【完結】Fate/stay nightで生き残る   作:冬月之雪猫

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第七話「聖杯はもはや、儂の手の内じゃ」

 昼休み、凛に呼ばれ、屋上に向う前に士郎は桜の教室へと足を運んだ。改めて、凛とセイバーの件について謝罪をする為だ。あの家は桜や藤ねえのものでもある。家族に黙って、勝手な真似をしてしまったのだから、謝るのが道理というもの。嘘偽りの無い本心を告げ、頭を下げると、桜は広い心で士郎を許した。

 その後、屋上に向おうとしたらチャイムが鳴ってしまい、結局、凛とは会えず仕舞いだった。

 放課後になり、昼休みの事を謝罪しようと凛のクラスへ向うと、彼女は士郎の顔を見るなりニッコリと笑顔を浮かべた。ツカツカと歩み寄ってきて、そのまま攫うように士郎の手を引っ張った。冷やかしの視線を感じながら、人気の無い場所まで連れて来られた士郎は猛烈な殺気を感じて体を震わせた。

 

「このバカ士郎!」

 

 耳がキーンとなった。ご立腹な彼女を宥める為に笑顔を浮かべると、「へらへらすんな!」と顔面を殴られた。女の子がグーを使うなよ、と士郎は呻きながら思った。

 

「せっかく、人が忠告してあげようと思って、待ってたのに! どうして、来なかったのよ!」

 

 凄い剣幕で迫って来る彼女に士郎はやむなく正直に応えた。

 

「桜のところって、もしかして……」

 

 急に怯えたような表情を浮かべて、彼女は言った。

 

「私が士郎の家で下宿する件で?」

「あ、ああ。朝はうやむやにしちゃったから、改めて許しを請いに行ったんだ」

「……そっか、なら、仕方無いわね」

 

 彼女はそう言うと、あっさりと矛をおさめた。

 

「うん、そういう事ならいいわ。それより、お昼に話すつもりだった事なんだけど―――」

 

 凜が語り始めたのは校内に大規模な結界が構築されているという物騒な内容だった。

 

「刻印が広範囲に渡って仕込まれてる。発動したら最後、学校の敷地全体を覆う巨大な結界が発生するわ。それと、これが重要なんだけど、こんな強力な結界を現代の魔術師に張れるとは思えない」

「つまり……、結界の主はサーヴァントって事か? なら、マスターは……」

「十中八九、学校の関係者ね。ここに結界を張る以上、紛れ込んでいても不審に思われない人間の仕業でしょうから……」

 

 凜が怒った理由を士郎は漸く理解した。こんな大変な事態になっている事も知らず、一日を安穏と過ごしてしまった事に士郎は深く後悔した。

 

「ごめん、俺……」

「今回は大目に見てあげる。理由が理由だったし……」

 

 許してもらえた事に安堵しつつ、士郎は凛に犯人について問い掛けた。

 

「マスターは分からないけど、アーチャーがサーヴァントを捕捉したわ」

「本当か!?」

「ええ、詳しくは後で自分のサーヴァントに聞いてみなさい。撃退したのはアーチャーだけど、襲われたのはセイバーだから」

「セイバーが!?」

 

 愕然とした表情を浮かべ、士郎は凜に詰め寄った。

 

「セイバーは無事なのか!?」

「落ち着きなさい、士郎。セイバーなら無事よ。アーチャーがしっかり守ってあげたみたいだから」

「アーチャーが……?」

 

 予想外の言葉に士郎が目を丸くする。

 

「ええ、だから心配は無用よ。それより、問題なのは、この結界の種類」

「結界の種類……?」

「この結界は発動したが最後、結界内の生物を一つ残らず溶解して、吸収するタイプのもの。魔力で身を守れる私達はともかく、他の魔力を持たない人間は瞬く間に衰弱死しかねない。一般人を巻き込む巻き込まないのレベルじゃない。この結界が発動したら、学校中の人間が皆殺しにされる」

「な……」

 

 言葉を失う士郎に追い討ちをかけるように凜は続けて言った。

 

「分かる? こういうふざけた結界を張らせる奴がこの学校に潜むマスターなの」

 

 警戒を怠るな。彼女が言った言葉が胸に突き刺さる。

 

「遠坂……。この結界を壊すことは―――-」

「とっくに試したけど、無理だったわ。結界の基点は全部見つけたけど、消去は出来なかった。なにしろ、サーヴァントが張ったものだから、私に出来る事なんて、精々基点を一時的に弱めて、発動を先延ばしにする事くらいよ」

「……先延ばしに出来るって事は遠坂が居る限り、発動を阻止出来るって事じゃ――――」

「そう都合良くはいかないわ。もう、結界の準備は完了している。恐らく、魔力さえ溜まればいつでも発動出来る筈よ。その魔力もアーチャーの見立てによれば一週間程度で溜まり切る。そうなったら……、後はサーヴァントかマスターの匙加減次第よ」

「……じゃあ、それまでに学校に潜むマスターを――――」

「倒すしかない。でも、それは難しいと思う。この結界を張った時点でそいつの勝利は確定したも同然。だって、黙っていても結界は発動するんだからね。その時まで、姿を現すとは思えない」

「なら、チャンスがあるとすれば、その時だけって事か……」

「そういう事。だから、今は大人しくしてなさい。その時が来れば、嫌でも戦う事になるんだし、出来るだけ、情報は隠匿しておくべきよ」

「……分かった」

 

 正直、こんな結界を張った馬鹿を野放しにしてはおけないが、正体を掴めない以上、下手に動く事は出来ない。それより、今はセイバーが心配だ。怪我とかしてないといいんだけど……。

 

「私は少し用事があるから、先にセイバーと合流して帰りなさい。寄り道はしない事。いいわね?」

「……了解。でも、用事って何なんだ?」

「大した事じゃないわ」

 

 そう言って、凛は踵を返して離れて行った。不思議に思いながら、士郎はセイバーと合流する為に校門へ向った。門の前でセイバーは空を見上げながら待っていた。

 

「あ、士郎君!」

 

 輝くような笑みを浮かべて手を振るセイバー。下校する他の生徒達の視線が痛い。

 

「……お待たせ。さっさと帰ろう」

 

 セイバーの手を掴み、引っ張るように歩き出す。セイバーは慌てた様子で俺の歩調に合わせて歩き始める。茜色の空の下、二人の影がまるで寄り添っているかのように見える。

 

「……そうだ。ちょっと、商店街に寄ってもいいか?」

 

 士郎が思いついたように言った。

 

「出来れば、陽が沈む前に帰りたいんだが……」

「三十分くらいで済むよ」

「……了解」

 

 渋々頷くセイバーに士郎は凛から聞かされた学校の結界について語った。

 

「……恐らく、結界を張った犯人は俺を襲った女だろう」

「そう言えば、大丈夫だったのか? 怪我とかは……」

「心配いらないよ。アーチャーが守ってくれたからね」

「……ちょっと、意外だな」

 

 士郎は眉を顰めながら呟いた。

 

「アイツ、セイバーを守るより、セイバーを利用して敵を打ち倒すタイプだと思ってた」

「同感だよ。というか、その方法を取れば、アーチャーはあの場で敵を倒せていた筈だ。あんな厄介な結界を張ったサーヴァント。彼の立場からすれば、俺を見捨てた方が効率的だった筈だし、賢明でもあった。なのに、どうして……」

「熱心に稽古をつけたり、アイツはセイバーの事を知ってるんじゃないのか?」

「……その可能性は高いな。俺ではなく、アーサー王の事をだろうが――――」

「よく考えると、最初にアイツがうちに乗り込んで来た時も同盟を結ぶ前だったってのに、迷わずセイバーからランサーを引き剥がして助けたよな」

「……そう言えば」

 

 セイバーは戸惑いの表情を浮かべた。

 

「幾らなんでも、ちょっとおかしいな」

 

 凛の指示があったにしても、彼はセイバーにとって都合の良いように動き過ぎている。

 

「もしかして、アイツ、セイバーの事が好きなのかもな」

「正確にはアーサー王の事をだけどな。そうなると、彼には悪い事をしたな」

 

 原作で彼がセイバーをどう思っていたのかは分からなかった。少なからず憧憬を抱いていたようだけど、果たして……。

 どこか違和感を感じながらも、セイバーは話を切り上げる事にした。どちらにしても、他人の心なんて分からない。

 

「とりあえず、さっさと買い物を済ませて、帰ろう」

「ああ、了解」

 

 マウント深山は深山町の中心部にある唯一の商店街だ。新都の方にはもっと立派なショッピングモールもあるが、深山町の人々は基本的にここで買い物を済ませる。それ故に夕食時であるこの時間はとくに賑やかだ。

 

「やあ、士郎君。今日は可愛い子を連れてるねー」

 

 突然、八百屋の親父が話しかけてきた。びっくりして目を丸くするセイバーを尻目に士郎は談笑しながら野菜を買う。

 

「キャベツはどうだい? 甘いよー」

「じゃあ、それも」

 

 その後も肉屋や魚屋、酒屋で士郎は店主と挨拶を交す。その光景にセイバーは士郎がこれまで生きて刻んできた軌跡を見た気がした。

 時折、セイバーにも話の矛先が向う事もあり、何だか奇妙なくすぐったさを彼は感じた。

 

「凄いな、士郎君」

「なにが?」

 

 帰り道。手分けをして荷物を持ちながら、セイバーが切り出した言葉に士郎は首を傾げた。

 

「俺はあんな風に行く先々のお店で談笑した事なんて無かったよ」

「一人暮らしになる前から、家事は俺が担当してたからなー。子供の頃から通ってるから、すっかり顔を覚えられちゃっただけだよ」

「彼等はまさに士郎君の生きた証だな。君が死んだら、きっと、彼等も悲しむ。一層、君を守らなきゃって思ったよ」

「……セイバー」

 

 瞳に決意の炎を燃やすセイバーに士郎は複雑そうな表情を浮かべた。

 そんな決意して欲しくないというのが本音だ。本当は戦いなんか無縁な生活を送っていたのに、奇妙な運命の下、彼はここに居る。自分を護る為に命を使い捨てるような真似をする。そう言うのは、嫌だ。

 

「俺は――――」

「ストップだ、士郎君」

 

 士郎の言葉を遮り、セイバーは警戒心に満ちた声で囁いた。

 セイバーの視線の先を見ると、そこに彼女が居た。銀色の髪を靡かせる幼い少女、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 

「お、お前は……」

 

 咄嗟にセイバーを庇おうと動いた士郎の前にセイバーが躍り出る。

 

「……イリヤスフィール」

 

 セイバーの声が恐怖で震えている。そんな彼を無視して、イリヤの視線は士郎に向けられていた。

 

「良かった。生きてたんだね、お兄ちゃん」

 

 心の底から嬉しそうな顔で彼女は言った。

 士郎の体を引き裂いた怪物の主が天使の様な笑顔を浮かべ、近づいて来る。

 

「――――お前はイリ、ヤ?」

 

 恐怖で言葉が詰まった。

 

「え……」

「じゃなかった。えっと、そう、イリヤスフィール。えっと、間違えて悪い……」

 

 何で、自分を殺しかけた相手に謝っているんだろう?

 いや、理由は分かっている。何故か、彼女が泣きそうな顔をしているように見えたからだ。

 不機嫌そうな彼女に士郎は慌てた。

 

「わ、悪気は無かったんだ。その、つい……」

「……名前」

「へ?」

「名前、教えてよ。私だけ知らないのは不公平」

 

 一瞬、何の事だから分からなかった。

 

「名前……、ああ、名前か!」

 

 そう言えば、彼女はちゃんと名乗ったけれど、自分はまだ名前を口にしていない。その事に気付いた士郎は頬を掻きながら自分の名を少女に告げた。

 

「……エミヤシロ? 不思議な発音ね」

「俺もそんな発音で言われたのは初めてだよ。それじゃあ、『笑み社』だ。衛宮が苗字で、士郎が名前。呼び難いなら、士郎ってだけ覚えてくれ」

 

 イリヤのあまりにもキテレツな発音に思わずツッコミを入れてしまった。ビシッと鼻先に指を突きつけると、彼女は再び泣きそうな顔をした。

 

「……シロウ。シロウかぁ……、うん、気に入ったわ。単純だけど、響きが綺麗だし、合格よ。これなら、さっきのも許してあげる」

 

 そう言って、彼女はシロウの腕に抱きついた。

 

「ちょっと、待て、イリスフィール! お、お前、何してるんだよ!」

 

 咄嗟にセイバーを見る。彼女はハラハラした表情を浮かべながら様子を伺っている。助けるべきか、状況を見守るべきか迷っているらしい。ここは、自分の力で切り抜けるべきだろう。

 ゴホンと咳払いをして、士郎はイリヤスフィールに視線を戻した。ちょっと、不満気な表情。

 

「私が居るのに、セイバーを見るなんて、どういう了見?」

「い、いや、別にやましい事は何も――――」

 

 思わず言い訳染みた事を口にしてしまった。

 頭を振り被り、士郎は言った。

 

「い、一体、何が目的なんだ!? ま、まさか、陽も沈まない内からやり合おうってのか!?」

 

 腕に絡みついたままの彼女に問う。すると、彼女は実に不思議そうに士郎を見つめた。

 

「変な事を聞くのね。なに? シロウは私に殺されたいの?」

 

 細められた彼女の視線に鳥肌が立った。さっきまでの無邪気な笑顔が嘘のように冷酷なマスターの表情を浮かべる。

 

「……へぇ、よく分かんないけど、シロウがその気なら、予定が早まるけど、ここでセイバー諸共殺してあげるよ?」

「ばっ、馬鹿言うな! 殺されたいわけ無いだろ! それに、こんな所で戦えるか!」

「でしょ? マスターはね、明るいうちは戦っちゃ駄目なんだよ。だから、今は戦わないの」

「いや、分かってるけど、じゃあ、何しに来たんだ? まさか、偶然か?」

「それこそまさかよ。セラの目を盗んで、わざわざシロウを尋ねに来てあげたのよ。感謝なさい」

 

 再び、彼女は年相応な無邪気な笑顔を浮かべる。その早変わりに眩暈がした。

 

「えっと、つまり、イリヤは俺にただ会いに来ただけって事か?」

「そうよ。私はシロウと話をしに来たの。今まで、ずっと待ってたんだもの。勿論、いいわよね?」

「えっと……」

 

 判断を仰ごうと、セイバーを見る。彼も困った顔をしている。

 

「……また、セイバーを見てる」

 

 再び、ご機嫌斜めになるイリヤ。

 

「わ、悪い」

 

 なんで、謝っているのか、自分でもよく分からない。

 

「……まあ、いいわ。セイバー、私とシロウのお話を邪魔するなら、この場で殺す。それが嫌なら、離れていなさい」

「……わ、分かった」

 

 とても冗談とは思えない口振りに、セイバーは素直に従い、士郎達から距離を取った。

 下手に刺激してはまずいと判断したらしい。

 

「さてと、お邪魔蟲は居なくなったし、改めてお話をしようよ。フツウの子供って、仲良くお話しするものなんでしょ?」

「そ、それはそうだけど……。いやいや、俺とお前はマスター同士だし、一度戦った仲だろ! むしろ、敵同士じゃないか!」

 

 士郎の言葉にイリヤは笑った。

 

「何を言ってるのかしら? 私に敵なんて居ないわ。他のマスターはただの害虫。シロウはいい子にしてたら見逃してあげる」

 

 その言葉に背筋が寒くなった。逆らってはいけない。本能がそう、警鐘を鳴らす。

 

「わ、分かった。話をするんだよな? 俺も、イリヤとは話をしたいと思ってたし、構わないぞ」

 

 これは本当だ。どうして、こんな幼い子がマスターとして聖杯戦争なんかに参加しているのか、本人の口から聞いてみたいと思っていた。

 

「やった! じゃあ、あっちに行こう! さっき、静かな公園を見つけたの!」

 

 言うや否や、イリヤはとっとこ走り出した。一瞬だけ、セイバーを見る。彼はコクリと頷いた。

 

「……まあ、なるようになるさ」

 

 観念し、イリヤの後を追いかける。

 公園に到着すると、士郎とイリヤはベンチに腰掛けた。セイバーは入り口の近くで静かに待っている。

 イリヤとの会話は思った以上に穏やかなものだった。彼女は本当に士郎と話がしたかっただけらしく、特別な質問をするわけでも無く、単純に士郎の生活振りに関心を示した。

 

「ねえ、シロウは私の事、好き?」

 

 最後にそんな質問が飛び出してきた。士郎はとまどいながらも肯定した。

 

「……まだ、知り合ったばかりだし、色々あったけど、イリヤの事は嫌いじゃない。少なくとも、今みたいなイリヤとだったら、仲良くなりたいと思ってる」

「ほ、ほんと?」

「ああ、なんか、妹が出来たみたいで、何て言うか、楽しい」

「……そっか」

 

 イリヤは輝くような笑みを浮かべ、士郎に抱きついた。

 

「……ったく、変な奴だな」

 

 文句を言いつつ、士郎は不思議な温かさを感じた。それから一時間くらい話した。

 ありきたりな話をイリヤは大いに喜んだ。それが、どうしてだか痛ましく感じて、士郎は彼女に対する印象を変化させた。

 

「……イリヤ」

 

 この子はあまりにも無邪気過ぎる。もしかすると、善悪の区別すら分かっていないのではと思う程。

 人を殺す事の意味を彼女は理解しているのだろうか? その事を問いかけようと、口を開きかけた瞬間、彼女は突然立ち上がった。

 

「あ、バーサーカーが起きちゃった。もう、帰らなきゃ」

 

 そう言うと、ベンチから飛び降り、彼女は「またね」と手を振って、走り去った。

 呆然とする士郎にセイバーが近寄って来る。

 

「嵐のような子だったな」

「あ、ああ、そうだな」

 

 しばらくしてから、二人は帰路についた。雪のような髪の少女を思いながら……。

 

 その夜は魔術の修行にもあまり身が入らなかった。無理をしても仕方が無いと、切り上げようとした時、土蔵の入り口に人の気配を感じた。視線を向けると、そこには意外な人物が居た。

 

「……アーチャー?」

 

 何故か知らないが、彼の姿を見た途端、士郎の胸に言い知れぬ苛立ちが芽生えた。今まで、話した事など一度も無いし、幾度と無くセイバーを助けてくれた相手。むしろ、好意を持つべき相手である筈なのに、顔を合わせた瞬間、思った。

 この男とは相容れない。何があっても、認められない。

 そう、互いに感じている。ここまで性が合わない相手が存在する事に驚きすら抱く。

 

「……何の用だ?」

 

 士郎が問う。すると、アーチャーは敵意にも似た……否、敵意を士郎に向けた。気圧されそうになる体を必死に堪え、士郎はアーチャーを睨む。

 

「……何の用かって、聞いてるんだ! お前、見張りをしてるんじゃなかったのかよ」

「ああ、お前などに構っている暇は無い……が、見逃せない事があってな」

「見逃せない事……?」

「何故、凛を頼らないんだ?」

 

 その言葉の意味がよく分からなかった。

 

「いや、遠坂の事は頼ってるだろ。むしろ、頼り過ぎなくらいで――――」

「これでは、凛の一人相撲だな。いや、セイバーの……、と言うべきか」

「な、何で、セイバーが出て来るんだよ?」

 

 これ見よがしに溜息を零され、ムカッと来る。そんな士郎をアーチャーは確かな敵意をもって、射抜いた。

 

「やはり、お前はセイバーの言う通りの子供だな」

「な、何を――――」

「他人の助けなど要らない。出来る事は全て自分でやる。その思考はセイバーの思いを蔑ろにしている」

「なっ……、うるさい! 俺はセイバーを蔑ろになんかしてない!」

「していないと、本気で思っているのか?」

 

 数刻、二人は黙って対峙した。先に沈黙を破ったのはアーチャーだった。

 

「……卓越した魔術師が傍に居る。にも関わらず、教えを請わないのは何故だ?」

 

 そう、アーチャーが問う。

 

「……え?」

 

 途惑う士郎にアーチャーは言った。

 

「アレは請えば否とは言わんだろう。その事を貴様も理解している筈だ。にも関わらず、何故だ? 頭を下げるのが恥ずかしいとでも?」

「いや、俺は……」

「セイバーはお前を守る為に最善を尽くしている。自らに足りないものを補う為、凛に助力を求め、私に指導を請う。そんな彼を誰よりも近くで見ていながら、何故、お前はここで一人、鍛錬とも呼べぬ自慰行為に耽っているのだ?」

 

 士郎は応えられなかった。凛に助力を請う為に自らの命すら差し出そうとしたセイバー。アーチャーと一晩中竹刀で打ち合う姿も見ている。なのに――――、

 

「俺はただ……」

「無意味なプライドなど捨てる事だ。大方、女は守る者、とでも決めつけて、彼女達を頼りたくなかったのだろう?」

 

 その言葉は士郎の内面を正確に評したものだった。

 

「なんで、そんな事が―――-」

「分かるさ。お前は実に分かり易い愚者だ。正義の味方でも気取っているのだろう?」

 

 今度こそ、言葉が出なくなった。アーチャーは士郎の心の奥底を見透かした。

 

「本当に守りたいものがあるなら、そんなくだらない考えは捨てる事だ。無様に地を這い、物乞いをしてでも力をつけろ。如何に崇高な理想を掲げようと、力が無ければ無意味だ」

 

 アーチャーは踵を返した。

 

「お、おい――――」

「……後悔したくなければな」

 

 つい、その背中を追いかけようとして、彼の呟きに足が止まった。

 

「それと、一つだけ忠告してやろう」

 

 アーチャーは闇に消えながら士郎に告げた。

 

「セイバーはその身こそ英霊のものだが、中身はたんなる一般人だ。その判断能力は賢明ではあっても、所詮は素人のもの。その事を忘れるな」

「それ、どういう――――」

 

 意味を問い質そうとした時にはもう、アーチャーの姿はどこにも無かった。

 

「なんだ……、アイツ。言いたい事だけ言って……」

 

 まあ、要約すると、考えを貫くつもりなら、プライドなんて捨てて凛に教えを請えって事だろう。じゃなきゃ、セイバーが可哀想だ、と。

 

「アイツ、本気でセイバーの事が好きなんじゃないか?」

 

 結局、今のもセイバーの為の行動に思えた。そう思うと、怒りはふっと消えて、思わず笑ってしまった。

 

 湿った密室の中、少女は一人、階段を降りていく。足下で蠢く無数の蟲が彼女の為に道を開く。その先で、少女を出迎えたのは一人の老人だった。

 

「報告を聞こう」

「……居ました。ただ、中身は異なるようです」

 

 少女の報告を受け、老人はけたたましく笑い声を上げた。

 

「面白い。どうなるか気になっておったが、まさか、そうなるとはな!」

 

 腹を抱えて笑い続ける老人に少女は願う。

 

「お爺様。どうか……、先輩の事は」

「ああ、分かっておる。サーヴァントは倒さねばならぬが、マスターはその限りでは無い。まあ、お前の協力次第だがのう」

「……はい」

 

 老人は背後の空間に視線を向ける。

 

「面白い事になる。お主もそう思うじゃろう?」

 

 暗い影の中に居て、その存在の姿を確認する事は出来ない。

 ソレはただ、肯定を示す動作をするだけ。声一つ上げない。

 老人はそれで満足らしく、歓喜の下、勝利の確信を謳った。

 

「此度の戦、準備は万全よ。聖杯はもはや、儂の手の内じゃ」


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