今日の魔法薬学の授業は異様な雰囲気で始まった。スネイプがやけに不機嫌なのだ。
昨日の一件の関係か何かで急遽グリフィンドールとの合同授業になったらしいのだが、それが原因か?
「ポッター。モンクスフード、ウルフスベーン、アコナイト。これらがどんな物か答えてみたまえ」
バカにしているのかと思う程簡単な問題だが、指されたポッターはチンプンカンプンの様子。険悪な雰囲気のスネイプに指されて緊張しているからか……、
「おい、エリザベス。スネイプの様子、おかしくね?」
「あれ、知らないの? スネイプ先生ってば、グリフィンドールが大っ嫌いな事で有名よ。ついでにスリザリンの贔屓でも」
「ああ、スリザリンの寮監だっけ? でも、あれはいくらなんでもあからさま過ぎるだろ。なーんか、カッコ悪いな」
「えー、可愛くない? ムキになってる感じがあってさ」
「趣味悪いな、お前」
エリザベスの趣味はともかく、これじゃあ授業がつまらない。さっきから、ポッターに集中砲火してばっかりだ。
指示された課題も終わって、暇でしかたがない。
「それよりさ。後でハリーに話しかけてみない? 例のあの人を倒した時の話とか聞いてみたいなー」
「このゴシップ好きめ。私はパスだ。それより、ハーマイオニーとレネに用がある」
「二人に? そう言えば、昨日は大変だったんだよー」
どうやら、私とトロールが遭遇した事をマクゴナガル達は秘密にしているらしい。ゴシップ好きのコイツが知らないとなると、レイブンクローにはまだ噂すら広がっていないようだ。
まあ、レネとハーマイオニーは口がかたい。火種が無ければ、火事は起きないって事だな。
結局、授業はいつもより数段クオリティの落ちたまま終わった。
他の奴等も不満気だ。個人的な感情を授業に持ち込まないでほしい。
「おい、二人共!」
後片付けをしているハーマイオニーとレネに声を掛ける。
ちなみにエリザベスは予告通り、ポッターにちょっかいをかけに行っている。スネイプに虐められたり、ミーハーに絡まれたり、有名人も大変だ。
「エレイン! もう、心配したわよ!」
「だ、大丈夫?」
「おう、バッチリだ! それより、二人は大丈夫なのか? 怪我とかは……」
「かすり傷一つ無いわよ。それよりも! あんな無茶して、もう!」
ハーマイオニーの浮かべた表情はマクゴナガルやポンフリーとそっくりだった。
これは下手をすると説教コースに違いない。私の精神は既にズタボロなのだ、勘弁してほしい。
「そ、それより、二人はどうしてあそこにいたんだ?」
「エドを追いかけていたのよ」
「エドを?」
「昨日、医務室を出てからハロウィンパーティーに参加する為に大広間に向かう途中で彼に会ったの。その時、丁度エレインの話をしていて顔を真っ青にしていたわ。その後、トロール襲撃の報せが大広間に舞い込んできて、飛び出していったのよ。多分、アナタの事が心配になったのだと思う。一人だと危ないと思って追い掛けたら、レネも一緒に来てくれたんだけど、途中でトロールと遭遇しちゃって……」
「……で、あの状況か。そっか……、そっかそっか」
あのモヤシが私の為に……、なるほどなるほど。
「嬉しそうね、エレイン」
「は? べ、別に嬉しくねーし」
「分かりやすいね……」
レネまでクスクス笑いを始めやがった。形勢の不利を悟った私は颯爽と逃げ出す事に決める。
「次の授業に遅れるぞ! ほらほら、行くぞ!」
鞄を掴みあげ、扉から飛び出していく。
「ま、待ちなさいよ、エレイン!」
「待ってー」
二人が追い掛けて来る。私のスピードについてこれるか?
全速力で階段を駆け上がっていると、遠くにスリザリンの一団が見えた。
「おーい、エド!」
声を掛けるとエドは慌てたように顔を逸らした。
なんという暴挙。ちょっと傷ついたぞ。
「無視すんじゃねーよ、エド! エドワード・ロジャー!」
怒鳴りつけても顔を逸らしたままのエドにイライラする。
とっ捕まえてやろうかと思ったが、動く階段に阻まれて近づけない。その内、スリザリンの一団は扉の向こうに消えてしまった。
「なんだ、アイツ! 感じ悪いな!」
「……いや、誰だってあんな大声で名前を呼ばれたら恥ずかしいわよ」
冷静なツッコミが入った。ハーマイオニーとレネがいつの間にか追い付いて来ていた。
「クソッ、ムカムカするな」
「ほらほら、変身術の授業に遅れるわよ。急ぎましょう」
ハーマイオニーに背中を押され、私は渋々その場を離れた。
レイブンクローでは魔法薬学と変身術が好きな授業ランキングの首位を競い合っている。
理論派が大半を占めるレイブンクローの生徒達にとって、魔法薬学は脳髄を心地よく刺激してくれる。
対して、変身術の授業は理論と同時に技術を要求してくる。どちらも他の科目以上の能力を求めてくるから、向上心の高いレイブンクローの生徒のハートをガッチリ掴んでいる。
今日も全員やる気十分だ。
「それでは、授業を始めます」
今更だけど、魔法っていうものは実に不思議だ。杖を振って、変わった言葉を口にするだけで不思議な現象が起こる。
理論は分かってる。私達の中には魔法の源とも呼べる力があって、その力を呪文が現象に変えるのだ。杖や箒、その他の魔法道具はあくまでも補助的なものでしかない。
フリットウィックが教えてくれた杖の振り方も、そのモーションが一番魔法の発動に適した動作というだけ。
魔法史の資料によれば、始まりの魔法使いはマグルの夫婦の間に生まれた突然変異だったそうだ。まだ、理論体系も整っていなくて、杖や箒も無かった時代の魔法使いは自らの意思のみで魔力を制御していたらしい。つまり、魔法を使う上で必要不可欠なモノは魔力のみ。
なら、この魔力はどこから来ているんだ? 私達の肉体はマグルのものとほぼ同一で、一つ余分な臓器があるわけじゃない。
この世界の始まりを誰も知らないように、魔法の始まりを知る事は誰にも出来ないのかもしれないな。それっぽい説明をつけることは出来るかもしれないけど。
それからの数日間、私は事ある毎にスリザリンの一団からエドを掻っ攫うべく行動した。
なのに、一向に捕まらない。完全に私を避けている。
「また君か……」
「なあ、エドはどこに行ったんだ?」
「さて、知らないね。それより、もう少し常識的に行動したまえよ。こう何度も尋ねられるとロジャーだけでなく、僕達にも迷惑だ。寮内でも不快に思っている者がいる。ロジャーを孤立させたいのかい?」
「うっ……、そういうわけじゃねーけど」
「なら、少し落ち着きたまえ。僕からも少し説得してあげよう。後は彼次第だが、とりあえず君は待つ事を覚えるべきだ」
「……いいのか?」
「これ以上、君に僕達の輪をかき乱されては堪らないからね。気づいていないのかい? 君の度重なる訪問は相当迷惑な行為だよ」
ドラコに叱られ、私は大いにへこんだ。確かに迷惑を掛けてしまった。だけど、エドと話がしたかったのだ。
「エレイン」
寒くなってきた季節に合わせて美味しくなってきたシチューを飲みながら考え事をしていると、久しぶりにあの魅惑的な声が聞こえた。
顔を上げると、そこにはエドの兄であるウィルが立っていた。
「ウィル!」
歓声を上げる私に「シーッ」と人差し指を口に当てて黙らせると、ウィルは言った。
「聞いたよ。エドに会おうとしてスリザリンの生徒に迷惑を掛けているらしいね」
どうやら、今日の彼は説教モードみたい。だけど、ウィルの説教なら大歓迎だ。
頬を緩ませる私にウィルは大きな咳払いをした。
「エレイン。エドを気にかけてくれている事は嬉しい。だけど、それで君が敵を作る羽目になるのは容認出来ない。ロイドから相談されたよ。君がスリザリンの生徒に色目を使っていると喚く者が寮内にいると」
「マジ?」
「大マジさ。ロイドが必死に宥めているみたいだけど、これ以上君が騒ぎを起こすようなら庇いきれないと嘆いていた。君が孤立する事をロイドも私も、他ならぬエドだって望んでいない」
「……ごめん」
謝る私の頭をウィルが優しく撫でてくれた。
うーん、やみつきになる。
「エドは養子なんだ」
「え?」
唐突にウィルが零すよう呟いた言葉に私は目を丸くした。
「あの子と本当の家族になれるように努力したつもりだ。だけど、どうしても距離を置かれてしまう。もしかしたら、君のようにガツンとぶつかりに行くべきなのかもね……」
「ウィル。それって、どういう……」
「この続きはエド本人から聞きなさい。私も見掛けたら説得してみるよ」
それから私は只管待ちに徹した。ところが何の音沙汰も無い日々が続き、やがて校内はクィディッチシーズンの到来を祝う明るいムードに包まれた。
あのハリー・ポッターがグリフィンドールの代表選手に選ばれたというニュースも飛び交っている。
クィディッチか……。今のもやもやした気分を晴らす為にはスポーツが一番だ。みんなに混じってはしゃぐ事にした。