【完結】エレイン・ロットは苦悩する?   作:冬月之雪猫

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第十一話『ノーバート』

第十一話『ノーバート』

 

「……ここって、立入禁止の廊下ですよね?」

 

 セドリックが不安そうにダンブルドアを見つめる。

 

「さよう。中にはとびっきりの危険が潜んでおる」

「は、はぁ……」

 

 茶目っ気たっぷりなダンブルドアの物言いに、セドリックは曖昧な笑みを浮かべた。

 ダンブルドアが扉の鍵を開けると、中から聞き覚えのある咆哮が飛び出してきた。

 

「今の咆哮って……」

「うわー……、元気そう」

「帰りたい……」

「やばっ、遺書書き忘れた」

「ちょっと……、あんまり脅さないでよ」

「もしかして、クラブに入るのは早まった選択だったのかも……」

 

 各々が扉の先で待ち構えているであろう怪物に恐怖心を抱いていると、ハグリッドがニッコリ笑った。

 

「さあ、久しぶりの再会だぞ!」

 

 中に入ると、驚くべき光景が広がっていた。

 そこは、ホグワーツの中だと言うのに、空があった。

 生い茂る草花、彼方に見える地平線。

 

「なっ、なんだよ、これ……」

「どうなってるの!? 前に入った時は普通の廊下だったのに!」

 

 ロンとハリーが驚きの声を上げている。

 

「当然、呪文の力よ。空間拡張に、幻を見せる魔法、他にもたくさん掛けられているに違いないわ!」

 

 ハーマイオニーの言葉にダンブルドアが頷いた。

 

「その通りじゃよ、ミス・グレンジャー。ノーバートが窮屈な思いをしないよう、出来得る限りの魔法が掛かっておる」

 

 ホグワーツは既に強力な呪詛がいくつも掛けられていて、並の魔法使いでは新たに何かを足す事など不可能な筈だ。

 さすがはアルバス・ダンブルドア、という事だろう。

 

「来たぞ!」

 

 ハグリッドの言葉と共に、上空から巨大な影が舞い降りてきた。

 

「……お、おい、冗談だろ」

 

 地上に降り立った茶色の鱗を持つ怪物は、どう見ても四十フィートを超えていた。

 意識が飛びそうになる。桁違いの恐怖だ。アレは、人間が相対していい生き物じゃない。

 毒の牙をむき出しにして、純度100%の殺意を向けてくる。一年前に散々世話をした恩義など欠片も感じていない事が肌で分かる。

 

《ニクガキタ》

 

 縦に裂けた瞳が私達を値踏みしている。ハグリッドが持ってきた牛やウサギなど目もくれていない。

 

「あっ……、ああ……」

 

 レネがへたり込んだ。ハーマイオニーもガタガタと震えている。

 

「どうだ? かっこいいだろ!」

「言ってる場合か!! おい、逃げるぞ!!」

 

 凍りついているエドとセドリックの背中を叩き、私はレネを抱きかかえた。

 アレに近づくなんて正気の沙汰じゃない。

 

「おい、はやくしろ!!」

 

 グズグズしている連中を怒鳴りつけると、恐ろしい悪寒に襲われた。

 ノーバートの口の奥が赤く輝き始めている。

 私に出来た事は、意味が無い事を承知で、レネを庇ってやる事だけだった。

 

「……あれ?」

 

 いつまで経っても、炎が来ない。辺りは赤く染まっているのに……。

 

「どうなって……」

 

 振り返ると、不思議な光景が広がっていた。

 私達を取り囲むように、炎がドームを築いている。

 

「結界か……」

 

 よく考えれば当たり前だ。ダンブルドアが何の保険も用意せずに私達をこんな危険な生き物の前に連れて来るわけがない。

 慌てて逃げようとした自分がバカみたいだ。

 

「あっ……」

 

 腕が生暖かい。レネは目をウルウルさせている。

 

「あー……、ちょっと待ってろよ」

 

 他の連中に気づかれる前に、私はイリーナから教わった《匂い消し呪文》と《瞬間乾燥呪文》を唱えた。

  

「大丈夫か?」

「……う、うん。ありがとう……」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめるレネ。

 私で良かった。これで、レネを抱きかかえていたのがアランだったら、今夜にでも大人の階段を登っていた事だろう。

 

「ごめんね……、エレイン」

「気にすんなよ。アイツが恐過ぎるせいだ」

 

 ノーバートを見ると、凶悪そうな顔で私達を睨み続けていた。

 

「……そういや、ケルベロスはどうしたんだ?」

「ああ、フラッフィーなら禁じられた森にいるぞ。そう言えば、エレインはフラッフィーを見たいんだったな。よーし、今度見せてやるぞ!」

「お、おう。頼むぜ」

 

 ノーバートが結界にガンガンと頭をぶつけている。なんとしても割って、中にいる私達を食べようという明確な意志を感じる。

 

「よし、今から餌をやるぞ」

 

 そう言って、ハグリッドは私達にウサギの死体を持たせた。

 ハーマイオニー達がゲンナリした表情を浮かべている。

 

「こうするんだ!」

 

 ハグリッドは牛をノーバートに投げつけた。

 すると、ヤツは牛を一口で平らげてしまった。なんて恐ろしい光景だ。結界が無ければ、私達がああなるのだろう。

 背筋がゾクゾクする光景をダンブルドアは微笑ましそうに見つめている。さすがはアルバス・ダンブルドア。神経のつくりまで私達とは違うのだろう。

 

「ほれ、次はお前さん達の番だぞ」

 

 ハグリッドに促され、ハリーが一番手を務めた。

 顔が真っ青だ。足が子鹿みたいにプルプル震えている。

 

「だっ、大丈夫かい?」

「ハリー……」」

 

 セドリックとロンが心配そうに声を掛ける。そう言う二人も顔が真っ白だ。

 順番にウサギの死体がノーバートの口の中へ消えていく。

 途中で三回も炎を浴びせられ、私達は寮が恋しくなった。

 

「いくらなんでも殺意が漲り過ぎだろ……」

 

 仮にも卵の時代から傍にいた相手をエサ以外の何物にも見えないというのはどうなんだ?

 私は自分のウサギを適当に放り投げ、レネの分も投げつけた。レネは完全に腰を抜かしてしまっている。

 

「どれ、儂も……」

 

 ダンブルドアが張り切って投げたウサギをノーバートは軽く焼いてから口にした。

 

「ふむ、グルメじゃな」

 

 呑気な事を……。

 

《ツギハオマエラノバンダ》

 

 ノーバートの目は明らかにそう語っている。

 

「よ、よーし、終わりだよな? 帰ろうぜ」

「うん!」

 

 全員が爽やかな笑顔と共に頷き、出口に向かって駆け出した。振り向いたりしない。別れが欠片も惜しくない。

 私もレネを抱えて駆け出した。

 こんなところにいつまでもいられるか! 私達は帰るぞ!!

 

「はっはっは、はしゃいどるな! よっぽど楽しかったんだな! よーし、次の休みもノーバートの餌やりをやるぞ! クラブ活動は定期的に行うものだからな!」

 

 ハグリッドの言葉に、私達は膝を屈した。

 

「なっ、なんで僕はこのクラブに入ってしまったんだ……」

「やばっ……、やばい、震えが止まらない」

「死にたくない死にたくない死にたくない」

「アイツ、僕らを肉としか見てなかった。あんなに世話してやったのに……」

「あの目……、あれは、殺戮者の目だった……」

「わたし……、この学校を生きて卒業出来るのかな……?」

 

 絶望している私達にダンブルドアは言った。

 

「クラブは強制されるものではない。如何に安全策を設けられているとは言え、若い君達が恐怖を感じるのも仕方のない事じゃ」

 

 ダンブルドアの声は不思議だ。恐怖に染まった心が解きほぐされていく。

 

「じゃが、ドラゴンの……、それも成体と接する事は類稀なる機会じゃ。ノーバートの世話は必ずや君達の将来の糧となるじゃろう事は明言しておこう。君達が望むのなら、儂はいつでも時間を作ろう。あとの選択は君達に任せる」

 

 そう言うと、ダンブルドアはハグリッドに二言三言告げて去って行った。

 ハグリッドもさすがに私達の様子に気付いたのか、バツの悪そうな表情を浮かべている。

 

「……その、お前さん達がノーバートの世話を気に入ると思ったんだ。けど、無理をさせるわけにはいかん……」

 

 しょげ返るハグリッドにハリーは大きなため息を零した。

 

「大丈夫だよ、ハグリッド」

「ハリー……?」

「僕、ノーバートの世話を続けるよ」

「ハリー!? 本気で言ってるのかい!?」

 

 ロンが仰天する。他のみんなも信じられないという表情を浮かべている。

 いくらなんでも、ハグリッドに対する同情だけで、あの怪物の世話を続けるのは厳しい。

 

「……けど、ここで逃げるのもシャクだよな」

「エレイン……?」

「ハグリッド! 私も続けるよ」

「ハリー……、エレイン……」

 

 涙ぐむハグリッド。

 

「……ああ、分かったよ! 僕もやるよ!」

「ロン!」

「僕だって!」

「エド!」

「私もやる……。エレインやハリー達だけだと心配だし……」

 

 ハーマイオニーが深々と溜息を零した果てに言った。

 

「……私もやる!」

 

 レネが私の腕の中で勇敢に宣言した。

 

「……僕だって、やるよ! やってやるよ!」

「わ、私だって!」

「この流れは、やるしかない流れだね……」

 

 セドリック達も立ち上がり、ハグリッドは感動の雄叫びを上げた。

 私達はその姿を遠い目で見守っていた……。

 

 ◆

 

 冷気が漂う地下空間に男はいた。

 

「……どうしましょう」

 

 男は頭を抱えていた。賢者の石の新たなる守り手となったドラゴンは、ケルベロスを遥かに超える脅威だった。

 

『結膜炎の呪いを使えばよい』

「で、ですが……、地下への入り口は巧妙に隠されてしまっています。結膜炎の呪いが効果を発揮している内に見つけ出せなければ……」

『貴様、我が身可愛さに俺様へ意見するつもりか?』

「も、申し訳ありません。ですが、どうか……、どうか……」

 

 姿なき声に許しを乞う男。その前で、数日前に回収した日記のページが捲れた。インクを垂らしたわけでもないのに、空白のページに文字が浮かび上がる。

 

《ならば、僕が行こう》

『……やむを得ぬか。だが、此奴の存在はまだ必要だ。魂の補充の為に生贄も新たに調達せねばならぬ。しばし、待っていろ』

《了解だ、もう一人の僕》

『聞いての通りだ、クィレル(・・・・)よ。生贄を調達するのだ』

「せ、生徒を使うのですか……?」

 

 声を震わせるクィレルに、姿なき声は高笑いを上げた。

 

『どうした? 今更、教師としての誇りを取り戻したのか?』

「あ、いえ、その……」

『案ずるな。校内の者を使えば、ダンブルドアに感づかれる。それはあまり得策では無い。俺様の完全復活まで、ヤツに俺様の存在を悟られるわけにはいかんのだ。故に、外から調達する』

 

 姿なき声は男に指示を出した。

 男は恐怖に慄きながら地下から抜け出していった――――。


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