第十六話『
「エレイン、なんだかご機嫌だね」
朝食を食べていると、レネが話しかけてきた。なんだか、随分と久しぶりな気がする。
ようやく、アランの呪縛から解放されたようだ。あの野郎がレネが眠くなるまで解放しないものだから、寝室でもロクに話が出来なかった。
「おう! 私達、今日はハグリッドに
「魔法生物を?」
ケルベロスの件は残念だったけど、ハリーの下に届けられた手紙によれば、代わりに特別凄いヤツを見せてくれるらしい。
「レネも来いよ!」
「行ってもいいのかな? 招待されたのはエレイン達なんだし……」
大分改善されてきてるけど、未だに自己主張が弱い。
「あのおっさん、私が見た限りだと、来るもの拒まずって感じだったし、大丈夫だろ」
「……なら、一緒に行きたい」
「どこに行くんだい?」
どうやら、私達の会話に耳を傾けていたらしい。アランがレネの肩を抱きながら問い掛けてきた。
サッとレネを抱き寄せる。
「秘密だ。今回は私達がレネを独占させてもらうぜ」
「……レネを危ない事に付き合わせるつもりじゃないだろうね?」
「ふ、二人共、喧嘩は……」
一触即発の空気を破ったのはハーマイオニーだった。
「エレイン! 意地悪しないの!」
ハーマイオニーはむくれる私に構わず、アランに事情を説明してしまった。
アランは魔法生物には一切関心を持っていない事が丸分かりな顔で「是非一緒に行かせてもらうよ」と言い出した。
「お前は十分にレネを独占しただろ!」
「独占って……、レネは物じゃないんだよ? まったく、君は……」
やれやれと肩を竦める伊達男に激しく苛立っていると、レネが腕に抱きついてきた。
「……えっと、えへへ」
可愛い笑顔だ。だけど、何がしたいのかさっぱり分からない。
「ど、どうした?」
困ったように笑顔を浮かべ続けるレネ。私は溜息を零した。
「喧嘩するなってか? へいへい、私が悪かったよ」
別にレネを困らせたいわけじゃない。引っ込み思案なコイツにここまでさせた以上は引くしか無い。
「エレインって、案外というか、寂しがり屋よね。クリスマスの時だって――――」
「うっせー!」
余計な事を言い出すハーマイオニーの口にマッシュポテトを放り込み、私も目の前の皿を空にした。
レネ達も食べ終わった後、そのままハリーとロンの下へ全員で向かった。
二人はすでに朝食を食べ終えていて、のんびりとチェスをしている。
「よう、ハリー。ロン」
「やあ、エレイン」
「なんか、人数が増えてない?」
ロンがレネとアランを順繰りに見る。
「こっちの可愛い子ちゃんはレネ・ジョーンズ。私のルームメイトだ。そんで、こっちのいけ好かない伊達男はアラン・スペンサー。見ての通り、嫌なヤツだ」
「どんな紹介をしてるのよ!」
ハーマイオニーに怒られた。レネは困ったように笑い、アランはやれやれと肩を竦めている。
クソッ、私がバカみたいじゃないか。
「えっと……、それで、二人はどうして?」
「レネを誘ったら、何故かアランも来ることになったんだ。人数制限があるならソイツを除けるから安心してくれ」
「……エレイン。いい加減にしないと怒るわよ?」
「イエッサー!」
オーガモードになったハーマイオニーに私は思わず敬礼してしまった。
「紹介に与かったアラン・スペンサーだ。ちょっと、彼女を怒らせてしまってね。驚かせてすまない」
そうこうしている内にアランがハリーと握手をしていた。アイツは他人の懐に入るのが上手い。
「なにしたんだ?」
「ちょっとした事だよ。今後は配慮するから許して欲しいな」
ロンに答えながら私に向かってウインクを飛ばしてきた。
「……エレイン?」
答えない私にハーマイオニーが睨みをきかせてくる。
「お、おう……」
なんという敗北感だろう。いつか絶対ボコボコにしてやる……。
「と、とりあえず行こうか。なんだか凄いのを用意してるみたいなんだ、ハグリッド」
空気を変えるようにハリーが言った。
「そいつは楽しみだ」
私もとっとと頭を切り替える事にした。今はなにより魔法生物だ。これで
◆
ハグリッドの小屋に到着すると、畑の向こう側からハグリッドが手招きしていた。
「よう来たな! むぅ、人数が増えとるな。お前さん達もハリーの友達か?」
「是非そうなりたいと思っています。ただ、今回はエレインに招待してもらいました。ご迷惑とは思いますが、今日はよろしくお願いします」
いっそ感心してしまうほど完璧な挨拶を決めたアランにハグリッドが目を丸くしている。
「お、おお! エレインの友達って事だな? なら、問題ねぇ! ほれ、エレイン。約束通り、スゲーのを用意してやったぞ!」
そう言って、ハグリッドは禁じられた森を指差した。
「待って、ハグリッド! 禁じられた森に入るの!?」
ハーマイオニーが悲鳴をあげる。レネやハリー達も青褪めた表情を浮かべ、アランは警戒心を露わにしている。
「手前までだ。今回はダンブルドア先生に許可を貰っとるから安心せぇ! 余計なもんが入ってこないようにって、先生様が柵の所に保護呪文も掛けて下さったんだ」
「それで、どんなヤツなんだ? そのスゲーヤツってのは!」
私はとにかくハグリッドの言うスゲーヤツが気になって仕方なかった。
ケルベロスなんて怪物をペットにしている男がスゲーというからには、相当スゲーのが来る筈だ。
ハグリッドはもじゃもじゃな髭の向こうでニカッと笑みを浮かべた。
「きっと驚くぞ! ついて来い!」
「おう!」
「……え、マジで行くの?」
ロンが呟くと、他の奴等もうんうんと頷いた。
「いいから行くぞ!」
手近にいたハリーとハーマイオニーの手を取って、引き摺るようにハグリッドの後を追う。
「ハリー!」
ロンは恐怖よりも友情を取ったらしい。
「ま、待って!」
レネも慌てて追い掛けて来た。その後ろには杖を握るアランがピッタリくっついている。
ダンブルドアが保護呪文を掛けたのに、警戒し過ぎだろ。
しばらく歩くと、柵が見えてきた。その中で寛いでいる魔法生物を見て、私は思わず歓声を上げてしまった。
「ヒッポグリフじゃねーか!!」
期待以上の存在がそこにいた。
「おお、知っとったか! どうだ? 驚いたか?」
「驚いたに決まってんだろ! スッゲー! 本当にスッゲーヤツじゃねーか!」
「興奮するのもええが、あんまり近づき過ぎんなよ。奴等は気難しいんだ。キチンと礼を尽くさねばならん」
「お、おう!」
それにしても凄い。大鷲の頭と馬の体を持つ生き物で、その姿はまさに魔法的だ。
ハーマイオニーに借りた《狂えるオルランド》って物語にも登場していて、私の会ってみたい魔法生物ランキングで堂々上位に位置している。
「なあ、どうやったら近づけるんだ?」
「慌てんな。ええか、まずはジッと見つめ合う事から始めるんだ。まばたきもしちゃいかんぞ。ヒッポグリフは目を逸らすヤツを信用せん」
「お、おう!」
ドキドキしながら柵に入る。
「え、エレイン、気をつけてね!」
ハーマイオニーの言葉にサムズアップして応えながら、ハグリッドの説明に耳を傾ける。
「お辞儀をして、相手もお辞儀をしたら頭を撫でてやるんだ。ええか?」
「ああ、バッチリだ!」
私は興奮しながら白い毛並みのヒッポグリフの前に立った。名前はアルブスアーラというらしい。
目が痛くなってもまばたきを我慢して、軽くお辞儀をする。
心臓の音がやけにうるさく聞こえる。
「おお!」
ハグリッドの歓声が聞こえた。顔を上げてみると、アルブスアーラが頭を下げていた。
「な、撫でていいんだよな!?」
「おう! ただし、優しくだぞ、エレイン」
「おう!」
恐る恐る触れてみると、アルブスアーラの羽毛は触り心地最高だった。
「スッゲー。本当にスッゲー」
感動のあまり、ちょっと涙が出て来た。
「よーし、エレイン! アルブスアーラに乗ってみるか?」
「いいのか!?」
柵の外でハーマイオニーが悲鳴を上げているがお構いなしだ。ハグリッドが私を持ち上げて、アルブスアーラの背中に降ろしてくれた。
「羽は掴まんようにな!」
「オッケー!」
ハグリッドがアルブスアーラの尻を叩くと、アルブスアーラは勢い良く走り始めた。
乗馬用の鞍なんて便利なものはなく、手綱もない。私はアルブスアーラの首にしがみついた。
そして、飛んだ。
「……スゲー」
もう何度言ったのか忘れたくらいスゲーを連呼している。
だけど、この光景はスゲーとしか言いようがない。クィディッチの練習や飛行訓練とは違う。私はどっちかって言うと、アルブスアーラの背中の方が好きだ。
「アルブスアーラ! 最高だ! 最高だぜ! なあ、もっと高く飛べるか!?」
アルブスアーラは鷹のように鳴いた。すると、一気にスピードが上がった。どんどん高度も上がっていく。
気がつけば学校を見降ろす位置に来ていた。
「わーお! ホグワーツがミニチュアに見えるぜ! なあなあ、グルーっと一周してくれよ!」
アルブスアーラは私の期待に完璧に応えてくれた。
何人かが私達に気付いてアホ面を浮かべ、それを見て笑いながら遊覧飛行を楽しんだ。
私は身体能力が優れている方だけど、いい加減腕が痺れてきたからアルブスアーラに戻るよう伝えると、あっという間に元の場所へ戻って来た。
「どうだった?」
「感動したぜ! 最高だぜ!」
「気に入ったようだな。どうだ? もし良ければ、暇な時にでもアルブスアーラの世話をしに来るか?」
「いいのか!?」
「おう! どうやらアルブスアーラもお前さんを気に入ったようだしな!」
アルブスアーラが頭を私に擦り付けてきた。
なんだ、この可愛い生物は……ッ!
「是非頼むぜ!」
ハーマイオニー達も私の遊覧飛行を見て興味を持ったらしい。柵の中に入って来て、さっき私がしたようにそれぞれヒッポグリフとお辞儀している。
もっとも、遊覧飛行にチャレンジしたのはハリーだけだったけど、ハリーも大いに興奮して、バックビークというヒッポグリフの世話をハグリッドと約束した。
ヒッポグリフとの時間を満喫した後、ハグリッドはもう一つ見せたいモノがあると言った。そこは更に厳重な守りをダンブルドアによって仕掛けられた場所らしい。
「何があるんだ?」
まさか、ヒッポグリフ以上のものが居るとは思えないけど、ドキドキしながら聞いた。
すると、ハグリッドはモジモジしながら言った。
「……実は、この事は秘密だったんだが、またマクゴナガル先生に怒られんように、ヒッポグリフの事でダンブルドア先生と話した時にバレてしもうてな……。本当はいかん事だったんだが、ダンブルドア先生が特別に許可を下さったんだ。冬を越すまでって約束ではあるが……、本当に偉大な人だ……」
ハグリッドは眼を潤ませ、鼻水を啜った。
何の事を言っているのかチンプンカンプンだけど、とりあえずいい事があったみたいだ。
「ほれ、見えてきたぞ! あれだ!」
そこにあったのは小さな岩山だった。よく見ると、その一部が大きくくり抜かれている。
その奥から、いきなり炎が飛び出してきた。そして、すぐ後に穴から生き物が飛び出してきた。
「なにあれ!?」
ロンが叫んだ。
「うそっ、ドラゴン!?」
ハーマイオニーが悲鳴を上げた。
そこにいたのは、小さいけれど、紛れもなくドラゴンだった。
「どうだ? ノルウェー・リッジバックのノーバートだ!」
ハグリッドは誇らしげに紹介した。
私は言葉が見つからなかった。もう、スゲーとすら言えない。
「ハグリッド。あんた、最高にクールだぜ」
あるいは最高にクレイジーだ。ケルベロスにヒッポグリフと来て、挙句の果てにドラゴンときた。
実はこのおっさん、ハデスの化身とかじゃねーの?