【完結】Fate/stay nightで生き残る   作:冬月之雪猫

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第十三話「これからじっくり役に立ってもらうわ」

 夢を見た。英雄の座に祭り上げられた一人の男の軌跡。

 そいつはどこかがおかしかった。それなりに力を持っていたし、野心もあったくせに、使い道を完全に間違えて、そのまま呆気無く死んでしまった。

 オスカー・ワイルドの子供向けの短編小説に“幸福な王子”という作品がある。そいつはまさしく幸福な王子そのものだった。

 自分の力を一滴残らず他者の為に絞り尽くした。幸福な王子との違いは一つ。王子にはツバメという理解者が居てくれたけれど、そいつには誰も居なかった。

 他者の為だけに力を振るったそいつは結局、色々な裏切りを見せられて、救った内の誰かに罠に嵌められ、その生涯を終えた。

 腹立たしくて仕方が無い。そいつは頑張ったのだ。秀でた才能など無く、ただの凡人のくせに努力して、努力して、努力し続けて、血を流しながら為し得た奇跡の報酬が裏切りによる死など、ふざけている。

 

 そこまでがいつも見る夢。なのに、今日に限っては続きがあった。

 

 今まで見てきた夢は表層に過ぎず、深層へと迎え入れられたらしい。

 そこにあったのは二本の長剣だった。同じ剣である筈なのに、全くの別物。

 片一方が光であるなら、もう一方は闇。そいつはその剣を前に見た事の無い表情を浮かべていた。

 嫉妬。憎悪。我欲。妄執。あまりにも不似合いな感情がその顔には宿っていた。

 男がそこで行っていたのは、まったく無意味な事だった。光の剣を手に取り、只管鍛錬に励んでいた。

 けど、そいつはそこで以外、決して長剣を振るう事は無かった。どんなに血の滲むような鍛錬をしようと、使わなければ意味が無い。

 何故、そんな真似をするのかが理解出来ない。

 人を救う為以外の全ての時間をそいつは無意味な作業の為に費やした。

 

 

「――――まず、言っておくけど、私は投影魔術なんて使えない。自分が知らないものを教える事は出来ないわ」

 

 魔術の修行を開始する前に凛はそう言った。

 

「だから、私に出来る事は貴方自身の理解の後押しくらい」

「理解の後押し……?」

 

 凛は頷くと一枚の紙を士郎に渡した。

 

「これは?」

 

 紙には日用雑貨や機械、衣服、武器、防具の名前が書き連ねられている。

 首を傾げる士郎に凜は言った。

 

「そこに書いてある物を全て投影して」

「……はい?」

 

 士郎は慌てて紙の上で踊る文字に視線を滑らせた。

 ざっと数えて数百以上ある。

 

「こ、これを全部か?」

「そうよ。一度投影した事がある物や無理だと思う物も一通り投影してもらう。ここだと狭いから、道場に移動してやりましょう」

 

 そう言うや否や、凜はさっさと大荷物を抱えて部屋を出て行った。

 慌てて後を追い駆けながら、士郎は投影する品目の多さに眩暈を覚えた。

 

 道場に到着すると、凜は稽古をしていたセイバーとアーチャーを追い出し、道場の至る所に奇妙な文字を描いたり、奇妙な粉を振り撒いたりして回った。

 変な改造をされては困ると言うと、凜はさも当然のように……、

 

「弟子は師匠に絶対服従。屋敷の改造くらい、目を瞑りなさい」

 

 ……などと仰りやがった。

 追い出されたセイバーとアーチャーも困惑している。

 

「ア、アーチャー。凜は一体何を……?」

「……どうやら、道場を改造し、簡易的な工房にしようとしているらしい。だが、こんな風通しの良い場所では何をしても焼け石に水だと思うが……」

「道場を工房にって、何でまた……?」

 

 セイバーの視線が士郎に向く。

 

「なんか、これを全部投影しろって……」

 

 凜に渡された紙を士郎が二人に見せると、二人はギョッとした表情を浮かべた。

 

「こ、これを全部……?」

「……どうやら、今夜の稽古は中止だな」

「み、みたいだね……」

 

 アーチャーは見張り役に戻るつもりらしく、姿を消した。

 残ったセイバーも苦笑いを浮かべながら「頑張って」と応援するばかり……。

 

「ほら、士郎! 準備出来たから、さっさと始めるわよ!」

「お、おう! えっと、じゃあ、セイバー。逝って来ます……」

「う、うん。いってらっしゃい」

 

 セイバーに見送られ、士郎は深く息を吸う。

 

「よ、よし、始めるぞ!」

「頑張ってねー」

「あ、あれ? 遠坂さん? どこ行くんですか?」

 

 気合を入れる士郎の横を通り過ぎ、凜は道場から出て行こうとする。

 

「どこって、寝室よ。夜更かしはお肌の天敵だし、そこにあるものを投影してる間は私に出来る事も無いしね。終わったら呼びに来てちょうだい」

「……はい」

 

 鬼が居た。去って行く凜に目から汗が零れ落ちる。

 

「……頑張ろう。投影開始……」

 

 とにかく、順々に投影していこう。

 士郎は投影した洗濯ばさみを床に置き、次の投影を開始した。

 先は長い……。

 

 投影に集中している士郎の邪魔をしないように、セイバーは道場を離れた。

 

「長丁場になりそうだし、オニギリでも握るか……」

 

 キッチンに向かい、炊飯器を開く。中には熱々のお米。

 臭いを嗅いだだけでお腹が減って来る。

 

「確か、梅干がここに……」

 

 すっかり慣れた衛宮邸のキッチン。生前は誰かの為に作るなどという習慣が無かったから、レパトリーは少ないものの、オニギリくらいならキチンと握れる自信がある。

 如何に熱くとも、この身はサーヴァント。素手でも平気。

 

「ついでにアーチャーにも持って行ってみるかな……。凛は……、もう寝てそうだな……」

 

 士郎に徹夜作業を命じ、自分は確り睡眠を取る。

 素晴らしきスパルタ教官だ。

 

「よっほっと」

 

 三角形に形を整え、海苔を巻く。

 お茶をお盆に載せて、道場へ向った。

 道場には既にたくさんの投影品が並んでいる。ヤカンや地球儀、水筒、時計、電話、本。

 どうして、こんなモノを投影させるのか理解出来ない。けど、魔術に誰よりも精通している凜の指示だ。必ず意味がある筈。

 

「――――士郎君」

「ん? ああ、セイバー。どうしたんだ?」

「いや、疲れてるだろうと思って、オニギリを持って来た」

「サンキュー」

 

 ちょっとの間、冷蔵庫で冷やしたタオルを渡す。汗を拭い、気持ち良さそうな顔をする士郎にセイバーはお茶を渡した。

 暫しの休憩の後、士郎は気合を入れなおして投影作業に戻った。今度の投影は包丁。

 

「じゃあ、頑張ってね、士郎君」

「おう!」

 

 静かに道場を後にして、セイバーは一度キッチンに立ち寄ってから天井へと上った。

 

「アーチャー」

 

 呼び掛けると、アーチャーは直ぐに姿を現した。

 

「何だ?」

「士郎君にオニギリを握ったんだ。ついでにアーチャーにもって思ってさ」

「……ふむ、小僧のおまけというのは気に入らんが、作ってくれた物を粗末には出来んな」

 

 そう言って、アーチャーはセイバーの持つお盆からオニギリを取った。

 口に放り込むと、鼻を鳴らした。

 

「五十点……といった所だな」

「ず、随分辛口だな……。割と上手に出来た自信があるんだが……」

「甘いぞ、セイバー。これでは少々固過ぎる。無理に三角形にしようとするより、丸く握った方がふんわりとするぞ」

 

 何故か始まるオニギリの握り方指南。文句を言いつつ、全て平らげたアーチャーはお茶を飲み下し、言った。

 

「握る時、背筋をビシッと伸ばすのがコツだ。手だけで握るのでは無く、全身で握るんだ」

「お、おう……」

 

 セイバーはちょっと引いていた。料理に掛ける彼の情熱の一端を垣間見た気がする。

 

「……ところで、セイバー。一つ質問をしてもいいか?」

「質問? 別に構わないけど?」

 

 首を傾げるセイバーにアーチャーは躊躇いがちに問い掛けた。

 

「君はその……、死ぬのが怖いか?」

「……は?」

 

 予想外の問いにセイバーは目を丸くした。

 

「ああいや、ちょっと違うな。君がもし、君で無くなるとしたら……、どうだ? その、自分の意識が全く別のものに塗り替えられたら……、どう思う?」

「じ、自分の意識が全くの別物に?」

 

 考えてみて、ゾッとした。何で、急にそんな質問を投げ掛けて来たのかサッパリ分からないけど、アーチャーの眼差しはとても真剣だった。

 冗談の類で聞いているのでは無いらしい。

 

「自分の意識が全くの別物に塗り替えられたら……か、それは怖いよ。当然だろ? だって、そんなの……」

 

 死んだも同然だ。

 セイバーがそう口にした瞬間、アーチャーの表情が僅かに歪んだ。

 今にも泣きそうな顔をしている。

 

「……怖いんだな? やっぱり、君も消えたり、死んだりするのは……、怖いんだな?」

「あ、当たり前だろ? だって、死ぬなんて……。聖杯戦争が終わったら消えるしか無いって分かってるけど、それだって、本当は怖くて仕方が無いんだ」

「――――ッ」

 

 アーチャーの意図が分からぬまま、セイバーは言った。

 

「ああ、言っておくけど、この事は士郎君には内緒だよ? 言ったら、また、無茶をしそうだから……」

「……ああ」

 

 その声は震えていた。

 

「ど、どうしたんだよ、アーチャー。何だか、君らしく無いよ?」

 

 そう言ってから、セイバーは目を見開いた。

 彼らしくないどころじゃない。セイバーは今になって、アーチャーの異常さに気が付いた。

 気付いた瞬間、今までの彼の行動に対する違和感が一気に強まった。

 学校でライダーと遭遇した時、彼はセイバーを護る為に必勝の好機だったにも関わらず、ライダーに離脱を許した。

 士郎が攫われた時、自らが助けに向かうと言って、実際に助け出した。

 ゲームでのアーチャーは決してそんな行動を取らない。だって、彼の目的は――――、衛宮士郎を殺す事なのだから……。

 今の問答にしても、明らかに奇妙だ。こんな泣きそうな表情を浮かべるのも……、

 

「アーチャー……、君はもしかして――――」

 

 セイバーが湧き出た疑問を口にしようとした時、唐突に屋敷中の電気が消えた。同時に鐘の音が鳴り響く。

 屋敷に張られている結界が見知らぬ人間の侵入を感知したらしい。

 

「凛!!」

 

 アーチャーの視線の先を追う。そこに凜を抱えたキャスターの姿があった。

 キャスターはローブの向こうで微笑むと。恐ろしい速さで円蔵山に向って飛んで行く。

 

「おのれ――――ッ」

 

 瞬時に飛び出していくアーチャー。

 瞬間、嫌な胸騒ぎがセイバーを襲った。

 この感覚、覚えがある――――!

 

「士郎!!」

 

 魔力放出を使い、一足で道場の中に飛び込む。

 そこには意識を失っている士郎と彼に短剣を突き立てているキャスターの姿があった。

 

「馬鹿な……、じゃあ、さっきのは――――」

「単なる囮よ。どっちにしようか迷ったのだけど、アーチャーは少々厄介だから、貴女の方にしたわ」

「士郎君を放せ!!」

 

 不可視の刃を構え、猛るセイバー。対して、魔女は悠然と微笑む。

 

「私に命令が出来る立場だと思って? 私がほんの少し指を動かすだけで……」

 

 士郎の首に一筋の切り傷が出来た。

 流れ出す血にセイバーは目を見開いた。

 

「や、やめろ!!」

「止めて欲しいなら、まずは剣を置きなさい」

「わ、わかった!! だから、士郎君をそれ以上は――――」

「私はノロマな人間が嫌いなの。さっさと置きなさい」

 

 更に深く、士郎の首に切り傷が出来る。

 セイバーは慌ててエクスカリバーを床に落とした。

 

「こ、これでいいだろ!?」

「ええ、まずはそれで結構よ。じゃあ、次は――――」

 

 キャウターは言った。

 

「私のモノになりなさい、セイバー」

「……なんだと」

 

 怒りに歯軋りをしながら、セイバーはキャスターを睨み付けた。

 

「今、私には戦力が必要なのよ。本当なら、この坊やも欲しいところなんだけど、貴女が自分から私に協力すると約束するなら、坊やの命は助けてあげる」

「……本当に、士郎君には手を出さないのか?」

「ええ、私としても、この子の事は気に入っているから、貴女が素直に私のサーヴァントになるなら、この坊やの事は見逃してあげる。ただし、私のサーヴァントになったからには命懸けで尽くしてもらうけれど――――」

「分かった。それで士郎君が助かるなら構わない」

「……随分と素直ね。貴女、死ぬのが怖いんじゃなかったかしら?」

「……それより怖い事があるだけだ。士郎君を放せ」

「――――そう。そんなに大切なのね、この坊やが」

 

 セイバーは肯定も否定もせず、武装を解除した。

 いつも着ている士郎のお古姿に戻る。

 

「俺の事は好きにしろ。ただし、士郎君には手を出すな。士郎君に手を出したら、その時は――――」

「ええ、承知しているわ。貴女の対魔力はキャスターにとって、あまりにも大き過ぎる脅威だもの。素直に従うと言うのなら、余計な事はしない」

 

 キャスターがそう呟いた途端、士郎が苦しげに喘いだ。

 

「……やめ、ろ。セイ、バー」

「あらあら、思ったよりやるわね、坊や。自力で回復するだなんて――――」

 

 キャスターは感心したように言う。

 

「……いく、な、セ、イバー」

 

 苦しげに言葉を搾り出す士郎。

 セイバーは首を横に振り、言った。

 

「ごめん、士郎君。一緒に生き残る約束……守れそうにないや」

 

 諦めたように、セイバーは言った。

 

「凛とアーチャーなら、君を守ってくれる筈だ。俺の事は助けようとするな」

「まて……、まって、く……れ、セイ、バー」

 

 セイバーは士郎から顔を逸らし、魔女に向って歩み寄った。

 

「やれ、キャスター。約束は守ってもらうぞ」

「ええ、勿論よ。さあ、受け入れなさい、セイバー。これが私の宝具。何の殺傷能力も無い儀礼用の鍵。ただし、この鍵が解くのは扉でも、宝箱でも無い。あらゆる契約を解くのがこの刃の特性」

 

 突き立てられた歪な形状の刃から赤い光が迸る。

 禍々しい魔力の奔流がセイバーの全身に纏わりつき、彼を律していたあらゆる法式が破壊されていく――――。

 

「ああ、やっぱり、そういう事なのね……」

 

 キャスターはなにやら呟くと、僅かに嗤った。

 

「日野悟。どうやら、貴方は大きな勘違いをしているみたいよ。だけど、安心なさい。その点も私が正してあげるわ。立派なセイバーに仕立て直してあげる」

「なんで……、その名を――――」

「言ったでしょ? ずっと、観察していたって」

 

 それは士郎とセイバーの二人の時間をずっと覗き見していたという事。

 怒りに震えながらも士郎の事を思い、心の奥底に仕舞いこむ。

 

「約束だ。士郎君の事は――――」

「ええ、約束は守るわ、セイバー」

 

 そう言って、キャスターは士郎から手を離した。

 

「さあ、ついて来なさい、セイバー」

「ま……て、まって……く、れ」

 

 呻く士郎にキャスターは薄く微笑む。

 

「諦めなさい。貴方の可愛いセイバーはもう私のもの。彼にはこれからじっくり役に立ってもらうわ」


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