【完結】エレイン・ロットは苦悩する?   作:冬月之雪猫

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第八話『陰陽』

第八話『陰陽』

 

 八月の終わり、僕は家族(・・)友人(・・)と共にダイアゴン横丁へ訪れた。今はみんな、漏れ鍋で夢の世界に旅立っている。

 僕は変身を解いた。代わりに、黒装束とベネチアンマスクを装着する。どちらも、この時の為に造り上げた一級品の魔術具だ。

 

「――――さて、回収するか」

 

 目の前に聳えるグリンゴッツ魔法銀行は既に営業時間を終えている。それでも、セキュリティは万全だ。

 幾千もの呪詛と結界が入り乱れ、ドラゴンを含めた魔獣が蠢くゴブリンの居城。迂闊に踏み込めば、命は無い、

 いや、むしろ即死出来たら幸いと言える。この建物の中には死を超える恐怖と絶望が潜んでいる。

 

「実に心躍るじゃないか」

 

 施錠された扉に手を伸ばす。本来なら、この時点で警報が鳴り響き、当直のゴブリンに報せが届く。

 けれど、そのような事が起きる気配はない。朝、家族と共に訪れた時、細工を施しておいた成果だ。

 オリジナルの記憶も役に立った。彼が六十年近くの歳月を掛けて蓄積した知識の中には、この銀行の内部構造や仕掛け、その突破法まで存在した。

 ゼロからスタートした賢者の石の入手と比べれば、これからやる事は迷宮を地図片手に走破するようなものだ。

 

「It's Show Time!」

 

 正面玄関を押し開き、エントランスフロアを超え、地下空間への入り口へ向かう。

 ここが第二の関門だ。本来、ゴブリンが同伴していなければ立ち入る事の出来ない門。

 

錯乱せよ(コンファド)

 

 普通の人間ならば、ここで足止めだ。けれど、闇の帝王の御業の前では、ゴブリン如きの呪詛など塵にも等しい。

 単純なシングルワードの呪文も、極限まで高められた魔力を持つ《ヴォルデモート(ぼく)卿》が唱えれば、それは凡人が命を賭して為す奇跡を遥かに凌駕する。

 門が開き、僕は悠々と中へ入り込んだ。

 そこは天然の洞窟を利用した、複雑怪奇な巨大迷宮。見下ろせば、そこには地獄(アビス)へ通じているかの如き、深遠なる闇が広がっている。

 

「こっちだな」

 

 術を無効化する滝を裂き、トロッコと乗員以外の物体を振り落とす罠を抜け、ドラゴンの居住領域へ降り立つ。

 

「これはまた……。ハグリッドが見たら、何と言うか……」

 

 鎖で繋がれ、無数の疵痕を持つドラゴン。

 知性があり、痛覚がある生物に対して最も有効な調教方法は苦痛を与える事だ。恐怖や嫌悪感を脳髄に刻み込む事で、理性を超えた、本能を使役する事が出来る。

 けれど、それは大いなるリスクを伴う。

 

「やれやれ……、老いとは実に恐ろしいものだ」

 

 オリジナルは大勢の配下を従えていた。けれど、真の意味での忠臣はほんの一握りだった。

 彼が倒れた後、配下の死喰い人の内、大多数は保身に走った。セブルスなどの裏切り者も出た。

 これが力と恐怖で支配した結果だ。

 

「考えなければいけないね」

 

 賢者の石を得た今、アバダ・ケダブラでさえ脅威では無くなったが、死ぬ度に組織を再編するのでは効率が悪すぎる。

 より完璧な革命。より完璧な支配。僕の理想とする世界の構築には、足りないモノが多過ぎる。

 

「……っと、考え事もここまでか」

 

 思考している間に目的の金庫へ辿り着いた。

 ここにはオリジナルが格別の信を置き、見事な忠誠を示した女の財産が積まれている。

 本来は鍵がなければ開かず、鍵があってもゴブリンがいなければ罠が作動する筈の金庫の扉を難なく開き、目的のモノを発見した。

 

「よしよし、まずは一個」

 

 呪詛を解き、金庫の中央に安置されている、取っ手が二つある金色のカップを手に取る。

 オリジナルの記憶通り、実に美しい。

 これは嘗て、ホグワーツの創始者の一人であるヘルガ・ハッフルパフが愛用していたカップだ。

 

「……ルシウスっていう前例があるからね。やっぱり、他人に預けておく事はリスクを高める結果にしかならないよ」

 

 僕は彼を評価していた。けれど、結果はあのザマだ。

 

「もう少し、賢い男だと思っていたのだけど……」

 

 僕はやれやれと肩を竦めながらグリンコッツを後にした。

 

 ◆

 

 《星の丘》で過ごす夜は、何度迎えても素晴らしい。

 かすかな潮の香りと音を感じながら、満天の星空を見上げる。

 感覚が研ぎ澄まされていく。

 

「ん?」

 

 ノックの音が聞こえた。

 ため息を零す。もう少し、浸っていたかった。

 

「どうした?」

 

 扉を開くと、そこにはエドが立っていた。

 

「えっと……、少し話がしたくて……」

「いいぜ。入れよ」

「う、うん」

 

 星明かりに照らされた部屋。仄かに暗い中、ベッドに腰掛ける私達。

 ムードたっぷりだ。

 

「それで? 何を話したいんだ?」

「……エレイン」

 

 エドはジッと私を見つめた。

 その瞳には決意の火が宿っている。

 

「僕、エレインが好きだ」

 

 知ってる。

 

「……エレインは、僕の事をどう思ってるの?」

 

 瞳の火が揺らいだ。

 僕はとっても不安です。その瞳は、そう訴えている。

 

「好きだぜ? 何度も言ってるだろ」

「……エレイン。君の好きは、僕の好きと同じもの?」

「急にどうしたんだ?」

 

 エドは俯いてしまった。

 表情を読み取る事が出来ない。

 

「エレインは優しいよね」

「ん? お、おう」

 

 いきなり何だよ。照れちまうじゃねーか。

 

「エレインが『結婚しようぜ』って言ってくれた時、すごく嬉しかったんだ。でも、君は僕が不幸になるなら消えるとも言った」

「……おう」

「それって、結婚の事も僕の為って事だよね?」

 

 まったく、めんどくさいヤツだな。

 

「つまり、お前が私に恋をしているから、優しい私はお前の為(・・・・)に結婚しようとしてるってか?」

「……う、うん」

 

 ゴチンと気持ちのいい音が鳴り響く。

 私はすこし熱くなった拳に息を吹きかけ、頭を押さえて悶絶しているエドの背中を踏みつけた。

 

「お前、私の事を何だと思ってんだ?」

「えっと、あの……」

「娼婦に育てられた女だから、好きでもないヤツ相手に簡単に股を開くってか?」

「ちがっ、違うよ! 僕はそんなつもりじゃ!!」

「……言っといて何だけど、意味通じるのか。エドがスケベなのか、これが普通なのか……、どっちだ?」

「ほあ!?」

 

 私は環境故にいろいろ知っているけど、普通の家庭で育った十二歳も股を開くって言葉の意味が分かるんだな。

 ちょっとショックだ。

 

「いや、僕は別に!? っていうか、は、話を逸らさないでよ!」

 

 今正に話を逸らそうとしているヤツに言われたくない。

 

「……ったく。おい、エド」

 

 私はエドを抱き締めた。そのまま、ベッドに倒れ込む。

 

「え、エレイン!?」

「……エド。私がお前を好きな理由、教えてやるよ」

「……へ?」

 

 アホな声を出しているエドの耳元で、私は話し始めた。

 

「まあ、素直なところが一つ目だな。捻くれ者より、私は素直なヤツが好きだ」

「うっ、えっと、その……」

「黙って聞けよ。二つ目は私の事を好きな事だな。可愛いとか、優しいとか、頭いいとか、お前が私を褒めてくれる度に、結構喜んでるんだぜ?」

「……え、エレイン」

 

 茹でダコになってしまった。だけど、今日は解放してやらない。

 面倒事は一度に解決する主義なのだ。

 

「それと、決定的だったのは一年生の時のハロウィンだな。ハーマイオニーとレネから聞いたぜ? 私の事が心配になって、大広間を飛び出したんだろ?」

「う、うん」

「お前、その頃はずっと私の事を避けてたじゃねーか。それなのに、私の為に真っ青な顔で飛び出したって聞いた時、嬉しくてたまらなかったよ。だから、その後もお前に避けられて、結構悲しかったんだぜ?」

「エレイン……。僕は……」

「謝るなよ。その辺は、もう解決した事だ。まあ、何が言いたいかって言うと、多分、好きになったのは私の方が先だって事だよ」

「へ……?」

 

 鈍いやつだ。

 

「前に言ったろ? 嫌ってるヤツに胸を堪能させたりしないって。ぶっちゃけ、好きでもない相手に触らせたりしねーよ。ハリーやカーライルにも、ウィルにだって触らせる気はないぞ」

「だ、だって、僕が好きって言った時、君は……」

「ああ、エミーと暮らしてた事を話した時の事か? それこそ、好きだからこそってヤツだぜ? 好きでもないヤツ相手に話してやる程、軽いもんじゃねーからな。エミーと過ごした時間は」

 

 エドは目を見開いて、口をパクパクさせた。

 

「……それと、そういう所も好きだぜ。すぐに茹でダコになるところとか、グッと来るな」

 

 私はエドの開いた口を自分の口で塞いだ。舌を入れて、じっくりと味わう。

 

「エド」

 

 口を離して、私は言った。

 

「私はお前の事が好きだぜ。時間を置いたのも、お前の為だ。私の心はずっと前から決まってたからな。結婚してもいいんじゃねーよ。結婚したいんだよ、お前と」

 

 狙った獲物は逃さない。それでも、惚れた相手だからこそ、逃げ道は用意した。

 

「エド。お前の好きと私の好きは違うもんだ。だって、私はお前を愛しているんだからな」

 

 とうとう限界を超えたらしい。エドは真っ赤なまま、目を回してしまった。

 

「やれやれ、仕方ねーな」

 

 私はエドの隣に横たわった。布団を掛けて、一緒に眠る。

 エドの体温を感じる。人間の温もりを感じるのは、随分と久しぶりだ。今日はいい夢が見れそうだぜ。


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