幹部名、スピリタス 作:冥王星より通信
森の中に隠れるように存在する白亜の建造物。
とあるマフィアのアジトであるそこは血に染まっていた。
壁や床が真っ赤に染まり、天井から赤黒い液体が滴り落ちている。
その中を悠々と歩く男の姿があった。
真っ黒なロングコートに身を包み、灰色の髪を後ろで団子に纏め、青い笑顔の仮面の下から灰色の瞳を覗かせている。
手には専用の真っ黒な籠手を嵌めている。
籠手は血に染まり、止めどなく血が流れ落ちている。
男は一人憂鬱そうに呟いた。
「報告通りなら後三十人。多いなぁ…帰りてぇ」
男は黒いカラーの組織の幹部である。
幹部として与えられたコードネームはスピリタス。
九十六という桁外れに高い度数を誇る酒の名を冠す彼は組織の兵器である。
その身一つで敵組織を壊滅させるだけの戦力を持ち、遂には裏社会で黒い死神と渾名されるに至った。
スピリタスが得意とするのは近接戦闘である。
故に今宵も組織から支給された籠手のみで敵組織のアジトを襲撃している。
横たわる死体には首の骨を折られたものや胴体を貫かれたもの、頭が潰れたものがある。
様々な方法で殺された敵達には何とかアサルトライフルで抵抗を試みた形跡がある。
しかしスピリタスの服装を見る限り、銃撃は掠りもしていないようである。
スピリタスは憂鬱な態度を隠しもせずに任務に当たる。
今回スピリタスに与えられた任務は敵対組織の壊滅である。
事前に敵が集まるタイミングを調べておき、時が来たら襲撃する手筈になっていた。
スピリタスの侵入から一時間。敵は殆ど殺され、残りは僅かである。
建物の廊下でスピリタスと七人の敵が相対する。
「クソッ!」
七人の敵の内、一人が手榴弾を投げる。
スピリタスは冷静にそれを拾い、爆発する寸前で敵に投げ返した。
何人かが吹っ飛び、バラバラの死体が量産された。
火薬の匂いが鼻につき、スピリタスは仮面の下で顔を顰める。
「火薬の類は苦手なんだよ。臭くて敵わん」
スピリタスはそう言うと廊下を駆けて敵に特攻する。
敵は銃を撃つが、スピリタスは天井を走ることで回避する。
凡そ人間とは思えない動きでスピリタスは敵を殲滅する。
「後二十三人。ええと、建物の構造的には大部屋に固まってるのかな」
スピリタスは事前に渡された建物のマップを見て呟く。
残りの敵は固まって迎え討つつもりのようである。
スピリタスは仮面の下で悪辣な笑みを浮かべる。
「固まったところで有象無象じゃ意味ないって分かんないかなぁ…それじゃあ、分からせなきゃね」
スピリタスは大部屋の扉の前に立つ。
扉を蹴破って中に入ると銃器による弾幕が待っていた。
スピリタスは籠手を握り締め、向かって来る弾を全て叩き落とす。
二十三人による一斉掃射も意味を為さず、最早敵に残された手札は少ない。
敵の一人が自棄糞気味にロケットランチャーを取り出して放つ。
スピリタスは弾が当たる前に地面を素手でくり抜いて壁を作り、そこに身を潜ませた。
弾が壁に当たって弾ける。爆破の衝撃で壁が吹き飛び、煙が部屋を満たす。
煙が晴れ、視界がクリアになった敵達は視認する。
無傷で立つ黒い死神の姿を。
「ば、化け物…」
「化け物?違う。俺は悪魔だ」
スピリタスは態とらしく笑う。
敵達に待っている結末は決まっている。
今までの敵達がそうだったように無惨に、惨たらしく殺されるのみだ。
◇
敵組織の殲滅が終わったでござる。
今回も楽な任務であった。
敵アジトの殲滅が最も楽だって、それ一番言われてるから。
いやぁ、今回もリアルスプラッタ映画な光景を作り上げてしもうた。
敵の死体を踏み付けて歩くのが一番気持ちええどす。
ジンニキも今回の任務で撮った写真を見れば喜ぶこと間違いなし!
飲みの席で散々ネタにされるだろうことが予測される。
ジンニキは俺のことをかなり気に入ってくれている。
特に敵の殺し方が残虐で良いといつものポエム口調で言っていた。
俺も褒められてテンションマックスである。
ジンニキはポエムのセンスが神懸かってるからな。
今回も良い感じにポエムってくれるだろう。
雑用の頃は掃除とか死体処理とかさせられてたのを思うと今は楽で良い。
適当に腕ブンブンしてれば敵が死んでくし、死体の後処理とかも考えなくて済む。
今では良い感じのポジションに落ち着けたと思っている。
ちなみにキュラソーたそも俺を気に入ってくれている。
良く薬物入りのキャンディをくれようとするが丁重にお断りしている。
あの人は俺を子犬だと思ってる節がある。定期的におやつをあげに来るのだ。
美人に優しくされる分にはプラスでしかないので俺は受け入れている。
そういえば、今回の任務はウォッカがバックアップで来てるんだったか。
殲滅が終わったと報告しなければなるまい。
俺はのんびりとした足取りで敵アジトを後にした。
◇
任務を終えたスピリタスはアジトから離れたところに停まっている黒塗りの車に近付いた。
車からガタイの良い黒服の男が降りて来る。
「任務は終わったのか?」
「あぁ。奴等終いにはロケットランチャーなんか取り出して来たぜ」
「無傷ってことは撃たせなかったのか」
「いや、咄嗟に壁を作って防いだ」
「お、おぉ。よく分かんねえが、無事で何よりだ。兄貴も報告を楽しみに待ってるぜ」
「今回は特別良い写真が撮れた。ジンも喜ぶだろう」
「流石だな」
ウォッカは気分良く笑みを作る。
ジンを慕うウォッカにとって、ジンを喜ばせるスピリタスの存在は貴重だ。
ジンとの飲みでウォッカがスピリタスを話のネタにしたのも一度や二度ではない。
それに加えてスピリタスは癖が強い幹部陣の中でも話が通じる方だ。
ウォッカにとってこれ程都合の良い存在もいない。
「運転は任せろ。お前は籠手の掃除をしてな」
「いつもすまないな」
「なに、俺はお前みてえに腕が立つ訳じゃねえし、兄貴みてえに完璧に仕事を熟せる訳でもねえ。これくらいは任せて貰わないと俺の方が申し訳ねえ」
「俺はウォッカのことを尊敬しているぞ?細かいところに気を配れるし、並の幹部より余程信頼が置ける。ジンが側に置いておくのも頷ける。他の奴等は信用ならねえからな」
スピリタスはそう言いながら車に乗り込む。
座席に座ると籠手の手入れを始めた。
「お前からそんな風に言ってくれるとはな」
「新人の頃からウォッカには色々と助けられた。雑用から幹部のスケジュール管理まで、色々と仕込んでくれただろ?」
「才能があると見込んでのことだ。お前が他の奴等と変わんねえなら、教えはしなかったさ」
「だからこそ、感謝してる」
ウォッカは照れ臭くなったのか、黙って車を発進する。
目的地は当然、ジンの待つアジトである。
スピリタスはそれ以上何も言うことはなく、無言で籠手の手入れを続ける。
血がこびりついていて中々取れない。
根気良く掃除して綺麗になった籠手を鞄にしまい、スピリタスは車窓から外の景色を眺める。
その時、スピリタスの携帯が着信音を鳴らした。
ウォッカが疑問を口にする。
「何だ?」
「……早速新しい任務が入った」
「ジンの兄貴からか?今度は何処を潰せって?」
「いや、次はシェリーの監視だ」
「へぇ…そういや、兄貴が監視役が足りないって呟いてたな。お前とシェリーは面識あるのか?」
「いいや。知っているが会ったことはない」
「そうか。ま、お前から逃げるような真似はしないだろ。実質休みまたいなもんだ。良かったな」
「そうだな。ここ最近、碌に休みもなかったからな。丁度良い休暇だ」
スピリタスは再び車窓の外に視線を向ける。
その視線の先には深く暗い森が広がっているのだった。
・スピリタス
近接戦闘を得意とする。
組織の下っ端からは幹部の中でも絡み易い方だと認識されている。
肉体が生まれつき他人より強靭で、鍛えなくても素手で岩とか砕けた。