【完結】エレイン・ロットは苦悩する?   作:冬月之雪猫

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1st.Love the life you live.Live the life you love.
プロローグ


「や、止めてくれ……、もう!」

 

 血を吐きながら、頭を地面に擦りつけている男が居る。その男の頭に少女は足を乗せた。

 コンクリートと少女の足に挟まれて、男は苦悶の声を上げる。ガリガリという音が内側から響いてくる。骨が削られていく音。

 少女は鼻を鳴らすと、足を上げた。

 

「うぁ……がぎゃッ!?」

 

 漸く、解放されたと思った男の頭に今度は踵を振り下ろした。

 

「……っは、大人の癖に情けねぇ」

 

 男の服を漁り、財布を取り上げた少女はまだ十歳だった。

 大人を相手に一方的な暴力を振るえる程、異常に発達した筋肉も無く、ナイフや拳銃といった凶器も持っていない、普通の女の子。

 ただ、彼女は人とは違う特別な才能を持っていた。

 

「まあ、私が天才過ぎただけか……」

 

 彼女は俗にいう超能力者だった。生まれつき、直接触れなくても物体を動かす事が出来た。

 この能力を使えば、大人が相手でも一方的に嬲る事が出来る。

 

「っへへ、今日は何を食べようかな―……っと、なんだ!?」

 

 頭の中で今夜のメニューを考えていると、突然、男から巻き上げた財布が飛んでいってしまった。

 まるで、釣り糸に引っかかった魚のように勢い良く飛んで行く財布。

 慌てて追いかけると、いつの間にか暗い路地に迷い込んでしまっていた。

 

「……いや~な予感がビンビンするぜ。ここは一旦――――」

 

 財布を諦めてトンズラしようとした少女の背中に何かが当たった。

 恐る恐る後ろを振り返ると、そこには背筋をピンと伸ばした老婆が一人。

 

「……あまり、感心しませんよ。他者の物を奪うという行為は」

「いやー……えへへ、それは正当な報酬って奴でー……」

「確かに、あの男は貴女と売買を行う契約を行っていましたね」

「そ、そうそう」

「貴女はスカートを少し捲りながら彼をあの場所に誘い込んだ」

「べ、別に、何を売るか明確には言ってないしー。私みたいな可愛い子に踏まれるって、あの歳くらいのおじさまには素敵体験っていうかー……、その素敵体験を売ってあげたわけで……」

 

 老女はジロリと少女を睨みつけた。

 今まで、貧民街で一人生きて来た少女は生まれて初めて恐怖を感じた。

 目の前の女はとても危険だ。自分の力だけでは絶対に敵わない。

 直感が囁くと同時に少女は走った。

 

「ご、ごめんなさーい!! もう、悪い事しないから許してー!!」

 

 脱兎の如く逃げ出す少女。貧民街の地図は頭に刻み込まれている。狭い路地を通り、複雑な曲がり角を駆け抜けた。

 ここまでくれば大丈夫な筈。少女はペッと唾を吐いた。

 

「ッチ、あのババア、何者だ? クッソー、夕飯はステーキにしようと思ってたのにー」

「そのババアというのは私の事かしら?」

 

 ゾッとした。冷や汗が全身から流れ出す。

 

「……えっと、また会いましたね、素敵なおば……お姉さん!!」

「エレイン・ロット」

 

 老婆の口から零れた九つのローマ字で構成される単語に少女は言葉を失った。

 

「……だ、誰? 私の知り合いにそんな糞みたいな名前の女は居ないけどー?」

「貴女の名前よ、エレイン」

「いや……、私にはアメリア・ストーンズっていう、素敵ネームが……」

「エレインも十分に素敵な名前だと思うわよ? それより、私についてらっしゃい」

 

 断固お断りだ。エレインは老婆が視線を逸らした一瞬の隙をつき、再び逃げ出し――――、捕まった。

 

「手間を取らせるものではありませんよ」

「は、離しやがれ!! 私をどうするつもりだ!? 娼館にでも売り飛ばすつもりかクソッタレ!!」

「……ふむ、ホグワーツに向かう前にいろいろと教える事がありそうね」

「ふっざけんなー! 離せ、クソババア!!」

 

 エレインは渾身の超能力を老婆に向けて放った。ところが、いつもなら筋骨隆々の大男でさえ悶絶する一撃を老婆は平然と受け止めた。

 呆気に取られるエレインに老婆は微笑みかけた。

 

「その歳で随分と巧みに魔法力を扱うのですね。ホグワーツで貴女に変身術を教える日が楽しみだわ」

「ま、魔法力? 頭湧いてんのか、ババア!! これは超能力って言うんだぜ!!」

「……とにかく、まずはダイアゴン横丁へ行きましょう」

「ダイア……、なんだって?」

「ダイアゴン横丁です」

 

 そう言って、老婆は懐から一本の細い杖のようなものを取り出して、軽く振り回した。

 途端、奇妙な浮遊感と共に周囲の景色がめまぐるしく変わっていく。

 

「な、なんだぁぁ!?」

「つきましたよ」

「つきましたって……、はぁぁぁぁ!? どこだ、ここぉぉぉぉ!?」

 

 気がつけば、目の前には無数の人だかり。誰も彼も奇妙な服装に身を包んでいる。

 立ち並ぶ店の軒先には箒だとか、巨大な鍋だとか、コウモリだとか……、意味不明な物ばかりだ。

 唖然としているエレインを老婆は無理矢理引き摺っていき、一軒のアイスクリームショップに入った。

 

「好きな味を選びなさい」

「好きなって……、いや、それより説明してくれよ。今、私は何をされたんだ!? 意識を失った記憶が無かったぞ!! まさか、新手のドラッグでも吸わせたのか!?」

 

 ギャーギャーと喚き立てるエレインに構わず、老婆は店員にアイスクリームを注文し、彼女の口に突っ込んだ。

 口の中に広がるペパーミントの香りに思わず頬が緩むエレイン。

 

「美味しい?」

「美味しい……けども!! 誤魔化されないぞ!! 私をそこいらの脳天気そうな坊っちゃんやお嬢ちゃんと一緒にしてもらっちゃー、困るぜ!!」

「はいはい……、ちゃんと説明するから、静かにお聞きなさい」

「……むぅ」

 

 そこから老婆の奇妙奇天烈摩訶不思議な説明が始まった。

 少女は始終……、

 

『こいつ、頭大丈夫か?』

 

 という表情を浮かべていたのだが、老婆は全く気にした様子も見せずに一切合切を語り終えた。

 

「――――というわけです」

「ふむふむ、なるほどな! 私が魔法使いで、ホグワーツって魔法を教えてくれる学校への入学が許可されて、マクゴナガルさんが招待状片手に会いに来たと……、よしよし、ご苦労様!! 私はこれで――――」

 

 ダッシュで逃げ出そうとするエレイン。

 マクゴナガルと名乗った老婆はため息混じりに杖を振るい、彼女の足を地面から浮かせた。

 

「おおおおおおおお!?」

「エレイン。ホグワーツに入学すれば、魔法力を悪用した件も免責されます。後、ホグワーツでは朝昼晩に食べたい物を食べたいだけ食べられる用意があり、貴女が今使っている超能力の応用も学ぶ事が出来る。説明した筈よ?」

「き、聞いたよ! 聞いたけど、胡散臭すぎて怖いわ!! 私は悠々自適に生きてたんだ!! ほっといてくれ!!」

 

 聞いた限りでは、確かに生活も潤い、友達を作る機会も生まれ、将来に希望を持つことも出来る環境だ。

 だけど、話が美味すぎる。絶対に裏がある筈だ。エレインは確信した。

 

「……貴女の育った環境が特殊だった事は認めます。ですが、ホグワーツへの入学を拒否した場合、魔法省が貴女にペナルティーを与える可能性があります」

「ペ、ペナルティー……?」

 

 物騒な響きにエレインは身を凍りつかせた。

 

「そこまで厳重では無いにしても、少なくとも魔法力の封印は覚悟した方がいいでしょう。未成年の少女が身寄りも無く、魔法力を失った状態で生きて行けますか?」

「な、なんで、私のその……、ま、魔法力? ってのを封印されなきゃいけないんだよ!?」

「悪用するからです」

「……な、なるほど」

 

 あまりの説得力に返す言葉が見つからない。

 

「それでもどうしても嫌だと言うのなら……、私も諦めますが――――」

「い、行きます。その、ホグワーツ……? 入学します」

 

 とりあえず、マクゴナガルの言葉に嘘は無いだろうとエレインは判断を下した。

 魔法力を封印され、貧民街で生きていけるとはさすがに思っていない。

 数日以内に名も無き骸と化しているか、死ぬまで娼婦として働かされている未来しか浮かんでこない。

 

「……では、必要な物を買いに行きましょう」

「買いにって……、金はどうするのさ? 日越しの金は持たない主義だから、さっきアンタに財布を取られたせいで一文無しだぜ?」

「……安心なさい。ある程度は援助金が用意されています」

「マジで!? 金、くれるの!?」

「本当です。ただし、一年の間に使える額は決まっていますし、卒業後に返金する事が義務付けられています」

「って……、ただの借金かよ……」

 

 ゲンナリするエレインにマクゴナガルは魔法界の説明を一通り語り聞かせた。

 途中、居眠りをしそうになる度に叱られ、エレインはすっかりマクゴナガルに対して苦手意識を抱いた。


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