第十五話『レイブンクローのパパラッチ』
あれから、何度か禁じられた森へ入った。入る度に先生達がやつれていく。
特に、口ではグチグチ文句を言いながら、何故か一番多く引率を引き受けているスネイプは目の下に隈を作り、髪もボサボサなままで出歩く姿が目立つようになった。
「……スネイプ先生。私達の為に……」
エリザベスが頬を赤らめながらスネイプに熱い眼差しを送っている。
私やハリー、セドリック、チョウの四人はクィディッチの訓練があり、他の連中はハグリッドの為といえど二の足を踏み、結果としてエリザベスと、ロンをあらゆる手を講じて説得したジニーが禁じられた森ツアーに最多で参加している。
エリザベスはスネイプが引率する度に軽い悪戯を仕掛けてスネイプを困らせているらしい。
「普段、ハリーをイジメたり、スリザリンを贔屓したりって、ちょっと子供っぽいところがあるけど、いざという時はかっこいい姿を見せてくれるんだから! もう、私の心にストライクよ! 独身だって話だし、なんとか出来ないかな……」
どうやら、エリザベスはスネイプに本気になってしまったようだ。
「……とりあえず、弱みを握る為に盗撮するとかは無しにしとけよ?」
「え、なんで?」
忠告したら不思議そうな顔をされた。なんでって言いたいのはこっちだよ。
「エレイン。相手は先生よ? それに、年上なの。手段なんて選んでいたら、いつまで経っても手に入らないじゃない」
困ったような表情で困った事を言い出すエリザベス。
まあ、確かに本気で手に入れようと思ったら、スネイプをロリコンに覚醒させないといけないし、立場や年の差ってブレーキを取っ払う手間も掛けなきゃいけない。
「とりあえず、ボディタッチを重ねていこうかしら……」
「お前、スネイプが新聞の一面を飾る事になったらどうする気だよ」
「それはそれでアリじゃない? 世間から後ろ指をさされている所で優しくしてあげれば……」
私は傍で聞いているジェーンとレネ、ハーマイオニーを見た。
三人は顔を逸らした。レネはちょっと目が泳いでいる。参考にする気だろうか、アランなら何もしなくてもレネ一筋だと思うが……。
「……スネイプ。いい先生だったな」
「そうね。いい先生だったわ……」
「先生……、嫌いじゃなかったわ」
「せんせぇ……」
私達は諦める事にした。
「それにしても、セストラルって不思議な生き物よね!」
ハーマイオニーが鮮やかに話を切り替えた。
「死を理解しなければ見ることが出来ない。その性質だけを聞くと不吉な気がしちゃうけど、実際にはとても大人しくて、優しい天馬の一種だった。何故、そういう生態になるに至ったのか、ちょっと興味が湧いちゃった」
「私はケンタウロスが気になるな―。この前、大きな蜘蛛が襲い掛かってきた時にフィレンツェっていうケンタウロスが助けてくれたの。とってもカッコよかった!」
ジェーンが興奮した様子で言った。
「私はユニコーンかな。……死体を見た時は悲しくなったけど、生きている姿はとても綺麗だったから」
「……そう言えば、私達がどうして禁じられた森に入る事を許されているか知ってる?」
レネの言葉の後にエリザベスが言った。
「どうしてって、ダンブルドアが許可を出したからだろ?」
「チッチッチ、甘いね、エレイン。そこで考えるべきは《どうして、許可を出す気になったのか》って点よ」
「ハグリッドの為じゃねーのか? ダンブルドアって、明らかにハグリッドと親密っぽいじゃん」
ダンブルドアとハグリッドの関係を見ていると、やんちゃなペットに甘い顔をしている飼い主の姿が浮かぶ。
まあ、さすがに飼い主とペットの関係よりは上等なものだと思うけど。
「それが違うんだな―。実はハグリッドを煽てて吐かせたんだけどー」
「……吐いちゃったのかよ」
多分、秘密にしておくべき内容だったのだろう。
アイツに何か秘密を共有させるのは止めておこう……。
「実は、全部ユニコーンを殺害した犯人を探す為だったのよ!」
「……ふーん」
「なにその薄い反応! もっと驚いてよ!」
「……いや、他に理由があるとしたらそれくらいだろうとは思ってたからな」
大方、ユニコーンの殺害なんて教育に悪い事実を、生徒に知られないよう内密に捜査をしたかったのだろう。
けれど、教師がぞろぞろと禁じられた森へ入っていくと、かなり目立ってしまう。
「私達は犯人捜査の為のスケープゴートだったってわけだ」
「それって、ちょっと複雑ね……」
ハーマイオニーがムッとした表情を浮かべると、エリザベスが得意気に微笑んだ。
「更に追加情報もあるんだよー」
「ハグリッド……」
「あっ、ハグリッドじゃないよ? これはフィレンツェさんから貰った情報」
「フィレンツェって、ジェーンが会ったって言ってたケンタウロスか?」
「そうだよ。聞いたら普通に答えてくれたんだー」
「何を聞いたんだ?」
エリザベスは言った。
「ユニコーンの血を吸ってる犯人って、ハリーを狙ってるんだって!」
「明るい顔で何言ってんだよ!?」
「ちょっと! それ、先生には言ったのよね!?」
慌ててエリザベスに詰め寄ると、「もっちろーん!」という解答が返ってきた。
「いや、さすがに友達のピンチを隠すほどサイコパスじゃないよ」
十分にサイコパスな気もするが、今は流しておこう。
「だって、ヴォルデモート卿が復活企んでるって聞いたらねー」
「ちょっと待て!!」
「どういう事!?」
「いや、分かるでしょ? ハリーを狙ってて、ユニコーンの血なんていう《欠陥だらけの蘇生薬》が必要で、今の時期にホグワーツの近郊をうろついてる存在なんだよ? まあ、私も死喰い人の残党辺りかなって思ったんだけど、フィレンツェが最も邪悪な者とか言ってたから、あー、これは復活企んでますわ―って」
「明るく言うな!! おい、これどうすんだ!?」
「みんなに報せるべきよ!」
「あー、それは止めた方がいいかも……」
立ち上がりかけた私とハーマイオニーを止めたのはジェーンだった。
「なんで?」
ハーマイオニーが聞くと、ジェーンは青褪めた表情で言った。
「……リザ、先生達には伝えたんでしょ?」
「うん! まあ、二人共、あんまり驚かなかったけどね」
「二人って、ダンブルドアとスネイプか?」
「そうだよ。多分、ずっと前から気付いていたんじゃないかな」
「れ、例のあの人が復活する事を予期していたと言うの!?」
ハーマイオニーが慄くように言うと、エリザベスは力いっぱい頷いた。
「そういう事になるね!」
「だから、明るく言わないで! これはとんでもない事よ! どうして、ダンブルドアは学校を閉鎖しないの!? 近くに例のあの人が居るかもしれないのに!!」
「どうどう。落ち着けよ、ハーマイオニー」
若干パニックになりかけているハーマイオニーを宥める。
「ジェーンも言っただろ? あんまり周知させるべきじゃないって」
「だ、だって!」
私は口を開きかけたハーマイオニーの口を塞いで言った。
「要は、ダンブルドア達は気付いている事を気付かれたくないわけだ」
「……あっ」
ハーマイオニーも察したようだ。
「罠を仕掛けているのかもしれない。強硬手段に訴えられる事を警戒しているのかもしれない。とりあえず分かる事は、ダンブルドア達にも考えがあるって事だ。あんまり、私達で引っ掻き回さない方がいいと思う」
そういう事だろう? そうジェーンに問いかけると、「うん」という返事が返ってきた。
「多分、私達が勝手な事をしたら、逆にハリーが危ないと思う。本人に教えるのもタブーだよ? 思い詰めて極端な行動に出たりしたら、それこそ最悪な結果もあり得るから」
「……そうね。私、冷静じゃなかったわ……」
「仕方ないよ。友達の事だもん……」
ジェーンがハーマイオニーを慰めている。
「要するに、私達は知らぬ存ぜぬを通せって事だよな」
「うん。ダンブルドアにも、そう頼まれたよ」
「……それを私達にバラした理由は?」
「ネタを胸の内で腐らせるなんて、私のジャーナリストとしての魂が許さないのよ!」
エリザベスは渾身のドヤ顔を披露しながら言った。
「だからパパラッチって言われんだよ!」