【完結】エレイン・ロットは苦悩する?   作:冬月之雪猫

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第十七話『ニュートン・スキャマンダー』

第十七話『ニュートン・スキャマンダー』

 

「君達のような若者が魔法生物に興味を持ってくれている事、大変喜ばしい」

 

 スキャマンダーはしわくしゃな顔を破顔させながら言った。

 

「いやー、ダンブルドア先生から話を聞いて、これは是非とも会いたいと思ったんだ。君達はヒッポグリフの世話をしているんだよね? 私の母もヒッポグリフのブリーダーだったんだ!」

 

 不思議な人だ。ダンブルドアに負けないくらい年寄りな筈なのに、どこか子供っぽい。

 瞳をキラキラさせながら、スキャマンダーはヒッポグリフの世話のコツを教えてくれた。

 今までは手探りだった部分にも、彼は明確な答えを用意してくれた。

 

「――――さて、今日はダンブルドアから一つの依頼を受けているんだ」

「依頼って?」

 

 エリザベスが首を傾げると、スキャマンダーは私達を小屋の中へ招き入れた。

 誘われるまま中に入ると、部屋の真ん中を陣取っている巨大なテーブルの上に、これまた巨大な水盆が置かれていた。

 

「スキャマンダー先生。これは何ですか?」

 

 ハーマイオニーが代表して質問すると、スキャマンダーは「憂いの篩(ペンシーブ)さ」と答えた。

 

「たしか、記憶を保管したり、閲覧するための道具だっけ?」

「その通り! よく勉強しているようだね。これから、君達には私の記憶を見せようと思う」

「先生の記憶を……?」

「そう! これは今から約七十年前。私が合衆国に渡り、掛け替えのない友と、愛すべき伴侶を得た大冒険の記憶さ」

 

 そう言いながら、スキャマンダーは眉間に杖を当て、銀色の光を水盆に落とし入れた。

 

「時は1926年。世を悪の魔法使いであるゲラート・グリンデルバルドが騒がせていた時代。私はうっかり保護していた魔法生物を解き放ってしまったんだ」

「ええ!? 大丈夫だったんですか!?」

「さて、その疑問の答えはここにある。中を覗き込んでごらん」

 

 私達は促されるまま憂いの篩を覗き込んだ。すると、体が浮き上がり、私は水盆の中に吸い込まれてしまった。

 気がつけば、周囲の光景が一変している。あたたかみのある木造の小屋から一転して、コンクリートジャングルに紛れ込んでしまった。

 

 魔法史の本によると、1920年代と言えばグリンデルバルドの最盛期であると同時に、マグルと魔法使いの間に緊張状態が続いていた時代でもあった。

 また、魔法生物を愛する者にとっても住みにくい時代だったと言われている。ある国では魔法生物を害獣と定め、発見された魔法生物を駆除せずに飼育する事を禁じる法律まであったらしい。実際、その時代に絶滅してしまった魔法生物も数多くいたそうだ。

 ニュートン・スキャマンダーと言えば、そうした暗黒の時代に光を齎した者の一人として有名だ。彼の一番の偉業は、《幻の動物とその生息地》という様々な魔法生物の生態が記された本の執筆だが、それ以外にも魔法生物の為の様々な法案を成立させるなど、魔法界と魔法生物学に多大な貢献をした人物だ。

 

 彼の記憶は私達の常識を揺さぶるものだった。

 まず一つに、今まで私達は魔法界とマグルの世界を完全に分けて考えていた。

 ところが、彼の記憶では、マグルと魔法使いが対峙し、マグルの社会に魔法生物が紛れ込み、最後はマグルと魔法使いが手を取り合って事件を解決した。

 二つの世界が隣り合わせであり、混じり合っているのだと、私達は改めて知る事が出来た。

 

「他にも、私は世界中を旅して回った。そして、素晴らしい冒険を繰り返した。……その一部を、実際に体験してもらおうと思う」

 

 現実世界に戻って来た私達の前で、スキャマンダーはトランクケースを持ち上げてみせた。

 記憶の中のものよりも大きい。

 

「もしかして、その中に!」

「そう! 我が冒険の一部が入っているんだ」

 

 トランクを開くと、スキャマンダーはその中へ降りていった。

 手招きに応じて、私達もトランクの中へ入っていく。

 そこは、まさに異世界だった。

 

「すごい! すごいわ!」

 

 ハーマイオニーも歓声を上げている。

 右を見れば雪国があって、左を見れば砂漠がある。目の前にはジャングルが広がり、それぞれの世界の向こうには、また別の世界が広がっている。

 

「それでは、ついて来てくれ」

 

 ファンタスティック! 

 それ以外の言葉が見つからない。

 巨大なサイのようなエルンペント。イヌのような見た目で、二本の尾を持つクラップ。ヒッポグリフの親であるグリフィン。燃え盛る炎の中で蠢くサラマンダー。

 巨大な湖で泳ぎ回るグリンデローにケルビー。スニッチの原型とされているスニジェット。ずんぐりむっくりで飛べない鳥の ディリコール。巨大な天馬。

 ハリネズミのようなナール。子猫のようなニーズル。空を飛び回るヒッポグリフと不死鳥。

 そこには、魔法生物学の最高権威のみが飼育を許された生き物もたくさん棲んでいた。

 

「見て! サンダーバードよ!」

「あっちにいるのはスフィンクス!?」

 

 私達は時間を忘れてスキャマンダーのファンタスティックワールドを堪能した。

 それこそ、今日を逃したら二度と見る事が叶わない生物もたくさんいる。

 エリザベスはスキャマンダーに許可を取って、撮影しても大丈夫な生き物の写真を何枚も撮っているし、レネはふわふわなニフラーやニーズルに囲まれながら頬を緩ませている。それを見ているアランの頬もゆるゆるだ。

 ジェーンはパフスケインの餌やりに夢中になっていて、ハーマイオニーは火蟹の後ろを追いかけている。そこから少し離れた場所でハリーはジニーと一緒にグリフィンを観察していて、セドリックは木の森番と言われているボウトラックルを興味深げに見つめている。

 

「あれがスニジェットか……。結構、可愛いな!」

「えっ、あれが見えるの!? 僕、速すぎてよく分からないんだけど……」

「まあ、目の良さには自信があるからな!」

 

 スキャマンダーは私達の質問に嫌な顔ひとつ見せず、それどころかすごく嬉しそうに答えてくれた。

 ハグリッドも今日ばかりは私達と同じ生徒側に回り、比較的危険な生き物達に熱い眼差しを向けている。

 

「それにしても、ロンは惜しいことしたな」

 

 こんな機会は滅多にあるものじゃない。

 私は今日、唯一来ていないロンに同情した。何か用事があったのだろうが、こんなに素晴らしい経験が出来ると分かっていたら、何を置いても参加した筈だ。

 

「……っていうか、今学期に入ってから一度も会ってないな」

 

 前はハリーとワンセットだったのに、最近はジニーがハリーの隣を陣取っている。

 大方、妹が親友と付き合い始めて、距離感を掴み損ねているのだろう。難儀なことだ。

 

「エレイン! あれって、カーバンクルじゃないかな!」

「まじかよ!?」

 

 それはなんとも奇妙で、なんとも美しい生き物だった。

 額に赤い宝石が輝く鱗を持った猫のような姿をしている。

 その姿を見つめていると、なんだか頭がボーっとしてきた。

 

「おっと、いけない。カーバンクルに魅入られてしまったね」

 

 スキャマンダーに肩を叩かれて正気を取り戻した。

 カーバンクルは人間を誘惑する魔力を持っているらしい。意外と凶暴なのだそうだ。

 

 楽しい時間というものは瞬く間に過ぎ去っていくものだ。

 気付けば夜になっていて、私達は渋々トランクの中から現実の世界に戻って来た。

 

「どうやら、とても気に入ってもらえたようだね」

 

 名残惜しそうにトランクを見つめる私達にスキャマンダーは笑顔を浮かべた。

 

「これほど魔法生物に興味を持ってくれた事を嬉しく思うよ。そうだね。今後も定期的に来るとしよう」

「本当!?」

 

 私達が一斉に叫ぶと、スキャマンダーは破顔した。

 

「もちろんだとも! ここに棲んでいるノルウェー・リッジバックや、ケルベロスにも会いたいしね」

 

 私達は歓声を上げた。

 スキャマンダーは来年の春にまた来てくれる事を約束して、小屋を去って行った。

 寮に戻って、ベッドに入っても、私はスキャマンダーの見せてくれた魔法生物達の事が忘れられなかった。

 将来、魔法生物に関わる仕事に就きたいと考えていたけれど、その思いが更に強くなった。

 

「クゥー……、たまんねー!」

 

 その日、私はアルブスアーラに乗って冒険に出る夢をみた。

 行く先々で魔法生物と関わり、戯れる夢。目覚めるのが惜しくなるほど楽しい夢だった。


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