第二話『貧民街』
ガンガンと喧しく窓を叩く音で目が覚めた。
そこにはフクロウがいて、キツツキにでも転職しようとしているかのように窓を突いていた。
割られても困るから中に入れると、フクロウは部屋の中を荒らし回った。
「……前にもあったな」
とりあえず捕まえて、ジッと顔を見る。
「お前、リチャードだな?」
問いかけると、リチャードは「ホー!!」と悲鳴を上げて暴れ始めた。
「大人しくしねーと、今度こそ焼き鳥にするぞ」
そう脅すと、リチャードはすっかり大人しくなった。
バカっぽいけど、こっちの言葉をしっかり理解している辺り、知能は高いみたいだ。
「ん? これは、手紙か?」
リチャードの足には羊皮紙が結び付けられていた。
広げてみると、それはエドからの手紙だった。
“こんにちは、エレイン。お元気ですか? 僕は元気です”
「……相変わらず、アイツもバカっぽいな」
ペットは飼い主に似ると聞く。なるほど、納得だ。
“明後日、ダイアゴン横丁に行きます。一緒に、学用品を買いに行きませんか? それから、宜しければ買い物が終わった後、当家に御招待させて頂いてもよろしいでしょうか?”
「……なんで、こんな馬鹿丁寧な文体なんだ? それにしても、エドの家か……」
カバンから羊皮紙を取り出して、返事をサラサラっと書いた。
“どっちもオーケーだ。漏れ鍋で待ってる”
羊皮紙を丸めて、見様見真似でリチャードの足に括り付ける。
「頼むぜ、リチャード。途中で落としたら丸焼きだからな?」
「ホー!?」
リチャードは部屋を飛び出していった。
「……さて、掃除するか」
部屋はすっかり羽毛まみれだ。
ダイアゴン横丁でエドに会ったら、リチャードをしつけ直すように言っておこう。
◇
翌日、私はローズの下を訪れた。ノックを四回。これは私が来た合図だ。
しばらく待つと、ローズは欠伸を噛み殺しながら出て来た。
「やあ、おはよう。どうしたんだい?」
「これ」
私はローズに部屋の鍵を渡した。
「……出ていくのかい?」
「しばらく留守にするだけだ」
「私が管理しろって事?」
「そこまで図々しい事は言わねーよ。ただ、私が居ない間は自由に使っていい。用途は任せるよ」
「……いいのかい? 部屋を売っぱらっちまうかもしれないよ?」
「それならそれで構わない。エミーも、ローズの懐が潤ったとなりゃ、それなりに喜ぶだろうさ。私も、ここに戻ってくる理由が無くなるだけで、特に困らないから安心しろ」
ローズは私をジッと見つめて、深々と溜息を零した。
「アンタが戻ってこないと、エミーがあの世で泣いちまうよ。たまに掃除くらいはしておいてやる」
「チップはいるか?」
「ガキに恵んでもらうほど、落ちぶれたつもりはないよ。なあ、アメリア。エミーを泣かせる事だけはするんじゃないよ?」
「……エミーに泣かれるのは、私だって困る。ああ、約束するよ。アイツを泣かせる真似はしない」
「なら、預かっておくよ」
「おう、頼むぜ」
ローズの部屋を出ると、私はそのままジャレットの下に向かった。
「おい!」
「ん? よう、アメリア。どうした? 俺に買われたくなったか?」
「バーカ。買いに来たんだよ」
私の言葉に、ジャレットは目を丸くした。
「珍しいな。薬は止めとけよ? 玩具も、最初は過激な物じゃなくて――――」
「ほらよ」
無駄口を叩くジャレットに、ガリオン金貨を換金して作った金を押し付けた。
「……結構あるな。何を買うんだ?」
仕事用の鋭い目つきになったジャレット。
「お前の時間」
「……は?」
「これからエミーの墓参りに行くんだ。言葉の一つでも掛けてやってくれ」
私が言うと、ジャレットは深々と溜息を吐いた。
「バカタレ。これでも自主的に何度か行ってんだよ。こんな金は必要無い」
そう言うと、ジャレットは私に金を押し付けて、デコピンのおまけを寄越してきた。
「……行くぞ。どうせ、この時間は暇だ」
「ああ、知ってる」
「だろうな」
私はジャレットと共に表通りへ向かった。
エミーが死んだ後、十人くらい男を騙して金を巻き上げた。そして、その金でエミーの墓を買った。
あの時も、ジャレットには、ガキの私には出来ない手続きやら何やらを色々頼んだ。
「……エミーの事、どう思ってた?」
「可愛い。最高。結婚したい」
「なら、なんで振った?」
「病気で死にそうだったから」
「今はどう思ってる?」
「……後悔してる」
「私もだよ……」
教会に着くと、互いに無言になった。
エミーの本名は墓の中に持ってかれちまったから、《エミリア・ストーンズ》の名前を墓石に刻んだ。
途中で買った花とタバコを供えて、黙祷を捧げた。
「……出て行くのか?」
「一年したら戻ってくる」
「そっか……」
空が曇ってきた。
「一雨来そうだな。帰るか」
「おう」
エミーに別れを告げて、貧民街に向かう。
「……墓の事は任せときな」
「おう」
墓はピカピカだった。ジャレットが定期的に掃除していたようだ。
「ありがとな」
「……礼なんて要らねーよ」
ジャレットはタバコを咥えて空を見上げた。
「あばよ」
貧民街の入り口でジャレットは離れていった。
私も部屋に戻り、最後の一日を雨音を聞きながらのんびり過ごした。
明日はダイアゴン横丁。魔法界への帰還の日だ。