【完結】Fate/stay nightで生き残る   作:冬月之雪猫

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第三十一話「せめて、美味しい御飯を作って、皆に英気を養ってもらおう」

 夜が明けて居間に向うと凜の盛大な溜息が出迎えた。

 

「ど、どうしたんだい?」

 

 セイバーが目を丸くして問うと、凜は苦々しい表情を浮かべて言う。

 

「夜の内に慎二を捕まえようと思って教会に罠を仕掛けていたんだけど、空振ったのよ」

「……はい?」

「――――貴方達がデートしてた頃、こっちも色々と動いてたのよ」

 

 凜は語った。セイバーが士郎やアーチャーを連れて遊んでいる一方で自分達が何をしていたのかを――――、

 

 

「アーチャーの過去の映像を検証した結果、幾つか分かった事がある」

 

 セイバーが士郎とアーチャーを引き連れてデートに行った後、キャスターがそう口火を切った。

 アーチャーを彼等に同伴させた真の理由は単に本人が居る前で彼の過去を穿り返す事が憚られたからだ。まあ、彼にセイバーと過ごす一時をプレゼントしたかった事も理由の一端ではあるが……。

 キャスターが夢を通して開示したアーチャーの過去。キャスターはその中で重要なポイントを幾つかピックアップした。

 

「まず、何より重要な事はマキリの実質的な支配権が途中から間桐慎二に切り替わっている事ね」

 

 アーチャーと彼のセイバーが平和な一時を過ごせた理由は慎二が彼等の時間を作る為にアルトリアを含めた自軍のサーヴァント達を抑え付けていたからだ。

 そんな真似を間桐臓硯が許した事に激しい違和感がある。

 

「……恐らく、“聖杯”が臓硯を見限り、慎二の方に鞍替えしたんでしょうね」

 

 凜は淡々とした口調で告げる。その言葉の真意を目の前の二人は正しく理解している。

 アーチャーの夢では“マキリの聖杯”に関する情報だけがぼやけていたが、少し考えれば分かる事だ。

 

「――――マキリの聖杯の正体は“間桐桜”。恐らく、間違い無いわ」

 

 キャスターが断言する。円蔵山での三竦みの戦いの時点でマキリの聖杯がイリヤと同じ生体である事を確認している。

 加えて、マキリの陣営に所属し、聖杯となり得るだけの資質を持った人間は一人しか居ない。

 

「アーチャーが無意識に記憶を改竄していた理由もソレでしょうね」

 

 イリヤが呟くように言う。

 

「セイバーを自らの手で殺した直後に“マキリの聖杯”の真実を識ったとすれば――――」

 

 険しい表情を浮かべ、彼女は続ける。

 

「アーチャーが剣の鍛錬を行っていた場所に突き刺さっていた二振りの剣は恐らく彼にとっての心の傷を象徴している」

 

 一見すると、ソレ等は二人のセイバーを象徴しているように見えるが、実は違う。そもそも、アルトリアはアーチャーにとって“倒すべき存在”に過ぎない。

 彼にとって、憎悪や憤怒、後悔といった感情は己に向けられたものであり、アルトリアに対しては明確な感情を一切向けていないのだ。

 当然だろう。原因の一端ではあったが、彼女が直接日野悟を殺したわけでは無い。

 二振りの剣が指し示す真の意味は――――、

 

「一方は愛する人。もう一方は……、家族」

 

 アーチャーはセイバーを恋人として愛した。そして、同時に桜の事も家族として愛していた。

 愛する二人を同時に失った。それも……、自らの意思の下で殺害した。

 

「……愛する家族を殺す為に愛する者を殺した。それがアーチャーの後悔であり、彼に立ち止まる事を許さなかった呪いの正体」

 

 イリヤの言葉に凛はやるせなさを感じざる得なかった。直接手を下したのは確かにアーチャーだったが、そうするように仕向けたのは彼の世界の己だった。

 あの時点で彼女は気付いていた筈だ。殺すべき相手が何者であるか……。

 キャスターは眉間に皺を寄せながら口を開く。

 

「――――間桐桜が間桐慎二を選んだとすれば話の筋が通る。今の彼女は紛れもなく怪物。この私ですら、アレを力ずくで御する事なんて出来ない。アーチャーの過去で彼の為に時間を作ろうとしたり、戦いから降ろそうと苦心していた所を見ると、彼は彼女を感情的なもので御しているのだと思う」

 

 それは彼が彼女と築いた家族愛によるものか、はたまた別のナニカか――――、

 

「いずれにしても、間桐慎二を捕らえる事が出来れば状況は大きく前進する事になる」

 

 イリヤの言葉にキャスターと凜が頷く。

 

「でも、どうするつもり? マキリのセイバーはうちのポンコツと違って、難敵よ?」

「……そうなのよね。そこが問題なのよ」

 

 今の戦力では下手に攻撃を仕掛ける事が出来ない。前回の円蔵山での戦いで分かった事はアルトリアがあまりにも強過ぎるという事。

 

「此方の手札を知られている以上、今度は前みたいにはいかない。幾ら策を巡らせても、“最強”が全てを力で捻じ伏せてしまう。慎二を攫うにしても、まずはマキリのセイバーをどうにかしないと……」

 

 三人で知恵を絞っても妙案は浮ばなかった。およそ考え得る限りで最強の布陣を敷いた円蔵山での戦いでも結局打ち倒す事は出来なかった。

 

「……やっぱり、ランサーを味方に付けるしかないわ」

 

 マスターの意向次第で平然と裏切るような真似もする相手を信じる事は出来ないが、贅沢を言っていられる状況でも無い。

 凜の提案に二人は渋面を浮かべながらも頷く。

 

「一応、ランサー陣営の潜伏先は分かっているから、接触は難しくないわ」

「……さすがキャスターのサーヴァントね」

 

 当然の如く敵の居所を掴んでいるキャスターに凜が顔を引き攣らせる。

 

「問題はどうやって交渉するかよね」

 

 イリヤが眉間に皺を寄せながら考え込む。

 

「こっちのスタンスとしては裏切られる前に始末する方向で動くべきだと思う。それを前提とした協力関係を結ぶ以上、カードも選ばなきゃいけない」

「前回みたいに証文を使った契約は論外だし、向こうも恐らく提案して来ないと思う」

 

 キャスターの宝具はあらゆる魔術契約を破棄してしまう。

 

「契約を一方的に破棄する事が出来るのは強みであると同時に弱味ね……。信頼関係を築くなんて不可能だもの」

 

 行き詰ってしまった。キャスターの宝具が交渉の上でとんでもない厄介者になっている。

 此方がどんなカードを出してもバゼットは乗ってこないだろう。

 

「……とりあえず、さっさと結界を張ってしまいましょう。終わるまでにそれぞれ案を練っておく事」

 

 キャスターの言に凜とイリヤが頷く。

 その後、三人は協力して衛宮邸に結界を張り巡らせた。神殿クラスとまではいかないまでも、かなりの完成度だ。

 三人が再び居間に集まり、それぞれが考えた案を出し合うが、到底実行に移せないものばかりだった。

 下手を打ち、ランサー陣営と戦闘になりでもしたら終わりだ。僅かな疲弊も許されない現状、ランサー陣営とは最悪でも現在の停戦状態を保つ必要がある。

 

 三人が睨めっこを続けていると、突然、キャスターが表情を強張らせた。

 彼女のマスターに異常が発生したとの事。彼女の主は夜中に繁華街を徘徊する学生達を取り締まる為に巡回に出ていたのだ。

 しばらくして、キャスターが主とのパスを経由し思念による会話を交わす。どうやら、強力な結界に囚われているそうで、念話を行う為のラインを繋げる事さえ困難で、その分時間が掛かってしまったらしい。

 そして、昨夜のアーチャーとアルトリアの決戦に話は展開していく。

 

 

「……アーチャーがアルトリアを倒してくれたおかげでキャスターも漸く身動きが取り易くなった。だから、盤面を俯瞰し、守勢を転じ、攻勢に出たわけよ」

 

 凜は慎二が監督役を狙う可能性があると告げたキャスターの推理をセイバーに語った。

 

「悲しむ間も惜しんで行動したってのに……、あんまり成果は上がらなかったけどね」

 

 溜息を零し、凜は目を細める。

 

「まあ、全く無かったわけでも無いけど……」

「どういう事?」

 

 セイバーが問う。

 

「まず、同じ推理の下、教会に根を張っていたランサー陣営と接触する事が出来た。その際、キャスターが一時的に協力関係を結ばせる事が出来た。まあ、あの場限りのものだったけど――――」

 

 凜はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「それが一時的なものであると、慎二は知らない。恐らく、アイツは私達の陣営にランサー陣営が加入したと考える筈。そうなると、アイツも下手に動けなくなる。それに、マキリの戦力も把握出来た。想定していた最悪の展開は回避出来たわ」

「最悪の展開……?」

「――――アーチャーとアルトリアが万全な状態で向こうの戦力として復活して来る事よ」

 

 凜の発言にセイバーは息を呑んだ。

 

「貴方もアーチャーの過去を見たでしょ? マキリ……、慎二は聖杯である桜にサーヴァントの再召喚を行わせている。案の定、教会にはアーチャーとアルトリアの姿があったわ」

「そ、そんな――――」

 

 愕然とした表情を浮かべるセイバーに凜も不快そうに肩を竦める。

 

「不愉快極まりないけど……、少なくともアーチャーとアルトリアに理性は見受けられなかった。キャスターの言によると、マキリの聖杯による再召喚には幾つかのデメリットがあるらしいわ」

「デメリット……?」

「一つは“この世の全ての悪”によって汚染される事。それは復活していたライダーを視認した時点で確証を得ているわ。アレは正純な英霊程侵され易いから……」

「アーチャーとアルトリアは理性を保てない程に穢されたって事?」

 

 震える声で問うセイバーに凜は首を振った。

 

「アルトリアに関しては恐らくそうだろうけど、アーチャーは違うと思う。教会でキャスターが確認した所、アルトリアは汚染の度合いが増していたけど、アーチャーはライダーと然程変わりが無かったそうよ。アイツは確かに正純な英霊とは言えないから……」

「なら、どうして……?」

「恐らく、意思を残しておくと不味い事になるからでしょうね」

「不味い事……?」

「叛逆される恐れがあるって事」

 

 問題は山積みだが、光明が無いわけでは無い。

 

「アーチャーの過去を見た時点でマキリの聖杯のデメリットについては考察が出来ていたから驚くには値しないけど……。アーチャーとアルトリアが万全な状態で敵に回ったらと思うと身が竦むわ……。確証が得られた時は本当にホッとしたわよ」

「……だろうね」

 

 セイバーの表情は優れない。己の為に戦い抜いたアーチャーが敵の手に落ち、利用されている事実に愕然としている。

 

「……イリヤがアーチャーの魂を確保する事は出来なかったのか?」

「無理よ。相手は簒奪に特化した聖杯。あくまで単なる受け皿でしか無いアインツベルンの聖杯じゃ綱引きの舞台に上がる事も出来ないわ」

「そうか……」

 

 戦局に大きな変化は無い。マキリ陣営にランサー陣営とキャスター陣営の同盟を永続的なものと勘違いさせる事が出来た事とマキリの戦力を此方が把握出来た事は大きいが、未だに膠着状態を続けるしかない状況。

 

「……それにしても、どうしてその事を直ぐに話してくれなかったんだ? 少なくとも、昨夜の内に教えてくれたって――――」

「アンタ達は居ても邪魔になるだけだもの」

 

 不満を口にするセイバーに凜がすげなく言った。

 思わず閉口するセイバーに凜は呆れたように言う。

 

「自らの無知さを自覚なさい。貴方達の為に一々用語や状況の説明をしてたらまともに作戦の立案も出来ないわ。いずれ、動いてもらう時が必ず来るから、それまでは士郎とイチャイチャしてなさい」

「……凜。俺は――――」

「貴方に出来る事は何も無いわ」

 

 凜は冷たく言い捨てた。

 

「自分が一般人に毛が生えた程度なんだって事を理解しなさい。私はアーチャーのマスターとして、彼の望みを叶える義務がある。幸せにする云々は士郎に任せるけど、この聖杯戦争で貴方を死なせたりしない。主従揃って無鉄砲な所があるから今の内に言っておくけど、絶対に勝手に動いたりしない事。いいわね?」

「……ああ」

 

 返事をしながらもセイバーは焦燥感に駆られていた。

 状況が己の知らない内に進行している。その恐ろしさは言葉にならない程だ。

 けど、己に出来る事は何も無い。あるとすれば、それは己の無力さを自覚する事……。

 

「……ごめん、凜」

「謝る必要は無いわ。貴方は私達の切り札。ここぞという時には確りと働いてもらうから」

「はは……、お手柔らかに」

 

 冷や汗を流しながら、セイバーは朝食の準備に取り掛かる。久しぶりの台所。

 この戦いにおいて、自分に出来る事は極端に少ない。なら、出来る事を全力でやる。

 

「せめて、美味しい御飯を作って、皆に英気を養ってもらおう」

 

***

……というわけで、第二十九話~第三十一話は最終章の導入部でした(∩´∀`)∩

予定だと残り十話程度なので、残り僅かとなりましたが後もうしばらくよろしくお願いします!

 


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