第六話『家族』
「見てよ、これ!」
朝食の準備をしていると、エドが日刊預言者新聞を持ってきた。
興奮した様子で新聞を広げるエドを小突く。
「後にしろよ。今は調理の真っ最中だ」
最近はイリーナと家事を分担するようになった。
一人でも十分にこなせるとお墨付きを貰ったわけだ。
スープを煮込み、サラダを盛り付け、卵を焼く。これらを呪文で同時に行うわけだけど、慣れると案外簡単だった。
「えっと、ごめん……」
シュンとなるエドにため息が出る。
出会ったばかりの頃は私の方が大きかったのに、今ではすっかり越されてしまった。
肉体的には立派な癖に、中身は相変わらずだ。
「別に怒ってないぞ。そんな顔をされるのは心外だぜ。……私って、そんなに怖いのか?」
少し拗ねて見せると、エドは慌てふためいた。
「そんな事ないよ! エレインは可愛いんだ! こ、怖くなんてないよ!」
「……お、おう」
こいつは気弱なのか、大胆なのかイマイチ分からない。
「だったら、あんまりビクビクするなよな」
「う、うん……。ごめん」
「だから、謝るなっての」
やれやれと肩を竦めながら調理に戻る。
「ほれ」
私はスープを小皿によそって、エドに渡した。
「どうだ?」
「美味しいよ!」
「そっか」
呪文でスープと卵をそれぞれ盛り付け、テーブルに飛ばしていく。
「ウィルとダンを呼んできてくれよ。私はイリーナを呼んでくるからさ」
「うん!」
エプロンを脱いで、庭に出る。丁度、イリーナも洗濯物を干し終えた所だった。
「イリーナ。飯の支度が出来たぜ」
「ありがとう。今、行くわね」
二人で家の中に戻ると、ウィルとダンがエドに連れられて降りてきた。
それぞれの席に座って、朝食を食べる。
「うん、美味い!」
ダンが頬を緩ませながら言った。
「いやー、すっかり我が家の味を極めてしまったな、エレイン」
デレデレだ。
「お、おう」
「父さん……、もう少しシャンとしてくれ」
ウィルが顔を引き攣らせている。
「いいじゃないか。エレインはエドの嫁になる。つまり、僕の娘になるわけだよ?」
「まっ、まだ決まったわけじゃ……」
ボソボソ言うエド。
「なんだよ。私じゃ不服だってのか?」
「えっ!? いや、そうじゃなくて! だって、まだエレインから答えを貰ってないし……」
「ああ、別にいいぞ。結婚しようぜ」
「……へ?」
まるで時間が止まったかのように凍りつくエド。予想通りの反応だ。
「……エレイン。せめて、もう少しロマンチックに……」
「いや、態度で十分示してきたつもりだからよ」
よっぽど鈍感なヤツでも気付く程度にはスキンシップは取ってきたつもりだ。
まあ、エドはよっぽどだったようだけど……。
「私だって、なんとも思ってないヤツにおっぱい揉ませたり、抱きついたり、キスなんてしないぞ」
「えっ!? そこまでしてたの!?」
ウィルが目を見開いた。
「そこまでしててこの有り様だぜ……」
エドは未だに固まっている。
「いっ、いや、君たちはまだ十二歳なんだから、その……、節度というものをだね」
顔を赤くして堅いことを言い出すウィル。
「節度って言われても、結婚するなら結局やる事になるだろ? むしろ、キスまでなんて、実に健全だぜ」
「ええっ!? でも、結婚は一生の事だから、ちゃんと考えた方が……、お互いに」
「これでも真剣に考えた結果だぜ? 人間、いつ死ぬか分からないからな」
「死ぬって……」
やっぱり、ウィルにも分かってもらえなかった。ハリーにも言ったけれど、私としては真剣に考えた末の結論なんだ。
エミーには生きられる可能性だってあった。だけど、死んでしまった。
スネイプだって、クィレルだって、殺されなければ生きていた筈だ。
死は理不尽なもの。いつ訪れるかも分からなくて、避ける事が酷く難しい。だから、後悔しない選択をしたい。
「ウィル。エレインはしっかりエドの事を考えてくれたのよ」
イリーナが言った。
「でも、二人はまだ十二歳だ。いくらなんでも、少し軽率なんじゃ……」
「エレインが軽率な子に見える?」
「母さん。いくら賢くても、エレインは子供なんだ。取り返しのつかない事になる前に、俺達がしっかり手綱を握ってあげないと」
ウィルは実に理性的だ。十人中九人が彼の言葉に賛同するだろう。だからこそ、いつも多くの人に囲まれている。
ロイドを始め、ホグワーツでも彼の交友関係は広い。恋人らしき人の姿も見掛けた事がある。
私にとって、やっぱり理想の男だ。彼なら、エミーを幸せにしてくれたかもしれない……。
「ウィルは相変わらず真面目だな」
「エレイン! 俺は真面目に話しているんだ!」
「私だって真面目だぜ? それとも、からかっているように聞こえたのか?」
「えっ、いや……」
それにしても、別に責めてるわけじゃないのに追いつめられたような顔をするのは如何なものだろうか?
前は気にしていなかったけれど、もう少し考えた方がいいかもしれない。
「それと、私は娼婦と暮らしてたんだぜ? そういう事はウィルよりよっぽど詳しいんだ。リスクも分かってる。だから、心配要らないよ」
「あっ……、ああ、そうか」
ウィルは実に常識的だ。何事にも過程がある事を知っている。善い事と悪い事を理解している。
少し大らか過ぎるイリーナ達と比べて、ずっと人として正しい。
「それでも不安なら、私は消えるよ。私だって、エドを不幸にしたいわけじゃない。きっと、私よりもウィルの方が正しい選択を出来ると思うし」
「馬鹿な事を言わないでよ!!」
さっきまで固まっていた癖に、いきなり再起動したエドが叫んだ。
「兄ちゃんも、黙ってくれ! もし今度、余計な事を言ったら……」
「……エド」
ウィルは弱りきった表情を浮かべた。
「おい、エド。ウィルはお前の為に言ってるんだぜ?」
「どうでもいいよ! 僕はエレインが好きなんだ! 一緒に居たいんだよ! 他人に口を出されたくない!」
「たっ、他人……」
ウィルが真っ白になってしまった。今のは相当効いたのだろう。前々から思っていたけど、ウィルは間違いなくブラコンだ。
ショックのあまり放心状態になっているウィル。
「……ウィルはそろそろ弟離れしなきゃね」
魂が抜けかけているウィルにイリーナが更なる追い打ちを掛けた。
ノロノロと立ち上がり、フラフラと部屋へ戻っていくウィル。
「げ、元気出せよ」
上手い言葉が浮かばなかった。
「兄ちゃんは昔からああなんだ! 僕はいつも間違えてて、自分はいつだって正しいと思ってるんだ!」
プンプン怒っているエドに、私は苦笑した。
一年生の組分け儀式の時、エドはウィルがいるからグリフィンドールは嫌だと言った。
その理由が漸く分かった。要は反抗期なわけだ。良かれと思って説教をするウィルが疎ましいのだろう。
両親がゆるゆるだからこそ、エドの反骨心はウィルに向いてしまった。ブラコンのウィルにとっては悲劇だな。
「あんまり嫌ってやるなよ。あれもウィルの愛情表現なんだぜ?」
「……別に嫌ってるわけじゃないけど」
イリーナとダンは終始生暖かい目で見守っていた。なんとなく、ウィルがああなった理由も分かる気がする。
「とっ、ところで、エレイン」
「ん?」
「さっきの……、けっ、けけ、結婚って……」
「言葉通りだよ。お前にその気があるなら、私はいつでもオーケーだぜ? なんだかんだで、私にとっての一番はお前だしな」
エドは茹でダコになった。いつも通りの事だから無視して食事を進める。
「うーん。エドは尻に敷かれそうだな」
ダンは苦笑いを浮かべた。
「出来れば、もう少しシャンとして欲しいけどね」
イリーナの意見に私も賛成。一々茹でダコになられたら、こっちもどうしていいか分からない。
「エド。いつまでも固まってんなよ。私が愛情をたっぷり篭めて作った料理が冷めちまうぞ」
「たっ、食べる!!」
慌ててがっつくエド。案の定、喉を詰まらせた。
「……可愛いヤツだな」
頬を緩ませながら、水を渡す。
まあ、こういう所がたまらないんだけどな。
「そう言えば、さっきのアレは何だったんだ?」
「アレ?」
「日刊預言者新聞だよ。何か、記事を見せようとしてただろ」
「あっ、そうそう。これだよ」
エドが見せてきた記事の一面には無精髭を生やした男の写真が載せられていた。
「シリウス・ブラック。アズカバンを脱獄……。うわっ、物騒だな」
「……シリウス」
イリーナは悲しそうに写真を見つめ、ダンも複雑そうな表情を浮かべている。
「知り合いなのか?」
「……昔、一緒に遊んだことがあるの。ジェームズの一番の親友で、学校一の問題児だったわ」
懐かしむようにイリーナは言った。
「今でも信じられないよ。彼があんな事をするなんて……」
ダンは顔を顰めながら言った。
「あんな事って?」
「……あまり、食事中に話すべき事ではないよ。昔はどうあれ、彼は危険人物だ。用心するに越したことはないね」
そう言えば、メリナのアトリエで見つけたマーリン・マッキノンの日記にその名があった気がする。
「シリウス・ブラックか……」
記事には、シリウスが死喰い人であった事が記されている。
おそらく、ヴォルデモートが復活したであろう、このタイミングでの脱獄。とても偶然とは思えない。
「またひと波乱ありそうだな」
もうすぐ、三年目が始まる。出来れば平穏な日々を送りたいものだ。
まあ、今年もノーバートの世話があるから無理だろうけどな!