【完結】Fate/stay nightで生き残る   作:冬月之雪猫

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幕間「……了解した。地獄に落ちろ、マスター」

 初めて、女を知ったのは中学に上がったばかりの頃だった。魔術という神秘の存在を知り、必死に探求の日々を送る彼の目にソレが飛び込んで来たのは全くの偶然だった。

 親に捨てられた憐れな少女。彼は彼女をそう評していた。だから、それなりに優しく接してあげていた。だから、彼女がふらついているのを見て、いつものように声を掛けた。ただ、体調を気に掛けての行為だった。けれど、振り向いた彼女の口元を見た時、彼は絶句した。

 幼く、無垢である筈の彼女の口元を汚しているのは真紅の血液。まるで、マナーを知らぬ子供がケチャップで口周りを汚してしまったかのように赤々としている。

 

『ど、どうしたんだよ、それ……』

 

 変な病気かと思った。さもなければ、どこかにぶつけて怪我をしたのでは、と心配した。

 けれど、どちらも違った。少女が出て来た場所は彼がそれまで知らなかった扉の向こうだった。言い知れぬ恐怖に襲われながら、恐る恐る中を覗き込んだ時、彼は地獄を知った。

 無数の死が溢れていた。どいつもこいつも肉体が損壊している。

 

『あ、ああ……ああああああああああああ……――――!!』

 

 逃げ出した。あらゆるものから目を逸らし、部屋に飛び込んでベッドを被った。

 今見た光景は全てが嘘に違いない。目が覚めたら、いつものように暗い表情を浮かべた義妹に渇を入れてやって、魔術の修練に励むのだ。

 だから、今は眠ろう。何も考えずに眠ろう。

 大丈夫。目が覚めたらきっと――――、

 

『……あれ?』

 

 気が付くと、彼は暗い部屋の中に居た。

 そして、視線の先には義妹が立っていた。その姿があまりにも――――艶かしくて、彼は陰茎を勃起させた。

 知識はあった。サンプルとして、身近な少女に悪戯をした事もあった。だから、自分が発情している事を彼は瞬時に悟り、愕然となった。

 だって、アレは義妹だ。血の繋がりは無くとも、そんな対象として見た事は無かった。なのに、今は彼女を押し倒したくて仕方が無い。

 

『……って、何考えてんだよ、ぼくは』

 

 必死に理性を働かせる。本能のままに動けば、取り返しのつかない事になる。

 自分が自分のままで居られなくなる。そんな恐怖が彼を押し留めた。

 けれど、留まっていられたのは彼だけだった。

 空間内には彼以外にも男が大勢居たらしい。誰も彼もが衣服を身に着けて居ない。

 

『オ、オレのもんだ……。あの……、女の子は……オレの……』

 

 醜悪の極みだった。勃起した陰茎をぶら下げ、男達は義妹に歩み寄る。

 中には既に白く濁った先走りの汁を垂らしている者までいる。

 

『ふ、ふざけんな!!』

 

 彼は飛び出した。それは若さ故の無謀であり、女を知らぬが故の脱却であった。

 素っ裸で、勃起した陰茎をぶら下げているという点では五十歩百歩であったが、少なくとも彼は彼女を守ろうと立ち上がり――――、彼女に近づいてしまった。

 それが運の尽きだった。彼はただ、蹲り、事が終わるまで耐え抜くべきだった。けれど、彼女に近づいてしまった事で囚われた。

 未だ、成熟には程遠い肢体。なのに、その姿はどこか優美で、奇妙な色艶を感じさせる。その臭いが、仕草が、顔が、体が、全てが男を誘う為に出来ているかのようで――――、彼も理性を失った。

 我先にと男達は少女を抱く。時間を忘れ、寝る暇も惜しみ、自らの欲望を吐き出し続ける。

 匂い立つような色気を放つ少女を慰み者とする暴漢達。けれど、真に喰われているのは彼等の方だった。

 壊すより先に壊された男達の肉を少女は咀嚼し始める。自らの肉体が喰われている現実を認識しながらも、その顔に浮かべるのは快悦の笑み。

 狂気が支配する空間。それでも彼は生きていた。生き永らえてしまった。

 

『さくら……。お前は……――――』

『……不味い』

 

 肉を咀嚼しながら顔を顰める桜に慎二は溜息が出た。

 狂気に中てられたからなのかどうか、彼自身にも分からない。

 

『そんなおっさんの肉が美味い訳無いだろ。まったく、本当にトロいな、お前は――――』

 

 何を馬鹿な事をしているんだろう。

 自嘲の笑みを浮かべながら、慎二は自らの腕を桜に向けた。

 

『こっちを食べてみろよ。きっと、美味いぞ』

 

 ただ、不味いと言いながら汚らわしい中年男の肉を食べる義妹が哀れだった。

 どうせなら、美味しい物を食べさせてやりたい。

 桜が男の死骸を放り捨て、近づいて来る。小さな口を開け、慎二の指を口に含む。

 痛みは無く、くすぐったさを感じた。

 

『おいおい、味見のつもりかよ』

 

 苦笑する慎二に桜はキョトンとした表情を浮かべ、小さく頷いた。

 その仕草に笑った。生まれて来て、初めて大笑いした。

 

『美味しいか?』

 

 一心不乱に指を舐める義妹に慎二は問う。

 コクンと頷く桜に再び笑う。

 

『舐めるだけでいいのかよ?』

『……もったいない』

 

 ボソリと呟く桜の言葉に慎二は涙を流して笑った。

 

『舐めるだけでいいなら、いつでも舐めさせてやるよ。不味いもんばっかり喰ってたら嫌になるだろ? 口直しくらいは用意してやらないとな。何と言っても、僕はお前の兄貴なんだから』

『……うん。ありがとう、お兄ちゃん』

 

 再び、男達の骸に歯を立てて咀嚼を始める桜。慎二は黙って、その光景を見つめていた。

 その日を生き延びた慎二は毎日、桜の食事を見守り、最後に指を舐めさせた。

 不思議な事に彼の陰茎が反応したのは最初の日だけだった。それ以降、彼が義妹の前で発情する事は無かった。

 理由は明白。彼女が彼を例外と扱ったのだ。毒婦の瘴気に惑わされ、食われていく男達への同情心など欠片も湧かなかった。

 ただ、食事をする彼女の顔が不味さに歪むのが可哀想だった。

 

『まったく、こいつらは出来損ないだな。ジャンクフードばっかり食べて、不摂生に生き来たんだろうよ。まったく、不味い肉を喰わされる桜の身にもなれってんだ』

 

 少年のブラックユーモアな言葉も少女には届かない。何故なら、彼女はとうの昔に壊れているから。

 少年を生かしている理由も単に美味しいからに過ぎない。だから、彼の肉の味が落ちれば、彼女は彼を殺すだろう。

 だけど、彼はここに来るのを止めない。

 

 そして、現在に至る。この家の当主、間桐臓硯が衛宮士郎の召喚したサーヴァントを特別視している事は知っていた。

 義妹の食事風景に時折紛れ込む時代錯誤も甚だしい格好の少女の正体を予め彼女自身の口から聞かされていたからだ。どうやら、永い間ここに閉じ篭っていたから、話し相手を欲していたらしい。

 彼女の名はアルトリア。前回の聖杯戦争の終盤、アーチャーのサーヴァントと戦っていた彼女は聖杯に呑み込まれ、自我の大半を失い、代わりに第二の生を得た。

 名前と聖杯への渇望を残し、彼女は全てを失った。生前の記憶も曖昧な上、それに対する執着心も無い。だからこそ、彼女は聖杯を手に入れようとする臓硯と協力関係を結んだ。聖杯を得る事だけが目的であり、それ以外に何も頓着しない彼女。

 目の前で凄惨な殺人や食人行為が行われようと、眉一つ動かさない。ただ、最後に聖杯さえ得られれば、後はどうでもいいのだと言う。

 

『――――俺、お前が嫌いだ』

 

 慎二が言うと、アルトリアは『そうか』と微笑んだ。

 自我の大半を失い、感情も希薄となった彼女にしては珍しい事だった。

 

『私は嫌いじゃないぞ、シンジ。いつ喰われるかも分からないのに、義妹のデザートになり続けるお前は見ていて飽きない』

 

 元からこうだったのかは分からないが、この女は生粋のサディストだ。

 乾いた笑い声を発しながら、慎二は親友を思った。

 ああ、こいつをあいつに会わせたらやばいな……、と。

 だから、アルトリアの隠れ蓑として呼び出したスケープゴートを引き連れ、彼は士郎と対峙した。

 宝具である鮮血神殿を発動すれば、有利な状況で戦えた筈なのに……。今にして思えば、浅はかな行動だった。けど、焦りがあったのだ。臓硯がいつ、本格的に動き出すか分からなかったから。

 アイツのサーヴァントを片付けて、さっさとリタイアさせるつもりだった。

 だけど、勝てなかった。あの単細胞の事だから、煽れば勝手に自滅覚悟の特攻を仕掛けて来ると思った。一応、中学時代からの腐れ縁で、それなりにアイツの事を理解してるつもりだった。

 マスターを人質にすれば、サーヴァントなんて木偶も同然。いや、取らなくても、あのセイバーは木偶だった。

 予想外だったのは士郎の強さだ。宝具を生み出すなんてデタラメ過ぎる。結局、セイバーを殺そうと動いたライダーの意識が一瞬士郎に向けられ、そこをやられた。

 

「――――衛宮は自業自得だ。僕は助けてやろうとしたんだ。なのに、自分から……」

 

 いつものように義妹の食事を見守りながら、慎二はぼやく。

 臓硯の命令とは言え、あの家に居る間は桜も人間に戻れた。だから、その礼のつもりもあった。

 あいつはサーヴァントなんて捨てて、日常に戻れば良かったんだ。

 そうすれば、誰も傷つかなくて済んだ。

 

「……兄さん」

 

 桜が甘えるように囁く。いつものおねだりだ。手を差し出すと、嬉々として舐め始める。

 慣れた習慣。

 

「……よく、飽きないな」

「えへへ……」

 

 どいつもこいつも馬鹿ばかり。臓硯も例外じゃない。魔術に関わる人間はどいつもこいつも大馬鹿野郎で、ロクデナシだ。

 

「なあ、アルトリア」

「なんだ?」

「お前は聖杯さえ手に入れば良いんだよな?」

「ああ、その通りだ、シンジ」

「だったらさ――――」

 

 慎二の提案にアルトリアは楽しそうに微笑んだ。

 

「ああ、お前は――――だから、好ましいんだ。けれど、今はその時じゃないな。それに迂闊が過ぎるぞ」

 

 そう言って、アルトリアは慎二の腹部に容赦無く貫き手を差し込んだ。

 

「……なに、を」

「私の対魔力の影響でこいつと臓硯本体とのラインは切断状態にあるが、私から離れたら、そいつは直ぐに本体に告げ口をするだろう」

 

 慎二の腹から摘出した蟲を潰しながらアルトリアは言う。

 

「桜に治してもらえ。この程度の傷なら塞げるだろう。もう、あまり迂闊な事は言わない事だ。時が熟すまではな……」

「……ああ、そうするよ。その時になったら……」

「ああ、私はお前の剣となろう。あのような妖怪より、お前のような道化の方が好ましい。だが、どうせ踊るなら上手に踊れ。私の知っている道化は……、最期まで見事に踊り切ったぞ」

 

 どこか懐かしむように呟く。

 

「……ふーん。昔の事、少しは思い出したのか?」

「いいや、殆ど思い出せない。だが、あの者の事はそれなりに覚えている。面白い男だった。常に私達を笑わせてくれたよ」

「名前は?」

「……困ったな。奴に笑わせてもらった事は覚えているのに、思い出せない」

 

 眉を八の字に歪めて唸る彼女に慎二は笑った。

 

「まあ、お前の伝承にある道化っていうと、一人しか居ないし……」

「なんだ、知っているのか?」

「たしか……、ディナダンだっけ」

「ディナダンか……。ああ、そんな名だった。奴は……、実に面白い奴だった。お前には奴に通じるものを感じるよ。まあ、奴の方が何枚も上手で、お前のように無様な結果を残す事は無かったがな」

「……よっぽどお気に入りだったんだな」

「ああ、そのようだ。奴に関しては話していて気持ちが良い」

 

 ご満悦な様子の元王様。彼女の伝承通りなら、それも当然かもしれない。

 道化のディナダン。彼は王と騎士の狭間にある溝を埋める役割を荷っていた。円卓の不和を未然に防ぎ、全てを笑いに変える男。

 彼がモードレッドに殺されたからこそ、円卓はバラバラとなり、ブリテンは滅んだ。

 アーサー王にとって、彼の重要度は他の側近と比べても低くなかった筈だ。

 

「……はは。それにしても、今日は随分とお喋りだな」

「ああ、久しぶりに外に出たからな。それにお前の企みは実に愉快だ。今直ぐ、全てを捨てて逃げれば、それなりの人生を歩める手腕を持っている癖に、破滅と絶望しか無い選択をするお前は実に良い」

「……うるさいな。僕はただ……、桜に美味しいものを食べさせてやりたいだけだ」

 

 顔を背けながらも義妹に指を舐めさせ続ける慎二にアルトリアは言った。

 

「お前はディナダンになれるかな……?」

「途中で死んでどうするんだよ……」

 

 夢半ばで散った道化と一緒にされたくない。不平を零す慎二にアルトリアは笑った。

 

「ああ、そうだな。貴様はキチッと踊り切れよ、シンジ」

「……そのつもりだよ」

 

 

 月を愛でながら、魔女は謳う。

 

「セイバーの仕上がりも上々。策も万全。これで漸く、打って出られるわ」

 

 彼女の膝には黒髪の少女が頭を乗せて眠っている。

 

「不思議そうな顔をしているわね、アーチャー」

 

 庭に立ち、怪訝な表情を浮かべている弓兵に魔女は微笑む。

 

「……その娘がセイバーだと?」

「ええ、その通りよ。もしかして、そこまでは知らなかったの?」

「どういう意味だ……」

 

 眉を顰めるアーチャーにキャスターは言った。

 

「衛宮士郎が召喚を行った際、彼の内に埋め込まれている聖剣の鞘が寄り代となり、他のどの英霊よりもアーサー王が優先的に召喚される。“全て遠き理想郷”に縁を持つ英霊は他にも居るけれど、聖杯を手に入れる事を世界との取引材料としたアーサー王を差し置いて、マーリンやモルガン、アコロンといった英霊達が召喚される事は無い。彼女が聖杯を諦めでもしない限りは……」

 

 キャスターは少女の髪を撫でながら呟く。

 

「けれど、衛宮士郎がアーサー王を召喚する事は世界に大きな矛盾を生じさせてしまう。だって、アルトリア・ペンドラゴンは既に召喚されている。他の英霊ならば、同時に写し身が二体召喚される事もあるかもしれない。例えば、ヘラクレスをセイバーやアーチャー、バーサーカーといった、彼に適合するクラスにそれぞれ召喚する事は可能なのよ。何故なら、彼は英霊・ヘラクレスという本体から伸びる触角に過ぎないから……。同じ存在が同時に存在していても矛盾は生じない。だけど、アルトリアは違う。彼女の本体は生きている。それ故に伸ばせる触角も本体の意思を乗せた一つのみ。なのに、既に触覚を放っている彼女を新たに召喚させようと思ったら、どうなると思う?」

「……彼女の精神は既に召喚されている方のセイバーに宿り、後から召喚された方には霊魂のみが召喚される。それ故に、精神を補完する為、世界は日野悟の精神を――――」

「違うわ。そうじゃないのよ、アーチャー。全部が全部ってわけじゃないけれど、肝心な所を勘違いしている」

「どういう事だ……?」

 

 困惑するアーチャーにキャスターは語る。

 

「アーサー王は将来的に英霊化が確定している英雄。だからこそ、彼女の英雄としての情報はアカシック・レコードに刻まれている。彼女が悲願を成就し、英霊の座に収まる為の空間が既に用意されているのよ。衛宮士郎はその将来的にアーサー王が英霊となった場合を想定し、世界が準備した彼女の英雄としての情報を引き寄せたの」

「……すまん、よく分からない」

 

 彼女の難解な言い回し故か、アーチャーは眉間に皺を寄せている。

 

「簡単に言うと、英霊では無く、世界に刻まれた英霊としての情報……即ち、彼女の設定だけを呼び寄せたという事よ。髪の色はこうだ。瞳の色はこうだ。剣の腕前はこうだ。過去はこうだった。宝具はこういう物だった……、などなど。だけど、肝心要の本体が無かった。だから、設定を適当な魂にくっつけて、無理矢理アーサー王に仕立て上げ、召喚に応じさせたというわけよ」

「な、なんだそれは……。では、日野悟は!!」

「ええ、完全に巻き込まれただけの一般人。衛宮士郎ともアーサー王とも縁の無い、根源に浮ぶ無数の魂の内の一つ。ただ、アーサー王の情報を植え付け、召喚に応じさせる為だけの……言ってみれば、着せ替え人形ね。だけど、彼の魂は結局、日野悟のもの。だから、完全なアーサー王とはなれず、いつまで経っても剣の腕は上達しないし、宝具の使い方も理解出来ない。それに、彼自身も鏡を見て思ったみたいだけど、その外見も元の日野悟に戻り掛けている」

「な、なんだと……?」

「眉の形や耳の形なんかを見て、違和感を感じ取っていたみたいよ。見覚えがある気がするって……。当然よ。それは生前の自らの顔の特徴だったのだから」

 

 キャスターの言葉にアーチャーは目を丸くした。

 

「では、日野は何もせずとも元の姿に戻れるという事なのか?」

「そう単純じゃないわよ。そもそも、初めの肉体作りの際にアーサー王の情報が大きく作用したから、性別だって、女の子だし、髪の色や瞳の色も生前とは違う。だから……、ある程度までは戻れるかもしれないけれど、完全には戻れない。中途半端に戻った末に……、恐らく壊れてしまう」

「な、何故……」

「考えてもみなさい。今は生前と完全に別人だからこそ、性転換や諸々の異常を無視出来ている。大きな混乱が小さな混乱を抑え付けているのよ。だけど、その混乱が小さくなれば、他の混乱が明るみに出る。自らの性別の違いをより一層意識する事になり、それが彼を守っていた心の防壁を壊してしまう」

「心の防壁を……?」

「彼は常日頃から現実逃避をしているようなものなのよ。ここは異世界であり、自分は別人なのだ。それに加え、自分には守るべき存在が居る。そういった、自己暗示に近い事を常に考え続ける事で自我を保っている。だけど、一度、自分が自分なのだと認識してしまえば、次々に現実が彼を襲う。そうなれば、彼は瞬く間に廃人となるでしょう」

「ま、まさか……」

 

 慄くような表情を浮かべるアーチャーにキャスターは微笑む。

 

「安心なさい。その為の対策は打った。私には夢がある。宗一郎様と共に未来を歩むという夢が……。その為にセイバーの力が必要だもの。壊したりはしないわ」

 

 慈しむような表情で少女の頬を撫でるキャスターのアーチャーは途惑った。

 

「お前は……」

「聖杯を取ったら、貴方達の事も解放してあげる。邪魔さえしなければ、ある程度は願いも叶えてあげる。例えば、セイバーを受肉させたりとかでも、私なら可能よ」

「……何故」

「正直言って……、気に入らないのよ」

 

 キャスターは呟くように言った。

 

「私も……、神に運命を散々弄ばれた。偽物の愛を植え付けられ、裏切りを強要され続けた……。だから、こうして世界の矛盾を正す道具として扱われた日野に同情してるのかもしれないわ。あの坊やを守る為に我武者羅に頑張る姿も見ていて飽きなかったし……」

 

 キャスターは月を見上げた。

 

「日野悟の魂から必要最低限の情報を除いて、アーサー王の情報を取り除き、再調整したから、髪は黒くなったし、瞳の色も暗い茶色に変わった。今の自分を見たら、きっと自分を自分と認識してしまうでしょうね。でも、目が覚めた時、彼は壊れたりせず、現実に感謝すらするかもしれない」

「一体……」

「簡単よ。彼に夢を見せているの」

「夢……?」

 

 キャスターは悪戯に成功した子供のような可愛らしい笑みを浮かべて言った。

 

「今頃、夢の中で彼は衛宮士郎と新婚さんとしてイチャイチャしてる筈よ」

「……は?」

 

 顔を強張らせるアーチャーにキャスターはセイバーに見せている夢の内容を語った。

 少女趣味全開の内容にアーチャーは真っ白になった。

 

「……お前」

「言っておくけど、これが一番簡単かつ、一番確実な方法よ。彼の心が現実を受け入れられるようにするには――――」

「待て……、待て。いや、幾らなんでもそれは……」

「男の子と恋愛するなら、女の身である方が色々と都合がいいじゃない」

 

 輝くような笑顔で言うキャスターから目を逸らし、アーチャーはセイバーを哀れみの目で見つめた。

 

「偽物の愛を植えつけられて、神を恨んでいたんじゃなかったのか?」

「ええ、恨んでいるわ。だからこそ、私が日野に対してただ甘々な夢を見せているだけよ。それなりに絆の深い男の子に徹底的に女の子扱いされ、ひたすら幸せに身を包まれ続ける夢を見せているだけ。別に、精神を操って洗脳をしてるわけじゃないもの」

「いや……、十分に洗脳の類だろ」

「……貴方にも同じ夢を――――」

「キャスター。そんな事より、明日の間桐邸襲撃の作戦内容について話を詰めておこう」

 

 急に表情を引き締めて話を変えるアーチャーにキャスターは呆れ顔だった。

 

「……まあ、いいわ。何事も無ければ、明朝、間桐邸に襲撃を掛ける。分かっていると思うけど、最も注意すべきは影の存在。アレに囚われたら最期よ」

「どうにかする手立てはあるのか?」

「最悪。セイバーに聖剣を使わせるわ。そうなると、貴方にはアーサー王と影を一時的に押し留める役を担ってもらう事になる」

「構わん。アレを葬りされるのであれば是非も無い事だ」

「そう……。なら、私の勝利の為に死になさい、アーチャー」

「……ああ、心得たよ、一時の主よ。我が命、好きに使うが良い。だが、使うからには確実に仕留めろ」

「勿論よ」

 

 月夜の下、弓兵と魔女が契約を結ぶ。

 

「……しろ、そんなとこ、さわっちゃ……いやん、もう……えへへ」

 

 身悶えし、寝言を呟くセイバーに二人は顔を見合わせた。

 

「どうやら、もうそろそろのようね……。意識が戻り始めている」

「……これで良かったのだろうか」

 

 頭を抱えるアーチャーにキャスターが笑う。

 

「面白い話をしてあげる」

「面白い話?」

「……アーチャー。人はよく、平等って言うわよね? だけど、実際は違う。持つ者と持たざる者が居る。優れた才能を持つ者も居れば、何の才能も無い愚鈍な人間も存在する。人間っていう生き物はそれぞれ作りがちょっとずつ違うのよ。特にそれが男女の違いとなるとね……」

「何が言いたいんだ……?」

 

 キャスターはミステリアスな表情を浮かべて言う。

 

「男と女は脳の構造からして異なるのよ。例えば、男は理論を尊重するけれど、女は感情を優先する。それは脳の構造が違うから故に発生する違い。無論、理論を尊重する女も居るし、感情を優先させる男も居るけれど、それもまた個人差。言葉にしてもそうよ? 男は脳の一部分のみで会話をする。だけど、女は脳全体を使って会話をするの。万人に共通するものでは無いけれど、男の感覚で女の体を操るというのは無理があるのよ。そもそも、生物としての在り方からして、違うから……」

「だから、セイバーを女に近づけようとしているのか……?」

「そういう事よ……。言ったでしょ? 壊すつもりは無いって……。男の感覚のままで居たら、いずれは破綻し、壊れるのが目に見えているもの」

「キャスター……」

「それに……、自分が女性っぽくなってる事に途惑うセイバーも見てみたいし……」

「――――おい! 貴様、それが本当の目的ではあるまいな!?」

「とにかく! 明日は頼むわよ、アーチャー!」

 

 話を無理矢理打ち切り、主である葛木宗一郎なる男の寝室へルンルンと向う稀代の魔女にアーチャーは毒づいた、

 

「……了解した。地獄に落ちろ、マスター」


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