第九話『吸魂鬼』
今日からホグワーツの新学期が始まる。今、私はエドに手を引かれながらキングス・クロス駅を歩いている。
一緒の布団で眠って、起きたら立派なナイトになっていた。さっきからウィルが何度も吹き出しそうになっている。
「エレイン。なんだか、最近はすごく物騒だから、何かあったらすぐに教えてね!」
エドは大真面目に言っている。笑ってはいけない。
「お、おう。頼りにしてるぜ」
「うん!」
ウィルは耐え切れなかった。物陰に隠れて、腹を抱えている。
戻ってくると、頬がゆるゆるになっていた。このブラコン、弟の新しい一面がツボに入ったらしい。メロメロ状態って奴だ。
「行こう!」
みんなで9と3/4番線のホームに行くと、ハーマイオニーの姿があった。
「久しぶりね」
「おう」
ハーマイオニーは未だに繋いだままの私とエドの手を見た。
「うんうん。仲睦まじき事は良い事よ」
ハーマイオニーは満足そうに頷いた。
いつもなら、ここでエドが手を話して茹でダコになる。だけど、今日は違った。
嬉しそうに微笑みながら、強い力で私の手を握り締めた。
少し痛い。少し、心地いい。
「……もしかして、私、邪魔?」
少しイチャイチャし過ぎたな。ハーマイオニーの瞳の温度が下がり始めた。
「そんな事ねーよ。それより、さっさとコンパートメントを確保しようぜ」
「まったく、自分はレネに『友情より愛情か……』とかぼやいてた癖に」
「悪かったって!」
グチグチ言われながら、私達は空いたコンパートメントを確保した。
しばらくすると、レネとアランが現れた。相変わらず、仲睦まじい二人だ。
「ひさしぶり、みんな!」
レネはすこし髪を伸ばしたみたいだ。
挨拶を交わしていると、カーライルとジェーン、エリザベスもやって来た。
いつものメンバーが揃うと、程なくして汽車が走り出す。私達は窓から身を乗り出して、それぞれの家族に手を振った。
案の定と言うべきか、話題は私とエドの関係だった。エリザベスが面白がって根掘り葉掘り聞いてくる。
しばらくすると、エドが真っ赤な顔で小さくなってしまった。
「……こういう所が可愛んだよ」
「うーん、思った以上の熱愛振りね」
エドを抱き締めていると、ハーマイオニーが呆れたように言った。
「ところで、レネとアランはどうなんだ?」
「私達?」
「おう。前々から気になってたんだよ。お前らはホグワーツに来る前から熱々だったし、どういう風に出会って、どういう風に恋人になったんだ?」
「それ、私も気になってたわ。レネがアランの事を愛しているのは伝わってくるんだけど、あんまり惚気けたりしないし」
私とハーマイオニーの言葉にアランは困ったような表情を浮かべ、レネを見つめた。
「レネ……。どうする?」
「いいよ。……でも、私から話すのは、ちょっと恥ずかしいかな」
「……分かった。なら、僕から話すよ」
アランはレネの頭を撫でながら言った。
「……この事は、あまり人に吹聴するべきものじゃないんだ。だから、ここだけの話にしておいてくれ」
アランは特にエリザベスに対して言った。
「分かってるって!」
その返事に、アランは疑いの眼差しを向けつつ話し始めた。
「……レネの両親はマグルなんだ。それも、財閥の当主で、極めつけの原理主義者でもあった」
嫌な予感しかしない。軽はずみな質問だったかもしれない。
けれど、レネは「いいよ」と言ってくれた。なら、ここは黙って聞こう。
「まあ、察しはついてると思うけれど、レネの才能に彼らは嫌悪した。在るべき理から外れた存在として、彼女を虐げたんだ。……詳しくは言わないけど、酷いものだった」
アランの瞳に憎悪が宿る。
「七歳の時、彼女は殺されかけた。生きて、呼吸をする事が罪と言われて、袋を頭に被せられた」
誰も口を開かない。ただ、怒りを押し殺している。
「死の恐怖は、彼女の魔力を暴走させた。結果として、彼女の身は空間を超え、街中へ飛んだ。すると、当然の事だけど彼女の姿は大衆に見られ、魔法省の職員が後処理に向かい、そこで父が彼女の境遇を知る事になる。全身の疵痕と、殺されかけた事実を重く見た魔法省は彼女を父に預け、彼女の両親の記憶を弄った」
胸糞の悪い話だ。出会ったばかりの頃、レネが常に挙動不審だった理由も分かる。
きっと、生まれた時から自身を否定され続けてきたのだろう。その挙句に殺されかけて……、今こうして笑顔を浮かべられるようになった事が奇跡に近い。
「それ以来、僕は彼女と共にいる。何もかもに怯えていた彼女の支えになりたかった……」
実際、言葉通りにして来たのだろう。アランはいつもレネを気にかけていたし、今もレネだけを見つめている。
「そっか……」
ジェーンがレネの頭を撫でた。
「レネも頑張ったんだね」
アランの支えがあっても、ここまで立ち直れた理由の多くは彼女の頑張りにある。その事に気づかない間抜けはいない。
「……みんなのおかげだよ。仲良くしてくれて、ありがとう」
レネの言葉が染み渡る。
誰にでも過去というものが付き纏う。エドが死喰い人の実父を持つように、レネが両親から虐待を受けていたように。
今、私達は笑顔を浮かべている。それは過去を乗り越えてきたからだ。
「……ん?」
突然、汽車が停止した。
灯りが消える。
「なんだ?」
「駅に着いたわけじゃないわよね?」
「ねえ、誰か入って来たみたいよ!」
コンパートメントの外が騒がしい。そっと扉を開いて、廊下の向こうを見る。
そこには不気味な影がいた。
「あれは……」
「まさか、
エリザベスが悲鳴を上げた。アランがレネを抱き寄せ、エドも私の手を引っ張った。
「……何をしているのかしら」
「何かを探してるみたいだね」
カーライルはエリザベスの手を引き、扉を閉めた。
「……吸魂鬼を追い払うためには守護霊の呪文が必要だ。使える人はいる?」
「呪文だけなら……。《エクスペクト・パトローナム》よ。本で読んだ内容によると、幸福な思い出を頭に浮かべながら唱えるの」
それぞれが杖を構える。悲鳴が近づいてきた。
吸魂鬼は人間の幸福な感情を啜り、絶望へ堕とす。その性質を買われ、奴等はアズカバンという監獄の看守に抜擢された。
「なんで、アズカバンの看守がこんな所に……」
「たしか、シリウス・ブラックが脱獄した件で、魔法省がホグワーツ防衛の為に吸魂鬼を使う計画を立てているって噂を聞いたわ」
相変わらず、エリザベスの情報網には舌を巻く。
「……来た」
レネの言葉と共に、扉が開かれる。
その瞬間、私の中から何かがゴッソリと奪われた。
「エクスペクト・パトローナム!!」
みんなが呪文を唱えている。
エドとアランの杖から、それぞれ光り輝く狼とライオンが飛び出した。
あたたかい……。
「エレイン!?」
「レネ!!」
私が意識を保てていたのはそこまでだった。
暗闇に沈んでいく……。