【完結】エレイン・ロットは苦悩する?   作:冬月之雪猫

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第二話『偽り』

第二話『偽り』

 

 ホグワーツ特急に乗って帰る日が来た。

 

「エレイン」

 

 朝食を食べ終えて、汽車の時間を待つ為に寮へ戻ろうとするエレインを呼び止めた。

 

「あん? どうした?」

 

 彼女は振り向いて、髪と同じ琥珀色の瞳を向けてくる。相変わらず、鋭い目つきだ。

 

「ちょっと、相談したい事があるんだ」

「相談? なんだよ、改まって」

 

 エレインは僕の顔をしばらく見つめると、やれやれと肩を竦めて、傍にいたハーマイオニー達に声を掛けた。

 

「ちょっと、ハリーと話してくる」

 

 彼女は「行くぞ」と言って、レイブンクローの寮とは反対方向へ歩き始めた。

 後を追いかけると、僕が知らない隠し通路を幾つも通って、いつも大広間から行くより何倍も早く《メリナのアトリエ》へ辿り着いた。

 発見時よりも物が増えている。ここは僕とエレインだけの秘密基地だ。時々、エレインにこっそり相談したい事がある時にも使っているけれど、個人で勝手に使っている事の方が多い。

 真ん中で仕切っていて、左側がエレインの場所。右側が僕の場所だ。エレインの方は薬品や本が整然と並んでいる。

 

「こんなルート、いつ見つけたの?」

「別に私が見つけたわけじゃないぞ。フレッドとジョージにこれを貰ったんだ」

 

 そう言って、彼女は大きな羊皮紙をテーブルに広げてみせた。

 それは巨大な地図だった。

 

「これは?」

「《忍びの地図》だってさ。ホグワーツ中の隠し通路が書き込まれているんだ」

「ホグワーツ中の!?」

 

 よく見れば、隠し通路らしきものがいくつも書き込まれている。

 フレッド達が作ったのかな?

 

「この足跡は?」

 

 地図の上には無数の足跡が蠢いている。足跡の近くには名前も書いてある。

 

「どこに誰がいるのか分かるみたいだ。凄いだろ」

「凄いよ! えっ、これってフレッド達が作ったの!?」

「いや、そうじゃないらしい。二人も誰が作ったのか知らないんだってさ」

「そうなんだ……。っていうか、どうしてエレインがフレッド達からこんな物を貰うの!?」

 

 一見しただけでも、この地図の価値が相当なものだと分かる。正直、僕も欲しい。

 

「私がグリフィンドールに勝ったらフレッド達の宝物を貰うって約束だったんだよ。知ってるだろ?」

「……ああ、そう言えば」

 

 フレッドとジョージは事ある毎にエレインにちょっかいを掛けて、賭けの話を持ち掛けていた。

 

「これが二人の宝物って事か」

 

 ロンは二人がエレインに熱を上げているって言ってたけれど、本当かもしれない。

 もし、賭けをしたのが僕やロンだったら、二人は絶対に適当なモノを寄越して誤魔化した筈だ。

 

「……それで?」

「え?」

「相談があるんだろ?」

 

 エレインは忍びの地図を畳むと、いつも持っているカバンに仕舞い込んだ。

 もっと見てみたかったけれど、我慢しよう。

 

「……エレイン。僕、一年前に屋敷しもべ妖精のドビーと会ったんだ」

 

 僕は二年目が始まる前に起きた奇妙な出来事についてエレインに語った。

 屋敷しもべ妖精のドビーが現れた事。ホグワーツに罠が仕掛けられていると忠告された事。

 

「結局、あれ以来は一度も会ってないんだけど、どうしても気になって……」

「スネイプが死んだ理由がそれかもしれないって事か?」

 

 相変わらず、エレインは理解が早い。僕が相談事を持ち掛けると、話途中でも僕以上に僕の悩みを把握してくれる。

 去年、湖の畔で僕の無謀を諌めてくれた時からか、ロンにも話せない……というより、話しても解決しない悩みがあると、彼女に相談するようになった。

 前はヒッポグリフの世話の間の僅かな時間だったけれど、このアトリエを見つけてからはじっくり相談する事が出来るようになった。

 

「……ハリー」

 

 エレインは言った。

 

「あんまり、ヤバイ事に首を突っ込もうとするな」

「え?」

「お前、スネイプを殺した犯人を探すつもりだろ」

 

 ドキッとした。そんなつもりは無かった筈なのに、まるで図星を指されたような気分になった。

 

「やっぱりな。もしかしたら、自分だけが持っている手掛かりを下に、犯人を割り出せるかもしれない。そう考えてるんだろ」

「……僕は」

「とりあえず、一旦、頭を冷やせよ」

 

 エレインは紅茶を淹れてくれた。蜂蜜がたっぷり入っている。温かくて甘い。ホッとする味だ。

 どこから調達したのかと聞くと、忍びの地図には厨房へ入る方法が書いてあって、そこで一年生の時のクリスマスに出会った屋敷しもべ妖精と再会したらしい。

 シェイミー、ドゥーアン、ヴィヴィ、ライサ、アームンと密かに交流を持って、色々と譲ってもらっているみたいだ。

 

「ハリー。マーリンの日記を読んで、スネイプに複雑な感情を抱いている事は私も知ってる。私だって、スネイプには禁じられた森で色々と世話になったし、敵討ちをしたい気持ちもある」

「エレイン……」

「けど、ハリー。勝ち目のない戦いは止めろ」

 

 エレインは言った。

 

「禁じられた森で、スネイプの立ち回り方を見たろ? 相手が何であれ、スネイプは私達よりもずっと戦いを知っているんだ。そのスネイプを殺したヤツに、お前は勝てるつもりか?」

 

 その強い口調に違和感を覚えた。

 

「エレイン……、どうかしたの?」

「あ?」

 

 エレインは苛ついた表情で頭を掻きむしった。

 

「……ハリー」

 

 深々とため息を零した後に、彼女は言った。

 

「私は友達が死ぬなんてイヤだ」

「エレイン……」

「けど、お前は……いざその時が来たら、自分から危険に飛び込んじまう気がする」

「そんな事は……」

「無いって言い切れるか?」

 

 エレインにジトッとした目で見られ、思わず視線を逸らしてしまった。

 

「……お前、無茶する時は言えよ?」

「え?」

 

 エレインは苦笑いを浮かべて言った。

 

「その時は……まあ、一緒に無茶してやるからさ」

「エレイン……」

 

 エレインは一度口にした言葉を曲げない。

 きっと、僕が無茶な事をしたら、彼女も無茶な事をしでかす気がする。

 

「……ううん」

「ハリー?」

「僕、あんまり無茶はしない事にするよ」

 

 もし、それでエレインが死んだらと思うと、とても嫌な気分になった。

 

「僕も友達が死ぬなんてイヤだからね」

 

 それも、僕のせいで死んだりしたら……、最悪だ。

 

「あっ、そろそろ戻らないとまずいね」

「そうだな」

 

 僕達はアトリエを後にした。

 

 ◆

 

 ホグワーツ特急が汽笛を鳴らしている。

 

「ハリー。君って、エレインの事が好きなのかい?」

「え?」

 

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするハリー。

 

「だって、出発ギリギリまでエレインと密会してたじゃないか」

「密会って……、別に相談に乗ってもらっただけだよ」

「その相談の相手は、同寮の僕では務まらなかったのかい?」

「そういうわけじゃなくて……」

 

 声が尻すぼみになるハリー。 

 だけど、ハリーがエレインを誘って何処かへ消える事が、この半年で何度もあった。

 僕の推理では、間違いなくロマンスが展開している筈だ。

 

「それにしても、ロジャーや兄貴達に加えて、ハリーまでとは」

「君、失礼な事を考えてない?」

「何の事やら」

 

 ハリーが睨んでくる。そろそろ止めておこう。

 

「それより、今年も僕の家に来るよね?」

「いいの? 大分、その……、やらかしちゃったけど」

「大丈夫だって! ママから手紙が来たんだ。今年もハリーを誘うなら、歓迎の用意をしておくって」

「……あ、ありがとう。是非、お邪魔するよ」

「うん!」

 

 ハリーと話しながら歩いていると、なんだかぼんやりとした気分になって来た。

 昨日、寝不足だったせいかな? まずい……、意識が遠のいていく。

 

「どうしたの?」

 

 ハリーが心配そうに僕を見つめている。

 

「大丈夫だよ、ハリー」

 

 不思議だ。僕は口を動かしたつもりがない。なのに、僕の口からは明瞭な言葉が飛び出した。

 

「イテッ」

「大丈夫?」

 

 ハリーが転んだ。膝を擦りむいたみたいだ。僕はハンカチで血を拭ってあげた。

 

「あっ、ごめん」

「いいよ、気にしないで。っと、少し待っててもらっていい?」

「え? いいけど、どうしたの?」

「ちょっと、知り合いを見つけたんだ」

 

 何の事だか分からない。もしかして、とっくに意識を手放して、僕は夢を見ているのかもしれない。

 勝手に動く体が人気(ひとけ)の無い場所へ向かっていく。

 しばらく歩くと、そこには鏡があった。

 

「……やあ、ロナルド・ウィーズリー」

 

 奇妙だ。単なる鏡像である筈なのに、鏡の向こうの僕が親しげに話し掛けてきた。

 

「君はハリー・ポッターの一番の友達なんだよね? 実は、僕も彼と友達になりたいんだ」

 

 違う。鏡じゃない。

 寒気がしてきた。今すぐ、ここから逃げ出したい。

 

「ふふふ、完璧だろう? この変身は僕のオリジナルなんだ」

 

 体が言うことをきかない。背筋が寒くなる。叫び出したいのに、口すら動かせない。

 

「さて、あまり時間がない。君の事を教えてくれたまえ」

 

 目の前の僕が杖を構えた。僕は抵抗する事も出来なくて、杖から放たれる光に身を委ねた。

 何かが抜き取られていく。大切なもの。大事な宝物。かけがえのない……、僕の記憶。

 

「さあ、ここに入るんだ」

 

 僕の足が勝手に進む。小さなトランクの中に、闇が広がっている。

 怖い。逃げ出したい。

 

「いい子だ」

 

 トランクの中に入ると、僕は頭上を見上げた。そこには、僕の顔がある。

 もう一人の僕が微笑んだ。

 

「まだ、君は殺さないよ。安心したまえ」

 

 そう言って、トランクの蓋を閉じた。

 真っ暗闇だ。音も聞こえない。恐怖でパニックを起こしても、体が言うことをきかない。

 イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ……、誰か助けて。

 

 ◇

 

「遅いなぁ」

 

 いきなり知り合いを見つけたと言って飛び出していったロンを待って、既に二十分以上も経っている。そろそろ汽車が出てしまう。

 

「ハリー!」

 

 やっと戻って来た。

 

「遅いよ、ロン! はやく、行こう!」

「うん!」

 

 僕達は大急ぎで汽車に乗り込んだ。

 

「今年も君の家に行けるなんて楽しみだよ、ロン!」

「……僕もだよ、ハリー」

 

 僕にとって、生まれて初めての友達。ロンの家は世界で一番素敵な場所だ。

 スネイプとクィレルの死が未だに心に引っ掛かっているけれど、僕はウキウキした気分になって来た。


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