまった。その少しが、戦闘においては命取りだと言うのに。

 

 

 「見込みがあるかと思ったが……勘違いだったなぁ」

 「がふっ……」

 

 

 血飛沫(しぶき)が舞って漸く、自分の身に何が起こったのか理解した。山賊の持つ巨大な斧で腹をカッ捌かれたのだ。得も言われぬ強烈な痛みが全身を駆け抜け、立っていることさえままならない。体が力なく崩れ落ちると同時に、意識まで落ちていきそうだった。でも……でも……!

 

 死ねない……まだ、死ねない……連れ去られたアリアを助けていない……!! こんな所で、死んでいられるか……ッ!!

 

 血溜まりの中で膝をつき、がくがくと震える体をなんとか持ち上げようとした時に、それは起こった。

 

 

 「!!??」

 「な……ん、だと……っ!?」

 

 

 今もなお血液を垂れ流している横腹から、虹色に揺らめく炎が噴出していた。瞬きの内に心なしか痛みが止み、訝しんで怪我口を覗き込めばそこにあったのは肌でも、臓器の(たぐ)いでもなかった。

 炎、だった。ここが家庭教師ヒットマンREBORNの世界だとするならば、それは死ぬ気の炎だった。

 

 なんだ、これ…………凍らせて死に至らしめる酷氷の炎を宿しているだけでなく、体が死ぬ気の炎で出来ている……? ははっ…………バケモノじゃないか……。

 

 ますますバケモノ染みている自分に吐き気が込み上げてくる。

 炎が収束して私の中に納まった頃、山賊に斬られた横腹は完全に治っていた。確かに重症を負っていた筈なのに……そうであった事実を示すのは煉瓦畳に残った血溜まりと、切り裂かれた服だけだった。

 

 

 「……おい、そりゃあどういう仕組みだぁ?」

 「さぁ?」

 

 

 そんなものは私が聞きたいくらいだ。

 まぁ、いい。私がバケモノだなんてことは前々からわかっていたことだ、ただの事実だ。今更そんなことに一々動揺するな。それよりも今すべきことはさっさと山賊を倒してアリアを迎えに行くことだ。

 こんなことがあっても怖いくらい冷静に回転する頭が弾き出した回答に従い、山賊に相対する。

 

 アリアが待っているんだ。こんな所でぐずぐずしていられない。

 

 

 「とんだガキに当たったもんだ、なぁ!!」

 

 

 今までは手加減していたのかという程、これまでにない速度で振るわれた斧をバックステップで避ける。ふと、胸元が熱を持っていることに気がついた。これは……!

 

 

 「よそ見してんじゃねぇ!!」

 「ぐっ……! げほっ」

 

 

 鳩尾を深く蹴られ、咳き込みながらも手繰り寄せたそれは母さんに貰った指輪。それが、小さくとも強い輝きを発していた藍色の宝石が、インディゴの炎に包まれていた。この炎が死ぬ気の炎ならば、この指輪は霧のリングということに違いない。

 ありがとう、母さん。お守りどころか、このリングは私の窮地を脱するための大事な一手となってくれるみたいだ。

 

 

「あぁ? 燃える指輪……?」

 

 

 ぶっつけ本番だが、なんとかなる。昔から本番には強いタイプだ。

 さて。それなりに出来る術士という言葉は撤回させてもらおうか。幻術を構成して幾振りもの剣と槍を造り上げ、リングに灯る霧の炎で補強する(・・・・)

 

 

 「だっはっは! なんだ、ヤケになったのかぁ? オレに幻術は効かねぇんだよ!」

 「本当にそうか?」

 「あ゛?」

 

 

 自信に満ち溢れた顔で聞いてやると、山賊の米神が筋走った。単細胞め。

 私は運動センスも戦闘センスもピカイチ、剣術や槍術なんかの振り回す系の武器以外ならば天才的だとジッリョネロのおっさん共からお墨付きを貰っているし、私自身もそう確信している。けれども、私が一番得意としているのは体術でも戦術でもない……幻術だ。例え原作の強力な術士を目の前に連れて来られようとも、その誰にも負けるつもりは微塵もない。その幻術でこの山賊を倒せないならば、今後もやり合うだろうグロッスァの連中に勝てる筈もない。

 

 

 「私はそれなりで収まるような術士でいるつもりはない」

 

 

 造り上げたうちの一つである細剣を掴み、――――投擲。

 

 

 「所詮は幻術だ、こんな……、っ!?」

 

 

 空気を切り裂いて自身の目に到達する寸前に斧で打ち払った山賊は、驚愕に目を見開いていた。その隙を逃さず、剣に槍にと幾振りも投擲していく。数打ちゃ当たる。

 思ったんだが……振り回す系だと思っていた武器はそうではなく、投げるものなんだよ、きっと。ナイフより重量があるし、バランス良く投げるのは少し難しいけれど、案外イケる。

 

 

 「確かにおまえは幻術を見破れるらしい……それなり(・・・・)な幻術ならば。だが、これはただの幻術ではない」

 「あ゛あ!? ぐっ……ラチが明かねぇ! 幻術じゃねぇのかよっ!?」

 

 

 ところどころ(かす)りはしているものの、やはり負傷させるまでにはいっていないようだ。ま、陽動としては十分だ。

 

 

 「ぐおぉっ……!?」

 

 

 本命はこっち。先ほどは簡単に打ち消されてしまった幻術の蛇を山賊の太い首に巻きつけ、そのまま締め上げていく。今度こそ逃がすものか。

 

 

 「有幻覚(・・・)……実体のある幻覚だ。そうそう見破れるものではないし、簡単に見破らせやしない」

 「ぐっ、う゛うぅ……! クソッ……! っの、バケモノ……がァ……!!」

 

 

 山賊は重い音を立てて煉瓦畳に倒れ伏し、主を失った斧は深々と突き刺さった。

 

 

 「…………そうだな。私は、バケモノだ」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 幻術地獄に叩き落していた部下たちのうち一人だけ幻術を解き、正気に戻して後輩部下の元へと案内させて辿り着いたのは小さめの屋敷だった。部下には手刀を落として気絶させ、幻術で姿を消しつつ捜索すること暫く。

 

 

 「いい加減に吐いてくれないっスかねぇ。いつの間にかカナダから姿を消してると思ったらイタリアに現れて……ったく。二度手間はもう勘弁してほしいっス。ね、あのガキが今どこに住んでるか知ってるっスよね? 教えてくれたらこれ以上痛いことはしないっスよ」

 「しつこいわねっ! 知らないったら知らないのよ!」

 

 

 ここか。つーか、これ以上痛いことって…………なんだそれ、もう既にアリアに痛いことしたってことかよ。

 

 怒りのままに部屋に突撃したい気持ちを抑え、しっかり自身に幻術が掛かっていることを確認した上で扉を開ける。

 

 

 「ん? なんで……ぐぅっ!?」

 「えっ、なに!?」

 

 

 不信を抱いて扉に近づいた後輩部下の鳩尾に掌底をお見舞いしてやる。ざまあみろ。

 近くに気配もないことだし、と幻術を解いて姿を現す。

 

 

 「ふぅ。待たせてごめ……」

 「ユキ!」

 

 

 言葉にならなかった。柔らかな片頬は殴られたのだろう、赤くなって腫れている。それに、艶やかで天使の輪をつくっていた黒髪が埃まじりになって乱れ、雑に切り落とされていた。

 

 ………………やっぱり、駄目だ。アリアは私に関わるべきじゃない。

 

 

 「……アリア……」

 

 

 彼女を拘束していた縄を解き、さっと距離を取る……取ろうとしたが、力強く引き留められる。いててて……だから力つよいってば……。

 

 

 「貴女のことだから必ず来てくれるって信じてたわ! それじゃあ、さっさとここの奴等をぼっこぼこにして帰るわよ!」

 「いや……私は、君と一緒には帰れない……」

 「ちょっと、今度は何に葛藤してるわけ? 私が言ったこと、もう忘れたの?」

 「…………だって、これ以上私に関わったら、きっとアリアは幸せになれない。巻き込みたく、ないんだよ」

 「はぁ~~っ……やっぱりユキってバカねぇ」

 

 

 なっ、バカって……。

 

 

 「いーい? 私の幸せを貴女が勝手に決めるんじゃないわよ。ユキの人生はユキのもの、私の人生は私のものよ! 貴女の考えは傲慢よ、ご・う・ま・ん! 私の人生が幸せだったのか不幸だったのか、それは死ぬ時にならないとわからないわ。それも私にだけよ!」

 「!!」

 「これから何度だって言ってあげるわ」

 

 

 深い海色の瞳に映る氷色の瞳が今にも溶け出しそうに歪んでいた。

 

 

 「三浦ユキ、貴女は私アリアの大事な大事な友達よ」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 それから。アリアの言葉通り、残っていた部下たちをぼっこぼこにした私たちは当初の目的であったアイス屋さんにアイス様を堪能し、日が暮れる頃になってジッリョネロの屋敷へと帰った。

 その際、私はアリアとお揃い(・・・)にすることにした。

 

 

 「ちょっとユキ!?」

 

 

 胸元あたりまであった髪を有幻覚のナイフでアリアと同じくらいに、だいたい顎の辺りまで適当に切り落としたんだ。

 うん、すっきりした。伸ばしていたのに特に意味はないし、何も問題はない。と言ったらアリアに睨まれた。

 

 

 「なんで切っちゃうのよ!」

 「なんでって…………だって、お揃いにしたかったから」

 

 

 素直にそう言ったところ、何故かアリアが照れた。な、なんで……?

 

 

 そして現在。私とアリアは屋敷前で待ち構えていたデルタから説教を喰らっている。

 

 

 「お嬢! ユキ嬢! 幻術を使って屋敷を抜け出すのはこれで何回目だ!? 閉じ込められていて窮屈に感じるのはわかるがな、子どもだけで街に出るなんて危ないだろうが! せめてオレか、誰か一人でもいいから供に連れて行ってくれ」

 

 

 うん、顔が鬼だ。

 心配させるようなことをした私たちが悪いんだが……やめられないんだよなぁ、これが。

 

 

 「それになんなんだ、二人してぼろぼろになって……まさか喧嘩でもしたんじゃないだろうな!?」

 「あー、いや……」

 

 

 喧嘩と言いますか、まぁなんだ、戦闘ってやつですな。

 視線を明後日へ向ける。うん、いま着ている血痕付きの服の処分が決定したな。さらーっと有幻覚を纏わせてデルタを誤魔化せているのはラッキーだけど、流石にこの服を見られたらアウトだろ。それに、怪我した箇所から炎が噴き出して怪我が治った、なんて言いたくない。

 

 

 「髪もざんばらになってるし、一体なにをしていたんだ!?」

 「「……イメチェン」」

 

 

 あ。

 

 ちらりと横目でアリアを見れば、同じくこちらに視線を寄越していたらしいアリア。いたずらっ子と呼ぶべき楽しそうな顔につられて笑えば、デルタがますます鬼になった。もう人間の顔じゃねェ。

 

 

 「イメチェンしたいお年頃なのよ、私たち」

 「そーいうこと」

 「何がそーいうこと、だっ!! ウチには器用な奴は沢山いるんだから、そいつらに切ってもらえば良かっただろ! それになぁ、……」

 

 

 あはは! デルタのお説教が楽しいと思ったのは初めてだ。おっかしいや。

 

 

 友達といれば楽しいことは何倍にもなって、世界がきらきら輝いて瞳に映る。

 

 




*ユキ
能力:酷氷の炎、幻術。
所持:霧のリング(ランクC相当)。
顎の辺りまでの黒髪にアイスブルー、またはそれより更に薄いライトブルーやシアンブルーの瞳。氷に色はないけど、氷っぽい色。
瞳を理由にグロッスァに狙われている。
馬に乗れる。
夏が苦手なアイス様信者。
天才的な戦闘センスと幻術レベル。
がしかし、剣や槍など振り回す系(違)または投げる系(違)が超絶ニガテ。
転生した世界を知った。
アリアキラー。
アリアは友達。

*アリア
顎の辺りまでの黒髪に群青色の瞳。
ルーチェの娘、ジッリョネロファミリーの次期ボス。
思い切りが良く、お転婆でお喋り好き。
結構はっきり物を言うし、怖いもの知らず。
可愛い顔して握力つよめ。
ユキの顔が好き。男前で才能に満ち溢れている所も好き。
たまにユキの格好良さにくらっとなる。
ユキは友達。

*デルタ
アリアのお守り役。
アリアとユキに振り回されている苦労人ポジ。

*ルーチェ
アリアの母、ジッリョネロファミリーの現ボス。

*オウル
あだ名は山賊。武器は巨大な斧。幹部クラス?
彼の出番は二度とないので特に名前を覚える必要はない。

*ビリィ
あだ名は後輩部下。オウルの部下。
アリアの片頬を腫らして髪を切った人。
彼の出番は二度とないので特に名前を覚える必要はない。


✁――――


戦闘描写って超難しい……!

ウチのアリアねえさんはこんな風でいきまーす。
まさに姐さんって感じかな。
アリアってば一人っ子でジッリョネロのお嬢だから基本的にワガママで自由奔放。いい意味でね。


*追記
2019/09/19改

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