【完結】Fate/stay nightで生き残る   作:冬月之雪猫

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第二十六話「絶望の果て・中」

『このままだと、セイバーは消滅する』

 

 遠坂が発した言葉に俺は立ちつくした。

 

『ど、どうして……?』

 

 漸く搾り出せた言葉がそれだった。

 原因は俺達の間にキチンとしたパスが通っていなかった事。エクスカリバーの発動によって、悟は有していた魔力の大部分を失ってしまったのだ。

 そうなっては、如何に強力な潜在能力を持つアーサー王の肉体と言えど、待ち受ける死を回避する術が無い。

 

『正直、セイバーが宝具を使ってくれなかったら、私達も危なかった。だから、当面の間、以前の彼女の頼みを聞いてあげる』

 

 幸か不幸か、遠坂は以前の悟の嘆願を聞き入れ、衛宮邸に滞在する事になった。けれど、悟はそれから布団で寝たきりとなってしまった。

 

、乱れる感情を落ち着かせる為に一人竹刀を振るう。どんなに汗を流しても、悟が消えてしまうかもしれないという恐怖が拭えない。

 その時、既に英霊召喚から一週間以上が過ぎていた。その間、殆どの時間を二人っきりで過ごしていたのだ。一緒に居て当たり前になっていた。

 だから、急に消えてしまうと言われても受け入れる事なんて出来なかった。

 

 そうして、更に二日が経つ。いよいよ、悟の容態が悪化した。魔力が切れ掛かっている事で苦しみの声を上げる。

 方法はあった。悟を存命させたいなら、魔力を補充してやればいい。けれど、それは――――、

 

『悟……』

 

 消えないで欲しい。そう思いながら、ふらふらと一人で外を出歩いた。

 悟と二人で何度も往復した道。その度に出会う少女が居た。

 

 公園のベンチに座り、手に顔を埋めながら震えている。

 悟を存命させるには人を襲わせるしかない。けど、そんな事、出来る筈が無い……。

 そんな事をさせようものなら、悟は頑なに拒む筈だ。

 

『でも……』

 

 手の甲に視線を落とす。そこには残り一画となった令呪が存在する。

 

『これを使えば……』

 

 例え、悟が拒んだとしても命令を実行させる事が出来る。

 いいじゃないか……。それで別れずに済むなら、赤の他人がどうなろうと……。

 そうした悪魔の囁きを必死に振り払う。

 唇を噛み締め、いつまでも寒空の下で項垂れ続けた。

 

『あれー? シロウってば、なんだか浮かない顔してるー』

 

 いつものように彼女が現れた。暗い表情を浮かべる理由を問うのはバーサーカーのマスター。名はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 買い物の度に顔を合わせる少女とは彼女の事。

 自らの不安の種について、気がつくと彼女にポツリポツリと語っていた。

 

『ふーん……。そっかー、セイバーが消えちゃうのが悲しいのね』

『……ああ』

『……可哀想なシロウ』

 

 心から憐れむように俺を見つめるイリヤ。彼女は少しの間思案の表情を浮かべ、やがて頷いた。

 

『……うん、決めた』

『イリヤ……?』

 

 突然、頬に両手を添えられて、眼を丸くする。

 そして――――、

 

『――――!?』

 

 手足が動かなくなった。むしろ、力を篭めれば篭める程、体が硬くなって行く。

 イリヤの赤い瞳を見つめていると、体が麻痺してしまった。

 

『大丈夫よ、シロウ。セイバーが消えても、私がたっぷりと愛してあげるわ』

 

 そうして、まるでブレーカーが落ちたかのように、意識が暗転した。

 

 次に目を覚ましたのはアインツベルンが郊外の森に保有する城の中だった。

 相変わらず、体は微動だにしない。イリヤは俺をベッドに寝かせ、色々な事を喋った。聖杯戦争とは関係無い昔話だったり、お気に入りのぬいぐるみに関してだったり、話題は取り留めの無いものばかり。

 最初はニコニコと楽しそうに話をしていたイリヤだったが、俺が暗い表情を浮かべたままである事に気分を害したらしく、部屋を出て行った。

 それから何時間経ったか分からない。唐突に扉が開いた。イリヤかと思い、耳を澄ますと、聞こえたのは悟の声だった。

 

『……し、ろう』

 

 やつれ、立っている事さえ辛い状態で悟はそこに居た。

 後ろには遠坂も居て、中に入ると拘束と暗示を解いてくれた。

 身動きが出来るようになると、お礼を言うより先に文句が口を衝いて出た。

 

『なんで、こんな場所まで来てるんだよ!? 布団で寝てなきゃ駄目だろ!?』

 

 怒り心頭になり思わず怒鳴ってしまった。すると、悟もムッとした表情を浮かべて言い返してきた。

 

『君が危ない目にあってるのに……、ジッとなんてしてられるわけ無いだろ!!』

 

 辛そうに荒く息をしながら言う悟に怒りを通り越して悲しみが湧いた。

 いつ消えてもおかしくない。それほど、悟は弱り切っている。

 

『……無茶しないでくれよ』

『はいはい、そこまでよ』

 

 言い争う二人の間に遠坂が割り込む。

 

『思ったより元気そうね』

 

 遠坂はクスリと微笑んだ。

 

『――――まったく。だから言っただろう、凜。この男の事など放っておけと。この手の男はな、周囲に迷惑を撒き散らした挙句、己だけが生き延びるのだ。今回は良い機会だった。見捨てておけば勝手に死んでくれたものを……』

『ア、アーチャー。そんな言い方は……』

 

 アーチャーの棘のある言い方を非難する悟。

 すると、あからさまに侮蔑の表情を浮かべ、アーチャーは悟を睨み付けた。

 

『――――ッハ、なんだ? 頭を地面にこすり付けてまで懇願して来た癖に、この程度の軽口も見過ごせないとは……、やはりポーズだけだったか。主従揃って、恩知らずも甚だしい』

『ストップ。いい加減にしなさい、アーチャー。言い争ってる時間は無いんだから』

 

 遠坂が厳しく言うが、アーチャーが悟を見る目には嫌悪感がありありと浮んでいた。

 

 その後、城からの脱出を試みる四人。

 

『お、おい……、ここって!?』

 

 大胆不敵というべきか、遠坂が脱出経路として選んだのは正面玄関だった。

 堂々と入り口から出て行こうとする四人。そんな蛮行をみすみす見逃す程、この城の主は優しくない。

 

『――――まったく、仕方のない子。私が折角守ってあげようとしたのに、逃げ出そうとするなんて……』

 

 その寒気がするような殺気が篭った声に足が止まる。振り向いた先にはイリヤとバーサーカー。

 戦慄の表情を浮かべ後退ると、彼女は薄く微笑んだ。

 

『お仕置きが必要みたいね。安心しなさい。シロウだけは助けてあげる。私のサーヴァントにして、一生飼ってあげる』

 

 殺意と歓喜の入り混じった声。同時にバーサーカーの瞳に光が灯る。

 戦闘態勢に入る狂戦士に対し、遠坂は強く歯を鳴らした。

 

『――――アーチャー……、少しの間、アイツの足止めをして』

 

 アーチャーは無言のまま、両手に常の双剣を構える。

 

『な、何言ってるんだよ、遠坂!? 幾ら何でも、アーチャー一人でアイツに挑むなんて――――』

『黙りなさい。私達は一刻も早く、ここから離れる。アーチャーにはそれまでの時間稼ぎをしてもらうから……』

 

 遠坂の判断をアーチャー一人が肯定する。

 

『賢明な判断だ。凜一人ならばともかく、足手纏いが二人も居るからな』

『……悪いわね』

『別に構わんよ。そういう君だからこそ、付き従う価値を見出す事が出来た。往け、凜。案ずる事は無い。単独行動は弓兵の得意分野だからな』

 

 遠坂は彼に背中を向けて走り出した。

 アーチャーも振り向かずにバーサーカーを睨み付ける。

 

『……さて、終わらせるのは少々手間だぞ、バーサーカー』

 

 敗色濃厚な敵を前にしながらも不敵な笑みを浮かべる彼にイリヤは苛立ちの表情を浮かべる。

 そして、二騎の英霊の戦いが始まった――――。

 

 森の中に突入した途端、悟が足を縺れさせて転んだ。

 

『――――大丈夫か!?』

 

 既に魔力不足は深刻なところまできていた。

 己を置いて行けと言う悟に耳を貸さず、両手で彼を抱えて走る。

 それから一時間余り――――、唐突に遠坂が足を止めた。

 

『……遠坂?』

 

 遠坂は服の袖を捲った。そこには何も無い。けれど、少し前までは何かがあった。恐らく、それは令呪。

 

『アーチャーは……』

『二人共、ちょっといいかしら?』

 

 声を掛けると、遠坂は振り向き、感情を抑えた声を発した。

 

『このままだと、セイバーは消滅する。もう、時間の問題。恐らく、この森を抜けるより先に……』

『そ、そんな……』

 

 突きつけられた真実に呆然となる。

 ショックで目を見開く俺にセイバーは冷静に告げる。

 

『……そういう事だ、士郎。俺の事は良い。二人で逃げろ』

 

 そう言って、彼はよろめきながら立ち上がる。

 

『令呪を使ってくれ。それで、少しでも足止めをする。アーチャーが犠牲になってくれたんだ……。俺だって、命を賭けなきゃ釣り合わない』

 

 覚悟を決めた悟が聖剣を手に取る。けれど、直ぐによろめいて、剣を杖に肩で息をし始める。

 

『……馬鹿言わないで、セイバー。今の貴女じゃ、令呪を使っても焼け石に水よ』

『けど、他に方法が無いだろ。こうなったら……、イリヤスフィールを狙ってでも時間を――――』

『そんな事をしても無駄よ。稼げても数分』

 

 遠坂は険しい表情を浮かべて言う。

 

『アーチャーを犠牲にした以上、貴女を無駄死にさせるわけにはいかない。死ぬにしても、ちゃんと役に立ってもらう』

 

 遠坂の視線が此方に向けられる。

 

『最後の令呪も使ってもらう事になる。けど、その前にやるべき事があるわ』

『やるべき事……?』

『貴方だって、セイバーをみすみす死なせたくは無いわよね?』

『あ、当たり前だ! セイバーを消えさせるくらいなら……、俺は――――』

 

 最悪の手段を取ってでも――――、

 

『オーケー。じゃあ、覚悟を決めてもらう。セイバーには何としても回復してもらって、三人でバーサーカーに戦いを挑むわ』

『セイバーを回復って……、出来るのか!?』

『……ま、まさか』

 

 遠坂の言葉に何かを感じ取ったらしく、悟は真っ青な表情を浮かべる。

 

『拒否は許さない。私達に士郎の助命を懇願する時、言ったわよね? 『何でもするから、士郎を助けて下さい』って』

『あ……、ああ』

 

 二人が何を言っているのか分からず、困惑する。

 やがて、気まずそうに顔を伏せながら悟は遠坂の隣に立った。

 

『…………分かった。けど、手順が分からない』

『安心なさい。私が手伝ってあげる』

 

 そして、遠坂が俺達を連れて来たのは小さな廃墟だった。どうやら、城に向う道すがら、アーチャーが発見したらしい。

 二階に上がると、月明かりに照らされたベッドが一つ。凜は瓦礫を踏みつけながら傍まで行き、悟をベッドに寝かせるよう指示を出す。

 

『それで……、どうすればいいんだ? セイバーを助けるには人を襲わせるしかないって、前は言ってたけど……』

『現状だと、それは不可能よ。ここはイリヤスフィールの庭だもの。人の魂なんてどこにも無い』

『なら、どうやって……?』

『前に説明したでしょ? サーヴァントに魔力を分け与える方法は共有の魔術とそれ以外の僅かな方法しかないって』

『……そう言えば、パスは通ってるから、魔術以外の方法があるとか何とか言ってたな?』

 

 思い出したように言うと、遠坂は何故か顔を赤らめた。

 

『遠坂、その方法って?』

『……私がサポート出来る範囲だと、方法は二つよ。内一つは荒っぽいし、下手をすると士郎が身動き取れなくなる可能性がある。一人も戦力を欠く事が出来ない状況だから、もう一つの方法を取る』

『それは……?』

 

 詰め寄ると、遠坂は言い難そうに呟く。

 

『長期的に見れば荒っぽい方法だけど、魔術回路をセイバーに移植する方が良いのかも知れない。けど、今は万が一の事態も避けなきゃいけない。士郎には令呪を使ってもらう必要があるから、シンプルかつ安全かつスピーディーな手段を取る』

『そ、そんな方法あるのか? 一体、どうやるんだ!?』

 

 声を荒げて問う。すると、遠坂は頬をますます赤らめて言った。

 

『……抱きなさい』

『……ん?』

 

 よく聞こえなかった。

 

『だから、セイバーを抱きなさい。セックスしろって言ってるのよ』

『お前、何を言ってるんだ?』

『あのね……、貴方とセイバーは霊的なだけじゃなく、肉体的にもパスが通ってるのよ。だから魔力供給に難しい魔術は要らないわ。ようするに活力を与えてあげればいいんだから』

『い、いやでも、お前――――』

『口答えしないの! 性交による同調なんて基本じゃない。それに魔術師の精は魔力の塊だしね。お金に困窮した魔術師は協会に精液を売るって知らない?』

『知るか!! だって、た、立川流は邪教だし黒山羊は迷信じゃないか!!』

『あのね、立川流はちゃんとした密儀だし、黒山羊はれっきとした契約者よ。まったく、どうして男のあんたが拒むのよ。それとも、抱きたくないの?』

『お、俺は――――』

 

 横たわる悟を見た。荒く息をする悟に思わず生唾を飲み込む。

 

『だ、だって、さと……セイバーは――――』

『……士郎』

 

 悟は辛そうに俺の名を呼んだ。

 

『……まあ、あれだ。生き残る為に必要な手段だと割り切るしかない。幸い、見た目だけなら悪く無いだろ? 演技をしてやる余裕は無いけど、口は閉じてるから我慢して抱いてくれ』

 

 その言葉に発作的に唇を噛んだ。違うのだ。我慢するとかじゃない。悟は手段として割り切ろうとしているけれど、俺は――――、

 

『……でも、セイバーは嫌じゃないのか?』

『――――まあ、状況が状況だしな。まさか……、こっちだとは思わなかったが……』

『え?』

『いや……、それより、俺は構わないよ。他の奴が相手なら舌を噛み切ってでもお断りするが、士郎が相手だしな……』

 

 その言葉は聞きようによっては俺になら抱かれても構わないと思っていると受け取れる。

 

『……言っておくけど、ただ射精して終わりじゃないからね?』

 

 忘れていた。ここには第三者が残っているという事実を忘却していた。

 顔を真っ赤にする俺達に遠坂が呆れたように言う。

 

『精を注ぐだけじゃ意味が無いのよ。感覚を共有する為に意識を同時に高みへ到達させる必要がある』

『つまり……?』

『同時に逝きなさい』

 

 その言葉に二人揃って真っ白になる。

 

『でも……、俺はその……、童貞なんだけど……』

『俺だって、どっちも初めてだよ。いや、まさか……童貞より先に処女を失う事になるとは思わなかったが……、幾ら何でも童貞と処女で同時に逝けとか無茶振りにも程が……』

『まあ、その辺もサポートしてあげるわよ』

 

 そう言って、遠坂は悟が横たわるベッドに腰を降ろした――――。

 

 紆余曲折はあったものの、魔力を補充する事が出来た悟は一人広場に立ち、バーサーカーの接近に備えた。俺と遠坂は木の陰に身を潜めている。

 

『悟……』

 

 不安に駆られながら広場で剣を構えている悟を見つめている。

 

『タイミングを間違えないようにしなさい。令呪の効果を最大限に発揮させる為にも戦う直前に発動させるのがベストだけど、いざ発動が遅れて、戦う前にセイバーが死ぬなんて事態はまっぴらよ?』

『わ、分かってるさ』

 

 それから数時間、三人は只管イリヤとバーサーカーの登場を待った。

 けれど、何時まで経っても来なかった。

 

『……待ち伏せに気付いて、機を狙ってるのかしら?』

 

 それから更に数時間。夜が明けても、イリヤは現れなかった。

 

『……ど、どうなってるんだ?』


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