第四話『Good Smile』
窓の外で、兄さん達がまたバカ騒ぎをしている。悪戯グッズを使ったみたいで、庭が滅茶苦茶だ。いつもママに怒られているのに、どうして懲りないんだろう。
しばらくすると、案の定、ママが兄さん達を捕まえた。
「バカばっかり」
ママのお説教タイムが始まる。私は窓を閉じた。
机に向かって、日記帳を取り出す。
「……トム。どこに行ってしまったの?」
去年、私は不思議な日記帳と出会った。ダイアゴン横丁に学用品を買いに行った日、大鍋に紛れ込んでいたものだ。
その日記帳は、驚くべき事に、意志を宿していた。
トムと名乗る日記の意志との交流は一ヶ月程度だったけれど、私は彼を家族以上に信頼するようになっていた。
だって、彼はどんなにくだらない相談にも、真面目に答えてくれた。いつだって、紳士的だった。
ホグワーツに持って行って、しばらくすると日記は何処かへ消えてしまった。あの時は、誰かが盗んだのかと思って、少し荒れてしまった。
「あなたのおかげで、私はハリーと知り合えたのよ」
トムには、私の初恋についても相談に乗ってもらった。
ハリー・ポッター。まるで、おとぎ話に出てくる王子様のような人。例のあの人を倒した偉大な人。優しくて、魅力に溢れた人。
折角、彼が同じ屋根の下に居たのに、まともに話も出来なかった私を、トムは後押ししてくれた。
――――君は、もっと情熱的になるべきだね。大丈夫だよ。君には十分な魅力が備わっている。
彼と交わした最後の会話。その言葉を胸に、ハリーに会いに行った。
彼が足繁く通っている森の番人の棲家に行って、そこで彼と初めてまともな会話を交わした。
嬉しかった……。
「ラムーンとも出会えた。とても美しいヒッポグリフなのよ。あの子の背中に乗っていると、嫌な事をすべて忘れられたわ」
どんなに思いを込めて文字を書いても、返事は返ってこない。当たり前だ。この日記帳は、《ふくろう通信販売》で買ったもの。魔法なんて、プライバシーを多少守る為のものしか掛けられていない。まあ、この家には他人のプライバシーに土足で踏み込む事をマナー違反だと理解出来ないお猿さん達がいるから、それなりにキチンとしたものを選んだけれどね。
私は日記帳を閉じると、いつものように一番下の引き出しを開いて、その裏側に隠した。
「……そろそろお説教も終わったかしら」
部屋を出ると、ちょうどロンに会った。
「ロン。ママのお説教は終わった?」
「まだだよ。フレッドがクソ爆弾を使ったもんだから、ママはカンカンさ!」
「うわっ、最悪……」
「しばらくは庭に出ないほうがいいよ」
そう言って、ロンは自室に篭った。
「……んん?」
なんだろう。違和感を感じた。
何が、とはハッキリと言えないけれど……。
「気のせいよね」
最近、寝不足だったせいで、気が立っているのかもしれない。
ホグワーツで過ごした一年は、あまりにも濃密で、あまりにも楽しくて、あまりにも衝撃的で、あまりにも悲しいものだったから……。
「スネイプ先生か……」
部屋に戻って、ベッドに横たわる。
「あんまり好きじゃなかった筈なんだけどな……」
彼の訃報を聞いた時、堪らず涙が溢れた。
グリフィンドールを蔑み、スリザリンを贔屓する人。陰湿で、嫌味な人。だけど、禁じられた森を共に歩んだ彼は、紛れもなく、尊敬するべき教師だった。
「もっと、教わりたかったな……」
ため息を零すと、コンコンという音が響いた。
窓に目を向けると、そこには一匹のメンフクロウがいた。
「アインズ!」
アインズは私の友達のペットだ。
足に手紙が括り付けられている。
「アンの誕生日会を企画中……、ふむふむ」
アインズの飼い主であるジュリア・プライスからの手紙の内容は、もうすぐ誕生日を迎える共通の友人、アナスタシア・ローリーの誕生会を開こうというもの。
「もちろん、全面的に協力するわ!」
返事をサラサラっと書いて、アインズの足に括り付ける。
「お願いね、アインズ」
ホーと一鳴きすると、アインズは颯爽と飛び立っていった。
「プレゼントを考えなくちゃ」
フクロウ通信販売のカタログを開いて、どれがいいか悩んでいると、コンコンとノックをする音が聞こえた。
「なーに?」
「ジニー。ご飯だってさ!」
私はカタログを閉じて、軽く髪を整えてから部屋を出た。
「何か考え事?」
どうやら眉間に皺が寄っていたみたい。
首を傾げるロンに「なんでもない」と言うと、「悩みがあるなら相談に乗るよ?」と言われた。
思わずキョトンとしてしまった。熱でもあるのかしら。
「お生憎様。人に相談するほど深刻な悩みじゃないわ。友達に贈る誕生日プレゼントを考えていたの」
「誕生日プレゼントか。なら――――」
驚いた。いつもならトンチンカンな答えを返してくるロンにしては、すごく的を射ている提案をしてきた。
「……ありがとう。考慮してみるわ」
「お役に立てて、恐悦至極!」
大袈裟な動作は、どこかフレッドとジョージを思わせた。
大人になるのはいいけど、あの二人を見習うのはやめてほしい。
もちろん、あの二人の事は尊敬しているし、面白い人達とも思っているわ。だけど、同じくらい厄介だとも思っているの。
ロンには、出来ればビルやチャーリーを目指して欲しい。
一緒に一階へ降りていくと、ママの怒りは鎮まっていた。
それどころか、イヤに上機嫌だ。
「どうかしたの?」
「ジニー! ロン! 聞いてちょうだい! お父さんがやったのよ!」
「そう、我らが偉大なる父君は偉業を為したのだ!」
「褒め称えよ! 崇め讃えよ!」
フレッドとジョージが騒ぎ立てるせいで何が何だか分からない。
「パパがどうかしたの?」
ロンが聞くと、ママはニッコリと笑顔で言った。
「日刊預言者新聞ガリオンくじグランプリで、アーサーが賞金700ガリオンを手に入れたのよ!」
その衝撃の言葉に、私は口をポカンと開けてしまった。
「アンビリーバボー」
万年貧乏で、学用品の大半をお下がりで賄っている我が家にとって、それは途方もない話だった。
ロンを見ると、実感が掴めていないのか、曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
◆
暗闇の中、蹲っている少年がいる。
はじめの一週間は脱出を試みたり、泣き叫んだり、怒鳴り散らしたりと、それなりに元気があった。
けれど、一月が経つ頃には心が折れ、扉が開いても微動だにしなくなった。
「さてさてさーて、授業の時間だよ!」
虚ろな目をした少年の前には、彼と瓜二つの容姿を持つ少年が立っていた。
満面の笑顔を浮かべて、彼は言う。
「概ね、君の事を理解する事が出来た。君の御両親も、兄弟達も、親友であるハリー・ポッターすら、誰一人疑いを持っていない。だけど、後一つだけ、まだ僕が知らないものがあるんだ」
彼はサディスティックな笑みを浮かべ、舌舐めずりをしながら言った。
「笑顔だよ。それも、とびっきりの笑顔さ。それを見せてくれたら、終わりにしてあげるよ」
その言葉は甘い蜜だ。音も無く、光も無い世界に一月以上も監禁され続けた少年は、終わりを望んでいた。
心底嬉しそうに微笑む少年。その笑顔を見て、悪魔は満足そうに、少年と同じ笑顔を浮かべた。
「ありがとう。君という人間の存在に、僕は感謝している」
その言葉と共に、悪魔は少年の命を刈り取った。
死体を燃やし、闇の世界から光の世界へ戻っていく。
丁度、妹が彼を呼びに来ていた。
「ロン! そろそろ出発だよ!」
「……今行くよ、ジニー!」
今日からエジプトへ家族旅行だ。
日刊預言者新聞ガリオンくじグランプリで、父のアーサー・ウィーズリーが賞金700ガリオンを手に入れた。
そのお金で、ウィーズリー家は長男であるウィリアム・ウィーズリーの下へ遊びに行く事になったのだ。