【完結】Fate/stay nightで生き残る   作:冬月之雪猫

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第五話「納得出来ない……」

 話が一段落した後、凛は家に帰って行った。今迄、潤滑油のように存在していた彼女が居なくなると、途端に士郎とセイバーの間には気まずい空気が流れ始めた。

 

「……お茶でも淹れようか?」

「う、うん。お願いするよ」

 

 セイバーの正体が正体だけに、士郎も途惑っている。見た目は同世代の可愛い女の子だけど、中身は大学生のお兄さん。途惑うな、と言う方に無理がある。お茶をあっと言う間に淹れ終えてしまい、士郎は何を話そうか悩みながら戻って来た。

 

「えっと、日野さん――――」

「なんだい?」

「改めて、昨夜はありがとうございます」

「……いや、うん。此方こそ……」

 

 日頃、感謝の気持ちを向けられる事が少なかったセイバーは照れたように笑った。

 

「えっと、体の具合はもう大丈夫なの?」

「あ、はい。もう、バッチリで――――」

 

 何とも空気が固い。何か違和感がある。

 

「なあ、士郎君」

「な、なんですか?」

「その……、無理に敬語は使わなくていいぞ?」

「……すみません」

 

 会話がぎこちない理由は士郎の敬語にあった。彼からすれば、見た目と内面の噛み合わない相手にどう接していいか分からなかったのだろう。だから、とんちきな敬語になってしまっていた。

 

「あと、俺の事はセイバーと呼んでくれ。さすがに、この外見で日野悟を名乗るのは無理がある。周囲に変に思われても面倒だし」

「……うん、分かった。じゃあ、セイバー」

「なんだい?」

「セイバーはこれからどうするんだ?」

「どうするって?」

「だって、セイバーが俺を守ろうとした理由は自我を保つ為なんだろ?」

「……まあ、そうなんだけど」

 

 セイバーは気まずさに耐え切れず、視線を逸らした。

 

「あ、いや、責めてるとかじゃないんだ。ただ、もう心が安定しているなら、無理に俺を守る必要は無いっていうか……」

「何が言いたいの?」

「セイバーは魔術師ですら無い、普通の一般人なんだろ? だったら、無理に戦いに参加する必要は無い。何か別にやりたい事があるなら――――」

「ストップ」

 

 士郎の言葉を遮り、セイバーは溜息を零した、

 

「士郎君。俺が好き勝手に行動したら、君が死ぬ。それは理解してるんだろ?」

「……でも」

「でも、じゃないよ。君の気持ちは嬉しいけど、君の死に結び付くような行動は出来ないし、許容も出来ない。確かに、最初は発狂を防ぐ為に君を守る事を指針としたけど、その為だけに体を張ったわけじゃない」

 

 セイバーは言った。

 

「さっきも言ったけど、子供の死は看過出来ない。とくに、こうして深く関わった相手なら尚更だ」

「俺は子供なんかじゃ――――」

「子供だよ。大学生のお兄さんからしたら、高校二年生の君は十分に子供だ」

 

 意地悪そうな笑みを浮かべて言うセイバーに士郎は呻いた。

 

「君を守る事は俺自身の意思で決めた事なんだ。だから、君に何を言われても止めるつもりは無い。幸い、凛と同盟を結べたし、油断さえしなければ、そうそう危険な目にも合わないだろう」

 

 セイバーの物言いに士郎はぴりぴりした様子で呟いた。

 

「俺は……、だろ?」

「……士郎君?」

「確かに、俺は安全なんだろうけど、セイバーはどうなんだよ?」

 

 温厚な印象の士郎が声を荒げた事にセイバーは目を丸くした。

 

「遠坂との話し合いの時は……、口を挟めなかったけど……」

 

 唇を噛み締めながら、士郎はセイバーを睨んだ。

 

「遠坂との同盟の条件だって、セイバーだけがリスクを負ってるじゃないか!」

「……お、落ち着きなよ」

 

 うろたえるセイバーに士郎は言った。

 

「本当なら、セイバーの方が保護されるべき立場じゃないか!」

 

 肩で息をしながら怒鳴る士郎にセイバーは目を伏せた。

 

「……士郎君」

 

 囁くような声。

 

「俺はもう死んでるんだよ」

 

 その一言に士郎は息を呑んだ。

 

「死んでるんだ。酔って、トレーラーに牽かれて……」

 

 項垂れて、セイバーは腕に頭を乗せた。

 

「あんまり、かっこいい死に方じゃなかったけど、俺の人生はもう終わってるんだよ」

 

 セイバーは深く呼吸を繰り返した。感情の揺らぎを必死に抑えている。

 

「……なあ、聖杯ならセイバーを生き返らせる事が出来るんじゃないのか?」

 

 士郎が名案を思いついたかのような表情で言った。けれど、セイバーは暗い表情のまま、顔を上げた。

 

「聖杯は凜に渡す約束だろ?」

「遠坂だって、話せば分かってくれる筈だ」

「無理だね。彼女は俺を信頼していない。聖杯を譲り渡すという条件を反故にすれば、間違いなく、同盟を破棄される。そうなったら、俺達は詰みだ」

「でも……」

「……俺に聖杯を使う気は無いよ」

 

 ハッキリと断言するセイバーに士郎は「どうして……」と声を震わせた。

 

「同情してくれるのは嬉しいよ。けど、君には俺の事より自分の事を優先して欲しい。君だって、理不尽な状況に巻き込まれている当事者なんだから」

「……セイバー」

 

 拳を硬く握り締める士郎にセイバーは小さく溜息を零した。

 

「話してなかった事がある」

 

 セイバーが言った。

 

「俺が居たのは2014年の東京都なんだ」

「2014年って……」

 

 セイバーが切り出した思いがけぬ言葉に士郎が目を丸くする。

 

「それに……、俺が居た世界には冬木市なんて場所は存在しなかった」

「ど、どういう意味だよ……」

「単純な話さ。俺が元居た世界とこの世界は別物って事。幾ら、聖杯でも、俺を俺として甦らせた上で別世界に送り返す、なんて不可能だろ?」

「それは……」

「だから、俺に聖杯は不要なんだ。意味が無いからね。どうせ、この戦いが終わったら消えるしか無いんだ。だから、俺の事は気にしなくていいよ」

 

 士郎は思いつめた表情でテーブルを睨み付けた。

 

「……元の世界に帰れなくても、この世界でなら、生きられるんじゃないのか?」

 

 その言葉にセイバーは溜息を零した。

 

「確かに、その程度なら可能かもしれないね」

 

 セイバーの言葉に士郎は希望を見出したかのように顔を上げた。けれど、セイバーが浮かべる表情を見た途端、表情が強張った。

 

「元の俺に戻る事も出来るかもしれない。けど、そうなると魔術協会や聖堂教会が厄介だ。聖杯を使い、甦った人間を放逐しておくような組織かい?」

「……それは、でも――――」

「一般人である俺に両組織から逃げる力は無い。解剖されたり、人体実験のモルモットになるような事はごめんだ。だから、結局、俺に残された道は一つなんだよ。後は消え方の問題さ。君を守って消えられたら、ちょっとは格好がつくだろ? 少なくとも、酔って牽かれる死に方よりは――――」

「セイバー!」

 

 士郎は怒りに満ちた瞳をセイバーに向けた。

 

「そんな言い方はやめてくれ。きっと、何かある筈だ! 消える以外の選択が――――」

「……し、士郎君」

 

 すっかり気圧されてしまい、おろおろするセイバーに士郎は言った。

 

「セイバーが俺の事を守ろうとするなら、俺だって、セイバーを守る。消える以外の選択肢を見つけてみせる」

「……士郎君」

 

 セイバーは深々と溜息を零した。

 

「……これ以上話しても平行線を辿るだけになりそうだな」

「俺は……、セイバーが消えるなんて、納得出来ない」

 

 唇を噛み締める士郎。

 良い子だ、とセイバーは素直に思った。自分のように自暴自棄になっているわけでも無く、知り合ったばかりの人間相手にこんなにも思い遣りの気持ちを向けられる人間は稀だと思う。

 

「士郎君」

 

 セイバーは穏やかな笑みを浮かべて言った。

 

「君の気持ちは本当に嬉しいよ。だから、ありがとう」

「……俺は」

「本当なら、君の前に居るのは正真正銘のアーサー王だった筈なんだ。なのに、俺が紛れ込んだせいで、ややこしい事になってる。迷惑掛けて、ごめんね」

「……なんで、セイバーが謝るんだよ」

「分かんない」

 

 クククと笑うセイバーに士郎は肩を落とした。

 

「ところで、本当に具合は大丈夫かい?」

 

 セイバーが心配そうに士郎を見つめた。

 

「顔色が悪い。無理はしない方が良いよ」

「……セイバーにだけは言われたくないな」

 

 深々と溜息を零しながら、士郎は時計を見た。程無くして、チャイムが鳴り、凛が戻って来た。

 同盟を結んだ以上、同じ場所に拠点を構えた方が効率的だと凛が主張し、士郎は離れの洋室を彼女に宛がった。

 

「……実験道具の一つも無いなんて、魔術師として、どうなの?」

 

 文句を垂れながら、凛は一番立派な部屋を占拠し、扉に『ただいま改装中につき、立ち入り禁止』という看板をぶら下げて引き篭もった。

 

「そう言えば、セイバーにも部屋が必要だよな?」

 

 確認するように問い掛けると、「出来れば、君の部屋の隣が望ましい」という返事が返って来た。

 慌てふためく士郎にセイバーは言った。

 

「この身形だし、複雑だとは思うけど、警護の為にも妥協して欲しい」

 

 真剣な表情で言われ、士郎は溜息混じりに頷いた。中身が男であろうと、セイバーの見た目はとびっきり可愛い女の子だ。出来れば、部屋は凛と同じ離れを使って貰いたかった。

 

「もう、どうにでもなれ……」

 

 若干、捨て鉢気味に呟きながら、セイバーを自室の隣部屋に案内し、家財道具の運搬に精を出した。

 

「士郎君。このゲーム、部屋に持っていってもいいかな?」

 

 ほぼ、毎日のように顔を出す、士郎にとって姉のような存在である女性が持ち込む雑貨類の山を見て、セイバーが瞳を輝かせた。

 

「後、このDVDレコーダーとプレイヤーも……」

 

 あっと言う間に殺風景だった部屋が生活臭に溢れた一室に変貌を遂げた。

 

「布団で寝るなんて、久しぶりだなー。とりあえず、リモコンは枕の傍に置いておこう」

 

 嬉々として部屋の改装を行うセイバーに士郎は密かに笑みを零した。漸く、セイバーの素の表情が見れた気がしたからだ。

 セイバーの部屋の改装が終わると、二人揃って欠伸が出た。

 

「ちょっと、一休みした方が良さそうだね、お互いに」

 

 セイバーの提案に士郎は素直に頷いた。疲れがピークに達していて、瞼が酷く重かった。

 自室に戻り、瞼を閉じると、アッサリと意識が闇に沈み込んだ。

 

 目が覚めたのはすっかり、日が暮れた頃だった。居間に行くと、セイバーと凛がお茶を飲みながらテレビを見ていた。お笑い番組を見ながら時折噴出すセイバーを凛が呆れたように見ている。

 

「あ、起きたか、士郎君。ちょっと待っていてくれ」

 

 士郎が顔を見せると、セイバーはとことことキッチンに向った。

 

「セイバー?」

 

 何をするつもりなのか、とキッチンを覗くと、そこには既に完成された食事が並んでいた。

 

「これ、セイバーが作ったのか?」

「そうだよ。これでも、一人暮らしだったから、それなりに料理は出来る方なんだ。士郎君も凛も昨夜の戦いでの疲労が残っているだろうと思って、勝手ながら作らせてもらったよ。冷蔵庫の中身を勝手に使っちゃったけど、不味かったかい?」

「いや、折角作ってくれたんだし、別に構わない」

 

 呟きながら、士郎はセイバーが掻き混ぜている鍋に目を向けた。

 

「味噌汁か」

「豆腐の賞味期限が迫っているようだったから、豆腐中心に作ってみたよ」

 

 小皿で味見をして、セイバーは納得したようにお椀を準備し始めた。

 味噌汁の他は揚げ出し豆腐と鶏肉を使ったチャーハン。まとまりの無いメニューだけど、どれも中々美味しそうに出来ている。

 

「座って待っていてくれ。直ぐに持っていく」

「配膳くらいは手伝うよ」

「ありがとう」

 

 料理をテーブルに並べ終えると、セイバーがお茶を運んで来た。

 

「簡単なものばかりで悪いね。男の一人暮らしで重要なのは簡単かつスピーディーに作れる美味い料理だから、バリエーションがちょっと偏ってるんだ」

「味さえ良ければ文句を言うつもりは無いわよ」

 

 凛はスプーンでチャーハンを一匙すくい、口に含んだ。

 

「うん、合格。悪く無いわ」

「……はは、ありがとう」

 

 上から目線の物言いにセイバーは乾いた笑みを浮かべて礼を言った。

 

「いや、本当に美味いぞ。ちょっと、変わった味付けだな」

「ヴァンプ将軍にならったレシピだよ」

「ヴァンプ将軍……?」

「漫画の登場人物だよ。家庭的な悪の組織のリーダーで、漫画の途中途中に将軍のレシピが掲載されているんだ」

「か、家庭的な悪の組織って、何だよ……」

 

 くだらない話に花を咲かせながら、食事をしていると、凛が思いついたように言った。

 

「これからの事だけど、夕食の当番は交代制にしない? 士郎だって、ずっと一人暮らしだったなら、料理くらい出来るでしょ?」

「ああ、まあ、それなりに」

「今日はセイバーに作ってもらったし、明日は士郎が作ってよ。明後日は私が作ってあげるから」

「……そうだな。二人もこれから家で暮らすんだし、家族と同じだ。飯ぐらい、作るのは当たり前だし、異論は無い」

「決まりね。セイバーもそれでいいでしょ?」

「ああ、構わないよ」

「朝はどうするんだ? 朝飯も交代制にするのか?」

 

 士郎が尋ねると、凛は肩を竦めた。

 

「朝はいいのよ。私、朝は食べない派だから」

「……なんだ、それ。朝飯はちゃんと食べないと、体に毒だぞ?」

「いいのよ。人の生活スタイルにイチャモンつけないでよね」

 

 ふん、と鼻を鳴らす凛に士郎は溜息を零した。

 

「なら、朝は俺達で交代に作る事にしよう」

 

 セイバーの提案に「そうだな」と士郎が頷く。

 

「今後の事だけど――――」

 

 料理が少なくなった頃、凛がおもむろに切り出した。

 

「とりあえず、情報収集を優先的に行うわ。まずは残る四人のマスターについて探る」

「四人? 五人だろ。判明してるマスターはまだ、俺と遠坂の二人だけなんだから」

「何言ってるの? まさか、バーサーカーのマスターの事を忘れちゃったわけ?」

「……あ」

「呆れた。貴方、イリヤスフィールの事を敵だって、認識出来てないんじゃないの?」

 

 凛に白い目で見られ、士郎は小さくなった。

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。あの子を甘く見てたら痛い目を見るわよ? 何と言っても、聖杯戦争を始めた御三家の一つ、アインツベルンのマスターなんだから」

「御三家?」

「この地に聖杯戦争という大儀式のシステムを構築した三つの魔術師の一族の事よ。遠坂にアインツベルン、そして、マキリ。特にアインツベルンは三家の中でも別格の歴史と力と財力を誇っている。加えて、あの子が従えていたのはバーサーカー。理性を犠牲にして、英霊を強くする特殊なクラス。その制御には莫大な魔力が必要なの。並の魔術師なら、御しきれずに自滅するのがオチ。けど、イリヤスフィールは超一流の英霊をバーサーカーとして召喚し、完全に支配していた。……悔しいけど、マスターとしての能力は私達を遥かに超えている」

「しかも、その次元違いの強敵に俺達は命を狙われている……」

 

 げんなりした様子でセイバーが呟く。

 

「まあ、アーチャーに見張りをしてもらうから、怪しい奴が接近して来たら直ぐに分かる。とりあえず、逃げる事は可能だと思うわ」

「情報収集に関しても、アーチャーに一任する他無いな。俺にはサーヴァントの気配なんて分からないし……」

 

 セイバーが俯くと、凛がクスリと微笑んだ。

 

「索敵はアーチャーのクラスの得意分野だから、問題無いわ。それに、此方から行動を起こして、逆に情報を敵に与える方が不味い。基本的に情報収集はアーチャーに担当させるから、士郎は普段通りに生活して、マスターである事を敵に悟られないように注意しなさい。腕の令呪は他人に見られないように隠しておく事と、出来るだけ、人気の無い場所には立ち入らない事。それと、日が落ちたら直ぐに帰って来る事」

 

 指を折り曲げながら言った後、凛は鋭い眼差しを士郎に向けた。

 

「とにかく、単独行動は避けなさい。常に私かセイバーと行動を共にするようにして。令呪を使えば、セイバーもある程度は戦える筈だから」

「……凛、一つ頼みがある」

 

 セイバーが思いつめた表情で凛に言った。

 

「何かしら?」

 

 ぴりぴりとした空気が漂い始める。士郎が堪らず割って入ろうとした瞬間、セイバーが言った。

 

「アーチャーを貸して欲しい」

「……アーチャーを?」

 

 首を傾げる凜にセイバーは続けた。

 

「昨夜の戦いで、少しだけ、この体の使い方が分かった気がする。聖剣を手に取れるようになったし、訓練を積めば、少しはマシになる気がするんだ」

「つまり、士郎を護る為にアーチャーに稽古をつけて欲しいってわけね」

「ああ、頼めないかな?」

 

 しばらく、沈黙が続いた。

 

「……分かった。アーチャーには私から言っておく。貴方が戦力になってくれれば、此方としても助かるもの」

「ありがとう、凛」

 

 朗らかな笑みを浮かべるセイバーに凜は苦笑した。

 

「士郎を守る為に協力する約束だしね」

 

 笑い合う二人を尻目に士郎は一人、孤独を感じていた。二人の間に割って入ろうとした時に上げた手を下ろせずに居る。

 

「……すげー、置いてけぼりにされた気分だ」

 

 夕食を終えると、セイバーは食器を片付け始めた。作ったからには最後まで責任を持ちたいと言うセイバーに士郎は根負けして、ミカンを齧っている。

 凛はと言うと、勝手に風呂を沸かして入浴中。同世代の女の子が一つ屋根の下で裸になっている。その光景を想像しそうになり、慌てて士郎は頭を振った。

 

「ど、どうした?」

 

 その光景をセイバーに見られ、ドン引きされ、士郎が釈明したりなどして、夜が更けていく。

 それぞれ、部屋に戻り、各々、今後の事に思考を巡らせた。

 

 凜はアーチャーと思念でやりとりをしている。

 

『セイバーの事だけど、どう思う?』

『分からんな。素振りを見た限りだと、完全に素人のそれだ。だが、自らの技量を隠蔽している可能性もある』

『けど、あの言動や料理……。とても、演技とは思えない』

『……同感だが、油断は禁物だ。例え、奴の言葉に嘘が無かろうと、それがイコール真実であるとは限らない』

『セイバーには別の何らかの意思が働きかけを行っている可能性があるって言う事?』

『あくまで、可能性の話だが、召喚直後に奴の精神に何者かが働きかけを行った可能性も無くは無い』

『……つまり、現状維持で監視を続けるしかないってわけね』

『別に、倒してしまっても構わんだろう。むしろ、後顧の憂いは断つべきだ』

『却下よ。同盟を結んだ以上、此方から一方的に破棄するつもりは無い。何度も言わせないで』

『……了解だ』

『とりあえず、明日からセイバーに稽古をつけてあげて』

『……本気か?』

『本気よ。別にセイバーの戦闘力を引き上げる事だけが狙いじゃない。剣を交える事で分かる事もあるでしょ?』

『……私は武士では無いのだがな』

『とにかく、お願いね』

『……了解した。探りを入れてみるとしよう』

『言っておくけど、稽古に乗じて殺そうとしたら駄目だからね?』

『……………………ああ、承知している』

『……その間が冗談である事を信じてるからね』

 

 思念での遣り取りを終えた後、凜はベッドに横たわり溜息を零した。

 心情としてはセイバーを信じたい。けれど、彼を取り巻く状況が容易な判断を許さない。

 

「……まったく、厄介だわ」

 

 天井を見上げながら、凜は呟いた。

 

 同じ頃、セイバーも溜息を零していた。

 原作の知識をどう使うかに悩んでいる。セイバーの頭の中には敵のマスターやサーヴァントの情報が全て刻まれている。けれど、安易に口に出す事は出来ない。

 この世界をゲームやアニメとして知っていた。そんな事を口にすれば、今度こそ凛の疑いは確かなものとなってしまうだろう。証明出来たとしても同じだ。

 それに、間桐桜の事がある。彼女は言ってみれば特大の地雷だ。彼女が覚醒してしまうと、辿り着くのは他のルートを圧倒する死亡フラグの連続。さすがに士郎を守り切れる自信が無い。

 それに、最強の敵である英雄王・ギルガメッシュをどう対処するかも思いつかない。少なくとも、俺の力では手も足も出ないだろう。

 

「……俺の身を差し出せば、士郎君達の事は見逃してもらえるかな?」

 

 考えて、直ぐに無理だな、と落胆した。

 恐らく、英雄王の眼力を前にすればセイバーの中身が異なる事など直ぐに看破されてしまうだろう。そうなったら、下手を打つと、彼の怒りを買ってしまうかもしれない。

 

「アーチャーに全てを託すか……」

 

 いや、頼り過ぎても良くないだろう。如何に設定上、天敵とされていても、英雄王が本気を出すと手も足も出ないそうだし……。

 

「最悪、彼と敵対した時点で盛大に自爆するか……。多分、現れるとしたら終盤だろうし……」

 

 先の事を思い悩みながら、セイバーは眠れぬ夜を過ごした。

 

 そして、士郎もまた眠れずに居た。原因は隣に女の子が居るから、では無い。

 

 ――――セイバーを助けるにはどうすればいいんだろう……。

 

 その事を昼間からずっと考えていた。けれど、答えは浮かばなかった。

 理由はどうあれ、セイバーは自分の事を守ろうとしてくれている。なら、自分もセイバーの為に力になりたい。

 でも、力になる方法が分からない。元の世界に帰らせてあげる方法も、この世界で彼が彼として生きられるようにする方法も分からない。

 

「けど……、だからって、消えるしか無いなんて事……」

 

 拳を硬く握り締め、士郎は唇を噛み締めた。

 

「納得出来ない……」


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