少年漫画によくいる主人公と嫌々敵対しているタイプの公務員に転生した 作:相川
羅門は心底落胆していた。
魔人となった少女、夜凪透花を捕らえるべく、裏社会のネットワークを駆使して野良の魔術師を雇い刺客を送り、消耗させたところを横から攫うという至極単純な作戦を立て、それを実行していたところだった。
そうして作戦通り、魔人の少女を視界に収めた時はあまりに興奮して自然と口角が上がってしまった。
人間でありながら魔人となった存在。『穢れ』を人為的に扱う研究がこれでまた一段階進む。それだけではない。魔術師として、目の前にいるのは魔術師としても非常に興味深いサンプルであることは変わりなかった。
だから、彼女だけは絶対に自分の手で奪うと決めた。
他の誰にも邪魔はさせない。
刺客を送り、彼女の護衛として配備されていた数名の手練れの魔術師を分断させた。あとはゆっくりとするべきことをするだけ。
そうしてようやく、手の届く距離にまでやってきたというのに。
彼女の傍には同い年くらいの男が侍っていた。
彼女を守るようにして立ちふさがり、魔力を練ってこちらを睨んでいる。
一瞬、羅門の胸に更なる高揚が生まれた。
彼は重度の魔術好き。他人が行使する魔術を見るのもまた好きだった。そこに込められた思い、理念、目的。詠唱の長さ、構築された術式。それを読み解き、相手の魔術を知る。
それは最早一種の対話と言っていいほど、神聖なものだ。
魔人たる夜凪透花を守る砦。さぞ、手ごたえのある人間なのだろうと一瞬、期待した。
「ガッッッカリだ」
しかし、その期待はすぐに裏切られる。
立ち姿だけで雑魚だと分かる。そもそも戦う者ではない。
「てめぇ、魔術師じゃねぇな? だったらどけ、俺はそいつに用がある」
「どかない。彼女は俺が守りきる」
「馬鹿も休み休み言え。お前じゃ話にならん。少しでも楽しい時間を過ごせるかもと思った俺が馬鹿だったぜ」
次の瞬間、魔力によって身体能力を強化したのだろう少年が、素早く羅門の死角に入った。
「おっそい」
だが、あまりに拙い。
魔術を使うまでもなく、躱すのは容易だった。
そもそも、魔力による身体強化など、魔術師であれば誰もが当たり前に使える技能だ。こんなのを見せられたところで、何も脅威には思えない。
(つっまんねぇなァ。少しくらい見どころがあるかと思ったが、何にもねぇ。さっさと終わりにすっか)
羅門は綴の攻撃を躱し、そのまま回し蹴りを胴に直撃させる。
「綴くん!」
「守るとか言っておきながらこの体たらくかよ。魔術師の戦いはガキの喧嘩じゃねぇんだぞ? お粗末すぎて笑う気も起きねぇ」
格上相手に、愚直に殴り掛かってくる時点で勝負は決した。この子供は魔術を齧っただけの素人。
そう理解して、羅門はすぐに透花を捕らえようと魔術を発動しようとして──。
「お?」
地面が槍のように尖り、四方から羅門を貫かんと伸びる。
「なんだ、意外とやるなァ」
それに対して、羅門は冷静に【盾】の魔術で自身の周囲に透明な障壁を展開して防いだ。
殴りかかってきたのはフェイク。
自分の身体を囮にして、至近距離に魔術を仕込むために接近してきたのだ。
「撤回すんぜ、お前も魔術師だ。ただまぁ、未熟だがな」
魔術はそう便利なものではない。
詠唱を用いる場合、魔術の始点は術者の周囲に限られる。だから、至近距離で魔術を撃ち込むには近づくしかない。
(──ッ! やっぱり防いできた。なら)
「【貫け】!」
間髪入れず、綴は防御を破るための魔術を行使した。
【盾】の魔術は戦闘において非常に有用。シンプルながらも身を守るための手段としてあらゆる魔術師が愛用している基本の術だ。
だから、それに特化した魔術ももちろん開発されている。
【盾】を貫通するための術。綴はこの数ヶ月で学んだ己の全力を叩き込んだ。
(貫通に特化した魔術ッ! 発動も早ェ。俺が盾を展開することを読んでいたか。なるほどただのガキだと思っていたが、見誤ったか。……しかしなぁ)
羅門の張ったシールドは確かに破られた。だが、貫通魔術が羅門まで届くことはない。
ここに来て、実力差が明確に表れる。貫通するはずの綴の術は、羅門の魔術を相殺するだけに終わったのだ。
たしかに見どころはあった。期待通りかと問われるとそんなことはないが、それでもまあ及第点くらいはあげてもいいかもしれない。
しかし、それでも引っかかる。攻撃系の魔術ばかりを行使してくるくせに、どうにも腰が引けている。
『殺そう』という意思が見えない。手加減している訳じゃない。それでも、目の前にいるのは魔術師だ。殺しという選択肢を除外して戦えるような相手ではない。
あいつに魔術を教えた奴はどんな教育を施していたのか。
魔術師同士の戦いなど、死が隣り合わせだというのに。
「…………もっっったいねぇ」
「【煙】!」
「【風】」
実力では届かないと判断するや否や、逃げに特化した魔術を行使する潔さ。この【煙】は単なる煙ではなく、認識阻害の効果まで付与されている。
だが、【煙】という形にしてしまったのなら、【風】で対処可能。
目くらましの魔術としては、綴が用いた今の魔術は魔力消費も魔術行使の難易度も高くない。だが、その分対処はしやすい。
やはり、まだまだ。
羅門の魔術によって一瞬にして煙が晴れる。
どうにかして逃げようと思っていたのだろう。透花の手を取った瞬間の綴の姿が見えた。
「大体わかった。青いねぇ……」
羅門は一連の魔術戦で、綴の人となりを分析していた。
魔術師としての羅門の腕は、超一流。他人の魔術式を読み取り、分析し、何を重点に置いているのかを知り、そして相手の人格すらも分析する。
それは一種の精神分析の域に足を踏み入れるほど。
「好きな相手を守りたい! なるほど立派な志だ。ただ、気持ちだけが先行してんな。どうやってっていう部分……方法が曖昧過ぎる。そこを明確にしねぇと、魔術師としては未熟なままだな」
羅門の面倒くさい部分が顔を出し始めた。
魔術オタク。
魔術を扱うすべての人間に敬意を表し、彼なりに真摯に対応しようとする変態さ。
相手の命を奪うことに抵抗がないくせに、相手が扱う魔術を見るのが何よりも楽しいという難儀な性格。
「今も敵の言葉を聞いて隙だらけ。だからほら」
羅門は右手の人差し指を少し動かす。
すると、透明な糸が透花の身体を拘束し、そのまま羅門へと引っ張られた。
あっという間に透花は羅門の手に渡る。
「なッ!?」
「お前はようやく魔術師としてスタートラインに立ったわけだ。見どころは一応あるし、これからどう成長するのかちょっとは気になるから殺さないでやるよ。【砲】」
圧縮された空気砲が綴の鳩尾に直撃する。
あまりの威力に彼は後方に吹っ飛ばされ、血を吐きながら気絶した。
「……死んじまったか? ま、いっか」
◇
序盤の章ボスとはいえど、羅門という男の齎す影響は計り知れない。
まず『穢れ』に関する研究。これが後に『残響』の手がかりとなる。次に主人公たちを追い詰め、成長を促す得難い難敵という役割。
今の主人公たちは現実を知らない。
蘆村によって自分たちの立ち位置を伝え聞いてはいるが、実際に敵と戦った経験がない。その上、まだ十六歳ということもあり見識も狭い。魔人となった透花を助けたいという気持ちだけが先行している状態にあるのが今の綴だし、被害者意識が強く現状を打破しようという気概が弱いのが今の透花だ。
そんな彼らに図らずも釘を刺すのが、羅門という男の存在。あとは柊さんを筆頭とした特事課だな。
ただの若者の決意なんて、何の役にも立たない。力を付けたところで、それを上回る圧倒的な暴力の前には無力。それを身をもって教えてくれるのが羅門なのだ。
そして、同世代ながらも特事課として活躍する柊さんや白瀬さんとの出会いによって、価値観を広げていく。
今の彼らには圧倒的に経験が足りていない。裏社会にすら足を踏み入れていない若造二人が理想を語っているという、厳しく言えばそんな状況。
とはいえ仕方のないことなんだけど。だって十六歳だよ十六歳。まだまだこれからだっていうのに大変なことに巻き込まれちゃったんだからね。責めるとしたら蘆村だよ。
監督不行き届き。
あいつは甘い。
根本的に主人公たちを信頼してないというか、守るべき存在だと認識している。
綴の決意を聞いて参ったと言って、表面上は魔術を扱う者──魔術師──としての教育を施してはいるけど、根本の部分で肩を並べて戦う存在と認めていない。
綴が透花と一緒にいることを認めたのは、透花のメンタルケアのため。透花が魔人になってしまったことを知る数少ない人間であることを上手く利用して、同世代の友人という精神的な拠り所があった方がいいだろうと考えた。
最初から、彼らを積極的に戦わせようとは考えていなかったのだ。
敵に襲われた時に自衛できる力は身につけてもらう必要があるため、魔術の手ほどきはする。
本心から彼らに同情しているため、綴の理想を肯定している。だから、彼には頑張って欲しいと思っている。
しかし、高校生が傷ついてまで戦う姿なんてものは、蘆村が望んだ世界ではない。あいつが特事課を辞めたのは、本当に守りたいものを守るためであって、共に戦うためではない。
恐らく迷っているんだろう。
本当に彼らを戦わせて良いのか。このまま彼らの保護下で安全に暮らして行ければ、何も問題ないんじゃないか。
確かに日の目を見れないのは大変だが、それでも捕まって人体実験の素材になるよりかはよっぽどマシなはず。
でも、彼らの気持ちも分かる。
そんな葛藤の中で、未だ踏ん切りがついていない。
原作ではそんな描写があったはずだ。でも、これは原作での彼の選択であって、この世界の彼の選択はまた違っているかもしれない。
しかし、恐らく原作通りに物事は進んでいるのだろう。
次会ったら説教……できる立場じゃないわ。俺が蘆村の立場だったら右往左往してるかも。……労ってやろ。
「こちら久城。現場に到着した」
魔人の反応を検知したため現場に急行するようにと、巡回中だった俺たちに連絡が入って数十分。
街は酷い有様である。
この様なら恐らく原作通り、羅門の襲来だろう。
羅門が雇った野良の魔術師たちが、暴れている。蘆村を始めとした数名の魔術師が応戦しており、徐々に無力化しているが、恐らく羅門は透花と綴のところにいるな。
「二人は暴れている魔術師たちを確保するように。戦って勝てないようなら引いて援軍を待て。俺は魔人を探す」
『了解!』
彼女らと分かれ、俺は羅門を探す。
俺は魔術師としてはそこまで強くない。魔術を扱う技量の問題ではなく、そもそもの魔力量の問題だ。
身体能力を強化する基本的な魔力操作術で戦っているのは、魔術戦を主軸にできるほど魔力量に余裕がないから。
魔術師として戦闘スタイルに磨きをかけるとは言ったが、この戦い方を極力魔力消費が少ない形で拡張するというのが今までの俺の課題であり研究内容でもあった。
刀を使うというスタイルを辞めるつもりはない。
魔道具を使うという手もあるが、今更得物を変えるのは得策ではないからだ。
「おっ。もしかして特事課かァ?」
「特異事象対策課、一級執行官の久城だ。民間の協力者……という訳ではなさそうだな」
背の高いやせ型、金髪を額の真ん中で分けた髪型が特徴的な男性。そして、右手には透花が抱えられている。十中八九羅門だろう。
だが、善意で魔人を捕らえてくれた協力者という可能性もある。そのため、まずは話しかけるところから始めたのだが……。
「久城一級執行官か! こりゃとんでもねぇのが出てきたな」
「その手に持った魔人を引き渡せ。さもなくば武力行使に出る」
「いいぜ。やろうか」
透花が目的ならさっさと背中を見せてくれたら楽だったんだが、そうはいかないらしい。
羅門の強さは、正直一級執行官と同程度はある。序盤で出てくる章ボスだが、ゲーム的に言えば負けイベのボスだ。彼との戦いで、ようやく主人公たちはスタートラインに立つのだ。
原作だと、俺がどうにか透花だけは奪い返すことで戦闘は引き分けとなっていた。
だが、ここで羅門まで捕らえることができれば、もしかしたら今後『残響』の技術が流通しない可能性も僅かにある。
論外なのは、俺が負けること。
さて、気張っていこう。