出久が無個性なんてありえねー…!   作:がんばリーリエ

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個性把握テスト

 

 

 その日。オレが育った孤児院のリビングには、小さなホログラム投影機からオールマイトの立体映像が映し出されていた。

 

『グリンベリオール少年! 君は筆記、実技ともに文句なしのトップ成績だ! さらに、自身のポイントにならない0Pロボから他者を救ったその行動、レスキューポイントも高く評価されている! ヒーローとしての素質も申し分ない! ようこそ、ここが君のヒーローアカデミアだ!』

 

「ユノ兄ちゃん、すごい!」

 

「全国トップの雄英に一番で受かるなんて!」

 

 オレの周りを囲んでいた孤児院の小さな子供たちが、歓声を上げて抱きついてくる。

 物心ついた頃からオレを育ててくれたシスターも、目頭を押さえながら「本当によく頑張りましたね」と微笑んでくれた。

 

「……まぁ、当然だ」

 

「もうっ、ユノは相変わらず素直じゃないんだから!」

 

 オレの肩に座っていたベルが、ツンとオレの鼻先を小突く。

 

「でも、一番なのは当たり前よね! だって私のユノだもの!」

 

 部屋に戻り、スマートフォンを確認すると、出久から『僕、合格したよ!』というメッセージが届いていた。

 

(当たり前だ。出久が合格しないなんてありえねー)

 

「……行くぞ、出久。どっちが先に最高のヒーローになるか、勝負の始まりだ」

 

 窓の外、吹き抜ける春風を感じながら、オレは静かに決意を新たにした。

 

 

 4月。

 雄英高校1年A組。

 

『1-A』と書かれた巨大な扉を前にして、オレはわずかに立ち止まった。

 この扉の向こうに、これから共に切磋琢磨する連中がいる。

 オレが教室の扉をガラリと開けると、すでに何人かの生徒が集まっており、一斉にこちらへ視線を向けた。

 

「おっ、お前もA組か! 俺は切島! よろしくな!」

 

「……ユノ・グリンベリオールだ」

 

 声をかけてきたのは、赤いツンツン頭の男。切島鋭児郎というらしい。

 

「ユノ……あっ。じゃあ、お前が入試の成績ぶっちぎり1位だった奴か!」

 

「なんだなんだ、モテそうなイケメンが来たな。俺は上鳴電気! よろしく!」

 

「……ああ」

 

(小大の姿は見えないな)

 

 気さくに話しかけてくる彼らを適当にあしらいながら、ふと教室の奥を見る。そこには机の上に足を乗せてふんぞり返っている爆豪の姿があった。そして、その爆豪に対して、眼鏡をかけた真面目そうな生徒が説教をしている。

 

「机に足を乗せるなど、雄英の先輩方や机を作った方に失礼だと思わないのか!」

 

「思わねーよ。てめェどこ中だ、端役が」

 

「は、端役……!? 俺は私立聡明中学出身の飯田天哉だ!」

 

「聡明ぃ? クソエリートじゃねーか。ぶっ殺しがいがありそうだな!」

 

 相変わらずの狂犬っぷりに、オレは思わずため息をついた。

 

「相変わらず品がないな、お前は」

 

 オレが声をかけると、爆豪がギロリとこちらを睨みつける。その目が、明確な敵意で細められた。

 

「あァ!? てめェ、風野郎……ッ! なんでてめェがここにいんだよ!」

 

「雄英を受験して受かったからだ。お前こそ、その態度でよくヒーロー科に入れたな」

 

「ぶっ殺すぞコラァ!!」

 

「ちょっと! 朝からうるさいわね爆発頭!」

 

 オレの肩からパッと淡い光と共にベルが姿を現し、爆豪に向かって指を突きつけた。

 

「ユノに突っかかってこないでよね! あんたみたいなスカスカ頭、私が吹き飛ばしてあげるんだから!」

 

「誰が爆発頭だクソ羽虫!! 燃やすぞ!!」

 

「羽虫じゃないわよ! 私は偉大なる風の精霊、ベルなんだから!」

 

 ギャーギャーと騒ぎ始めた爆豪とベルをよそに、クラスの連中は「妖精!?」「すげえ、意思がある個性か!」と色めき立っている。

 

「あなたが、成績トップの……」

 

 その時、一際目を引く美しい黒髪の少女が、静かにこちらを見つめていた。

 彼女は、オレの姿を見るとスッと立ち上がり、上品に一礼した。

 

「初めまして。私は八百万百と申します。実技試験でのあなたの見事な成績、噂には聞いておりますわ」

 

「……どうも」

 

「それに、その可愛らしい精霊さん。意思を持つ個性というのは非常に稀有な例ですね。後学のために、ぜひお話を伺いたいですわ」

 

 八百万の知的な瞳が、オレとベルを興味深そうに観察している。

 その時、教室の扉が恐る恐る開き、もじゃもじゃの緑髪がひょっこりと顔を出した。

 

「あ、あの……」

 

 出久だ。

 彼が入ってきた瞬間、爆豪の顔がさらに険しくなる。オレは出久の元へ歩み寄った。

 

「遅いぞ、出久」

 

「ユノ君……!」

 

 出久は小走りでオレの席までやってくると、緊張で強張っていた肩の力をフッと抜いた。

 

「ユノ君はやっぱり凄いね!入試トップだって皆噂してたよ!」

 

「当然よ! ユノがトップじゃないわけないでしょ!」

 

「あはは……ベルちゃんも相変わらずだね」

 

 肩の上でふんぞり返るベルに苦笑いしつつ、出久はオレを真っ直ぐに見つめてきた。

 

「……ユノ君が信じてくれたから、僕、ここまで来られたよ」

 

「オレは何もしてない。お前が自分で道を切り開いたんだろ。……言ったはずだ、出久がここで終わるわけないって」

 

 オレの言葉に、出久が力強く頷く。

 無個性だった出久が、泥臭く足掻いて、ついにオレと同じスタートラインに立った。その事実が、オレの胸の奥を僅かに熱くさせる。

 

「それに……オレ達の勝負はここからが本番だ」

 

「うん……!」

 

 あの時の約束──先に最高のヒーローになるのは、どっちか。

 オレは、出久にだけは、絶対に負けられない。

 

「えー、熱くなっているところ悪いが、お友達ごっこをしたいなら他所へ行け」

 

 突然、教室の床から黄色い寝袋に入った男が現れた。

 

「ここはヒーロー科だ。……俺は担任の相澤消太。よろしくね。はい、これ着てグラウンドに出ろ」

 

 相澤先生が取り出したのは、雄英の体操服だった。

 

 

 ✦ ━━━━━━━━━━━━━━ ✦

 

 

 雄英高校の広大なグラウンド。

 相澤先生が言うには、今からオレ達の個性把握テストを行うらしい

 

 着替えを終えたA組の連中がざわめく中、相澤先生がいつも通りの気怠げな声で宣告した。

 

「トータル成績最下位の者は、見込み無しと判断し除籍処分とする」

 

 その言葉に、クラス中から悲鳴のような声が上がる。「初日なのに理不尽だ!」と麗日という女子が抗議するが、相澤先生は「自然災害、大事故、身勝手なヴィラン……日本は理不尽にまみれてる。それを覆していくのがヒーローだ」と冷たく言い放った。その正論に誰も反論できない。

 

 オレはチラリと隣を見た。出久が顔面を蒼白にして、ガチガチに震えている。

 出久から『ついに個性が発現した』と報告を受けたのは、合格発表の直後だった。だが、その強大すぎる力に身体が追いついておらず、まだ全くコントロールができていないらしい。

 

「……出久」

 

 オレが短く呼ぶと、出久はビクッと肩を揺らした。

 

「ユ、ユノ君……どうしよう、僕、まだ……個性の使い方が……」

 

「落ち着け。お前が今日までどれだけ死に物狂いで特訓してきたか、オレは知ってる」

 

「え……」

 

「あの雄英の厳しい入試を突破して、同じ土俵に立ったんだ。お前がこんな所で終わるわけないだろ」

 

「ユノ君……うん……!」

 

 出久が少しだけ顔を上げるのを確認し、オレは正面に向き直った。オレ自身は、何一つ心配していない。出久ならここで限界を超えてくる。

 オレのやるべきことは、ここで圧倒的な結果を出し、出久に見せつけることだけだ。

 

 

 

 第一種目、50メートル走

 

 相澤先生の無機質な声と共に、テストが開始された。

 他の生徒たちが次々とペアになって、グラウンドを駆けていく。それぞれの個性を活かした走り方を観察していると、程なくしてオレの順番が回ってきた。

 

 オレの隣のレーンには、先程教室で五月蝿かった、飯田天哉が立っている。

 

「君の個性は風を扱うようだが、俺の『エンジン』のスピードには敵わないだろう!」と意気込んでいるが、オレは無言で足元に風を収束させた。

 

「位置について、ヨーイ……」

 

 ドンッ、という電子音が鳴った瞬間、オレは地面を蹴るのではなく、ベルの風に乗って地面から数センチ浮き上がった。そのまま一直線に、滑るように駆け抜ける。

 

「3秒04!」

「3秒14!」

 

 機械の音声が、ほぼ同時にゴールしたオレと飯田のタイムを告げる。

 0.1秒差。純粋な直線でのスピード勝負で、オレは飯田に一歩及ばなかった。

 

「な、なんと……空を飛ぶように移動するとは……! グリンベリオールくん、素晴らしい個性だ!」

 

 飯田が驚愕と共に賞賛の言葉を向けてくるが、オレの胸中には微かな悔しさが過ぎた。

 

(……負けたか。初速の風の推進力がまだ甘いな)

 

「……ユノでいい」

 

「では、ユノくんと呼ばせていただこう!」

 

「ちょっとメガネ! ユノの方が優雅で完璧だったわよ! 足にエンジンなんてズルじゃない!」

 

 純粋なタイムで負けたことが納得いかず、肩の上でプンスカと怒るベル。オレは「騒ぐな、事実だ」と短く返し、その頭を指先で軽く撫でてなだめた。

 

 種目は次々と進んでいく。オレは自身のテストをこなしながら、A組の連中の個性を冷静に観察していた。

 

 ズザァァァッ!! と音を立てて凍らせた地面を滑り、圧倒的な記録を出した半冷半燃の男──轟焦凍。凄まじい出力の氷結だが、魔法……いや、個性の練度ならオレの風の方が上だ。

 

「なによあの黒いモヤモヤ! 絶対に私の方が優秀で可愛いわよ!」

 

「張り合うな、ベル」

 

 次に目を引いたのは、常闇踏陰という鳥の頭をした男だった。彼から伸びる黒い影は、まるで意思を持っているかのように自律して動き、反復横跳びなどをサポートしていた。

 自我を持つ個性。オレの『風精霊』に近い性質だが、動きを見る限り光に弱そうな印象を受ける。

 

 そして、八百万百。彼女は自身の体から様々な道具を創り出し、種目ごとに最適なアプローチで記録を伸ばしていた。

 

(『創造』……物質の構造を理解し、一瞬で構築するあの思考回路の回転速度は脅威だな)

 

 圧倒的な個性の持ち主たちがひしめき合っている。

 だが、誰の力を見てもオレの中で負けるという文字は浮かばなかった。

 

 種目は進み、第5種目、ソフトボール投げ。

 爆豪が「死ねぇ!!」という物騒な叫びと共にボールを爆風で吹っ飛ばし、705.2メートルという記録を出した。相変わらず、力任せで単調な奴だ。

 

「次はグリンベリオール」

 

 相澤先生に呼ばれ、オレは円陣の中央に立つ。

 クラスの連中──そして、出久と爆豪の視線がオレに突き刺さるのを感じた。

 

「行くわよ、ユノ!」

 

「ああ」

 

 オレはボールを持つ右手に、ベルから流れ込んでくる膨大な風の魔力を練り上げる。

 ただ風に乗せるだけじゃない。圧倒的な推進力で、一直線に空を射抜く。

 

「風精霊魔法──『シルフの息吹』」

 

 オレがボールを力強く前方に投げ放った瞬間、肩のベルが大きく息を吸い込み、一直線に吹き出した。

 オレの腕から放たれた強大な風のエネルギーと、ベルの風が重なり合う。放たれたボールの背後に、全てを飲み込むような巨大な風のレーザーが炸裂した。

 

 ドドォォォォォッ!! 

 空気を切り裂くすさまじい轟音と共に、ボールはまるで超大型の砲弾のように一直線の『風のトンネル』の中を加速し、雲を割って空の彼方へ消えていった。

 ピピッ、と相澤先生の手元の端末が鳴る。

 

「……1850.4メートル」

 

 その数字が読み上げられた瞬間、グラウンドは水を打ったように静まり返り、次の瞬間、爆発したような歓声が上がった。

 

「ウソだろ!? 約2キロ飛んだぞ!?」

 

「ただの突風じゃない、一直線の風のレーザーみたいだったぞ……!」

 

「それに、妖精さんも一緒に力を使ってるのね!」

 

 

 周囲が騒ぐ中、オレは無表情のまま円陣を出た。

 すれ違いざま、爆豪がギリッと歯を食いしばり、オレを殺しそうな目で睨みつけてくる。

 

「スカシ野郎が……また俺を見下しやがって……!」

 

「見下しちゃいない。ただ、オレの方が上なだけだ」

 

「あァ!?」

 

 爆豪の胸ぐらを掴みかかってきそうな勢いを無視し、オレは定位置に戻る。

 

 そして──ついに、出久の番がやってきた。

 出久は震える足で円陣に立ち、ボールを構える。

 一度目は、いざ投げようとした瞬間に力のコントロールを相澤先生に消され、こっぴどい説教を受けた。だが、二度目。

 

『……君は、ヒーローになれない』

 相澤先生の厳しい言葉を浴びせられた直後、出久の目に、幼少期と同じ、決して折れない光が宿ったのを、オレは見逃さなかった。

 

「スマッシュ……!!」

 

 出久がボールを投げた瞬間、右手の人差し指だけに強大な力が集中し、凄まじい衝撃波と共にボールが空の彼方へ消えていく。

 記録、705.3メートル。爆豪の記録を、わずか0.1メートル上回る数字。

 

「先生……! 僕、まだ動けます……!」

 

 右手の指を赤黒く腫らし、ボロボロになりながらも、出久はニッと笑って相澤先生を見据えていた。

 

「出久……!」

 

 オレは思わず一歩踏み出しそうになり、なんとか堪えた。

 無個性だったあいつが、雄英のグラウンドで、堂々と自分の力を証明してみせたのだ。

 誰よりもあいつを信じていたオレでさえ、胸の奥が熱くなるのを止められなかった。

 

(やっぱりお前は、すげぇやつだ……!)

 

「おい……なんだよ、あの力……」

 

 隣で爆豪が、信じられないものを見るような目で出久を凝視している。

 

「個性なんか、ねェ……ハズだろ……!」

 

「だから言ったはずだ」

 

 オレは、呆然とする爆豪に向けて、ハッキリと言い放った。

 

「出久が無個性で終わるなんて、ありえねーんだよ」

 

 その瞬間、爆豪の顔がこれまで見たこともないほど凄惨に歪んだ。

 

「デクてめェ!! 個性……!! どういう事だコラァ!! 言えや!!」

 

 爆豪は手のひらから爆発を上げ、凄まじい勢いで出久に向かって突進した。

 

「うわぁっ!?」

 

 出久が怯んで身をすくませた、その瞬間。

 

 シュルルルッ!! 

 

「……ぐふっ!?」

 

 爆豪の体が、灰色の布に幾重にも巻き付かれ、ピタリと動きを止められた。掌から上がっていた煙も消え失せている。

 

「なんだこの布……! 固ェ……!」

 

「炭素繊維に、特殊合金の鋼線を編み込んだ捕縛武器だ」

 

 声の主は、相澤先生だった。ゴーグル越しに見えるその目は赤く光り、髪が重力を無視して逆立っている。

 

「全く……何度も個性を使わせるな。俺はドライアイなんだ」

 

「個性を消した……。そうか、抹消ヒーロー『イレイザー・ヘッド』か」

 

 オレが呟くと、周囲の連中が「あのアングラ系の!?」とざわつき始めた。

 個性を消し、卓越した体術と捕縛布で制圧する。実に理にかなった、厄介な能力だ。

 

「全く……何度も個性を使わせるな。俺はドライアイなんだ」

 

 相澤先生がパチリと瞬きをすると、髪が下がり、爆豪を縛っていた布がスルスルと解けていった。

 

「緑谷。指の治療に行かなくていいのか」

 

「あ……だ、大丈夫です。まだ動けます」

 

「……そうか。じゃあ次行くぞ」

 

 相澤先生の言葉で、場はひとまず収まった。

 爆豪はハァハァと荒い息を吐きながら、まだ信じられないといった様子で出久を睨みつけていたが、それ以上飛びかかっていくことはなかった。

 

 その後も、体力テストは淡々と進んでいった。

 上体起こし、長座体前屈、持久走。

 オレはベルと一緒に風魔法を駆使し、身体能力そのものを底上げすることで全ての種目で上位の記録を叩き出した。持久力や基礎体力には、元より絶対の自信がある。

 一方の出久は、ボール投げで指を粉砕してしまった激痛に耐えながらのテストとなったため、残りの記録はボロボロだった。それでも、歯を食いしばりながら必死に食らいつく姿は、オレの知る出久だった。

 

 全種目が終わり、相澤先生が空中にホログラムの順位表を投影した。

 1位:ユノ・グリンベリオール

 2位:八百万百

 3位:轟焦凍

 4位:爆豪勝己

 ……

 20位:緑谷出久

 

 

 オレは自分の1位を確認し、小さく息を吐く。当然の結果だ。

 だが、出久は最下位。このテストのルール通りなら、出久はここで除籍処分となる。

 出久は絶望したように俯き、小刻みに震えていた。

 

「ちなみに除籍は嘘だ」

 

 相澤先生が、あまりにもしれっと、とんでもないことを口にした。

 

「「「ええええええええ!?」」」

 

 クラス中から間抜けな声が上がる。出久に至っては、目玉が飛び出んばかりの表情だ。

 

「君らのポテンシャルを最大限に引き出すための、合理的虚偽だ」

 

 ニヤリ、と悪魔のように笑う相澤先生。

 その言葉を聞いて、八百万がさも当然といった顔で胸を張った。

 

「嘘に決まってますわ。少し考えればわかることですのに」

 

「そ、そうだったの!?」

 

「言えよなー! マジで焦ったぜ!」

 

 クラス中が安堵の空気に包まれる。

 

(……いや、あの先生の目は本気だった)

 

 オレは内心でそう分析していた。もし本当に出久が見込みのない無個性のままなら、あいつは躊躇なく出久を切り捨てていただろう。出久が最後に見せたあの機転と折れない意志が、相澤先生に除籍を撤回させたのだ。

 

「これでテストは終わりだ。教室にカリキュラムのプリント束ねて置いてるから目を通しとけ。……緑谷、リカバリーガールんとこ行って治してもらえ」

 

 相澤先生は保健室の入室証を出久に手渡し、そのまま背を向けて歩き出した。

 

「ユノ君……!」

 

 安堵でへなへなとその場にへたり込んだ出久が、見上げるようにオレを呼ぶ。

 オレは出久の元へ歩み寄り、その前に立った。

 

「……言っただろ。お前がここで終わるわけないって」

 

「うん……! 僕、もっと頑張るよ……! ユノ君に追いつけるように!」

 

 涙目で笑う出久。

 オレの肩では、ベルが「ふふん、ユノに追いつくなんて100年早いわよ!」と腕を組んで威張っている。

 ふと視線を感じて振り返ると、遠くから爆豪が、オレと出久を憎悪と混乱の入り混じった瞳で睨みつけていた。

 

(爆豪。ここからが本当の勝負だ)

 

 

 ✦ ━━━━━━━━━━━━━━ ✦

 

 

 初日の全日程を終え、教室に戻って帰り支度をしていると、ふわりと上品な香りが漂ってきた。

 

「グリンベリオールさん。少々よろしいでしょうか?」

 

 振り返ると、カバンを手にした八百万百が立っていた。

 夕暮れの光が差し込む教室で、彼女の艶やかな黒髪が微かに赤く透けて見える。

 

「ユノでいい」

 

「ご丁寧にありがとうございます。では、ユノさんとお呼びしますわ」

 

 そして、目をキラキラと輝かせながら続ける。

 

「ボール投げでの『シルフの息吹』、本当に素晴らしい出力でしたわ。あの規模の風を操るには、莫大なエネルギーが必要なはず。やはり、ベルさんが変換を……?」

 

「ああ。ベルがオレの体力や精神力を吸い上げ、魔力に変換してる」

 

「なるほど……! つまり彼女は、独立したエネルギーの変換炉……なんと素晴らしい個性なのでしょう!」

 

 八百万が感嘆の声を上げながらベルを見つめると、最初は「なによ、ユノに気安く話しかけないでよね!」と警戒していたベルの態度が、コロッと変わった。

 

「ふふんっ! そうよ、私がいないとユノの魔法は完成しないんだから! あんた、なかなか見る目があるじゃない!」

 

「ええ、本当に愛らしくて素晴らしいですわ。ぜひ今度、もっと詳しくお話を聞かせてくださいな」

 

 嬉しそうに微笑む八百万に、ベルはすっかり気を良くして自慢げに飛び回っている。

(チョロい相棒だな……)と内心で呆れつつ、オレは八百万に軽く頷きを返した。

 

「ああ。また明日な、八百万」

 

「はい。ごきげんよう、ユノさん」

 

 教室を出て、出久たちより一足先に昇降口を抜け、校門へと向かう。

 茜色に染まる通学路を歩き出そうとしたオレの視界に、ポツンと佇む小柄な人影が入った。

 

「……ユノ」

 

 静かな声。

 艶やかな黒髪のボブヘアーに、感情の起伏が少ない大きな黒い瞳。

 入試の演習場で助けた少女──小大唯だった。

 

「小大。……そういえば、A組にはいなかったな」

 

 オレが声をかけると、彼女は小さく頷き、オレの元へと小走りで駆け寄ってきた。

 

「ん。私、ヒーロー科の1年B組だったから」

 

「そうか。クラスは別だったか」

 

 彼女はコクリと頷くと、ポケットからゴソゴソと何かを取り出し、オレの前にスッと差し出した。

 可愛らしい猫のキャラクターがプリントされた、小さな絆創膏と、キャンディが一つ。

 

「これ」

 

「オレに?」

 

「ん。あの時の、お礼。怪我はしてないみたいだけど……どうしても、渡したかったから」

 

 入試の時、「気にするな」と伝えたはずだが、どうやら彼女はずっとこれを渡すためにオレを探していたらしい。

 

(……律儀な奴だ)

 オレは小さく息を吐き、彼女の手からキャンディと絆創膏を受け取った。

 

「ありがとう。貰っておく」

 

「ん……!」

 

 オレが受け取った瞬間、彼女の無表情だった顔が微かに綻び、柔らかい笑みを浮かべた。

 

「ちょっと! また別の女!? ユノは私のなんだから、あんまり近寄らないでよね!」

 

 肩の上でベルがぷりぷりと怒り出す。小大はその様子を見て、再び目を丸くした。

 

「妖精さん……キャンディ、食べる?」

 

 小大がもう一つキャンディを取り出して差し出すと、ベルの動きがピタリと止まった。

 

「えっ……い、いちご味……? し、仕方ないわね! もらってあげるわよ!」

 

 キャンディの甘い誘惑に一瞬で負けたベルが、嬉しそうにそれに抱きつく。

 その様子を見て、小大は再び「ん」と満足げに頷いた。

 

「じゃあ、またね。ユノ」

 

 小さく手を振り、夕日に向かって歩いていく小大の後ろ姿を見送る。

 

「……ユノ、あの子もなかなかいい子ね! いちご味、美味しいわ!」

 

「お前は本当にチョロいな……」

 

 呆れながらも、オレはもらったキャンディをポケットにしまった。

 雄英高校。

 出久や爆豪のようなライバルだけでなく、一筋縄ではいかない個性的な連中が集まる場所。

 オレの高校生活は、想像以上に騒がしく、そして退屈しないものになりそうだ。

 

 

 

 

 

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